05
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久しぶりのオフだ。コズプロはなんだかんだホワイトなため年休はそこそこ、週休も完全でなくとも基本的には2日になるよう調整される(もしくは自分で調整する)が、いかんせんこの業界。いつ何時担当アイドルに仕事の依頼がくるか分からない。ここ10日間ほどは彼らの仕事の依頼がひっきりなしだったため、必然的にマネージャーのわたしはその期間丸々連勤という形になっていた。仕事自体はEdenとしてのもの、Adamとしてのもの、Eveとしてのものがないまぜだったので、彼ら4人にはしっかり休息はとってもらっている。未成年を預かっている以上それだけはなんとしてでも守らなければいけないことだ。正直10連勤はかなり辛かったがまだまだわたしは若くて体力があるし、深夜番組やラジオの出演がない分帰宅して家事をこなしたとしても夜はどれだけ遅くとも26時には寝ることができていたので何とか無事終えることができた。
10日ぶりの朝寝坊にとても清々しい気持ちになる。時計の針は10時を指していて、天気も春らしい陽気だ。昨日の夜にしっかり湯船を張ってお風呂に入ったが、気分が良かったのでシャワーを浴びることにした。いわゆる朝シャンである。浴び終わったらしっかりとタオルで髪の水気をとって乾かし、お気に入りのオイルを揉み込む。そのままささっとヘアセットをすると、爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。お腹が空いた気もするが、この時点で時刻は11時だったのでこのまま外で食べようと決める。お気に入りの服に袖を通していつもより少しだけ濃くメイクをして、これで休日の名字名前の完成だ。
仕事用とは別の、小さくて大人っぽいデザインのバッグに財布とスマホとポーチだけを入れる。さぁいざ征かんーーーとドアノブを握ったところで、ピンポーンと間の抜けた音が響き渡った。
「……。」
すっかり出かける気分だったので、この呼び出しに出るか玄関先で少し迷う。しかし考えている間にも急かすようにもう一度同じ音が鳴ったので、はぁとひとつ息を吐いてすごすごと部屋へと戻ることにした。
「名前、おはよう!遊びに来てあげたね!」
「おはようございます〜」
モニターに映ったのは日和くんとジュンくんだった。申し訳程度に帽子とメガネで変装をしているが丸分かりである。この2人はわたしがこの家に引っ越した当初から引っ越しの手伝いだの何だの理由をつけて遊びに来ていたので今更驚きはしないが、いくらマネージャーとは言え仮にも女の家にこうも気安く来るのはどうなんだろう…と毎回思っている。とはいえずっとそこに居させるわけにも行かないのでエントランスを開けた。鞄をテーブルの上に置いてケトルのスイッチを入れたりカップを出している間に2人はドアの前に着いたらしい。もう一度ピンポーンとインターホンが鳴った。
「せっかくのオフなのにどうしたの。ってうわ、ブラッディメアリーもいるの?いらっしゃい。」
「名前さん、相手を確認せずに開けるのは無用心ですよぉ…。」
「えっそうかな。ごめん」
「お邪魔するね!」
さっきの今なので2人だと確信してインターホンに出ずに直接扉を開けたが、どうやらあまり宜しくなかったらしい。高校生に怒られる自分のなんと情けないこと…と少し落ち込んだ。日和くんは勝手知ったるなんとやらでそのままズイズイと家に入ってくる。ジュンくんは持っていた犬用のキャリーを下ろすと、「開けていいですかぁ?」とこちらを見上げた。
「いいんじゃないかな。一応ペット禁止だけど飼うわけじゃないし。防音もしっかりしてるから、バレないでしょ」
広いところに出たブラッディメアリーは嬉しそうに走り回る。人見知りしないタイプらしい。実家で飼っていた犬を思いだして口元が緩んだ。紅茶を入れて2人のところへ持って行くと、ジュンくんは「名前さんて意外とそういうとこ緩いですよねぇ…仕事の時はキッチリしてるのに。」と少し驚いたような顔をしていた。わたしは仕事とプライベートはできるだけ分けるタイプだ。人間なのでもちろん完全にとはいかないが、現に仕事の時はジュンくんにも日和くんにも敬語を使うように心がけている。この子たちに限ったことではないが、ESに所属するアイドルたちは大半が高校時代は何かしらのアイドル養成コースに所属している。生活とアイドル(仕事)が密接に結びついていたためか、あまりその辺の境界はないようだった。
「出かける予定だった?」
「特に予定が入ってるわけではないけど、朝ごはん…じゃなくてもう昼か。お昼ごはんをどこかで食べようかと思ってたところだった。」
「ありゃ、そりゃあ悪いことしちまいましたね。何か買ってきましょうか?」
「僕は名前の手料理が食べたいね!」
「手料理?手料理か〜〜。材料何もないな…。」
