爆豪と腐れ縁1



昔のことを思い出したのはたしか、5歳の頃だったと思う。正直その頃の記憶はあまりないが、小学校に通うのはまだまだ先だったから、うん、たぶんそれくらい。
近所の公園で遊んでいたら、少し離れたところでドッジボールをしていた小学生たちの方からすごい勢いのボールが飛んできて、それで…意識を失った。目覚めた時は病院で、お母さんがひどく心配そうな顔をしていたのを覚えている。おそらく意識を失っている間だったと思うが、ブワッと前の「わたし」がどこでどうやって生きていたのかがまるで走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
ふつうに生きていた。都会にそう遠くない場所に生まれて、優しい父と明るい母に育てられ、有り難い事に友達にも恵まれて、可愛くて元気でちょっと抜けている親友がいた。毎日しょーもないことで笑って、それなりに勉強やバイトをして、たまに好きな人の話なんかもしたりして。そんな風にふつうに生きていたのだ。ひとつだけふつうじゃないことがあったとすれば、たぶんそれは…17歳の夏のこと。家のクーラーが壊れて、夕方になってもあんまり暑いものだから近くのコンビニにアイスを買いに行った。通りがかった公園では子どもたちが楽しそうにドッジボールをしていて、子供は元気だなぁとその笑い声を聞いていた。ひとりの男の子が勢いよく転がるボールを追いかけていくのが視界の端に入って、なんとなくそちらを向く。男の子は今まさに道路に飛び出さんとしていて、すぐ後ろには大きなトラックが迫っていた。何も考えていなかったと思う。ほんとうに勝手に体が動いていたのだ。気がついたら男の子を突き飛ばしていて、トラックが迫っているのは自分の方だった。

あ、やべ。しんだ。子ども庇って轢かれるとか漫画かよ。運転手さんに責任いったら申し訳ないな。ごめん。

それが、前のわたしの最後の記憶だ。

後から聞いた話、わたしは熱を出して三日三晩寝込んでいたそうだ。ボールが当たった怪我自体は大したことなかったものの脳に何か影響があったのではないかと両親は気が気でなかったらしい。今になって思えば熱はおそらく知恵熱だっただろうから、無駄に心配させて申し訳なかった。
そういうわけで、前に生きていた「わたし」のことを思い出したわたしは、ひとつの大きな違いに気付く。それは、「個性」というものの存在とそれに伴って生じる「ヒーロー」や「敵」といった存在である。今回の人生における個性は、前のわたしが生きていたころの価値観からすると「超能力」に近い。記憶を取り戻してから街を歩くと、同じものを見ている筈なのに世界がまるでビックリ人間ショーのように思えた。わたしはどうやら「無個性」と呼ばれる類の人間らしく、特に小学生になってからは同級生にいろいろ言われたりしたが、すっかり記憶を取り戻したわたしからすれば無個性であることの方がふつうなので何のダメージもなかった。むしろ周りの人間がみんなビックリ人間で怖いくらいだった。
中学生になって、同じ無個性の男の子に出会った。彼はヒーローが好きで、ヒーローになりたいのだと夢を語った。いまだに職業としてヒーローが確立していることがピンとこなかったわたしだったが、彼のことを応援したいと心から思った。彼が無個性であることを理由にいつもいじめてくる男がいたが、あんな男と違って彼はきっと優しいヒーローになれると思った。
前のわたしが生きていた頃と授業の内容はさほど変わらないようで、少し勉強すればびっくりするくらい良い点がとれた。まぁ2回目なので当たり前である。もともと勉強は好きだったし、無個性(とやる気のなさ)ゆえこの人生で幅をきかせている「ヒーロー」という職につけない以上、勉強をしておいて損はないと思った。しっかり勉強して、いい高校にいって、いい大学にいって、それなりのところに就職する。それが、今生におけるわたしの人生設計だった。
日頃の勉強が実を結んだのか、高校は名門と名高い雄英高校に合格できた。ヒーロー科が有名な雄英高校だが普通科ももちろん倍率が高く、狭き門である。両親はたいそう喜んでくれたし、入学早々あの無個性の男の子…緑谷くんと再会することもできたので、わたしの選択は間違っていなかったと自分でも嬉しかった。

「わたしさ〜、緑谷くんと一緒の高校って分かって嬉しかったんだよね。しかも緑谷くんヒーロー科じゃん?それ知った時なんか嬉しくって泣いちゃった。」

「いや緑谷って誰?」

「えっ」

昼休み、ズズズと紙パックのジュースを啜りながら隣の友達に話しかける。彼女は物凄くドライな性格で、基本的にいろんなことに興味がない。普通科の友達に緑谷くんの話をしたのは始めてだったが、まさかあのお騒がせ緑谷くんを知らないとは。興味もって?!とわたしとの出会いを含め知っている限りの緑谷くん情報を彼女に話すと、何かを思い出すように「あーーー…」と空を見た。

