アナモルフォーシス

双子に生まれた俺たちはオモチャを取り合って喧嘩したり、でも一緒にオヤツを食べたり…普通の双子だった、5歳の頃に母親の浮気が原因で両親が離婚するまでは。

浮気相手はよく家に来ていたが、再婚はしなかった。その代わりに、息子の俺たちに将来楽させて貰う為に、母は必死に勉強を教えた。
小学生の頃から特別成績が良かった俺は徹底的な管理を受け、落月らくげつは勉強は出来ない程では無かったが、俺と比べられては罵詈雑言を浴びせられていた。
俺は元々人見知りだったのもあり、友人も出来ずに勉強づくめの毎日で、落月は気さくで友人に囲まれた子供らしい毎日を送っているように見えた。

家に帰ると、いつも母と浮気相手の衣服は乱れていたり、母が下着姿な事も多かった。

月拾つきひろが勉強してるのに、もう〜そこはダメ♡」
「子供だから分かんないよ、好きすぎて我慢出来ない。」
「もう〜…そういうとこ、本当好き♡」

母達は自室で勉強をする俺を監視しながらも、後ろからする母の甘ったるい声に嫌悪感を強く覚えた。
この行為が父と母が離婚した原因だとも、知っていたから。

勉強も嫌いではなかったが、口下手で母親に縛られて居るからこそ、自分で考えて自分が感じた事をそのまま表現出来る絵が、大好きだった。
図工の授業で夕日の絵を描く事になり、ふと下校時に見た綺麗な薄い紫色の空を思い出した、あの空を描きたい。

この絵の具の紫ではあの空の感動は表せない、思い描くまま記憶のまま、色を混ぜて紫の空を描いていく。

「なんで夕日なのに紫なの?変だろ!」
「…え……。」
「星野くんの夕日、紫なの?空は紫の訳ないよね」
「なんで?変なの…」

変だ変だと、俺の周りに集まるクラスメイト達に、先生は「どうしたの?」とこちらへと歩いてくる。
でも、本当に見たんだ…綺麗な紫の空を、みんなにも知って欲しかったのに…。
勉強は出来ても、スポーツも上手くない、周りの子との協調性に欠ける俺の紫の空を見た先生は

「どうして紫色の夕日にしたの?みんなと違うよね。星野くんは、どうしていつもみんなと一緒に出来ないの?」

今でも思い出す、睨むような先生の顔。
思わず、ごめんなさい…と謝罪を述べると、そのまま先生に言われるままに橙色の夕日を上から塗り潰していく。
その日から、自分の感じた事に不安を覚えて、みんなはどんな絵を描いているか、どんな風に塗っているかを見ながら描く事にしていた。

だが…

「先生!星野くんが私の真似するの!」
「真似すんなよ!」
「真似したらダメなんだよ!」
「星野くん、ちゃんと自分で考えて描かなきゃ意味がないでしょ?星野くんが感じるままで良いんだよ。」

俺の感じたものを、みんなは否定したから、みんなに合わせようとした。そしたら、自分で考えろと言われて…どうしたら正しいのか分からなくなって、絵を描く事が怖くなってしまった。
それから図工の授業は、何も出来ずにただ俯いて過ごしていた、それにも先生は俺を叱った。

「星野くん、授業は本当しっかり受けててテストもいつも満点です。ただ、図工の時間だけは何もしてくれなくて…」
「図工…?そんなもの、うちの月拾には必要ありません。絵なんて生きていく上で不必要です、この子には自習させるようにして下さい、私も専用のものを持たせます。」
「いえ、それは…他の生徒も居ます、星野くんだけ特別にする訳には…」
「月拾だって、したくないからしないんでしょ?このまま図工の時間は何もせず過ごせと…?!」

母親が怒ると、先生も困惑しながらも結局俺は図工の時間は母親に渡されたドリルをする事になった。クラスメイトも先生に問い詰めていたが、「星野くんは特別なのよ…」と溜息混じりに伝えていた。

母親の影響か、俺は生徒は勿論、教師達にすら煙たがられた。
成績は悪いがクラスを纏めて、誰とも仲の良い落月は人気者だった。
どんどん俺の性格は歪んで、落月との関係も悪くなっていくばかりだった。

