2021/02/23
『おはっくまー』
『才囚学園放送部からのお知らせや! 朝8時になったで! ほな、頑張ってや!』
朝の放送によって目が覚める。
寝苦しかったのか、いつの間にか寝袋から顔が出ていたけれど、もう慌てる事も無かった。
油断しきった寝顔がネット上に晒されようとも、疲労と空腹ほどには気にならなかったのだ。
昨日はゆっくりと起き出した合歓と琴都も、今日はすんなりと目を覚ました。
モノクマーズの放送と入れ替わるようにして、モノクマが素早く現れる。
寝起きである事も相まって、本当に瞬間移動のように見えたけれど、ビックリ出来るほどの気力ももう無い。
「オマエラ、おはようございまーす。あれれー? テンション低いねー? 国民的大人気チャンネルの放送に出演してるスターだって言うのに、輝きが全然感じられないよぉ。ほら、クイズも再開することだし、シャキッとしなさーい! シャキッとしなさーい! シャキッと! し! な! さーい!」
そう耳元でがなり立てられると、眉間に皺を寄せずには居られない。
いろいろとツッコミたいところはあったけど、疲弊した頭が処理できたのは、うるさい、という事だけだった。
そして今日も、クイズが始まる。
「残る選択肢は5つ! 回答権は残り4回です! 本日も奮ってご投票くださーい!」
ふと思い出して、ポケットからくしゃくしゃに丸まったメモ用紙を取り出す。
落ち込みながらも私は、自分がどうしてここに居るのか知りたくて、選択肢を書き留めていた。
利き手が使えないので酷い文字だが、読めないことは無い。
残った5つの選択肢を見返してみる。
@家族に捨てられたから。
Aダンガンロンパのキャストになりたいから。
D元々ゲームに参加するはずだったのに逃げ出し、連れ戻された。
G借金の担保にされたから。
Kドビュッシーの『月の光』とか、ああいうキレイな曲がぴったりだと思うんだ。
……Kは置いといて、有り得ないふざけた選択肢や、外の世界で簡単に調べられる選択肢は、概ね消えたと言える。
逆に言えば、ここからは視聴者にも真偽が分からない選択肢だと言う事だ。
上手く行けば、回答権残り4回を使い切らせるよりも早く、ここから出られるかもしれない。
しれない、けど。
この中に正解があるのなら、例えこの教室から出られたとしても、学園から逃れることは出来ないのではないだろうか……?
「はーい、集計結果が出ました! みなさまが選ばれた答えは……おっと」
ピタリとモノクマが動きを止める。
突然何かを受信したように1人でくすくす笑い出して、それを視聴者とこっそり楽しんでいるような雰囲気があった。
「……うぷぷぷぷ。どうやらおまけコーナーよりも楽しい事が起こりそうですねぇ? 所詮、このクイズはおまけ。みなさま、メインの方へ注目することにしましょう」
そう案内すると、モノクマは私たちに何も説明せずに、そそくさと部屋を去って行った。
半端なまま、私たちは部屋に取り残される。何かあったのか、という疑問も浮かぶが、それを口にしてもどうにもならない。
いつの間にか琴都はトイレに行っていたらしく、まだ眠たそうにしながら隠し扉のようになっているそこから出て来た。
「次、私いいかな」
そう言って、私は立ち上がる。
その次あたし、と合歓がダルそうに手を上げたので、私は早く済ませようと少し急いだ。
研究教室内にシャワーやトイレがあった事を、幸いだと思うだろうか。
もちろん、トイレが無かったらもっと悲惨だった事は確かだけれど、それでもどこまでプライバシーがあるのか分からないトイレを、4人で気遣いながら使用するのは十分ストレスだ。
私たちは、慣れ親しんだ家族ではないのだから。
合歓のために急いでトイレから出ると、琴都がリュックからお菓子を出して並べていた。
「あっ、紗如。これあげるー」
彼女の近くまで歩み寄り、差し出された物を見ると、それは可愛い個包装のチョコレートやクッキーだった。
「食べ物持ってたんだ。……でもいいの? 琴都の持ち物なのに」
「もちろんだよ〜。せっかく見つけたんだからみんなで食べよ」
そう言うと彼女は、人数分に取り分けたお菓子をルトラに渡し、合歓が座っていた辺りに合歓の分も置いた。
ルトラはちょこっと頭を下げると、すぐにピアノの部品の方へ向き直る。
この状況でも、琴都とルトラは本当に変わらないなぁ、と感心した。
それから合歓が戻って来て、琴都が配ってくれたお菓子を食べようと手を合わせた時だった。
「いただきます」
個包装を破ろうとした瞬間、背後でパッとモニターが点灯する気配がした。
ピンポンパンポーン……!
