2020/03/02
死にたい。
死にたい。
死にたい。
心の奥の方に巣食った闇は、手が届かないのに、いつも見え隠れしている。
この痛みを受け入れながら、長い時間を生きていく覚悟が無いから。
死にたい。
「あの、譜字平さん。そろそろ、一度起きないかしら? 朝食持って来たわよ」
「要らないです...」
「あと、鎮痛剤も。モノクマがあっさり渡して来たわ」
「ホントですか!?」
被っていた布団をガバッと投げ出して、勢いよく起き上がる。
「よかったぁ...そろそろ死にたい気分でした...」
「まあ、無理も無いでしょうね」
「色々悩んでる上に、痛みにまで耐えてられないよ」
不意に独り言をこぼしてから、しまった、と東条さんの方を見た。
東条さんは首を傾げると、私の無くなった方の腕をじっと見詰めた。
「あら、モノクマの子供にも悩みがあるの? それにこの腕、もう薬が切れても耐えられる程度の痛みなのね? 1日2日でそこまで回復するかしら」
あっ。やばい。
「えっとその、お父さんは特別な治療を心得ているので、これは普通のことです」
「あらそう」
東条さんは納得したように微笑んだが、多分完全には騙せていない気がする。
まさかこんなことで疑われるとは思っていなかったが、考えてみれば当然だ。
モノパッドや東条さんの研究教室にあるらしい洗濯機など、家電はどれも前時代的なものばかりで、彼らはそれを当たり前に感じる記憶を植え付けられている。
まさか外の世界の技術や医療が、大きく進歩していることなんて、知るわけが無いのだから。
ちなみに、医療の進歩は楽器職人向けの義手を発明するには至っていない。無情にも。
だって知識と想像力でほとんど賄えてしまう世界だもの。
東条さんが持ってきてくれたサンドイッチを1つ手に取り、私はベッド横のテーブルに向き合った。
「ねえ、譜字平さん」
「ふぁい」
柔らかい生地を食みながら、隣に立つ東条さんを見上げる。
「今日の夜こそ、言ってくれないかしら?」
「えっと...何を?」
「好きな食べ物よ。何を聞いても貴女、簡単なものでいい、しか言わないんだもの。遠慮は不要よ、これはメイドの務めなんだから」
「あー、ええとぉ、その」
「どんなマニアックで手間の掛かる料理でも作ってみせるわ。もちろん、どんなに貴重な食材でも」
むぐむぐと口を動かしながら、チラリとモニターの方を見遣る。
いや、正確には、モノクマやら視聴者の目が気になって、カメラを見ようとしたのだけれど、カメラは視認出来ないらしいし。
とにかく、誰かに見られている居心地の悪さを感じて、私は部屋の中をキョロキョロしてしまった。
モノクマは別に、推理の邪魔にならなければ最原さん達に関わっても良いと言っていたけど、それって視聴者もそうなのかな?
ダンガンロンパの特異性はさておき、外の世界ではこういった一般人がメインのエンターテイメントは珍しくない。
ただ、視聴者と演者の距離が近くなることによって、それなりのトラブルもある。
いわゆるガチ恋ってヤツだ。
なまじ一般の高校生を集めただけに、そのタチの悪さは芸能人のソレとは比べ物にならない。
容姿端麗な高校生が多いとはいえ、絶妙な届きそう感、みたいな。気持ちは分かる。
とにかく、あわよくば演者と付き合いたい、という視聴者層は思ったよりも多く居るのだ。
そこに、ぽっと出の才能も無い私達が、コロシアイというデメリットも無く現れれば、間違いなくヘイトを集めてしまう。
私はそういう心配をしていた。
けれど、合歓も言っていたように、私たちは将来を人質に取られてここに居るので、運営はある意味私たちの事を信用している、と思う。
願わくば、その信用を視聴者たちにも伝えておいてほしいと思う。
だって。
私がこの中の誰かを好きになるなんて。
絶対に有り得ないんだから。
「ごちそうさまでした」
「ええ、食器はそこに置いておいて。それじゃ、次はシャワーにしましょうか?」
「えっ、昨夜お風呂に入れてくれたじゃないですか」
