2021/02/18
「少なくとも、睡眠薬じゃない。そして、毒物でも無い」
知識の無い私にはピンと来ない返事だった。つまり、正確な正体は分からないという事なのだろうか。
ルトラは説明しにくそうに、言葉を選ぶ。
「今まで僕が見てきた睡眠薬とは成分が違う。そして、犯罪に使われるような毒物でも無い。しかし、"眠っていた"という記憶はあるはずだ。……これは、大きな問題だよ」
大きな問題、という言葉に、理解出来ないながらも背筋がゾクッとした。
自分の体内に吸収された物が、何かただならぬ作用があったと、そう彼女は言っているのだ。
「焦れってえな、早く教えろよっ。あたしたち、一体何をされたんだ!」
そう合歓が急かすと、ルトラは幼い顔立ちには不釣り合いな、冷めきった目をして言った。
「眠りに落ちるような成分は入っていないのに、僕たちは眠っていた。もしくは、眠っていたと"思い込んでいる"という事だ」
まだ分からない様子の合歓に、ルトラは更に噛み砕いて例えを並べてゆく。
「成分は特定出来なかったけれど、推測で答えに辿り着ける見込みがあるという事だよ。……例えば、薬はただの偽薬で、他の媒体で眠らされた説。これはあまり考える意味が無い。匂いか音声か、或いは別の何かで眠らされていたとしても、隠されているのは眠らせた方法だけで、僕達には何の影響も無いから。……問題は、眠っていなかったのに、眠っていたと"思い込んでいる"場合だ」
そこで、私は思わず頷く。
当たり前の事だけど、自分が寝ている事を自分で観測する事は不可能だ。
ルトラは、その間に起こった錯覚について言っているのだと思う。
でも、眠っていたと錯覚するってどういう事だろう。
「……失神、意識消失、催眠、いくつか可能性はあるけど、このコメントログを見た限り、最も可能性が高いのは記憶が消える作用だろう」
「えっ……?」
そんなはずは無い、と声を上げそうになった。
が、私の考えを見透かしたように、ルトラは代わりに言う。
「ああ。記憶操作プロテクトがあるのに何故、という事だね」
その言葉に、私は頷く。
このゲームの参加者は知るはずも無いけれど、これは外の世界の常識だ。
思い出しライトなどの記憶を操作する技術はすっかり定着して、最早氾濫していると言っていい。
その為、悪質広告や悪意あるユーザーから脳を守るプロテクトを、普通付けている物なのだ。
その形態も、生活スタイルに合わせて多様化していて、私は最も手軽なコンタクトレンズタイプを使用している。
だから、記憶を侵されるはずは無いのに。
「だからこその、錠剤なんだよ。僕達にライトは効かないからね」
「待って、流石に飛躍しすぎじゃ……それに、コメントログを見る限り、ってどういうこと?」
私がそう聞くと、ルトラはコメントの更新を止めてこちらに画面を向けた。
日時は、私達が教室で目覚めたあの時間だ。
「分かるかい。これより前に、僕達の映っている映像は無い。薬を飲む前から教室に居たのに、だ。それはつまり……」
そう言いかけたところで、ルトラは突然後ろに飛び退いた。
「は〜い! 日坂さん、そこまで〜!」
「わっ、モノクマ!?」
ルトラが立っていた場所からびょんっとモノクマが生えて来て、賑やかな声を上げた。
至近距離に居た私は、心臓を押さえずには居られない。
「はぁ……まさか薬を分析する心得があったなんて、持ち物をもっと制限するべきだったかなぁ。そもそも、そんな最新型のPCなんて持ち込まれたら世界観ぶち壊しなんだよねぇ。……ですので、これは没収しまーす!」
そうモノクマが宣言した瞬間、机の方にモノクマーズが現れ、ルトラの持ち物を適当に持ち去ってしまった。
「ばーいくまー!」
鞄ごと持ち去られた事も気に止めず、ルトラはちょいと首を傾げる。
「……もしかして、全部正解だった?」
そう問い掛けられると、モノクマは図星だったのかムキーッと牙を剥いた。
「ああ正解だよ! まったく許せないね! とびっきりのタイミングでクイズを出そうと思ってたのに、勝手に記憶操作を見破っちゃうなんてさぁ!」
「ああん? クイズってなんだよ」
「……なるほどね。つまり、薬で記憶が消えている間に、本当の役目を聞かされていた、という僕の推理は合っていたわけだ。いいやクイズと言うならば、聞かされた、というより……」
「だーから、勝手に説明するなぁ!!」
怒鳴り声を上げて1人でヒートアップしていくモノクマに、ルトラは閉口する。
やがて、その怒りが収まって来た頃に、彼女は「どうぞ」と目で合図した。
その余裕ありげな態度もモノクマは気に入らなかった様だが、それよりもクイズだ、というように気を取り直した。
どこからか司会者風のマイクと蝶ネクタイを取り出し、モノクマは視聴者に告げた。
「さあさあ! クイズ『ホントの役目はなんだろな?????』のお時間でーす! えー、視聴者のみなさまにはこれから、彼女たちがここへ来た本当の理由について予想してもらいます。13択の中から最も票数が多いものが視聴者の回答となり、それが正解だった場合は、本当の役目が明かされます! ……しかし、残念ながらハズレだった場合には、どれが正解だったのか答えは明かされません! 回答のチャンスは12回まで、果たして視聴者のみなさまは真実を手に入れる事ができるでしょうか……!?」
私はまだ、現実味の無い感覚の中に居た。
ルトラの推測通り、私たちの記憶は消されていて、本当の理由は他にある、なんて。信じられない。
自分にはしっかり、楽器職人になりたいという意識がある。
だけど、眠っていると"思い込んでいた"間に真実を知り、夢とは別の理由でここで過ごす事となった。
……駄目だ、やっぱり信じられない。
「えー、では、注目の13個の選択肢ですが……
@家族に捨てられたから。
Aダンガンロンパのキャストになりたいから。
Bそもそも楽器職人なんて職業無い。
C指名手配されたから。
D元々ゲームに参加するはずだったのに逃げ出し、連れ戻された。
E愛のパワーでコロシアイを終わらせるため。
Fそもそも楽器なんて物無い。
えー、Gは……」
そして私は、図書室前での会話を思い出す。
もう外の世界に帰りたい、とモノクマに頼み、あっさり承諾されたあの時の事を。
あの時モノクマは、私を外まで案内する気があったんだろうか……?
合歓と琴都が引き止めに来なかったら、私は本当に外に帰れたの?
……もしかして、私たち、とっくにこの学園に閉じ込められてない?
「えー、時間が無いので、続きの選択肢は第9話で! ではまたお会いしましょう!」
2021/02/18