まるでホイップクリームのように白いふわふわとしたフリルが詰まった桃色のスカート、腰元に大きなリボンがあってお姫様のような服装の女の人が目の前で通り過ぎていく。
「可愛い……。お母さん!まお、あぁゆう服、着たい!」
母とスーパーに行った帰り、荷物を持って足運びがいつもより遅い母を置いて少し先を歩き回る困った子供だったが、ケーキのお姫様のような服を見て、慌てて母の元に小さな足とそれに釣り合わない大きな頭を揺らしながら戻って、女の人の後ろ姿を指差した。
「
自分は女の子だから、可愛いものが好きだと母は特段嬉しそうだった。自分が女の子だと分かった時に可愛い服を着ている姿を沢山見たいと、とても楽しみにしていたと何度も話していた。
そして、次の週末にとびきり可愛いフリフリした服を父に買ってもらって嬉しかった。
何度も姿鏡の前で自分の姿を見る。
あのお姉さんと同じようなふわふわのスカート、鏡の中で体が横になるとふわっと広がって揺れて、理想の服がそこにあった。
その喜びで休みの日はいつも大好きなロリータを着ていた。でも、1ヶ月程してロリータ姿の自分が見慣れてくると、スッと嬉しい気持ちが冷めてしまった。
「蒔生ちゃん、もう着ないの?それとも他のお服をパパに買ってもらう?」
「ううん、もういい…まお、飽きちゃったのかな」
「ほ、ほら美味しいケーキも毎日だと飽きちゃうでしょう?楽しいお出かけの時になったらきっと着たくなるわよ」
飽きたかも、と言っても母は全く怒らなかった。自分は何が欲しいとか、おねだりする事が無かったし初めてのおねだりが可愛いロリータだった事は嬉しかったのだと思う。
その後も自分はロリータを着たいとは思えなかったけど、ハンガーにかかっているロリータはいつだって自分にとって可愛いものだった。
また母と買い物の帰り道を歩いていると、前と同じロリータを着たお姉さんを見かけた。目の前の赤信号に足を止めて少ししては自分と母も隣に並ぶ。
今日は白いけど少し黄色みがあって、本当にホイップクリームのようだった。白っぽいスカートと一緒に揺れるくるくると巻かれた長い髪の毛先の鮮明な赤色はまるで苺みたいで。
思わず瞳を輝かせて声が漏れた。
「ケーキみたい…」
自分の小さな囁きにお姉さんはこちらに向いて視線を落として自分を見下ろす。
「え、分かる…?今日、ショートケーキをイメージしたの…!」
「!!…わかる…!あの、あのね、スカートがね、ふりふりでふわふわでホイップクリームみたいでね、お姉さんの髪がね赤くてくるくるでね、苺みたいなの!」
「そうなの!え、すごい!分かるんだ…!嬉しい!」
こちらを見たお姉さんの赤いアイラインやぷるぷるの唇も苺のようで、より一層ショートケーキを彷彿とさせた。
最初は驚いた様子だったけど、必死に精一杯に感じたままにお姉さんの可愛い苺のショートケーキっぽさを語っていく程、お姉さんは嬉しそうに笑顔を浮かべていった。
「まおちゃん、またねー?」
「またね!」
信号を待っている1分くらいの時間だったけどお姉さんとお話出来た事がすごく嬉しかった。信号を渡ってすぐに道は別々になってしまったから、お母さんと手を振って帰路を歩いていく。
あの鮮やかな赤い髪、お姫様のようなフリフリふわふわした服、嬉しそうに笑うお姉さんの顔が焼き付いて離れない。
やっぱりロリータが好きだ、可愛い服が好きだ。家に帰って父に買ってもらったロリータを見つめる、やはり着たいとは思わない。
でも、妄想は止まらない。チョコレートケーキみたいな服ならどうだろう?チーズケーキなら上のツヤツヤの所はどうやって服にしたらいいのだろう?
妄想の中、自分の考えた服を着ているのはあのお姉さんだった。
自分の思う可愛い服をあのお姉さんや他の人に着て欲しい、見てみたい!