小学6年性の頃、従兄の欠月かづきと言う6歳上の少年も両親の死が原因で共に住む事となった。

「欠月です、…月拾くんと…落月くん、2人も月が入ってるんだね、よろしくね。」
「よ、よろしくお願いします…!か、欠月お兄ちゃん…?」
「お兄ちゃんって言ってくれるの?嬉しいな…月拾くんも好きに呼んでね。」

親が死んで辛いだろう、そんな素振りも見せずに、俺にも落月にも優しく話しかけてくれた、俺はそんな欠月さんにもふいっとそっぽを向いて、対話をする事はなかった。


中学生になっても俺は美術の授業は別の勉強をしていた、コソコソとクラスメイトは何か言っているが、教師達は俺の母のヒステリックが面倒臭いのだろう。
だが、2年になって比較的若い新しい美術教師に変わったが、そんな事どうでも良かった、どうせ俺の生活は変わらない…そう思っていた。

「星野くんは、絵を描くの…嫌い?彫刻は?」
「…は…?」
「勉強も大切だけど、絵を描くのもとっても楽しいよ。…描いてみない?1回だけ…、それでも嫌なら、もう言わない。」

いつも煙たそうに俺の横を通り過ぎてきた教師達、でもこの人は違った。そっと腰を屈めて俺を見上げて、優しく笑顔で話しかけてくる。初めての突然の事に驚いて上手く対応が取れない俺に半ば強引に鉛筆と紙を渡してきた。

「ふふ、ほら!先生をスケッチしてみて?ブサイクでもいいから!」

ニコニコしながら、ポーズをとって俺を見つめてくる。他のクラスメイトも見ている中、突っぱねる事もできずに、久しぶりに絵を描いた。

「これで良いですか…。」
「見せて〜?わぁ、凄く上手…!先生こんなに可愛いの?照れちゃうなぁ、ありがとう!」

最後の絵を描いた記憶とは反対に、先生は俺を凄く褒めた、ついでに自分も。
先生があまりに褒めるせいでクラスメイトも気になったのか、俺の方に寄って来ては紙を覗き込む。

「え!うまっ…!星野、絵上手いんじゃん!」
「描かないの勿体ないよ!私も描いてほしい〜!」
「俺の代わりに描いてくれよ〜」
「下手でも良いから自分で最後までしなきゃダメだからね!」

また否定される、そんな想像しては自分の手を握りしめたが「凄い」と肯定の言葉が並ぶと目を見開いた。

「どう…?絵、楽しかった…?」
「…………。」

最初は自分をその気にさせる為の嘘だと思っていた、でも否定されないのなら描いていたいとは思った。
それから母には内緒で、ちゃんと美術の授業に参加する事になった。先生はいつも「本当に上手、素敵。」と褒めてくれた。…嘘だと思っていても、嬉しかった。
3年になると、先生にだけは心を開いて話せるようになって、子供の頃に図工の授業であった事を話して、切なそうな顔で俺の話を聞いてくれていた。

「先生は、星野くんの絵…好きよ。紫の空…綺麗だろうなぁ…」
「そうやって言ってくれんの、先生だけだよ」

母も良い点数を取れば褒めてくれる、でも先生に褒められる事がとても嬉しくて仕方なかった。
母は決して許してくれないだろうし、軽率だと自分でも思う。でも、先生のような美術の先生になりたい、自分も…色んな色を見たい、そう思うようになっていった。

卒業式にはあまり得意ではないが、先生の似顔絵を描いてプレゼントした、「えっ!」と大きな声を出しながら、色紙に描かれた自分の姿を見つめていた。

「…これ、先生…?嘘、うわぁ…凄く綺麗……、ありがとう…!最後に、本当素敵なもの貰っちゃったね。」

嬉しそうにしている先生だったが、すぐに眉を下げて寂しげな表情をして、結婚する事とそれと同時に街から出て暮らす事を聞いた。
外に出たら、街の中に来るのも好ましく思われない、だから先生とは早々会えないだろう。

「…絵を描かせてくれてありがとう、先生。」
「こちらこそ2年間、素敵な絵をありがとう…!」

2人で笑って、またいつか会おう、そう約束をした。


高校では相変わらず孤独に勉強を続けていた、が時間を見つけては絵も描き続けていた。
やはり、俺は美術の先生になりたい、その気持ちは変わらない。
この街なら、相談すれば親の援助が無くともなんとか大学には行けるようにしてくれるだろう、でも自分は大人に頼りたくはなくて、地道ではあるが描いた絵を売っては大学に入る費用を貯めていった。

