07:芽を出した

2020/07/10

#4

「殺すなんてダメだよ!」

うずくまる琴都を庇うように、その人物―獄原ゴン太は手を広げて立ちはだかった。
驚いた夜長さんと、多分その気でも無かっただろうけど、夢野さんの手も止まる。

「インクで死ぬわけないじゃろ」

「インク…? なーんだ、水鉄砲なら安心だね!」

「助けて! それで撃たれたらわたし死ぬ! オキニ汚されたら死と同義だもん!」

「ええ!? よく分かんないけど危ない物なんだね! わかった、ゴン太が守るよ!」

そう言うと、獄原さんは琴都に背を向けておんぶをしようとした。
それと同時に、夜長さん、夢野さん、更に茶柱さんまでもが加わって水鉄砲を構える。

「へっ? な、なに」

「ゴン太の背中に乗って! 急がないと!」

「あっ、いやでも、水着だし…」

「えっ!? ごごごごめんね、気が付かなくて、えっとじゃあ、あまり触らない運び方で…」

獄原さんは振り向いて、琴都に向き合う。
その手が琴都に伸ばされ、茶柱さん達が引き金を引いた瞬間。

「ひぇぇ!?」

目にも止まらぬ速さで獄原さんはインクを避けた。
そして、その腕の中で抱えられた琴都は、信じられないという表情で大きく口を開けたまま、固まっていた。

「あー! 最後の一発だったのに! なんで避けるんですか! 乙女の戯れに男死が加わるとろくなことがありませんね…」

「やっと使い切った…。ウチは先に戻るぞ」

「あーあ。神さまに許してもらうチャンスだったのにー。きっとうんと酷い目に遭うだろねー」

つまらなさそうに、3人は言葉を交わすと、誰からともなく踵を返した。半開きのドアを開けて、またプールの方へ戻っていく。

一方で琴都は、未だに固まっていた。

「…えっと、降ろすね?」

「は、はじめて…」

「え?」

「はじめて…お、お姫さま抱っこ…されちゃった…」

うわ言のようにそう呟くと、地面に降ろされた琴都は、途端に我に返って獄原さんの腕を掴む。
既に立ち去ろうとしていた獄原さんは、困惑した表情で琴都を見下ろした。

「ご、ごめんなさい。ゴン太なにか悪いことしちゃった…?」

「とんでもない! 今わたしは最高の気分だよ!!」

「よ、よかった! じゃあなんで引き止めたの?」

獄原さんの問い掛けに、琴都はうっとりと目を細める。彼の手を更にぎゅっと握って、空想のような言葉を並べた。

「ああ、今までの人生はずっと、眠っていたようなものだったんだ。それが今、生まれてはじめて目が覚めたんだよ! 締め切っていた窓を開いて、新しい季節の風が吹き込んだ瞬間を思い出して。たしの心は今、そんなふうにドキドキしてるの…!」

矢継ぎ早に問い掛けられ、獄原さんはただ笑顔で首を傾げる。
そんな彼にも構わずに、琴都は続ける。
私はまさか、という気持ちで立ち尽くしていた。

「この気持ちに、簡単に名前を付けたくない…。だけど、大切な想いだけじゃ、言葉を越えないから…」

すっかり映画の主人公のように空想に浸っている琴都だったが、反して私は、次の言葉を確信して絶望していた。

「そう、この気持ちは」

獄原さんが、一層首を傾げる。
私は、頭が痛くて目を閉じる。

「これは、恋なんだよ!」

朝を告げる鐘のように、溌剌とした声が私の脳を貫いた。そんな錯覚をした。



2020/07/10


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