自分が着たい訳ではない、着ている人を見るのが好きなんだと初めて自覚した。
それから両親に画材をおねだりして、可愛い服を着ている女の人を描く日々が始まった。
あの時買ってもらったロリータは相変わらず着ようとは思わないけど、見る度に幸せな気持ちにもなったし絵を描く毎日に飽きがくる事もなかった。
そして日々が過ぎていき…絶えず毎日頭の中に浮かんだ可愛い理想の服とは反対に、成長するにつれてなんとなくスカートは履きたくなくてズボンを選んだり、自らの胸元が柔らかく膨らんでいく事に不快感を覚えた。
更に成長しても、胸にちゃんと下着を着用した方が良い事は分かっていても強い抵抗感から避け続けた。
髪も短い方が何かと楽で好んでいた。
母は"可愛い女の子"から外れていく自分の姿に焦りを感じたのだろうフリルやリボンのついた下着類を買って贈ってくれた。
デザインには可愛さだけが溢れている筈なのに、下着自体が安易に誰にも見せないもので、そして下着もまたその奥の裸を覆い隠すもの…と我ながら変態的な想像をして、妙にエロティックに思えて自らに与えられたソレに他人事のように興奮してしまった。
ただ、興奮するばかりで身につけるとなるとやはり不快感を抱いて、結局棚の中で眠る事になった。
中学に入ると、男女で明確に制服が分けられていて仕方なくスカートを履くが、落ち着かない感覚からスカートの下にジャージを履いてなんとか女子制服を着ていた。
でも、
「俺は男みたいなもんだからさ!」
いつもこんな調子だった。
ボーイッシュな容姿や、そりが合わない女子達との会話の影響もあって周りは男友達ばかり、でもアウェーになるどころか安心感すら覚えて全く苦痛では無かった。
女子の胸の話で盛り上がったり、エロい絵を描いて笑ったり。授業以外では男友達に混じってスポーツで遊んだりもした。
周りには自分は男に見えている、とすら思っていた。
「中2になったらやっぱり一回はヤってみてーよなー」
「お前頭の中そればっかだな!」
「猿の方がまだ理性あるよな!」
放課後にいつも通り4〜5人の男友達とその中の1人の家に集まって、ゲームをしたりこんな馬鹿な話をしながら過ごしていた。
「おっぱいってどれくらいやわらけーんだろ、触ってみてー♡」
「一応目の前にあるじゃん!」
にまにまと妄想で緩みきった口元と空気を揉む手つきを笑って見ていたが、1人の言葉と共に全員の視線が自分に向いた
「…は?」
何言ってんだ?本気で意味が分からない、怪訝そうに眉を寄せた自分の胸に何本もの手が伸びて、柔らかく掴まれる感覚と同時にゾワワッと猫の毛が逆立つように身体中からなぞり上げるような、身の毛がよだつ、とはこういう事かと痛感した。
怖いとかじゃない、ただ、ただキモい
キモい、キモいキモいキモいキモいキモいって!!!!
「やめろよ!!馬鹿じゃねぇの?俺は男みたいなもんだって言ってんだろうが!冗談でもガチキモいわ!」
ベシッベシッベシッと友達の手を次々に叩いては不快感も直球で伝えて睨みつける。
「別に彼女にしたいとかはないけどさー、お前も女じゃん、なぁ?」
「そうそう、蒔生となら男友達感覚で女子の体を体験できて最高じゃん!」
「なんだよ〜?やっぱり蒔生も一応女だったのか〜?ノーブラおっぱい触られて気持ち良くなったんだろ、このままヤっちゃう?」
「3P以上って入れるとこねーじゃん!どこ入れるんだよ!あはは!」
そこからの記憶は正直朧げだった、ただ…女として見られていた事がショックなのもあったけど…、自分が女だと自覚する事がすごく…嫌だった。
あれ、俺って…なんとなく男っぽいのが好きだから自然と男みたいになって…いや…そもそも俺ってなんで"女"なんだ?
ふと、そんな考えが浮かんだ。
男友達と見てはしゃいでいた女子達の揺れる胸、自分の体にも平凡な大きさのソレはあった筈なのに、他人事だった。
ぐちゃぐちゃだ、どれが1番嫌だった?分からない、分からない。
「……俺帰るわ」
「え!?そんな怒んなって、ごめんじゃん」
「お前も一応女だもんな、ごめんごめん」
「…おーい、蒔生ちゃーん?」
「ちゃんとかつけんな」
こいつらにとっちゃただの悪ノリ、わかるよ。
でも、体が女な限り俺はアイツらと男同士の友達にはなれないんだ、そう痛感した事が苦しかった。
俺は男になりたいのか?いや、違う…体が、体だけが俺の認識していたものと違うんだ。
少しだけ女の子らしくなれない自分が申し訳なかった、女子の中に上手く混じれない、イマイチ噛み合わない事に自分は変なのだろうか、と漠然と孤独感があったのは正直な気持ちだ。
俺って……男だったんだな。
そう思うと、少しだけ心が軽くなった。
その日から、学校では男友達と会話はするものの放課後に集まる事はなくなって、次第に関わりは少なくなっていって…結局孤独にはなった。
でもデザインの妄想は尽きない、隙あらば1人で服のデザインを練り続けていた。
そんなある日、胸が大きいが故に男子達から揶揄われたりセクハラを受ける大人しいクラスメイトが俺に声をかけた。
「あの、
誘われるままに空き教室に一緒に入り、もじもじと何やら落ち着かない様子に首を傾げながらも相手の第一声を待つ。
「私、牛巻さんの事が…前から好きでした!つ、付き合って下さい…!」