『死体が発見されました! オマエラ、死体発見現場の体育館まで急いで集合してくださーい!』
全身の筋肉が緊張して、心臓がバクバクと加速していく。
思わず私は立ち上がり、その拍子に手にしていた物を落としてしまった。
「し、死んだって、なに、死んだっ……て、なんで、なんで!?」
「落ち着けよ、紗如! いつか起こるって分かってたことだろ?」
「嫌、ぁぁ、うぅ……最原さん、だったら……」
違う。最原さんじゃなくても、死んでいいわけがない。
命に優劣なんてあるわけ無いのに、真っ先に彼の顔を思い浮かべてしまう自分が、汚くて嫌になった。
「最原……って。お前も、かよ。お前も、恋とかそんなこと言うつもりなのかよ……!」
合歓が私の肩を掴んで揺らした。
そうだ、合歓には最原さんのことを話していなかった。
……最原さんのこと、って。別に話すことなんて無いじゃないか。
私は好きにならない。最原さんみたいにカッコよくて人気な人のこと、絶対に好きにならない。
好きにならないルールなんだ。
「ち、違うよ。探偵は重要だから、それが心配で……。だって茶柱さん達とあんなふうに遊んで、楽しくて……だから、誰にも死んでほしくないの。でも、裁判で失敗したら、みんな死んじゃう……だから、探偵の最原さんが頼りだと思って……」
「……そうかよ。あたしは信じるぜ」
素っ気なくそう言う合歓は、信じる、というより、そうであってほしいと願っているようだった。
「えいやぁぁぁぁ!!」
合歓に掛ける言葉を考えていると、突然琴都の掛け声と共にダァンッと衝撃音が鳴り響く。
驚いて振り返ると、琴都が教室のドアに思い切り蹴りを入れて、また同じ衝撃音が響いた。
「っくぅ……開っかなーい!」
琴都は極めて明るい声色で、瓶詰めの開封に苦戦しているかのように、のどかな声を上げる。
溜め息をつきながら天井を仰ぎ見るその表情は、やっぱりヘラヘラしていた。
「無理だよ……モノクマのことだもん。クイズに正解するまで絶対に開かないように施錠してるはずだよ……」
「あはは、みたいだねー。けど、わたしは今すぐ行きたい」
「獄原さんが心配だから……?」
「心配、なのかな。わかんないや。とにかく駆け付けたいなって、おもったから」
「そう、だよね。出来るか分からないけど、私も手伝うよ」
私は、他人事のように笑った。
ズルいって分かってるけど、自分の中に動機を持たないように、逃げたのだ。
当然、合歓はそれに反対する。
「開くわけねーよ。っつーか別にいいじゃん、あんな奴ら。コロシアイの為の作り物なんだろ、殺される為に作られたんだろ。これは正しい出来事じゃねーか。だから慌てる必要なんて……」
「あはは、合歓はそんなに冷たくないでしょ。……ごめんね、わたしのしたい事は合歓の嫌なことなんだよね。分かってるんだけどさ……」
琴都は語尾を濁しながら、落ちていた角材を拾い上げる。
両手でなんとか持ち上げられるような重さのそれを、ふらふらと振り上げると、彼女はドアに向かって叩き付けた。
大きな音が鳴ると分かっていても、ビクリと肩が跳ねてしまう。
しかし、防音性に優れた、覗き窓も無いドアは、それでもビクともしなかった。
ふと背後に気配が現れる。
「あーもう! 建物を大事にしなさーい!」