「なに?」
「分かった。あの爆豪の近くによくいる子だ。」
「そうそれ!ていうかバクゴーは知ってんの?今すぐ忘れなよあんな奴…」
「あんた爆豪のこと嫌いなの」

嫌いではないけど…。と口を尖らせる。中学の頃から、爆豪はわたしと緑谷くんが一緒にいるとしょっちゅうちょっかいをかけてきた。それは高校生になったいまでも変わらない。ただでさえ嫌いな無個性がつるんでいるのが気に食わないのだとは思うが、毎度毎度のことなので正直もう勘弁してほしかった。最近はもはやわたしひとりでいても何かしら突っかかってくる。暇なのかな。

「好きな子ほどちょっかいかけたくなるんじゃないの」

好き?爆豪が?わたしを?思わずハッと鼻で笑う。彼女もまさかほんとうにそうだとは思ってないようで、適当に言ったのが丸わかりだった。他人事だと思って…とじっとりした目で彼女を見るが、そんなものはどこ吹く風。まぁ頑張りな、という言葉とともに自分の席へと戻っていった。





「なにコッチ見とんじゃガリ勉女ァ」
「絡み方が完全にヤンキーのそれ」

夕方、一度家に帰ったものの忘れ物をしたことを思い出したわたしが再び学校を目指して歩いていると、ランニング中の爆豪とバッチリ目が合った。挨拶代わりに暴言を浴びせられる。君はほんとうにその言葉遣いをどうにかしたほうが良いと思うよ。
爆豪に会ったことで昼間の友人との会話を思い出す。友人にはあんな言い方をしたが、本当に彼のことは嫌いではないのだ。彼も緑谷くんと同じでヒーローになるという確たる目標を持っているし、そのために努力を惜しまないことも知っている。言葉遣いは最悪だがその姿勢に関してはむしろ尊敬している。言葉遣いは最悪だが。

「ランニング中?偉いね〜。さすが体育祭トップ」
「アァ?!?!ナメとんのかふざけた事ばっか言ってっとその口塞ぐぞコラ」
「えっ今のもしかして地雷?褒めたつもりだったんだけど」

気難しすぎる。思春期の娘か?ご両親は大変だろうな……。

「ていうか、エッ…それ足首なにつけてんの?重り?怖いんですけど…」
「テメー頭は良いくせにもうちっとマシな喋り方はできんのか」
「バクゴーに喋り方のダメ出しされるのウケんね」

爆豪は基本気難しいし悪口しか言わないし会話のキャッチボールもできないのにたまにお母さんのようなことを言う。今度オカンって呼んでやろうかな。ていうかわたしのこと頭良いと思ってくれてたのか、と少し感動する。正直爆豪には無個性で鈍臭くて根暗なガリ勉女だと思われていると思っていた。まぁわたしが無個性で鈍臭くて根暗なのは事実なのでそう思われるのは仕方ない。そのために武器になる勉強を磨いたのだ。おかげさまで今のところ学年1位である。

「バクゴーって超強いよね。さすがじゃん。わたしも個性あったらそんな風になれたかな」

無個性であることを悲観したことはなかったが、この学校に入って、爆豪や緑谷くんを通してヒーロー科の人たちと知り合ってから、少しだけ、ありもしない「もしも」を想像するようになった。自分がビックリ人間になるのはやはりあまりイメージがつかないが、個性があったらこういう時にこうできたかな、と思うようになったのだ。とはいえ万が一わたしに個性が発現したところでわたし程度だとそんなに強力なものにならないだろうな、とも思う。

「お前ごときじゃ個性があっても何もできんわ。大人しく強ェ奴の後ろに隠れとけ!」

そんな風に思っていたら爆豪がまさにその通りの返事をしてきたので思わず笑ってしまう。爆豪は唐突に笑い出したわたしを怪訝そうに見ていたが、もう会話は終わりだと判断したのかそのまますれ違って去って行こうとする。あ、と思って思わずその腕を掴んで引き留めた。

「あー…ごめん。うん、わたし弱いし無個性だからさ。だから…」

ヒーローになって、わたしのこと守ってね。

ポカンと口を開ける目の前の男にまた笑いがこみ上げる。なんだその顔、はじめて見た。爆豪が何かを言おうと口を動かす。何を言うのだろうとその顔を見つめた。そして…


「!!ごめん!!!!」
「アァ?!…ッ、おい、いきなり何しやが、る……」


ドォン、と大きな音がする。わたしに突き飛ばされた爆豪が少し離れた植え込みに激突するのが見えた。声を聞く限り元気そうだ。良かった。朦朧とする意識の中で、また公園の前でトラックに轢かれるのかよ、と自分の運命を呪った。

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