まさか自分が女の子(しかも巨乳!)から告白を受けるなんて思わなくて、目を見開きながらつい胸元に視線が向く。あまり話した事もないし、正直印象は胸がデカくて大人しいタイプな事しかない。
「え、っと…俺、あんま話した事ないよな?なんで、俺?」
「私、そのボーイッシュな女の子が好きで…それで一目惚れしちゃったの…ずっと、他の男の子といたから中々声かけられなくて…」
女の子…
女の子、か…まぁ確かに体はそうだもんな。男だと自覚して日が浅いしなんともハッキリしないモヤモヤした気持ちが湧いてくる。
「あ、えと…俺さ、男なんだよね。なんて言うか、精神的?に。だから…ごめん…」
「?、でも女の子でしょ?心が男でも私は大丈夫!」
「……でもさ、俺が男だったら好きになってないんでしょ?」
「うん、勿論っ。私、女の子が好きだから…」
「…うん、だからさ、俺は男なんだよ」
「でも、心だけでしょ?」
心だけが男、体だけが女
どっちが正しいんだろう、どっちに合わせているのが良いんだろう。体が女である限り、他人にとっては女でしかないんだろうな。
でも、俺は…
「俺は、本来なら男の体を持ち生まれたかった、心も体も男であるのが俺のありたい姿なんだ。」
「…どういう事?私は心が男の人でも気にしないよ、女の子の体で生まれたんだし、それで良いじゃない!」
この子に悪気は無いんだ、だってこの子にとってはそれで良いから。心なんて、見えないからな。
「…俺は嫌だわ、ごめん。」
そうして俺は教室を後にした。
俺は本来は男だ、なんて勘違いなのかも知れないと過った事もあった。
でもこの出来事のおかげで明確に分かった、俺は"男"だ。
まぁ、そんな確信を持った所で生活は変わらない。強いていえばSNSにデザインの投稿を始めてみた、だんだんと反応は増えて "可愛い!" "着てみたい"とコメントが来たりしてすげー嬉しくなったと思えば "構造的にあり得ない" とか、厳しいコメントや否定的な反応も増えてもいって1人中指を立てていた。
でも、俺のデザインした衣装を着たアニメキャラクターのイラストを描いてくれる人達がすっげー励みになった。
そして、そんな好きな事を楽しむ俺とは裏腹に…もうすぐ中3にもなろう娘が未だに女の子らしくならないどころかちゃんと下着も着けず、サラシを巻いている体たらくに母はモヤモヤした様子だった。
「ねぇ、蒔生ちゃん?お母さんが昔にあげた可愛いブラジャーとショーツ、タグがついたまま棚の中にあったよ?どうして着けてくれないの?髪も短くて男の子みたいだし…お母さん、可愛い蒔生ちゃんが見たいなぁ…」
ある日の朝、いつものように朝ごはんを食べている俺に悲しそうな瞳で見つめながら女の子らしくなって欲しい、とアピールをしてきた。
母はあまり怒らない、でも悲しそうにして同情を誘う。聞いてあげないと可哀想、と思わせようとする。
多分自覚はない、ただこうしたらみんな自分の願いを叶えてくれたから、そうする癖がついただけなんだと思う。
正直俺は男だと両親には言い出せないままだった。
でも、このまま母をモヤモヤさせ続けるのもそれはそれで可哀想だし…母さんの理想に応えられなくたって俺を愛してくれる、そう信じたい。今まで過ごしてきた日々、両親がくれた愛情を信じたい。
大丈夫、大丈夫だ。行ってこい!俺!!
「あのさ、母さん。…俺」
「また俺って…、女の子なのにやめてちょうだいよぉ…」
「聞いて!…俺、男なんだ。体は、女だけどさ…でも体が俺に合ってないって言うか…。だから、ちょっとでも違和感がない姿で生きていきたいんだよ」
「なぁに…?それ…」
「体は女だからさ、そりゃ男女で分かれなきゃいけない時は女側に行くよ。女の子側は俺が男って知ったら不快になるかも知れないけどさ…」
「お母さんが蒔生ちゃんを沢山可愛いって言ってあげなかったから、女の子の自信なくなっちゃったの!?」
「は…?違うよ、俺は可愛いって言われても嬉しくない!」
「ううん、違う。蒔生ちゃんは女の子として自信がなくなっちゃったの、男の子だなんて言って現実逃避させちゃってるの…お母さんのせい…!ごめんね、ごめんね蒔生ちゃん…!」
「違う!俺は男だって!心が男なの、どんなに女の子の服を着たって髪を伸ばしたって、落ち着かないんだよ、自分じゃない気がするんだよ!胸があるのもなんか、変って言うか…他人の体に入ってる気分って言うか…」
「…病気になっちゃったんだ」
だんだんヒートアップしていく会話の中、母のその言葉でスッと俺の熱が引いていく。
何かが切れるってこういう事なんだな。
「病気…?」
「…蒔生ちゃん、病気になっちゃったのよ。病気だから自分がおかしいって気付いてないのね…」
「…へぇ…俺、おかしいんだ」
「そうよ、だって蒔生ちゃんは女の子だから。男の子じゃないもの、週末までに病院を探すからね。お母さんが本当の蒔生ちゃんに戻してあげるから!」
「……病院には行かない、俺はおかしいままでいいよ」
「蒔生ちゃん!」
「いってきます」
まだ残った朝食は名残惜しかったけど、今すぐ出ていきたかった。一刻も早く、すぐに。
だから立ち上がって母に背を向けてリビングを出た。
何かを誤魔化すように足早に自室に入って、鞄を手に取って靴を履いて、家を出て…次、次やらなきゃいけない事は?
