2020/07/09
「っしゃあ! やるなら拳でやろうぜぇ!」
そう叫んで、茶柱さんに掴みかかろうとする合歓を、意外にもルトラが止めた。
勢い付いた合歓の体を、片手で首根っこを掴むだけで、易々と抑えてしまっている。
小柄なルトラに意外な腕力が...? それとも、合歓が口先だけの、へなちょこだったりするんだろうか。
「なにすんだよルトラ!」
「やめときなよ。君、怪我するよ」
「転子は準備万端ですよ! ネオ合気道の前に敵はありません!」
「ほらよ! あんだけ言われて黙ってられるかよ、離せルトラ!」
「そこまで言うなら、僕に一発でも入れてみなよ」
「望むところだぜ!」
「2人とも...やめようよぉ」
間に入ろうとするけれど、私の声は届かない。
そして、結論から言うと、先程の予想はどちらも正解であった。
「はぁ...はぁ...やるなお前」
「まだ何もしてないよ」
そう。合歓は拳を振るうまでもなく、コケて怪我するようなへなちょこで。
反対にルトラは、指先一本でもその拳を防げてしまうほどに強かった。
途中から、ルトラが目を瞑るというハンデを付けていたが、まるで意味を成さないほどに、彼女はパンチを避けまくっていた。
顔色ひとつ変えないルトラに、ついには、合歓が子供のようにいじけてしまった。
「あんだよぉ! お前そんなちっこくて弱そうなのに、ケンカ強いとかズルいじゃん! ってか、そんな強いなら先に言えよぉ!」
「喧嘩なんてしないよ」
「うそだ! 詐欺だ! あたしが雑魚だと思ってバカにしてるんだろ! 顔が良いことしか取り柄の無いあたしをバカにしてるんだろぉ!」
「取り柄って、ほら、僕らまだ目覚めたばかりじゃないか。学力を伸ばすとか」
「出来ねーよぉ! あたしはケンカもべんきょーもできない、ただの美少女なんだよぉ! バカにしやがって!」
「そんなこと思ってないけど」
そんな会話を眺めながら、私はふとルトラの腕力について、気になることが浮かんだ。
「あの、ルトラ...」
恐る恐る声を掛けると、ルトラは合歓を片手で制しながらこちらを向いた。
「なに?」
「ええと、ルトラって、そんなに力強かったっけ?」
「それは...」
説明しようとしたところで、ルトラは言葉を詰まらせる。
その視線は、茶柱さん達の方に向けられていた。
ああそうか、何か外に関わる話なんだろう。
気まずそうに視線を泳がせた後で、ルトラは思い付いたように話し始めた。
「お父さんに目覚めさせてもらう前は、普通の身体能力だった...気がするんだけど、目覚めてからはずっと研究教室に篭ってるから、体がなまると思って。それで筋トレを始めたら効果が出すぎてしまったみたいだ」
「へぇ...」
なるほど、ここに来てから鍛えた結果だったのか。
それにしても、筋トレだけでこの戦闘能力に説明が付くだろうか?
あっという間にトイピアノを完成させたことからも、もしかしてこの子天才肌ってやつなのでは、と考えていると、やけに静かだった琴都が合歓の隣にやってきた。いつの間にか水着に着替えている。
「わわっ琴都、なんでもう水着なの!?」
「みんながわちゃわちゃしてたから、その隙に着替えてきたのー」
「お前も喧嘩付き合えよ! 総力戦だぜぇ!!」
「あはは、ケンカなんかもういいじゃん、はやく合歓も着替えようよ〜」
呑気に笑いながら、琴都は茶柱さん達にも手招きする。
「とりあえず上がっていきなよー」
「あなたのプールじゃありません! けど、勝負は水中戦にしてあげます!」
「お主は泳げんのじゃろ」
「でもでもー、水場にはとくに神さまのパワーが集まるからー、きっと転子なら勝てるよー。神さまのパワー、信じてるもんね?」
「神さまは結構です。転子は実力で側葉良さんを打倒します! 行きますよ、側葉良さん!」
茶柱さんの掛け声を合図に、夢野さん、夜長さんがプールサイドに駆け込んでくる。合歓と琴都が逃げるように走っていき、わざと挑発しながらふざけている。
やがて端まで追い詰められて逃げ場が無くなると、琴都が合歓を引っ張って水に飛び込んだ。
茶柱さん達も、洋服のまま飛び込んで、濡れたとか泳げないとか騒ぎながら、2人を追いかけ回している。
きゃっきゃと賑やかな女子の声。言葉は怒っているようでも、楽しそうなのが感じ取れた。
私は呆気に取られながら、遅れて入ってきた東条さんに気が付く。
「あの、今朝はすみません」
「いいのに、律儀な人ね。それよりも欲しい飲み物や、してほしいマッサージはないかしら?」
「あはは、東条さんはこういう時も相変わらずですね」
「ええ、最高のバカンスでもてなす為に来たんだもの」
早速準備をするわ、と東条さんもプールサイドの方へ向かって行った。
同じようなテンションで女子達を眺めているルトラと最原さんに声を掛けて、私たちも準備する事にした。