可もなく不可もない高校生活を送り3年になって、3者面談がやってきた。

「月拾は、医学部に行かせます。その為にこの子は頑張ってきたのだから。」
「いや、…医学部には行かない。」
「何を言ってるの…?」
「…俺は、美術の先生になる。」

母の言葉に首を振って、きっぱりと教師になりたい事を打ち明けた。

「………、教師ですって?そんな下らない…」
「下らなくない、こんな俺が色んな生徒と上手く…なんて難しいとは思ってる。でも、俺は…どんな色の空も、正解に出来る教師になりたい。」
「医者は命を救えるのよ?!教師なんかと比べ物にならないでしょう!絵なんてなくてもみんな生きていけるわ!!」

案の定酷く激昂して、教師の前でも関係なく俺を何度も叩いて、下らない夢を諦めるように言った。
それでも、諦めないと俺は首を振り続ける頑なな俺に酷く呆れたような蔑むような目を向けた。

「…こ、の……親不孝者!!出来損ない!!返しなさいよ!あんたにしてあげた全部!!いくらかけたのよ!無駄金じゃない!返しなさいよ!!!アイツと別れた時からずっと邪魔だったのよ!あんたも!落月も!!」

顔を真っ赤にして、それは怒りなのか悲しみなのか、涙を瞳に溜めてまた俺を何度も叩いて、担任の教師も母を必死に宥めていた。

「お腹にいる時に、殺しとけば良かった。」

怒り疲れたのか少しの沈黙の後、諦めた様子の母親は俺の方を見もせずにそう言葉を零して、1人教室を出て行った。

それからは月拾への干渉はぱったりと無くなった、頰が腫れて痛いが…不思議と心がスッと軽くなった。


そのまま無事に大学の芸術学部を入り、専門的な知識を学べる事が心から嬉しかった。
大学に入ると共に実家を出て、大学近くのアパートに部屋を借りて住む事になった。


「あ〜ん、初めまして〜♡こんなカッコいい子居たなんて、びっくりしたわ♡」
「……どうも。」
「私、蘭 天媚あららぎ あめこ♡よろしくねん♡」
「星野 月拾」

席について講義の準備をしていれば、蘭天媚…そう名乗る女が俺の隣に座る。おっとりした丸い瞳、絵に描いた氷ような美しい水色の髪と瞳…話し方からして頭が悪そうで好みではなさそうだが、その美しい容姿に心惹かれた。

「月拾ちゃんね♡私と、友達で"愛を考える会"ってサークルを作ったのよぉ、月拾ちゃんみたいなカッコいい子が来てくれたら、盛り上がるんだけど〜…来ない?♡」

愛を考える会?あからさまに非公式の下らないお遊びでもしてそうなサークル名だ。
サークルになんて入るつもりは無かった、生まれてこの方友人が出来たことも、必要だと思った事なんてなかったから。
でも、絵に描いたように可憐な彼女を描いてみたい、親しくなれば描かせて貰えるかもしれないし、ただのお遊びなら別に良いかもしれない、そう考えた。

「…まぁ、別に良いけど。」
「やった〜ん♡みんな喜ぶわ〜♡」

その放課後、居酒屋で飲み会をするらしく、天媚に誘われれままに居酒屋へと行った。
天媚と共に個室に入ると、いかにもチャラそうでガタイの良い男が1人と女が2人が俺の方を見る。
全員客観的に見ても、容姿は優れている…、と思う。

「え!超イケメン!!天媚やるじゃ〜ん!」
「こっちにもイケメン居るだろうが〜」
「いやいや、レベチでしょ」

チャラチャラした連中に囲まれて、何をするサークルなのかを聞くのも億劫に感じて、よくわからないまま、1人静かに生まれて初めての酒を飲んだ。
どんどんと俺に酒を勧めてくる、ペースが早いせいか、そもそもが弱いのか意識が朦朧として、そのまま眠りに落ちてしまった。


熱が出たような感覚に目を覚ますと、目の前はホテルのベッドの上で裸の女が俺に跨って、甘く声を漏らしていた。

「おま、…何…してんだ……」
「星野くんが寝ちゃったから、そのまましちゃった♡」
「は……、おい…やめろ…そんな事する気はねぇぞ…」
「おいおい、うちの飲み会来といて何言ってんだ?イケメンくんはセックスする相手も選り好みか〜?」