学校に行かなきゃ、学校に……
長い、この気持ちを誤魔化すにはあまりに長い道。
家を出た瞬間に涙が溢れて、息が苦しくて、顔が熱くて。
怒ってるのか、悲しいのかも、分からなかった。
残念ながら家出しても匿ってもらえるような友達も知り合いも居ないから、学校が終われば素直に家へ帰った。
帰るなりすぐに自室に入って、帰宅に気付いた母が扉越しに声を掛けてきても答える気になれなくて無視してしまった。
このまま顔を合わせないで生きていきたい。
母さんを嫌いな人にしたくない、悪い人じゃないのは分かってる、嫌ってあげたくはない。
そんな気持ちのせいか、やっぱり本当は俺がおかしいのかな、俺って病気なのかな、これって治るものなのかな…なんて弱気な思考が頭の中に増えていく。
「蒔生、変な反抗期でお母さんを困らせるな。夕飯を食べに出てこい。」
夜が更けて父が帰宅して、粗方話を聞いたのだろう扉越しに呆れたような父の声が聞こえる。
まとまらない頭だし、このまま無視したいくらいだったが父さんが怒ると母さんにストレスがかかってしまう。ただでさえ俺のせいでストレスを感じてるだろうから…仕方なく重怠い体を起こして部屋から出て父とリビングに行く。
テーブルにはいつも通り母の作った3人分の夕飯が置いてあって、母さんは俺の姿を見るなり駆け寄ってくる。
「蒔生ちゃん…、今は蒔生ちゃんは男の子なんだものね。いきなり否定されたらビックリしちゃったよね?ごめんね?でもね、お医者さんに診てもらったら本当の事が分かるから。」
「一回診てもらおう、障害は早く対処した方が良い」
「は?障害って何?」
大人しく飯食って、風呂入って、寝て…理解されないと諦観して、適当にやり過ごして…せめて表向きだけでも今までの家族に戻りたかった。
でも、そうは出来なさそうだ。
「うん、お母さんね色々調べてみたのよ。そしたら蒔生ちゃんのそれね、障害なんですって」
「だから薬を飲めば緩和されていくんだろ?ちゃんと女に戻れるから」
父さんも基本的には優しい人だ、だから困っている母の味方だ。母の悲しそうな困ったような顔を見たら可哀想だから肯定してあげたい人なんだ、昔から。
「………絶対行かねぇから、もう俺のご飯作んなくていいよ。食わないから。」
朝にプツンと切れた何か、歪でも結び目が出来てもなんとか繋ぎ直したかった。
今まで愛してもらった事も、買ってくれた服も絵を描く道具も全部、感謝してる。
でも、もう…無理だ。
結び直したいとすら、思えなくなった。
すぐにリビングから出て自室に戻り閉じこもる。
これからどうやって過ごそう…、どうやって生きていこう。
ベッドにうつ伏せになって、布団に口元を沈めてスマホでSNSを見る。でも大半の情報が頭から抜けていく、見ても見ても何にも興味が湧かなくてただひたすらスワイプを続けていく。
そして、突然画面の上に現れた。
この虚無感を一瞬で打ち消す誘惑が。
____初めまして、マイマイさん。突然のご連絡失礼致します。
投稿されている作品を拝見させて頂きました。雪戸にある会社の……………
…
…
…
…
雪戸にご抵抗がなければ、弊社で一緒に働きませんか?
一度お話だけでも出来れば、と思っております。
つきましては……
:
:
:
雪戸、学校でも昔から散々聞かされた。
犯罪者のような危険な人たちが沢山集まった無法地帯の街。
凶悪な犯罪者、凶暴な半獣に横暴な魔術師、快楽の為だけに人を騙したり唆したりする悪魔や妖怪、善良な人間はおもちゃのように遊ばれて残虐に殺されるんだって。
だから近付いてはいけない、と何度もそりゃもう何度も聞かされた。
でも最近はネットで半獣の人や、魔術師の人を見る機会も増えて若者は特に興味を抱いたり、親近感を覚える事も少なくない。
少なくともネット上では普通に生活している雪戸の人達をよく見かける、本当に危険な街なのか?と疑問視する声も増えてはいる。
とは言え、衝動的で無謀で、馬鹿なガキだなぁ、と我ながら思う。
でも、気がついたら来ていた。
雪戸に。
すぐに"是非、働きたいです!"と返信をして、提案された日までは数日あったけど、使い道もなく溜め込んでいたお年玉を全て財布に押し込み、一刻も早く家から出たくてリュックとスーツケースに入る限りの全てを詰め込んだ。
子供の俺にとっては、何もかもが親から与えてもらったもの。与えられたものだけを両手と背中に下げて無言で出ていくのは憚られて
"14年間、ありがとうございました"
それだけを書き残した。
流石に雪戸で宿を取るのは怖かったから、雪戸に向かう為の最寄りの駅まで電車で行って当日までを駅近くのネカフェで過ごした。
そして当日の朝に、雪戸と繋がる唯一のバスへと乗り込んだ。
バスが道を進むほど建物は減っていき、周りは木々が増えて少しデコボコした山道を進んでいく。
運転手も、バスも、俺以外の数人の乗客も、至って普通だった。
15分程の山道を越えた先、少し高い場所からみた雪戸の街並みは俺たちの暮らす外と大きな差はなかった。
そして…
漸くついた雪戸、固唾を飲んでバスから足を下ろす。
「…ここが、雪戸」
パッと見、如何にも怖い感じの人がいる訳でもなく普通に見える人達が歩いたり話したり、生活をしているのが見える。
