2020/02/27
いつもと同じように、詩守村さんが落とした板をゴン太くんが受け取って。
僕たちが材料集めを手伝うことになって。
そして僕が、ふと紗如ちゃんに話を振るのだ。
「ところで、あの状態からでもピアノって修理できるものなの?」
初めての会話は、どんな気持ちだったっけ。
モノクマの子供という話を信じていたから、もっと打算があって話掛けたような気もするし、生き返らされたという立場に同情していたような気もする。
思い出せない。
少しずつ、記憶と現実の距離が離れていって、思い出せることが減っていく。
進む時間の中で、進まない僕たち。彼女たちが目覚めるまでに、いくつ失うだろうか。
「かなり難しいですけど、それでも直したい、です」
彼女の笑顔は可愛かった。
まだ、可愛いと思えた。
生き物だと、思えた。
そう思えなくなる日が、いつか来ると思った。
決められた座標で、決められたタイミングに、決められた行動をする、生き物ではない何か。そんな風に思う日が来たら。
いいや、そうなる前に辿り着かなければ。
強く持ち直した意志だったが、避けられない出来事が直前に迫り、僕は貧血のような気分の悪さを感じていた。
「あの、最原終一...さん。顔色悪いですよ?」
「え...? ああ、大丈夫だよ、ちょっと立ちくらみ」
この会話、少し前の世界でしたような気がする。
少しだけ、オリジナルの世界からズレた、今の僕に対する生きた反応だ。
そうだ、紗如ちゃんは生きている。
進まなければ。
必ず、目を覚まさせるんだ。
「あっ」
詩守村さんが何かに気付いたような声をあげて、奥の棚の方へ駆けていく。
間もなくして、缶詰を抱えながらこちらに戻ってくる。
「ねえ紗如! 牛めし缶みつけた!」
「材料探してたんじゃないの!?」
「これおいしいんだよ〜。いっしょに食べようよ!」
「うーん、食料はちょっとほら、後でにしようよ」
何度も聴いた2人の会話は、僕の悪寒のトリガーとなったくらいだ。
リフトから降りてきたゴン太くんが、僕の隣にやってくる。
きっと前みたいに、僕を気遣ってこの場から遠ざけたいのだろう。
でも、その必要は無いと、僕は目で訴えた。
彼女の方へ視線を戻す。
ギシッと棚の軋む音がして、彼女は自分の頭上に目を遣った。
錆び付きながらも、鋭く光る刃が、天窓からの光をギラギラと照り返しながら角度を変える。
その光に目が眩んだ瞬間、斧は彼女の利き腕に向かって落下した。
「いや゛ぁ゛ぁ゛!!」
彼女の悲鳴の隙間に、肉が上手く切れない時の、べったりとした刃物の音を聴いて、僕は吐きそうになる。
「紗如!? なっ、あ、ど、どうし、よ、どうしよう!!?」
そして、薄目で彼女の腕を見れば、僅かに繋がっていた皮に突き刺さる斧が、自重でどんどん沈んでいくのが見えた。
紗如ちゃんが腰を抜かしたように座り込むと、床に付いた手首を支点にして、やがてぱつんっと皮までもを断ち切った。
斧が床に転がった音が、長く長く残響となる。
その音の中で、かくりと彼女は気を失い、血溜まりの中に倒れ込んだ。
「譜字平さん!」
僕は、この世界に相応しい呼び方をした。
そして詩守村さんが紗如ちゃんを抱き起こし、ゴン太くんと僕も近付くが、そこでモノクマが現れる。
「あー、いーのいーの! こっちに任せておいてよぉ! 最原クン達はコロシアイに集中しててよね!」
そう言って、モノクマーズも現れたりして、紗如ちゃんはどこかへ運ばれて行き。
それに付き添って詩守村さんもこの場から去っていった。
オリジナル通りだ。
僕たちも、倉庫を出ていこうと扉を掴んだ。すると、扉は外側から開けられ、疲れた様子の入間さんが顔を出した。
「まーだこんな所でボケっとしてやがったのか...」
「えっと、どうかしたの?」
「どうもこうもあるか! オレ様の黄金の脳ミソを酷使しやがって! とっととこっちに来て手伝えよ!」
「あっ、ごめん。でも、夢野さん達が手伝ってたはずじゃ?」
「全員来てんだよ! そんでも足んねーから言ってんだ! ったく、チームダンガンロンパからアクセスも来やがるし...オレ様はもっと発明だけして...」
「ちょっと待って、チームダンガンロンパからアクセスって!?」
「ああん!? ンなもんとっくに追っ払ったっつーの! 詳しく聞きたいなら早く来いよ! ダ最原!」
テメーも一応来い、とゴン太くんを指差すと、大急ぎで入間さんは駆けて行った。
僕たち2人も、慌てて倉庫を出る。
そして、入間さんの部屋を目指して急いだ。
こうして、11回目の世界は進み始めた。