爆豪と腐れ縁2
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「……はっ。」
ーー生きてる。
目に映るのは白い天井。腕の違和感にそちらの方を見ると点滴が繋がれているのが分かった。病院。病院だ。……生きているのだ。
鼻の奥がツンとした。また、同じように死んでしまうのかと思った。前の「わたし」とほとんど同じだけ生きて、同じだけ大事な人ができて、同じように…会えなくなってしまうのかと。
ひとつ、大きく息を吸って吐き出す。それで心はだいぶ落ち着いた。
ナースコールを押して、看護師さんを呼ぶ。パタパタとやって来た看護師さんは目を覚ましたんですね!と嬉しそうにしながら、「それにしたって今回は本当に、不幸中の幸いというか。色んな幸運が重なって良かったです。」と胸を撫で下ろしてみせた。
「色んな幸運って…?」
医師のいない場で話して万が一にでも恐怖がフラッシュバックしてしまわないようにとの配慮だろうか、看護師さんは少し言いづらそうな顔をした。しかしわたしの方は気持ちも落ち着いているし、何よりあれからどうなったのかが知りたかった。その旨を伝えると、わたしの顔色をしっかりと伺った看護師さんはそうですか、と一つ息を吐いて続きを話し始めた。
「覚えておられますか?名字さんはトラックの事故に巻き込まれたんです。」
「あ、はい。それはなんとなく覚えています。」
「実はあのトラック、近くにいた敵の個性を受けて暴走してたみたいで。物凄くスピードが出てたんですけど…たまたま、ほんとうにたまたまそこを通りかかった「風」の個性のプロヒーローが咄嗟に個性でトラックの制御を試みたみたいで。結果、何分突然の出来事だったので完全に制御はできなかったものの、トラックの軌道はズレ威力もかなり抑えられたと聞いています。」
「おぉ……。」
「それでも名字さんの怪我は大きかったんですが、そのプロヒーローから連絡を受けて駆けつけた治癒系の個性のサイドキックが、ここに運び込まれるまでにかなり正確な応急処置をしてくださって…わたしたちも精一杯治療をさせていただきましたので、傷もほとんど残っておりませんよ。」
にこり、と看護師さんは微笑んだ。わたしはというと、看護師さんの言った通り幸運の重なり具合に開いた口が塞がらない。迫ってきたトラックはかなり大きかったのに、目覚めた時見たところ外傷はほとんどないし日付も1日しか経っておらずで不思議に思ったが、そんな理由があったとは。
ちょうどそのタイミングでお医者さんと、連絡を受けた母が部屋にやってきた。ピンピンしているわたしに安心したように涙を流した母を見て、また随分と心配をかけてしまっていたことを知った。そのまま部屋を移りお医者さんが体を見てくれたがどうやら特に問題はないらしい。このまま今日退院して、明日から学校に登校しても構わないとのことだった。また、警察の事情聴取なんかも主に例のプロヒーロー達が主だって受けてくれたらしく、わたしも夕方に少し時間をとってほしいとは言われたが、事実確認と認識の摺り合わせのようで簡単なもので終わった。助けてくれたプロヒーローたちには頭が上がらない。今度ちゃんとアポをとって、事務所にお礼に行こう。
「お世話になりました。」
夕方、ひとつ頭を下げて母と共に病院を後にする。なんだかどっと疲れた。目覚めたのが昼過ぎで検査や事情聴取などバタバタしていたので、昨日の夜、今日の朝、今日の昼、と丸3食ご飯を食べていないことに気付く。意識したら急にお腹の虫が鳴き始めて、恥ずかしくて思わず母の顔を見た。母は「今日はとりあえずもうお惣菜を買って、帰ったらすぐご飯を食べようか」と笑った。その笑顔を見て、生きてて良かった、と心から思った。
*
「おはよう名前。風邪なんて珍しいね、もう大丈夫なの?」
次の日、登校したらいつもの友人が挨拶がてら机にやって来た。どうやら母と担任の配慮で昨日わたしが休んだのは「風邪」が理由になっているらしかった。たかが1日入院しただけだしあまり大事にしたくはなかったので、この配慮は有り難い。大丈夫だよー、心配かけてごめんと笑って挨拶を返す。どうやら他のクラスメイトたちも心配してくれていたようで、次々に言葉をくれた。このクラスの人たちはわたし以外全員個性持ちだが、無個性のわたしともたいへん仲良くしてくれる。ほんとうに良いクラスだ。
「おい名字テメー面かせや」
「平和な世界にヤンキー現る……。」
のほほんとしていたところ突然ドアの方からドスの効いた声が聞こえてきた。見なくても分かる、爆豪だ。アーアーよく通るお声ですこと。そのよく通るお声のせいで教室の和やかな空気は消え去りました〜。いろんな意味でお騒がせかつ言葉の悪い爆豪は当然うちのクラスでもあまり評判が良くない。もちろんその強さには誰もが一目置いているし憧れている子もいるが、いかんせん素行が悪すぎるのだ。いちばん爆豪に近い席の女の子は必死に目線を下に向けてちょっと震えている。ご、ごめん…今すぐそっち行くからね!