眼球だけを動かしながらゆっくりと街の中を歩いていけば、猫の半獣…だろうか長い尻尾に猫っぽい耳が生えた人が通り過ぎる。
半獣の人達を見た途端、雪戸に来た事を強く実感した。
とにかく雪戸用の地図のアプリを入れて待ち合わせ場所へ向かう。
待ち合わせた時間の10分程前に膝上の黒のタイトスカート、黒のスーツに白いシャツを着た女性が隣に立つ。
時折時計を見たり、時間を気にしているようだったがこちらを一瞥はしたものの待っている相手ではないとわかりきったように、気に留めていないようだった。
待ち合わせ時間を過ぎても一向にそれらしき人は現れない。
そんな中隣の女性はスマホを取り出して何かをしていて、そんな様子を横目で見て30秒程してからポケットの中のスマホが鳴る。
"お世話になっております。まいまいさん、どちらにいらっしゃいますか?迷われていらっしゃるならばこちらからお迎えに向かいますので仰って下さいね。
そんなメッセージが届いて確信を持った。
「あの…ここ、に…います。」
少し緊張しながらも、つん、と人差し指で女性のスーツ越しの腕を突いてから、メッセージの写った画面をそっと隣の女性に見せた。
「……え゛ぇっ!こ…子供!?」
:
:
:
俺を見て戸惑った様子だったが、間違いなくお互いのやりとりの映った画面に奇跡的な嘘の合致では無いと察したようで、一先ず近くのカフェへと向かった。
至って普通の何の変哲もない、おしゃれなカフェだった。
「さっきはごめんなさいね、驚いてしまって…その、確かに年齢は書いてなかったわね。でもまさか…こんなに若いとは思わなかったの」
「…す、すみません…?」
「私の確認ミスだから、気にしないで!…でも、ご両親は?雪戸に来るのをOKする親は殆ど居ないと思うけど…」
「家出してきました。もし働けなくても俺、帰りません…なんとかここで生きていきます」
「……盛大な家出だねぇ…。…えっと、好きなもの頼んでちょっと待ってて?おばさんはコーヒーね!」
俺の様子で両親とは上手くいっていないのは察したようで、困ったように苦笑いを浮かべた後メニュー表をバッと差し出してからスマホ片手に店から出て行ってしまう。
「注文決まったかな?」
そして、物腰柔らかげな店主のおじさんが微笑んでメニューを聞きに来る。
メニュー内容は普通だけど、本当は隠語とかで…人間の生き血とかだったらどうする?なんて変な妄想が膨らんでしまったが、んな訳ない、と振り払う。
「えっと…コーヒー、と…俺…も、コーヒー…」
大人との話だから合わせてコーヒーにした方が良いのかも、なんてガキ臭い発想で同じコーヒーを指差す。
「苦いの平気?おじちゃんのコーヒーはねぇ、苦いよ〜」
「うっ…お、お砂糖沢山入れ、ます…」
「ふふふ、大人はねぇ、君がまだ子供だって分かってるからねぇ合わせなくて大丈夫だよ、ミルクコーヒーはどうかな?美味しいよ〜」
「…じゃ、じゃあ…それで…」
緊張を察しているのか優しく、親戚のおじさんのように俺を子供扱いする。でも、1人で心細い俺にはそれが少し安心感にもなった、苦いコーヒーじゃなくて甘くて飲みやすいミルクコーヒーにしたらどうか、と勧められただけでも自分を守ってもらえたような気持ちになった。
5分くらい経ったがお姉さんは帰ってこない、その間におじさんが運んできたミルクコーヒーとブラックコーヒーを受け取ってお姉さんを待っていよう、と思ったのだが飲んで欲しそうにニコニコとそのまま目の前で立つおじさんをチラッと見ては、子供だから先に飲んでても許される、か?と緊張からか体をコップに寄せて縁に唇を当ててはコップを傾ける。
コーヒーの香りは芳醇に感じるのに、牛乳でまろやかで棘がなくて舌に染み渡るように優しくコク深い甘さの余韻が残る。
「…うまっ…い、です」
「そうかそうかぁ」
思わず漏れた声と、付け足した精一杯の大人のフリに満足げに頷いては漸くキッチンへ戻っていく。
なんか妙に恥ずい…なんて思っていれば、扉が開いてお姉さんが姿を現す。
「お待たせ。……まず、貴方のデザインはとても良い!それは社長も私も思っているし、SNSでのポジティブな反応も確かな事実よ。ただ、やっぱり服として本当に立体に移すのは簡単じゃない、実際問題このままだと表現出来ない所もある。…それに貴方はまだまだ子供、経験が浅い。」
「…は、はい…」
戻ってくるなりテキパキと席について、じっと俺を見つめる。
ただ楽しく、欲望のままにデザインをしていた俺には、直球な大人からの意見は首が絞まるような感覚がした。
雪戸であろうと、やっぱり子供じゃ無理か…これからどうしよう…どうして生きていけば良いんだろうか、と未来の事を考える。
「経験は別にデザイナーや、服飾の世界の事だけじゃない、この世界で貴方は子供なの。まだ社会に出る為に必要な経験が不足していると社会が認識しているという事よ。だから、まずは…子供を全うしなさい。」
「大人になってから、また雪戸に来いって事ですか…」
「…いいえ、残りはこの街で全うしてもらうわよ。社長のご厚意で、こっちで住めるように諸々協力してくれるとの事よ。でも、ちゃんとうちの会社に貢献もしてもらうからね?」