「それもそうね。じゃあ朝のスキンケアとお化粧と、あとその腕だものね、特別にお洋服を繕いましょう。それから、もし出掛けるなら...」
「まって、待ってください。そこまでしなくていいし、自分のことはもう自分で出来ます」
「もう、ってまだ怪我してから全然経ってないじゃない。私がなんでもお世話するわ」
「あの、なんでそんなに私に構うんですか...? そこまで助けてもらう覚えもないし、そんな関係性でもないですよね」
「それは...そうね」
東条さんは言いにくそうに口元に手を添えると、目を逸らしながら言った。
「こう言うと不謹慎に聞こえるかもしれないけれど。不自由な人を、不自由に感じさせないほどに奉仕したいの。だから、貴女を見ているとメイドとしての使命感を煽られるのよ。譜字平さん、貴女 扇情的だわ」
「変な言い方しないでください!」
「とにかく、義理や恩義なんて気にしなくていいから、私を頼って頂戴」
「そう、言われても」
まあ、視聴者の目はそこまで気にしなくていいのかなぁ。
ぼんやりと悩みながらまた東条さんの方を見ると、彼女は相変わらず微笑んでいる。
いや、そこにうっすら期待の感情が滲み出ているようにも見えるが。
そうかぁ。クールで隙の無いように見える彼女にも、そういう一面があるのだなぁ。
ちょっと可愛いな、と思い浮かんだところで、そういえば1つお願いをしてみようかと閃いた。
しかし。
「東条さーん!! お手隙でしょうか!!」
バーンと派手な音を立てて扉が開くと共に、実に活発そうな女の子が姿を現した。
油断して漏れそうになった言葉を飲み込み、やはり私のような立場の人間が東条さんに甘えすぎるのは良くない、と思い直した。
「って、どうしてあなたがここに居るんですか!?」
「えっ、私?」
「あなたが噂に聞いたモノクマの子供とやらでしょう! 転子の東条さんに何の用ですか!」
「茶柱さんの物ではないけれど、お役に立てているなら光栄に思うわ」
冷静に切り返しながら、東条さんはテキパキとお茶の準備に取り掛かる。
それを横目に、私はこの茶柱転子さんという女の子に対して、どう振る舞うべきか考え込んでいた。
「なんとか言ったらどうなんです!? 東条さんとどんな関係なんですか!」
「ええと、どんな関係かと言われると...。えっと...東条さん」
助けを求めるように東条さんの方を見ると、彼女は嬉しそうに答える。
「譜字平さんが主人で、私がメイド。ただの主従関係よ」
「いや、それは違うんですけど。とにかく落ち着いてください、茶柱さん」
「茶柱さん!? あなたにそのように呼ばれる覚えは...。でもちょっとカワイイですね!?」
「普通に苗字呼んだだけですけど」
「女子によそよそしく呼ばれるのもまた風情です!」
勢いに圧されて言葉を失っていると、茶柱さんは何やら葛藤しながら「でも! ダメです!」と叫んだ。
「やっぱりモノクマの手下なんて許せません! 転子たちには赤松さんとの約束が...」
赤松さん。
そう聞いた途端、頭の中が全て洗い流されるような感覚がした。
悩みも考え事も、途中だった物が全て消えて、まっさらに初期化されたような、そんな気持ち。
この学園にやってくる直前に見た中継を思い出した。
最原さん達へ想いを託すべく、限られた数の言葉を、力強く紡いでいく赤松楓さんの姿。
頭から離れない。
死を受け入れて、優しく目を閉じていく表情。
未熟な精神に刻み付けられた、新鮮な死。
彼女の死は、無関係な私でさえも容易に蝕む。
また1つ憂鬱が増えた。
どうにも、言葉が出て来なくて、私はフラリと立ち上がる。
「どこへ行くんですか!」
「譜字平さん、お出掛けするなら薬の予備を...」
「ごめんなさい。ちょっと、しばらく、どこか行きます」
そんな大雑把な説明をして、私は茶柱さんの横を通り抜けた。
つい利き手を伸ばしそうになっては、そういえば腕が無いんだった、なんて憂鬱な思い直しをする。
そして私はドアノブを捻った。