2020/03/03
寄宿舎を出たところで、早速途方に暮れてしまった。
どこへ行けばいいんだろう。
私は参加者じゃないし、自由に寛げるような場所はほとんど無い。
モノクマの公認とはいえ、校内の設備を我が物顔で使うなんて無理だ。
だけど、琴都たちの元で修理の様子を見守るなんて、全然休まらないし、だけど他の人と鉢合わせして茶柱さんのように騒がれるのも嫌だ。
ああ。どこへ行けばいいかなんて悩みたくなかった。
どこへも行きたくないのに、どこかには居たい。
「めんどくさ」
なんて、自分に冷たく当たってみながら、何の意思も無く空を見上げる。
これを空と呼ぶかどうかは、この際どうだっていい。
ただ、やたらに天気の良い空を見ながら、私は億劫になった約束のことを思い出していた。
「まだ1時間くらいある...」
午後イチにプールで待ち合わせ。そう合歓に言われていた。
モノクマに許可されたとはいえ、ピアノ修理を進める意欲がある彼女たちは、今日もピアニストの研究教室に篭っている。
そして、一区切り付く今日の午後に遊ぶ約束をしていたのだ。
ため息をつきながら、とりあえず歩く。
なんとなく派手な建物につられて、私は寄宿舎から見て正面に当たる道をただ進んで行った。
辿り着いた先はカジノ。
学校には不釣り合いな、嘘みたいな外観も、なんとなく憂鬱を救ってくれそうな気がしたから。
重厚な扉を体で押して、私は建物内に入った。
室内の空気と共に、やや大きめなBGMが流れ出てくる。
後ろ手に扉を閉めて、赤を基調とした室内のデザインを観察した。
まあ悪趣味という程でもない、派手な装飾。景品コーナーまでよく出来ている。
それにしても、一人も人が見当たらない。店員くらい居てもいいものだと思うけど、そうも行かないのだろう。こんな場所だし。
私は無意識に換金所で小銭入れを出してから、ピタリと動作を止めた。
「ああ、モノクマメダルっていうのが必要なんだ」
てっきり日本円でコインが買えるものだと思っていた私は、静かに財布を仕舞う。というか、モノクマの子供である私が日本円を持っているなんて、ちょっと怪しまれそうかもしれない。
ボロが出るきっかけって多いなぁ、とか考えながら、今度はドリンクカウンターの方へ向かう。
どうせこっちも買えないだろう、と思いながらメニューを眺めていると、気になる一文が目に止まった。
「ウェルカムドリンク...? あー、ホテルのドリンクってここから提供されてるんだ」
隣接されている、たぶんラブホみたいなホテルとこのカジノは提携していて、ホテルを利用する場合は一杯無料でサービスされるみたいだ。
...それって、先に貰っちゃダメかな?
琴都がホテルも行きたいって言ってたから、今じゃないけど、必ずホテルには行く。今じゃないけど。
ううん、そんな悪いことしちゃダメだよ。
頭を振って思考を振り払おうとするが、ついとメニューに目が釣られる。
飲むストロベリーチーズケーキ。
濃厚なクリームチーズと、なんか色んな種類がブレンドされたすごそうなチーズ。
どこだかのブランドの苺ソース。
たっぷり新鮮な生乳100パーセント。
そしてトッピングに、クラッシュしたザクザクのクッキー。
トドメに、うさぎのプリントが施された、クリアボトルごとプレゼント。
「うぅぅ...なんて美味しそうなの...! それに見た目もすっごくかわいい!」
うーん、今が良い。
今飲みたい。
けど、やっぱりダメだ。スイーツは清廉潔白な乙女にこそ与えられるご褒美。
悪さして手に入れるスイーツなんて、スイーツとは呼べないよ!