「…!…い、良いん、ですか?あれ、俺の認識間違い…?」
あまりに、あまりに俺に得すぎる、都合が良すぎる。本当はめちゃくちゃやばい会社だったりする?人身売買とか臓器売買とか、今更気付いてもう遅い?色んな妄想が頭を過ぎっては思わず冷や汗が垂れてくる。
「何考えてるの?もう…。でもそうね、今後は変な誘いに気をつけるのよ?お菓子くれるからってついていっちゃダメよ?」
「そ、そんなガキじゃないです!」
怖い妄想なんてすぐに忘れるくらい、雪戸に来てからはとにかく忙しかった。
まずお姉さん…
その後は学校について、まず転校先の中学校の手続きと高校の援助やシステムについても説明してもらったり、当たり前に1人暮らしが始まるので家具やら諸々を買いに行ったり。
お金とか、この街での知識とかさえあれば子供でも援助も受けられるらしいけど…この街に詳しく無いしお金も1ヶ月分の家賃も無い。
結局服部さんが何もかもしてくれて、俺はどこまでも子供で無力で、いっぱい迷惑かけてて…疲れもあってか申し訳なくて苦しくなって
「…ごめんなさい、俺のせいで忙しいのに迷惑かけてます」
帰り道で如何にもしょんぼりした声と顔で謝ってしまった、これじゃ気を遣わせるだけだろ、と口から出てから反省をする。
「この街は法治されてないけど、この街なりに正しく生きようとする人が大半よ。ちゃんとそうなるようにみんなで作ってるし、みんながみんな利己的に生きてる訳じゃない。子供を守りたい大人は沢山いる。……なんて綺麗事を言った後に悪いんだけど、私達は蒔生に投資をしているだけ。幸いお金に困ってないのもあるけどね?…それとも、成功した途端に服部夫婦から逃げ出そうと企んでんのか〜?」
「そんな事絶対ないです!俺、出来る事から頑張ってやります…!」
「そうそう、別に放課後は遊び放題じゃ無いよ?ちゃんと仕事もしてもらうからね?」
「…はい!」
頑張る!なんて言いつつも、仕事は仕事、いきなり趣味から無知なままの子供がプロの世界に入り込んだ先は想像以上に大変で、自分の想定の甘さ、知識の足りなさ、何もかもが欠如してて悔しくて苦しい事も多かった。
学校でもほどほどにクラスメイトとは話すものの、多忙な生活も相まってあまり仲良くなる事もなかった。
まだまだ勉強する事は多いけど、日に日に生活は落ち着いたと言うよりは慣れてきて、立体にした時の布の重みもまだまだ分かってないし、どんなに思考したってそればかりは作らなければ完全な把握は出来ない、想定も今は難しい。なら、経験値が必要だ!と思い立っては休日は仕事とは無関係の欲望を詰め込んだ服のデザインを描いて、それを自分で作ってみる事を始めた。
そこからすっかり服を作る事、理想的な形に出来た時の喜びにずっぷりハマりこんで、学校でもずっと服を作る日々が続いた。
そして、高校の受験は難なく合格(あってないようなもんだけど)して高校生活が始まろうとしていた。
俺が通う雪戸高校は、男でも女でも好きな制服を選んで着られる。勿論俺は男子制服を選んで自分の落ち着く姿で学校に通えるのは地味に嬉しかった。
グラウンドに貼り出されたクラス分けの名簿を見ては自分を探す。
「ぁ、…った…B…B…っ!」
1-Bと書かれた下に自分の名前を見つけては忘れないように復唱しながら教室に向かおうと体を横に向けて歩こうとした途端、バカでかいマシュマロが俺の両胸元に押し当たって…マシュマロが慌てて離れて、ぷるるんって揺れて……反射的に向いた視線の先には見た事がないような大きな胸があった。
「ごめん!」
「…ううん。私こそ、ごめんなさい!」
つい爆乳ばかりが視線を奪って顔を見る事もしないですれ違い、教室に向かおうと足を前に出した。
「あの子クラスどこかな?おっぱいでっかぁ♡」
「歩いてるだけで、ぷるんぷるんってうるさくてありがてぇ〜♡同クラスでありますように、神様〜!」
確かに、あの爆乳が同じクラスで隙あらば揺れてたら眼福だよなぁ、なんてさっきの柔らかい感覚を思い出しては口元が緩む。
それにしても入学式とか色々が邪魔くさい、早く服を作りたい。服を作る事で頭がいっぱいだ。
1-Bの教室に入れば座る席は自由らしく席を探す。
風で邪魔をされるのは嫌だ、かと言って廊下側は人の出入りが多くて気が散るし、真ん中もなにかとやりにくい。
最終的に窓は閉めれば良いか、と窓際の後ろの方の席に腰掛ける。
中学からの友達がいる生徒達は隣に座ったり、俺と同じでそうでないものは周りを見ながら適当に座ったりしていた。
そして、ふわっと背中まで伸びた桃色の髪と一緒に、同性の女子生徒ですらも視線を奪われる桁違いに大きな胸が布の中でゆさっゆさっと上下に揺れている先程の爆乳ちゃんが教室へと入ってくる。
その瞬間にざわざわ、と男子達は小声で話を始める。
「でっか、あれ何カップ?」
「お前聞いてくれば?意外と仲良くなれるかもよ?」
「仲良くなったらお裾分けよろしく」
「初対面で何カップ?はやばいだろ」
下品な奴らだ、とクールぶりたいが俺だって興味がある!あんなの、見ない奴いないだろ、とチラチラと視線を向けて追ってしまう。
俺と同じ窓際の1番前…って、これじゃ横乳すら拝めないぞ!?クソ!!