ぼんやりした頭ながら当然のように性行為をしている周りの奴らを見て、初めてここが所謂ヤリサーだと気づいた。
今まで、こういう事にただ興味がないだけ、そう思っていたが、俺の後ろで行われた、母の情事がフラッシュバックした。そうだ…これは、…気持ち悪い……気持ち悪いものだ……。
ぬるぬると熱い内部で擦られ、体は快楽に反応こそするが、心は不快感でいっぱいだった。
飲みすぎたせいなのか体に力も入らず、女が終わればもう1人の男も平然と俺の体を犯した。
男が俺としている間は女子同士で体を弄り合ったり、性別なんて関係ないようだった。
そのまま朝まで性行為を繰り返し、二日酔いでズキズキする頭で大学に行き、講義を受ける。

ヤリサーだなんて知らなかった、天媚はガッカリするかもしれないがサークルを辞めると伝える事にした、こんな事を続けては心が保たない。
放課後、集合場所になっている食堂へと向かった、まだ女子は来ていないようで昨日自分の体を好きにした男と2人、吐き気すら感じる。これで終わりだ、耐えるんだ…。

「あのさ、俺…ヤリサーとか、知らなくて…ごめん、サークルやめる。」
「…は?いやいや、ダメでしょ。女子メンはすっかりお前のその顔面にメロメロなんだわ、お前が居ないとモチベ下がるだろ」
「お前もイケメンだ、大丈夫だ。」
「………。お前…背は高いけどヒョロいな、もっと筋肉つけねーと。」
「なんだよ、関係ないだろ、そんな話…っ!!」

突然会話をすり替えられてイラッとしながら、少し声を荒げようとした所に男の拳が俺の腹を殴りつけた。

「関係あるから、教えてやってんだろ…?ほら、座れって」

痛みに怯む俺の腕を引っ張って椅子に座らせるなり、自分のズボンのベルトを外して慣れた手つきで両手首を縛り上げた。

「おい、食堂だぞ…!」
「放課後は殆ど人来ねーよ、端の方だから尚更誰も見ない。」

あぁ、確かに…身長の割に力出てねぇな俺…、なんて実感しながら携帯をこちらに向けるそいつを見る。

「賢くてイケメンなら、わかるだろ?いっぱい情けない姿撮っといてやるから、辞める事は諦めろ。」

どうしてここまでする?ただの陰気な俺1人、いっそ俺が辞めればこいつはハーレム状態になれるのに。
結局逃れる事も叶わず、撮影されながら体を好き放題犯された。
サークルを抜ける事も出来ずに、嫌々ながら毎日のように性行為を繰り返した。熱い舌も中も粘液も甘ったるい香水の匂いも、全てに吐き気を覚える、気分が悪いのに快楽を感じてしまう。
気持ちが良いのが、とてつもなく気持ち悪かった。

そんな生活を続けていると、鏡で自分を見る度に犯されている自分の動画を見せられた事を思い出しては吐き気がする。
もう2度と食堂には行きたくない、思い出すだけでも胸が掻き回されるようで、とてつもない吐き気に襲われて、目の前がぐらっと揺らいだ。
歩くどころか立っても居られなくなると、大学に行く途中の道で蹲って落ち着くのを待っていた。だが、思い返しても思い返しても、記憶に移るのは裸の男女、聞こえるのはそいつらの甘い声、快楽と苦しさが混じった自分の声…治まるどころかこのままでは…

「どうしたの…?大丈夫?」

背中から聞こえた優しい声は次第と大きくなって、隣から聞こえてくる。他人の中に入って景色を見ているような、不思議な浮遊感を覚えながら、視線を向けると黒髪の優しげな男性が俺を心配そうに見つめていた。
答えないと、そう思いながら上手く話せずに、「あぁ…」と大丈夫だと意味を込めて声を出すが、勿論説得力はない。
結局男性は俺を心配して背中を摩ってくれて、暫く俺の様子を見た後、鞄をがさごそと漁るとハンカチを差し出して、匂いを嗅ぐように言う。
受け取ると、そっと鼻にハンカチを当てると、柔軟剤や洗剤とは違う…自然な優しい花の香りがした。
その匂いを嗅いでいると、ゆっくりと気分が落ち着いて、視界もなんとか自分の物に戻った…気がする。