「よし、諦めた! 今度は絶対飲むんだから」
「お嬢ちゃん、コイツをお望みか?」
「わぁぁ!?」
突然隣に現れた人影に、私の心臓は飛び上がった。
ドクドクと非常時のリズムを響かせる。
私は心臓を押さえながら、声のした方を見た。
「フン、驚かせちまったみてぇだな。俺は星竜馬。それとも、とっくに知っていたか?」
「あっ、いえ、その」
ニヒルを感じさせる笑みと、コミカルに思える等身は、目の前で見てみると、意外にもミスマッチでは無かった。
小柄ながらも、大人の説得力を醸し出す彼は、中身がたっぷりと入ったクリアボトルを差し出してきた。
「えっ、うそ、コレ私にですか?」
「あぁ。あまりにも物欲しそうに見ていたんでな」
「はわぁぁ」
うさぎのプリントがされたボトルに、ストライプ柄の太いストロー。いざ目の前にしてみると、チーズと果実の甘い香りが、強く誘惑してくる。
えへへ、良いんだよね。私にって、くれたんだもんね。
「い、いただきます」
かぷっとストローを口に含んで、甘いドリンクを吸い上げる。
半解凍のシャリっとしたチーズケーキがホロホロと崩れ、甘酸っぱい苺ソースと混ざり合う。
滑らかな生地をゴクリと飲み込むと、濃厚なミルクとチーズクリームの風味がこっくりと口の中に広がった。
「ん〜〜おいひぃ〜」
恍惚としてドリンクを味わっていたが、はっと星さんの視線に気が付いて、顔の緩みを元に戻した。
なにか観察するような目でこちらを見ている。
「あんた、聞いてたよりずっと可愛い女だな」
「へっ!? な、なにを」
「勘違いするな。もっとモノクマみたいな、人間味のない奴を想像してたってだけの事だ」
「それは...思ったより普通ってことですか?」
「そういうこった」
まあ、いいけど。別に、可愛いなんて思ってないし。
いや、やっぱりちょっとショック。
「そういう顔に出やすいところも、益々モノクマの子供らしくないな」
「えっ、顔に出てました?」
「安心しな。普通に見ても普通に可愛い程度だと思うぜ」
そう言いながら、カウンターに備え付けられた背の高い椅子に彼は腰掛ける。
私も何気なく隣の椅子に座ってみた。
そして、先程の答えに対して不満を漏らす。
「それって、年頃の女の子には全然褒め言葉じゃないんですけど」
「そいつは悪かったな」
くすくすと大人っぽく笑うと、星さんは、ところで、と言葉を繋げた。
「そいつを飲んだからには、少しばかり話に付き合ってもらうぜ」
ぼんやりと思考してから、そうか、これは取り引きのような物だったのか、と納得した。
何を聞かれるのだろうか。
やっぱりモノクマの事かな。
「あんた、まさか外から来たとかじゃねーよな?」
「えっ!?」
驚いてぎゅっとボトルを握る。
いけない。動揺を悟られてはいけない。
私はできる限りの平静を装って、芝居を打った。
「あの...実は私、何も憶えていないんです。お父さんが目覚めさせてくれるより前の自分のことを、何も思い出せなくて。今の自分って、もしかしたら嘘なのかもって。だから、目覚める前の私という意味なら、きっと星さん達と同じように攫われて来たんだと思います」
それ意外は何も分からない、と付け加えて口を閉じる。
顔に出やすいと笑われたばかりだけど、これに関しては何としても騙し通してみせるつもりだ。
楽器職人としての将来...は置いといて、視聴者からのヘイトを集めないためにも。
星さんは、暫し品定めするような視線を送って来ていたが、やがて諦めたように溜息をついた。
「確かに、何も知らない様子だな。まさか、ピアノの修理の為だけに、モノクマに協力するとも思えねーしな」
まさにその通りなのだが、言葉を堪えて、まるで分からないような表情を保つ。
彼らにとって、外の世界は想像でしかない。
日常であり、終末であり、地球とも宇宙とも言えない想像。
そして、真実を知ったとしても、それは彼らの記憶の中の日常とはきっと違う。
私には、何も言えない。
「あんたはどう思うんだ。このコロシアイを」
とびきりのスイーツを前に、陰鬱な話題。
私はなるべく心を守りながら、当たり障りなく答える。
「お父さんが望むなら、私に邪魔は出来ません」
「あんたの感情の話を聞いてる」
「感情...? 星さんは、私の感情を聞きたいんですか?」
「ああ。だってモノクマの事なんてどうせ喋れねーんだからな」
それってつまり、雑談ってこと?
