08:逆さ傘を閉じた

2021/02/16

#2

『おはっくまー』

癖で枕元の多機能携帯端末を探して手を伸ばすが、覚醒するにつれて、それは学園内に持ち込んでいないのだと思い出した。

『それより、部屋にあるプレゼントは、ワイからのプレゼントやで』

朝の放送を校舎内に流す意味はあるのだろうか……と昨夜は気にならなかった不満をこぼす。眠い。

寝袋から顔を出すと、ルトラはもう朝の支度を終えてピアノ修理に取り掛かっている……かと思ったら、今日は何やらPCを開いているようだ。隣にはビーカーやら化学実験で使うような器具が並んでいるけど、一体何をしているのだろう。
ふと隣を見ると、合歓と琴都は、昨夜よりだいぶズレた位置で気持ちよさそうに眠っていた。

ルトラの事だから、化学的に何か検証して、ピアノ修理に役立てようとしているのかもしれない。
自分にはもう意味が無いと思いながらも、学び続けた分野に対する好奇心は誤魔化せなくて、私は「ルトラにだけ負担を掛けるのは良くない」という言い訳を得てから、寝袋を這い出た。
その時。

「んん? あれ、コレって私のじゃない……よね」

丁度手をついた位置に落ちていた、一昔前のタブレット端末のような物。
それを拾い上げて、私はその場に座り直した。

デザインからして、どうもモノクマが準備した物のように思えるけど、どうしてコロシアイとは無関係の私たちに?
……いや、周りを見たところ、合歓と琴都の枕元には何も置かれていない。
寝相のせいで枕元がどこか、という問題はあるけれど、床一面を観察しようとも他に不審な物は落ちていないのだ。
ルトラの元には何か届いていたのだろうか……。
それを尋ねる為にも彼女の方へ歩み寄ろうとしたが、その拍子に、私は誤ってタブレット端末の電源ボタンを押してしまった。

「えっ……」

それは、スリープモードになっていたようで、すぐに画面が点灯した。
ある動画の再生途中のようだった。

驚いたのは、それが、この教室で過ごす私達の映像である事だ。
天井から覗き込むようなアングルで私達は見下ろされていて、かと思えば、グッと顔に寄った映像で、絶え間なく容姿を馬鹿にするコメントが流れたり、反対に性的に消費するようなコメントが流れたりしている。

「うぅっ、うぉぇっ……」

寒気がした。
悪意ある場所に、無防備で居ることは分かっていたはずなのに、いざプライバシーの無さを突き付けられると、気持ち悪くて震えてしまう。
片腕ではあるが、思わず自分の肩を抱いた。そして、更におぞましい事に気が付いてしまう。

映像の中の私も肩を抱き、青ざめた顔をしている。その手には、まさに今、私が持っているタブレット端末があり、その画面の中にまた私……と無限に続いている。

これは、動画では無く、リアルタイムの映像だったのだ。
ショックで端末を放り出しそうになるが、私はその生放送にコメントログが付いている事に気が付いて、ゴクリと生唾を飲んだ。

……昨日の昼過ぎくらいまで遡れるだろうか。
コメント量が多いので必死でスクロールして、数々の暴言から目を逸らす。
数分それを続けたところで、私達への中傷コメントが急増した時点を発見した。
それはやっぱり、昨日の昼過ぎ。プールで遊んでいた頃だった。

茶柱さんたちと遊んでいる事について批判しているコメントも僅かにあるが、ほとんどの人が女子同士の戯れを楽しんでいるみたいだった。
問題はその後、琴都が獄原さんに助けられた辺り。
思った通り、獄原さんのファンらしき人達が、信じられない暴言で琴都を詰っていた。
それから、その暴言は私たち全員に及び、現在まで続いている。