連日の仕事で買い物にも行けていなかったので今冷蔵庫には栄養ドリンクとゼリーしかない。わたしの肩越しに冷蔵庫を覗き込むジュンくんが絶句しているのがわかる。一人暮らしの冷蔵庫なんてまぁこんなものだよ…。しかしどうやらジュンくん的にはこれはありえない冷蔵庫だったらしい。口癖のgoddamn!を呟いた後「名前さんこれは駄目っすよ!買い物行きましょう!」とわたしの腕を引っ張った。日和くんは、とちらりと振り返ると、彼の方はもう完全に「待つ」体勢に入っており、買い物にも行く気はないようだった。この家に来るのも初めてではないのでトイレの場所も入ってほしくない場所もきちんと分かっている。日和くとブラッディメアリーに留守を任せて、ジュンくんと2人で買い物に出ることにした。
「リゾットかタコライスどっちがいい?」
「何ですかぁ?その2択…ん〜その2つならタコライスがいいです」
「お米はあったなと思って。よしじゃあタコライスで!日和くんには文句は言わせません〜」
近所のスーパーでタコライスの材料を物色する。ちなみにジュンくんには帽子とマスクで変装をしてもらった。メガネよりマスクの方がバレにくい気がする。
タコライスの材料をカゴに放り込むついでに、ジュンくんにせっつかれて普段の分の食材も買い込むことにした。ああでもないこうでもないと言いながら2人で買い物をしていると、ジュンくんが「なんだか新婚みたいっすねぇ〜」と目を細めて笑った。明らかに他意はなさそうなのがまた頭の痛いところである。気軽にそういうことを言うとジュンくんに本気になっちゃう子も出てくるからよく考えてから言うんだよ…と諭すと、ジュンくんは「ちゃんと弁えてますって」とまたからからと笑った。
レジでお会計をして、買ったものをエコバッグに詰める。なんだかんだたくさんの買い物になってしまった。当たり前のようにジュンくんが荷物を掻っ攫っていったので、一瞬呆けてしまう。本当によくできた高校生だ。わたしが高校生の時はもちろん、大学生の時だってこんなにスマートな男の子はいなかった。そこまで思考を飛ばしたところでハッと我に返って、先に歩きかけたジュンくんを追いかけた。
「自分で持つよ!重くないし!」
「何言ってるんすか。それじゃあオレが来た意味がないでしょ」
「や、大事な君達を仕事以外で疲れさせたくないし。」
「前からちょくちょく思ってましたけど…名前さんはオレたちにちょっと過保護すぎますよ。」
「えー…ありがとう。でも過保護って、そんなことないと思うけど。」
頑として譲らないジュンくんにわたしの方が折れて、ありがとうと一言お礼を言った。そんなつもりでジュンくんと買い物に出たわけではなかったが、彼は最初から荷物持ちをしてくれるつもりでいたらしかった。
過保護だと言われたため己の行動を振り返ってみたが、特に思い当たる節がなかったので首を傾げる。むしろ、歳の割にしっかりしている彼らにはその自立性に任せて彼らなら大丈夫、と安心してしまっている事の方が多い(それもそれでどうかという話ではあるが。)気がする。それをそのまま伝えると、ジュンくんは「いやいや」と困ったように笑った。
「さっきのもそうですけど。名前さん気付いてますか?しょっちゅう「未成年なんだから」って言ってますよ。」
「それはだって、未成年を守るのは大人の義務だし、担当アイドルが仕事に全力を出せるように可能な限りその周りを整えるのがマネージャーの仕事でしょう。」
「そうかもしれないですけど。でもオレたちだって、あんたより歳は下かもしれませんが鍛えてるんですから、女性の名前さんより力はあるんです。」
まぁ、力の話だけに限ったことじゃないですけど…とジュンくんは前を見据えたまま呟く。おそらくまだ何か伝えたいことがあるようだが、うまく言葉が見つからなかったのかそれきり押し黙ってしまった。
歩きながらジュンくんの言葉の意味を咀嚼する。自分は大人なんだから、社会人なんだから、と彼らを守らなきゃという使命感に駆られていたが、(6つ離れているとはいえ)パッと見はたいして歳の変わらないわたしのような若造の、しかも女に歳上ぶられるのはあまり気持ちの良いものではなかったのかもしれない。
「たぶん今名前さんが想像してること、それは違うと思いますよ」
ちらりとこちらを見たジュンくんの言葉に目を丸くする。何も言葉を発していないのに何故……という顔をすると、それすら顔に出ていたのかジュンくんは「どれだけ一緒にいると思ってるんですか。名前さんの考えそうなことくらい分かりますよぉ」と目を細めた。
「まだ1年ちょっとだよ」
「密度が違いますからねぇ」
「それもそうだ。」
わたしもジュンくんの考えてることは何となく分かるよ、さっきのは違うかったらしいけど、と笑うと、ジュンくんは目を細めたまま例えば?と首を傾げた。
「『おひいさん、お腹空かして拗ねてないかな』」
「おぉ〜正解っすね」
「密度が違いますから」
先ほどのジュンくんの言葉を同じように返す。なんとなくピリついた空気が流れた気がしていたが、ただ本当に胸中を表すうまい言葉が見つからなかっただけらしく、怒ってはいないようだったので安心した。
きっと日和くんはわたしたちの考えている通りお腹を空かせて待っているだろう。顔を見合わせたわたしたちは、それを合図のように2人少し駆け足にマンションへの道を急いだ。
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