それとも、なにかボロが出るのを待って、情報を聞き出そうというのだろうか。
「変な勘ぐりは無用だぜ。ゲームを終わらせる為の情報も、あんたへの関心も、どれもさほど本気じゃねー。ただ、ここでバッタリ会ったからには、有意義な話を聞きてーのさ」
「そういう、ものですか」
まあ、せっかくご馳走してもらったのだし、私としても、楽しませるのはやぶさかではない。
だけど、コロシアイについての話かぁ。コロシアイに対する、私の感情。今更ながら考えてみる。
「...そうですね。あなたや東条さん、それから最原さん達にも親切にして頂きましたから、酷い目に遭ってほしくないというのが素直な気持ちです。でも、私は...」
外の世界の家族。視聴者や世間の評価。楽器職人という夢。チームダンガンロンパという、到底敵わない巨大組織。
冷たいと思われるかもしれないが、一介の女子高生がひっくり返せるような物ではないと諦めている。
それに、あのピアノを修理すれば、世界的巨匠の元で楽器職人としての夢を叶えられる、という約束。
初めから、何もかも、言う通りにするつもりだった。
だけど、腕を失って、夢を見失った私は、もしかしたら。
「考え事か?」
「あっ、いえ、私はやっぱり、お父さんの望むようになれば良いと思っています。人が死ぬのは悲しいけど、それは、私なんかがどうにかできることじゃありませんから」
「フン、最もらしい答えだな。俺たちと同じように、エグイサルなんかの武力には敵わねーし、ろくな記憶が無いことも同じってことか」
「すみません、取るに足らなくて」
「んなこたぁねーぜ。あんたにも情があるって事は、弱く見えるあんたでも、この中の誰かを守りたいと思ったり、好きになったりするかもしれねーだろ」
「好きに? そんなこと有り得ません」
「まあ、俺なんかが語れる話じゃねーな」
好きになる訳がない。
星さんたちが知る訳もないが、外の世界ではアイドルのように騒がれている人達だ。私なんかが好きになっていいわけが無いし、仮になったとしても、そんな厄介な恋愛は避けたい。
名前も顔もネットに晒されている私がそんなことをしたら、何をされるか考えるだけで恐ろしい。
「うん、やっぱり、恋愛なんて有り得ないです」
気持ちを確かめるように、もう一度口にすると、星さんは愉快そうに笑った。
「そういや、最原があんたのこと可愛いって言ってたぜ」
「えっ!? 最原さんが!?」
「あぁ、気弱そうなところがタイプだって」
「えぇ!? 待って、嘘ですよね!?」
「もちろん冗談だ」
「はぁ、怒りますよ」
冗談、と分かってまた少し落ち込む。いや別に、気に入られたいとかでは無い。でも、媚びていない相手に好かれているというのは気持ちの良いものだ。
それに、最原さんは女好きそうな感じではないから、もし本当だったらすごく嬉しかったかもしれない。
あと、ちょっと笑顔が可愛かった。いや、やっぱ嘘。何とも思わないってば。
「まあ確かに、赤松のことが好きみたいだったからな。あんたとはタイプが違うか」
そう、星さんが独り言をこぼしたのを聞いて、がっくりと落ち込んだ。
そうそう、赤松楓さんのことが好きそうだった。彼女はすごい。私なんかと比べ物にならないほど人間が出来ている。
ああいう女の子がチヤホヤされるべきだよ。最原さんもそりゃ好きになるよね。
だから別にいいんだってば。
「はぁ、美味しかったです、ご馳走さま」
「あんた、まだ時間あるか?」
「うーんと...」
時計を見るとまだ待ち合わせの時間まで余裕がある。
今向かっても持て余してしまいそうなくらいには。
「時間ありますよ」
「それじゃ、コイツをやるよ」
「なんですかコレ」
「コインだ。せっかく来たんだから、スロットでもどうだ?」
あぁ、スロットいいな。丁度いい気晴らしになりそうだ。
私はすぐに快諾して、星さんと共に地下のスロットコーナーへ降りて行った。
そして、待ち合わせの時間までを彼と、取り留めのない会話をして過ごしたのだった。