2021/02/16
「これは、恋なんだよ!」
単純明快な告白にも、獄原ゴン太は不思議そうに目をぱちくりさせていた。
「私が! 君を好きなの! だから真剣に交際を…」
それを焦れったく思ってか、琴都がどんどん想いを詳細にしていくものだから、私は咄嗟に琴都の口を塞いだ。
「むぐぐ?」
「あっ、獄原さん、気にしないでください。もう行っていいですよ」
「う、うん…?」
獄原ゴン太が立ち去った後で、ぷはっと私の手から逃れた琴都が、頬を膨らませながら抗議する。
「なんでわたしの愛の告白ジャマするのー! もうちょっとでラブラブ間違いなしだったのに!」
「さっき、ここで恋をするなんて変わってるって言ってたよね……!?」
「あはは、ラブが生まれたんだら仕方ない! んふふ、ゴン太くん♡ 次は逃がさないもんね♡」
「ええ……本気? ちょっと待ってよぉ、琴都のスピード感全然着いていけてない……」
ここに居る人のほとんどは死んでしまう。だから恋愛など不毛な事だと、そう話したばかりなのに、彼女は躊躇いも無く恋だと宣言している。
彼らはキャラクターであり、好意を持ったとしても、アイドルに向けるような憧れの気持ちを超えはしない、と、そういう話だったじゃないか。
「ねえ、あの、さっき言ってた……アイドルが好きー、みたいな感じの好きだよね? そういう好きで言ってるんだよね……?」
「ううん。お付き合いして、手繋いだりちゅーしたり、ゆくゆくは結婚したい、の好き」
「そっ……かぁぁ……」
それじゃあダメだ。
琴都の中での、この学園で過ごすに当たってのポリシーみたいな物はもう、数秒前にまるっと書き変わってしまっている。たった1回のお姫様抱っこで。
……そして、最大の懸案事項は、この後ずっと私の頭を悩ませた。
*
プールに戻り、相変わらず喧嘩とじゃれあいの中間のような遊びをしている合歓たちを眺め、琴都と話しながらしばらく過ごし……。
夕食時にお開きになった辺りで、私たちはピアニストの研究教室に戻った。
いつの間にか準備されていた缶詰などの食事を摂り、隠し部屋のようになっていたシャワールームに順番に入って、配られていた寝袋に潜り込む。
薄っぺらくてとても屋外では使えそうに無いが、とりあえず床の固さを紛らわせるくらいには役に立っているみたいだ。
校内にモノクマーズの放送が鳴り渡り、消灯時間を報せる。
まだ家のようには寛げないながらも、自然と眠りに向かっていく意識を、なぁ、と合歓の声が引き戻した。
「そいやさ、琴都。お前が昼間言ってたヤツ、さっき見掛けたけど」
「ゴン太くんのこと? とってもカッコいいよね!」
「そうソイツ。大丈夫なの? なーんか、ああいう温厚そうなヤツに限って、女好きな事多いじゃん」
「そっかなー。ゴン太くんは強くて心優しい王子様だよー?」
「……そ、そんなのさ、お前の思い込みだろ。純粋そうに見えたって結局、恋愛で優位に立ちたいとか、ズルい事考えてるモンだよ。どんなに優しそうでもよ」
「優位……? うーん」
これは合歓と琴都、2人の会話であって、関係の無い私はもう眠っていいはずだった。
だけど、恋愛を止めようとする合歓の声色が、ただの意地悪じゃなく、神妙なものに感じられて……私は閉じかけた目蓋を開き、合歓を盗み見る事にした。
「あのさ、ムカつくけどお前ふつーに可愛いし、そんなに自分から好き好き言って、下手に出なくてもいいんじゃねーの。そりゃ、恋愛はお前の勝手だけど、でも、なんか見ていたくねーんだよ、そういうの」
琴都の顔を見られないからか、床を見つめながら、彼女はもぞもぞと歯切れ悪くそう言った。
よく見ると、合歓はナイトキャップを被っている。
前髪も後ろ髪も全部キャップの中に収まっているせいで、おでこも丸ごと晒されているその様子は、本来ちょっと面白いのだけれど、髪型で補正されていなくても綺麗な顔立ちに感心してしまった。
……そして私は、合歓の発言をゆっくりと思い返す。
こんな場所で恋愛するな、という話なら私も同じ事を散々言ったが、どうやら合歓には別の意図があるらしい。
と、言うより。
ここで恋愛は良くない、という大前提を忘れるほどに、個人的な、何か強い信条を持っているように感じられた。
「下手に出るとかよくわかんないよ。合歓はどーして、わたしが恋するのがイヤなの?」
「んん、違う、嫌とか言ってねーし。……あーもうっ、何でもねーよ」
そう言って、合歓は頭まで寝袋を被ってしまった。
そんな合歓を眺めながら、琴都は不思議そうにぼんやりしている。
合歓が何を言おうとしていたのか、もちろん私にも分からなかったけど、何だか切羽詰まっている合歓が可哀想で、私なりにフォローしてみる。
「あの、合歓は琴都を心配して言っているんじゃないかな。……やっぱり、アイドルみたいに人気な人を追いかけたって意味無いんだよ。私だって、最原さんのこと素敵だなって、一瞬だけ思ったけどやっぱり本気になんてなれない。画面の向こうに、最原さんを好きな人達がたくさん居るって想像したら、意味無いって思うんだもん」
言葉にしてから自覚した。
私が最原さんを好きにならない一番の理由は、視聴者が怖いからじゃない。
他にもう、とっくに、最原さんに強い想いを寄せている人が居て、適いっこないからだ。
その筆頭は赤松楓さんかもしれないけれど、他人の闘争心に怖気付いてピアニストの道を諦めた自分にとっては、誰が相手でも戦うのは無理だった。
「ねえ、琴都は辛くないの……? 私達を今、画面越しに見下ろしている人達がたくさん居て、その中に獄原さんをすごくすごく大好きな人もたくさん居て、その人たちから強い感情を向けられること、怖くない?」
いつの間にか、自分自身に言葉を向けていた。
相手を傷付ける為に、自分が最も言われたくない悪口を選ぶと言うが、まさにそれと同じだ。
私は、自分だったら諦めるだろうな、という言葉で琴都を止めようとしたのだ。
けれど、言ってみてから、これは私のような意気地無しを止めるための言葉であって、琴都のように自己がブレない人間にとっては燃料なのでは、と思った。
しかし予想と違って、琴都は静かに苦笑いをするだけだった。
「あはは……ごめんね、2人とも。もう少し考えてみるよ」
「あっ、ううん……」
きっと、読み取られたのだと思う。
私自身が最も恋愛に臆病で、他人の目を気にして怯えている事を。
空気を切り替えるように、わざと明るい声で、おやすみー、と声を掛けられたので、私も出来る限り明るい声で答えた。
ルトラはずっと背を向けていたけれど、話が済んだのを見計らったように寝返りを打っていた。