「…だいぶ、落ち着きました…ありがとう、ございます。」
「そう?良かった…!」

なんとか辿々しく礼を言った無愛想な俺にも、心から嬉しそうに笑顔を向けてくれていた。
男性も大学の既卒者で、大学に用があるらしく、行くついでに送ってもらう事になった。
大学につくと本当にもう大丈夫か、としつこく聞かれたが、大丈夫だと答えて。去り際に、定期的に大学でアロマの勉強会をさせて貰う事になったのだと詳細の紙を渡される、「また気分が悪くなった時は、いつでも来て」と微笑むと手を振って歩いて行った。

とても感謝している、お礼もしたいが…こんな陰気で無愛想な自分があんな優しくて明るい人に会いに行くなんて結局出来なかった。

それ以来サークルにも行かなくなった、「動画をばら撒かれて良いのか?」と脅迫文が送られてきたが好きにしろ、と伝えた。友人も居ないし、失うものなんてない…教師の道が断たれる可能性もあるが、それはサークルを続けていても同じ事だ。

サークルに行かなくなっても、体を蝕む嫌な感覚はいつまでも付き纏って、気分が悪くなると保健室で休養を取っていた。

ある日、いつものようにベッドで横になっていると、また「大丈夫?」と優しい声と共にあの時の男性が俺の顔を覗き込む。

「な、…んで…」
「あ、はは…入ってくの見えちゃったから。…体、弱いの…?」

また心配そうに俺を見る彼からの問いに小さく首を振って、アイツらと関わりもなさそうだし外部の人だし、大丈夫だろうと判断しては、サークルであった事を話した。
ショックを受けたような顔をした彼は、「辛かったよね…動画は?大丈夫なの?」と親身になって気にしてくれる。

「今の所噂とかも聞かないし、友達なんか居ませんから…大丈夫です。」
「なら、良かったけど…。えぇ〜…じゃあ、俺と友達になろうよ…!動画の事も知ってるから安心だし!」

突然の提案に驚いた、友達になんて困ってなさそうなこの人が、俺と?底抜けに優しいのか、同情なのか…でも、気分は悪くなかった。

「…アンタが、良いなら…」
「やった!ありがとう〜!」

素直に喜べない俺と、子供のように喜ぶ彼は"玻璃亞 実眞はりつぐ みま"と名乗り、花屋で働きながら学生達に花やアロマの良さを伝えたくて勉強会を開いているらしい。

サークルに行かなくなって、空いた時間は勉強や課題の絵も描きながら、時々実眞さんとご飯に行ったりして、せんと言う親友も居るらしいが、今は入院しているらしいが…また退院すれば紹介してくれるだろう。
実眞さんは、俺の分の優しさも吸われているのかと、思うくらい優しい人だった。
実眞さんと時間が合えば食事に行って、忙しいが充実した日々を送っていた。

教育実習も、よく分からないが…女生徒や、女性教員も無愛想な俺に妙に優しくしてくれた。男性教員には嫌われていたようだが、担当したクラスの担任は女性だったのが幸運で、無事に乗り切れた。
教員採用試験も無事に合格し、母校で働ける事も決まった。
想像以上にすんなりと決まっていく、怖いくらいに。やっと、少しは落ち着けるだろうか、実眞さんと祝いの食事に行ける、楽しみだ。
そんな時に忘れかけていたトラウマがまた彼女によって呼び覚まされた。

「月拾ちゃん♡久しぶりね!4年生最後のサークル飲み会があるのよん、来るでしょ?♡」
「…はぁ…?行かねぇよ、行く訳ない。」
「最後に新しく増えた子達に会いましょうよぉ、沢山の人と関係を持つ方が沢山の愛を経験出来るじゃない?♡」
「知らない、興味ない。」

そんなサークルに入るような知り合いも、そんな奴に情を抱くつもりもない。
立ち去ろうとした時、天媚のものではない手に腕を掴まれ、思わず払いもせずに振り返る。

「お前に拒否権、ねーから。」
「……は…?」
「お前の動画を見せたら、こいつらも興味津々でさぁ…最後のお楽しみのメインって事にしてたんだ。」
「何勝手に…、俺は用事が…」
「ちゃんと鍛えた方がいいって、教えてやったのになぁ」

腕を掴むのは2度と見たくなかった男、その後ろにも何人かの男女が居た。
慌てて逃げようと抵抗するものの、他の男達が俺を取り押さえて、何度も殴られる。
痛みに怯んでいる間に無理やり口に薬を放り込まれた、視界が歪む、逃げなくては…、必死に逃げ道を考えて、探していた。

笑っている男達の隙間から見えた実眞さんは、怯えた表情で俺を見つめていた。

助けてくれ…アンタじゃなくても、誰かを…。アンタは知ってるだろ!俺がどれだけ、これが嫌いか…!もう嫌だ…もう、こんな事したくない!!