1人で拝めない爆乳に歯軋りしていれば、下品な会話をしていた男子の1人が俺の方に歩いてきた
「あのさ、お前って男子制服着てるけど女?」
「……体は女ってだけ、心は男」
「あ、あー…最近聞く心と体がー的なやつ?え、着替えは?」
「体が女なんだから女子と着替えるに決まってんだろ?」
「えっ…じゃあさぁ、あの子の着替えとか見れるじゃん、羨ま!てか男なら女と着替え出来るの天国じゃん、ずりー!」
「別に、天国とかじゃねぇよ。昔からそうなんだから見慣れてる」
とかなんとか、クールぶっちゃうけど見慣れてない!てか恥ずかしげもなしで、俺の事を何も意識せず着替えられるのって逆に切ない、から実はあんまり見ないようにしてきた。
「見慣れるとかお前本当に心だけでも男なのかよ〜」
「ふん、何言われたって良い。朝イチであのふわふわマシュマロ爆乳とぶつかったのは俺だけだからな♡」
「はー!?まじかよ!羨ましいってー!」
男子が気まぐれに話しかけて来た時はいつもこんな感じになってしまう、馬鹿でガキな話をすんのは結構楽しかった。
高校に入っても良くも悪くも変わらない生活が始まった、服を描いて作って作って作って作って…。
たまにデザイン画を見た女子に"その服可愛いー♡"と言われると最高の気分だ。
誰かと特別にくっついて群れたりはしない、心が男だからってライン超えの質問をしてくる奴とにはイラッとするが、それこそ慣れたもんだ。
俺がマシュマロ爆乳、なんて言ったもんだから、すっかりマシュマロちゃん、なんてあだ名になってしまったあの桃色髪は、
降魔は大人しくて、休み時間にも授業の復習をしたりしてるくらいの真面目ちゃん。
人見知りなのか女子が話しかけても緊張した様子で、でも会話はちゃんと出来てそうだった。
でも男子から声をかけられると、ぎこちなく笑顔は見せる、でも…うん、とか、すん、とは答えるんだけど、それ以上は話さなくてすぐに勉強へと逃げていく。
だから男が凄い苦手なんだろうな、と勝手ながら思う。まぁ、俺も含めて男達の視線も言葉も聞こえているのかも知れないけど。
柔和で気弱そうな雰囲気に、いや、その雰囲気'が'あの大きな胸にぶら下がっているせいで、一般的な多くの男達は"俺でもいけそうだ"と大きな胸を見下ろす。
別にみんな降魔を見下してる訳でも馬鹿にしてる訳でもない、そうじゃないけど…薄らと、軽視している。
やたらと降魔に絡みに行く男達を、純粋に透けた性欲が気持ち悪いと感じる女子もいるし、その欲を一身に注がれている降魔を不快に思う女子もいるようだった。
「なぁ、まーおっ、マシュマロちゃんの次に胸デカいの誰だと思う?」
「はー?降魔のしか見てねぇ」
「おいおい、お前って1回高いおにぎりとか食ったら、コンビニのおにぎりは買わなくなるタイプ?贅沢野郎!」
「っ苦しいっつの!あはは、やめろ!なんでおにぎりなんだよ!」
こうやって男友達みたいにクラスの男子とは話す、それはやっぱり楽しい。でも、今はこいつらにとっては男の俺が都合が良くて面白いから、そう扱われてるだけだ。
必要になれば、俺を女として扱う、かも知れない。
だから男として生きている、とはまだまだ思えない。
夏休みに入るとより一層服作りに打ち込んで、ちょっとだけ任せてもらえる業務も増えたりして、最高に充実していた。
8月の末には夏休みが終わるのが嫌すぎて1人で部屋で暴れていたが、暴れている間の時間が勿体無くて結局夜更かしして服作りをしていた。
長い休みを終えて、久しぶりに見るクラスメイト達の姿は当たり前に相変わらずだった。
マシュマロちゃんも相変わらず本人は大人しく、爆乳は元気に制服の中で暴れてて安心した。夏服は中にシャツを着ないし薄着だからこそ、暴れ具合がよく見えて眼福だ。
俺に無敵の心があったならばその胸に挨拶をしたかったくらいだ。
式が終わって先生が来るのを待つ間、始業日から俺の頭の中も男連中も下の話で元気いっぱいでガヤガヤと騒がしかった。
「いや〜、夜の相棒探しが毎日大変だったんだけどさぁ、マシュマロちゃんに激似の子見つけちゃってさ♡」
「顔だけだろ?やっぱりマシュマロちゃんにはあのデカ乳がないと」
「これがさ、顔もおっぱいももうそっくりなんだって!これ、この子!」
小物を縫いながら聞き耳を立てていたが、降魔似の子!?名前を早くだせ!?なんて考えてはついつい手が止まる。
「……うぉ〜♡って、そっくりってか本人じゃね?名前は?」
「名前見んの忘れてたわ…。…りりむ、だって」
「りりむってほら、マシュマロちゃんの名前じゃん」
「でも本名でやる奴なんかいないだろ」
わいわいと盛り上がる声を聞きながら、りりむ、りりむ、絶対今日調べて見るぞ!とこっそり意気込んでいたのも束の間、男子の1人が俺の方に歩いてくる
「聞いてんだろ!エロ蒔生!マシュマロ専門家の蒔生先生も見てくれよ〜」
「そんなに似てんのかー?」