……琴都のせい、と思わない訳では無かった。けれど、更に遡れば、私がプールサイドで最原さんと会話していた辺りでも、「自分語り乙」と批判されていた。

「……紗如? おはよー」

琴都に声を掛けられ、ビクリと震える。慌ててタブレット端末を寝袋の中に押し込み、何も無かったかのように返事をした。

「おっ、おはよ……」

「えっ、なんかすごい顔色悪いけどだいじょうぶ?」

「うっ、うん、なんでもない。大丈夫!」

取り繕いきれるわけが無い。
未だ心臓は恐怖でドクドク鳴っているし、冷や汗は拭っても拭っても乾いてくれない。
琴都は更に何か質問して来ようとしたが、続いて起きてきた合歓によってそれは防がれた。

多分、ルトラもこの事は知らない。ルトラは最も批判が少ないし、嫌がらせなら彼女に見せる意味はあまり無い。
これを知っているのは私だけ。
中継されている事はもちろん全員聞かされているけど、これほどに生々しい誹謗中傷を見たのは私だけだ。
私が黙っていれば、傷付けずに済む。
そして、一刻も早くピアノを修理して、4人でここから出て行かなければ。

「ふぁぁ〜、朝飯食ったらカジノ行こうぜ。昨日転子たちに誘われてさ、スイーツ賭けて勝負だってよ」

「あ、あの! 今日は修理進めよう! もう息抜きは十分でしょ? あんまりダラダラやってると、大手の工房に入れてもらえるって約束も無しになっちゃうかもしれないし……」

欠伸を終えるなり、合歓は驚いたようにこちらを見た。そして、ニヤリと笑った。

「ふん、お前ついにやる気になったんだな! もう夢を諦めるなんて言わせねーぜ」

「あ、いや、そういうわけじゃ無いんだけど……」

腕を失ったショックはまだまだ癒えていない。けれど、それ以上にこの環境が恐ろしくて、逃げ出したくて必死なのだ。

……そうか、逃げ出す。逃げ出すならば修理の必要は無い。

「そんじゃ今日は気合い入れて、チャチャーっと直しちまおうぜ! そしたらカジノだ!」

「あっ、待って、直さないっ、やっぱり直さなくていいです!」

「はぁ!? お前今修理やるって言っただろ!」

「うぅ、言ったけど……その……」

だって実際に、これを直しきるのは無謀な事なのだ。力を合わせる事でそれが達成できるとしても、まだまだ時間を要する。
それならば、今すぐモノクマにリタイアを告げる方が早い。
私が出て行くと話した時に、あっさり了承された事からも、これが一番簡単な方法と見て間違いないだろう。

「あの、あの、うぅ、その、こんな事言ったら怒ると思うんだけど、お願いがあって……」

「あんだよ、言ってみろよ」

鋭い合歓の視線から逃れるように、俯いてから私は言った。

「……リタイア、してほしいの」

合歓が怒鳴り声を上げようとした瞬間、琴都が頬っぺたをつついてそれを止めた。
合歓は頬っぺたをぷにぷにされたまま、呆れたように琴都を睨む。

「紗如、寝袋のなか見てもいいー?」

「えっ、なんで、かな……」

「なんとなく。離さないから、顔色が悪いのと関係あるのかなー、って」

「な、なにも無いよ、無いってば」

「……わかった。無理には聞かないけど、1人で抱え込んだらだめだよ」

そう言って、話を切り上げようとした琴都に対して、合歓は分かりやすくムッとした表情になった。そして次の瞬間、強引に私の寝袋を引っ張ってひっくり返したのだ。

「わぁぁ!? ちょっとやめて合歓!」

「リタイアなんて言うなら、誤魔化すなよ! あたしの本気を止めるって言うんならちゃんと説明しやがれ!」

ガシャン、と落下したタブレット端末は、そのまま滑り出して琴都のつま先で止まった。
琴都が顔色一つ変えずにそれを拾うと、合歓がハッと気付いてそれを取り上げる。
琴都は取り上げられた事も気にせずに、タブレットを握りしめる合歓に寄りかかると、眠たそうに画面を眺めた。

ズキンと胸が痛む。
自分よりも、酷く批判されている琴都が、それを見るのは辛いことだろう。


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