結局実眞さんは俺を見つめたまま、俺の意識は無くなって、結局数年前のあの日のように、男達にも女達にも、体を弄ばれた。

「月拾くんの顔やっぱ最強〜♡天媚ありがとね♡」
「無愛想なイケメンが女みたいに犯されてるの気分が良いわ〜」

気持ち悪い、嫌だ、こんな事したくない。殺して欲しい…そうしたら、好きにしていいから…。
飲まされた薬は多分普通の睡眠薬ではない、意識が朦朧として力が出ない。
自分の情けない喘ぎ声が気持ち悪くて、自分がどんどん汚されていく感覚がした。

どうして、助けてくれなかった…?止めてくれなかった?俺がこの後どんな気持ちになるか、アンタは知ってた筈なのに、アンタとの楽しい時間が、この苦しみを忘れさせてくれていたのに…、今はアンタとの楽しい時間が、この苦しさを酷くさせる、心が…壊れてしまいそうだ。



次の日は脱力感にイライラしながら、俺を心配した実眞さんから連絡が来ると、大学の屋上で会う事になった。
屋上で待っていると実眞さんはやって来た。

「月拾くん…!大丈夫だった?顔が青白いよ……」

そうやって俺を心配してくれたが、助けてくれなかった、助けようともしてくれなかった、頭の中は怒りと憎しみが支配していく。

「大丈夫だと、思うのか?だから助けようとしなかった訳か、なるほど。」
「あ、…ち…違くて…、ごめん…行かなきゃって思ったけど…みんな体が大きくて、俺じゃ無理だと思って、あの後他の人に頼もうと…」
「言い訳はいらねぇんだよ!お前みたいな偽善者が1番嫌いなんだよ、ぼっちに優しくしてさぞ気持ち良かっただろうな!でも残念ながら、俺にはお前なんか居なくても良いんだよ、お前は哀れんでやってたんだろうけどな、俺もお前に付き合ってやってただけだよ。2度と顔見せんな。」
「月拾くん…!待って!違う!違うんだよ…!本当に…!」

震えた声で俺の腕を掴む実眞さんを振り払って、屋上から出て行った。
怒鳴ってしまった…こんなの、ただの自信の無さだ、ただの疑心暗鬼だ…。本当は分かっている、実眞さんは小柄だし、180越えの奴らの中に割り込むなんて怖いだろう、ただ、凄く傷付いた、悲しかった事を伝えたかっただけだったのに、どうして怒ってしまうんだろう。
今度からどんな顔をして会えばいい?謝ればいい?分からない。

どうせ、実眞さんにとって俺なんて必要ない、そう現実逃避しながらも今まで自分に寄り添ってくれていた人を失った事がやはり辛かった。
自己嫌悪と自責と後悔で眠れなくなって、睡眠薬を使い始めて…眠れなくなって、増やして、増やして…。日中は大学で講義を受けていたが、上の空だった。

講義が終わるなり、別の授業から迎えに来た男とイチャイチャする女…、幸せそうな奴らを見るとイライラしてくる。
そんな醜い自分にまた嫌悪感を感じる、でも…だから…どうしようもなく…ぶっ壊したくなる。

後日、同じ講義の後今日は男が来ない様子の女の近くに行くと声をかける。

「いきなりごめん、ちょっと付き合って欲しいんだけど」

4年の後半にして初めて話したレベルだったが、少し悩んだ後女は頷いてくれた。
人気の無い場所に女を連れて行くなり、強引に口付けた。抵抗するのも抑え込んで、息が止まりそうな程にキスをして、抵抗が弱まった所で唇を離す、女の首筋にまたキスを落としては、弱々しく抵抗されながらも服を脱がせていく。
罪悪感を抱えた表情で声を漏らす女に興奮を覚える。最低な自分を自分に突きつけて、泣きたくなる程自分の心が傷付き、壊れていく感覚が気持ちいい。
俺は最低だ、クズだ、ゴミ人間だ。なぁ、お前もそう感じるだろう…?
執拗な程に女を犯した、突き刺すように女の幸せごと、壊すように。

