2020/07/10
「殺すなんてダメだよ!」
うずくまる琴都を庇うように、その人物―獄原ゴン太は手を広げて立ちはだかった。
驚いた夜長さんと、多分その気でも無かっただろうけど、夢野さんの手も止まる。
「インクで死ぬわけないじゃろ」
「インク…? なーんだ、水鉄砲なら安心だね!」
「助けて! それで撃たれたらわたし死ぬ! オキニ汚されたら死と同義だもん!」
「ええ!? よく分かんないけど危ない物なんだね! わかった、ゴン太が守るよ!」
そう言うと、獄原さんは琴都に背を向けておんぶをしようとした。
それと同時に、夜長さん、夢野さん、更に茶柱さんまでもが加わって水鉄砲を構える。
「へっ? な、なに」
「ゴン太の背中に乗って! 急がないと!」
「あっ、いやでも、水着だし…」
「えっ!? ごごごごめんね、気が付かなくて、えっとじゃあ、あまり触らない運び方で…」
獄原さんは振り向いて、琴都に向き合う。
その手が琴都に伸ばされ、茶柱さん達が引き金を引いた瞬間。
「ひぇぇ!?」
目にも止まらぬ速さで獄原さんはインクを避けた。
そして、その腕の中で抱えられた琴都は、信じられないという表情で大きく口を開けたまま、固まっていた。
「あー! 最後の一発だったのに! なんで避けるんですか! 乙女の戯れに男死が加わるとろくなことがありませんね…」
「やっと使い切った…。ウチは先に戻るぞ」
「あーあ。神さまに許してもらうチャンスだったのにー。きっとうんと酷い目に遭うだろねー」
つまらなさそうに、3人は言葉を交わすと、誰からともなく踵を返した。半開きのドアを開けて、またプールの方へ戻っていく。
一方で琴都は、未だに固まっていた。
「…えっと、降ろすね?」
「は、はじめて…」
「え?」
「はじめて…お、お姫さま抱っこ…されちゃった…」
うわ言のようにそう呟くと、地面に降ろされた琴都は、途端に我に返って獄原さんの腕を掴む。
既に立ち去ろうとしていた獄原さんは、困惑した表情で琴都を見下ろした。
「ご、ごめんなさい。ゴン太なにか悪いことしちゃった…?」
「とんでもない! 今わたしは最高の気分だよ!!」
「よ、よかった! じゃあなんで引き止めたの?」
獄原さんの問い掛けに、琴都はうっとりと目を細める。彼の手を更にぎゅっと握って、空想のような言葉を並べた。
「ああ、今までの人生はずっと、眠っていたようなものだったんだ。それが今、生まれてはじめて目が覚めたんだよ! 締め切っていた窓を開いて、新しい季節の風が吹き込んだ瞬間を思い出して。たしの心は今、そんなふうにドキドキしてるの…!」
矢継ぎ早に問い掛けられ、獄原さんはただ笑顔で首を傾げる。
そんな彼にも構わずに、琴都は続ける。
私はまさか、という気持ちで立ち尽くしていた。
「この気持ちに、簡単に名前を付けたくない…。だけど、大切な想いだけじゃ、言葉を越えないから…」
すっかり映画の主人公のように空想に浸っている琴都だったが、反して私は、次の言葉を確信して絶望していた。
「そう、この気持ちは」
獄原さんが、一層首を傾げる。
私は、頭が痛くて目を閉じる。
「これは、恋なんだよ!」
朝を告げる鐘のように、溌剌とした声が私の脳を貫いた。そんな錯覚をした。
2020/07/10