差し出されたスマホの画面、無法地帯の街とはいえ男子高校生が見るのには相応しくない、と表向きは言われながらも大抵の奴はコッソリと見た事があるであろう、画面の大半が肌色の刺激的な動画。
目立つ桃色の髪、何度も白い布の中を透かす勢いで見ていた豊満な胸が画面の中で何度も揺さぶられる
____〜っあ♡
_______ぁ…ふ、ん…ぐぅ___んんッ♡
控えめな小さな音量で聞こえる甘い声、画面の中には正しく降魔莉々夢がいた。
染めた訳ではない生まれつきの桃色の髪は決して多い人口ではない、その上に胸の大きさ、そして名前。
偶然、にしたくてもこんなに重なる訳がない。
いつも卑猥な目で見ていた大人しく魅力的な体を持つクラスメイトの、本来なら見る事のない姿を見れてラッキー♡なんて思うつもりが、何故か凄く罪悪感を覚えた。
画面の中の降魔は、快感に耐えるように服を唇で咥えているように見えるが俺はそれが快感に耐えているようには思わなかった。
泣きそうにも見えるその表情は、その行為そのものを耐え忍ぶみたいで、そこが皮肉にも降魔を見たい奴らを昂らせる。
本当はこんなの見られたく無いんじゃ…。
「……やー、これはマシュマロちゃんじゃないなー、男の中じゃ俺しか知らないアレがないし♡」
「アレってなんだよ!着替え中に見たのか!?」
「ふふん、お前らに教えねーよ!」
咄嗟に何故か別人方向にしようと嘘をついてしまった。アレ、なんて勿論存在しない…筈だ。チラッと視界に入ってもしっかり体を見た事はないから分からないけど。
これで諦めとけーと、祈りながら首を傾げて友人達の元に戻る姿を追うように見る。
その日は何事もなく終わった、でも次の日もまた本人か否か真実が知りたいそいつらはまた動画と降魔を交互にまじまじと見ていた。
しつこいな、と呆れながら降魔に聞こえていない事を願いながらいつものように服作りに没頭した。
でも、1週間程してから1人が要らぬ勇気と好奇心を溢れさせてしまった。
「なぁ、このりりむって子ってやっぱり、降魔なの?」
ニヤニヤと、下品な笑みを浮かべて降魔自身にあの動画を見せつけた。
違ったとしても卑猥な動画を見せられて困る姿を見れるし、メリットしかないんだろうな。
「!…い…いやっ…」
画面いっぱいに映る卑猥な映像を丸い瞳に映すとすぐにぷいっと明確に拒絶を示すように顔を逸らす。
「嫌とかじゃなくてさぁ、降魔なんじゃないの?」
「…っ…」
拒絶をしても食い下がって逸らした顔の方に画面を近付けて見せつける、それを降魔はふるふると何度も首を振って拒絶する。
大丈夫か?と心配ではあったが…そこで出しゃばる理由も勇気も、俺には無かった。
「ちゃんと見ろって!そんな嫌がるって事はやっぱ降魔なんだろ。」
「ちが、違う…やめて…」
弱々しそうな降魔、強く押せば自分に従うと思ってた?認めさせた上で脅したり何かしらの報酬を期待していたのか?拒絶される事へのイライラが強まっていくのは目に見える。
ようやくまともに言葉を発したと思えば、あのか弱そうな唇からの明確な拒絶にプチンッとソイツの何かが切れた。
「じゃあ見せてみろって!!」
大きな声と共に降魔のセーラー服をぐちゃり、と握って思いっきり引っ張ると大きな胸を必死に隠してくれていたファスナーがブチブチブチッと悲痛な音で外れていく。
その音で周りの視線が2人に集まる。
そして綺麗な肌が晒される。
「うわ、えっろ…」
「っづ…!」
顔を真っ赤にして、今にも涙がこぼれ落ちそうな丸い瞳を細めて両腕で胸元を隠す。
「ぶ、ブラ外せよ、色とか見たら違うって分かるかも…」
胸元に伸びてくる手を体ごと跳ね除けるように勢いよく立ち上がって、降魔は走って教室から出て行った。
「あんたさ、本当クズ!キモいんだよ!」
「いくら気になるからってサイテー」
降魔がいなくなって漸く女子達が軽蔑の言葉と眼差しで非難を始める。
死ぬほどスケベ男な筈の俺は、興奮より先に気になった事があった。
下着の中に胸がちゃんと収まっていなかった、今にも溢れそうで、実際乳頭の周りが僅かに見えてしまっていた。
エロ的には良いけど、生活する上じゃせっかくの胸が崩れてしまうんじゃないか?なんて何故かデザイナー魂が刺激される。
それに強引に引っ張られて、ファスナーは壊れただろう、それじゃ戻っても来れないだろ。
妙に冷静な感情のまま、時間は過ぎて昼休みになる。
購買でパンでも買おう、と歩いていれば案の定噛み合わなくなったファスナーを手で引き寄せながら歩いて教室に戻っていく降魔を見かける。
鼻も目元も赤くなっていたし、だいぶ泣いたのだろうと察せた。
購買でパンを買って教室に戻れば1番前の席で俯いて1人で座る降魔がいた。
…制服、直してぇ…。
今はそれで頭がいっぱいだった。
歩いて降魔の席の前に立つ、それでも俺を見ようとはしない。
静かに机の上に余分に買ったメロンパンを置いて
「…これ、食う?」