慌てて友達に一声かけて爆豪に駆け寄る。例の席の子には心配そうな目で見られたが、「大丈夫大丈夫!こー見えてマブダチだから!」と誰でも分かる嘘で誤魔化して足早に教室を離れた。
「バクゴーさぁ、呼び出すにしてももうちょっと和やかな感じにできない?全員が全員ヒーロー科の子たちみたいなタイプじゃないんだからね?」
「…………。」
「無視か〜〜い」
こ、こいつ……。
わたしの言葉を一切無視してスタスタと歩く爆豪に口の端がピクピクと震える。というか呼び出した理由くらいは教えてくれても良くないか?素直に後ろを歩いているのがアホらしくなってきた。
仕返しの意味も込めて、その背中に用がないなら戻っていい?と投げかける。思ったより不機嫌な声が出たがまぁ許されるだろう。爆豪は相変わらずだんまりだったが、人気のない廊下に辿り着いたところでようやく足を止めてこちらに向き直った。
「……怪我は。」
「は?」
「……だから!一昨日の怪我は大丈夫なんかって聞いとんだこのガリ勉が!」
思わず目を見開く。……おや?おやおやおや〜?
ニヤニヤし出したわたしに気付いてか、爆豪は「その顔やめろブス」と容赦なく言い放つ。相変わらずの暴言だが全く気にならない。だってつまりこれはそういうことだ。そう、爆豪はわたしを
「…心配してくれたんだ?」
「チッッッッ」
「渾身の舌打ち」
「ッッセェ死ね。」
「ごめんって〜!」
謝りながらもニコニコが止まらない。まさかあの爆豪が!思い返せばこれまで、緑谷くんと合わせてさんざん無個性だのグズだのガリ勉だのと暴言を吐かれてきたが、心配されたことは一度もなかった気がする。まさかこんな日がくるとは。緑谷くんにも教えてあげたい、「バクゴーも他人の心配できたんだよ!」って。いや〜〜あの爆豪がねぇ。
「ッ大体テメェ無個性のくせに俺を庇ってんじゃねェ!!テメーの助けなんざなくてもどうとでもなったわ!!!」
「いやそれに関してはマジでごめん。ほんと無個性のくせに勝手に体が動いちゃうんだよねわたし。反省してます。」
これに関しては目が覚めてからずっと申し訳ないと思っていた。思わず顔がスンッと真顔に戻る。結果論ではあるがあそこまで幸運が重なっていたのなら、わたしが爆豪を庇わなくても爆豪自身(と、例のプロヒーローたち)の力であの場は無傷で終えることが…少なくとも病院のお世話にならずに済ませることができたはずだ。そうでなくても爆豪ならもっとうまくやっただろう。力もないくせに出しゃばって、結果多方面に心配と迷惑をかけたのは反省すべきことだった。何より、爆豪の目の前で意識を失うような怪我をしたのが申し訳なかった。自分ならどうにかできたかもしれないことで、勝手に出しゃばった他人のわたしがそこそこの大怪我をして、いくら爆豪であっても夢見は悪かったことだろう。それに関しても謝罪をして頭を下げる。爆豪にも今度菓子折渡すか…と考えていた。ところが頭上からまたもや盛大な舌打ちと共に「ッとにテメーはよぉ!!!!」というドスの効いた声が聞こえてきたかと思うと、同時にぐいっと肩を掴まれて下げていた頭を上げさせられた。驚いて爆豪の顔を凝視する。
「俺の夢見が悪ィとかそういう話をしてんじゃねーんだよ、んなこたテメーが気にすることじゃねーわ!!テメー無個性なんだから大人しく強ェ奴の…俺の後ろに隠れとけって言っとんだ!!!」
ぽかん、と空いた口が塞がらない。今目の前の男が言ったことは、わたしがよっぽどの自意識過剰とかでない限りは、もしや。
「ば、バクゴーそれ…わたしの聞き間違いとかじゃなければ、バクゴーがわたしのことを守ってくれるって言ってるように聞こえるんだけど……正気?」
「だからそう言っとんだ!!つーかテメーが言い出したことだろーが!!!」
「いやまぁそれはそうなんですけど」
うっかり正気?と尋ねてしまったからか爆豪がさらに詰め寄ってくる。ちょ、うるさ、ボリューム落として?!
爆豪が一昨日にわたしが言ったことを覚えていただけでも驚いたのに、まさかそれを承諾するなんて誰が思うだろうか。正直ノリと勢いで言った部分が大きかったので本気にしてもらえるなんて思ってもみなかった。爆豪は言葉遣いは最悪だが顔は恐ろしくイケメンなのだ、ほんとうに。顔だけは良い。そんな人間に詰め寄られて、不意打ちで「俺が守ってやる」というようなことを言われたらどうなると思う?決まってるだろ。…爆豪の顔を凝視していた目線がきょろきょろと動く。とてもじゃないが目を合わせられないし、顔もあつい。急に様子がおかしくなったわたしを訝しんだのか近付けていた顔を離して怪訝そうな顔をする。なんでもいいから離れてもらえるのはありがたかった。
「つーわけだから名字、テメー今後一切俺のいねーとこで泣くな戦うな怪我すんな。したらブッ殺す。わーったか。」
「罰則重っ」
「ア゛ァ゛?」
照れ隠しにいつものような軽口を叩いたらいつも以上に凄まれた。こわい。すみませんでした…と謝りつつちらりと爆豪を見ると、コッチ見んなと顔をその片手で覆われた。い、痛い痛い痛い!首変な方に曲がってるから!!てか自分で言って照れないでよ、せっかくおさまったのにうつるでしょう?!なんて言えるはずもなく。なんとか手は離して貰ったが、お互いちょっと疲れた感じになってしまった。
「よ、よろしくお願いします…?」
「フン」
おずおずと爆豪を伺う。手を差し出してもきっと握手はしてくれないだろうから、ぺこりとさっきよりも軽く頭を下げた。
今回のことはイケメン(言葉遣いは最悪だが)に王子様めいたセリフ(言葉遣いは最悪だったが)を言われたからちょっと…ほんのちょ〜っとだけときめいてしまっただけで、断じて爆豪のことが恋愛的に好きだとかそういう話ではない。
ない…よね?
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