後日、次は女の方から頬を染めながら俺の前へと歩いてくる。

「今日も、しない…?」
「…この前は悪かった、彼氏が居るのに。」
「いいの!……彼氏には内緒で……したいの。」

たった一度、初めて話していきなり犯されて、またシたいなんて…尻軽を見抜く能力に長けて居るのか?なんて考えると、ふっと笑いが零れて。
「いいよ」と立ち上がって、また同じ人気のない場所への行き、女を抱いた。先日とはまるで違う…うっとりと俺を求めているようで、そんな姿を見て興奮が冷めていった。

次の日、女が男と別れたと報告を受ければ、それ以降女と関係を持つ事はなかった。
こういうのは壊していく最中が1番楽しいものだ、2人の関係が壊れたならばもう興醒めだ。カップルを壊していく感覚、そして…性行為中の自己嫌悪と吐き気に堪らなく高揚感を覚えた。
だが夜になるとその反動のように自己と性行為への嫌悪感で情けなく泣きながら、カッターで自分の腕を切り付けた。
自分の体が傷付くのを見ると、不思議と心が落ち着いた、自分が少しだけ許せる感じがした。

その後も寝取れそうなカップルを見かけると、寝取っては捨て、自己嫌悪でリストカットをするそんな下らない生活を繰り返していた。

ある日、ふと実眞さんの勉強会の様子が気になって、教室を見に行った。あれから連絡はないが、元気にしてるだろうか…働きながら教師まがいの生活は大変だろうし、心配だ。

いつもの教室の扉には、1枚の紙が貼られていた。
"玻璃亞先生は先日自宅にて亡くなって居るのが発見されました、勉強会は以降中止になります"

紙に書かれた文を、一瞬理解出来なかった、いや…したくなかった。
貼り紙を見つめる俺の隣にコツコツ、とヒールの音を響かせながら並ぶ前髪で片目を隠した茶髪の女は、視界端で俺の方を向いたのが見える。

「私、実眞君の同級生なのだけれど…、自殺だと聞いたの…。何か知らない?勉強会の子、なのよね…?」

自殺、その言葉に自分の中の何かがプツン、と切れた。女の言葉への返事なんて忘れて、駆り立てられるように急いで自宅へと帰った。
家の中にあるだけの睡眠薬を取り出すと全て口の中に押し込んでいく。
次第に視界が歪み、意識が遠くなる、あの紙を見た時から…女の言葉を聞いた時から…死ぬその時まで、考えていた…

俺が殺したんだ、あの人を。


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ハッと目を覚ますと、目の前は薄暗い教会のような所で、長椅子に横になっていた。
自分はどうなったのか、ここはどこなのか、なにも分からず体を起こして周りを見る。教壇の後ろの大きなステンドグラスが光を通して教壇にスポットライトを当てているようだった。
そこ以外は薄暗くてよく見えないが、自分の他にも人の影が見える、みんなバラバラに椅子に座っていた。
コツコツと足音を立てながら、教壇の前に現れたのは…、実眞さんにそっくりなスーツの男性だった。
実眞さん…と言うにはあまりにも意地の悪そうな顔つきで、右耳には十字架のピアスが揺れていた。

「皆さん、おはようございます!死んだ後に目が覚める感覚ってどうですか?」

実眞さんの声だ、間違いない。だが、いつものふんわりとした話し方とは全く違う、生き生きとしているが、どこか小馬鹿にされておるような気分になる。顔もニマニマとしていかにも胡散臭い雰囲気だった。

「素晴らしい事に、皆さんはこの死神みまの下部、悪魔に選ばれました!」

死神…?みま…?名前まで同じだ、これは決して偶然では無い、そう確信した。

「人喰いの身で!人のように暮らし、最愛の人と幸せな世界で生きたい、なんて…分不相応甚だしい!だから制裁を加えよう、この愚かな人喰いに…!でも、せっかくこの死神に愚かな願いを拾われた人喰いには、同時にチャンスも与える事にしました!」

「チャンス…?」

誰かが声を上げる、女か男かもわからない声だった。ここにいる奴等は…誰なんだ…?

「…そう。これから人喰いはこの世界で"命切 知者めいせつ ちしゃ"として生きていく。人喰いが高校1年生になった時、彼の救いたい人間を俺は殺すように世界のプログラムを変更する。人喰いは、救いたい人間を3年間守り続ける。」

人喰い…突然、たった1人だけ、どこからとも無く生まれ落ちる穢れた存在…、主食は人間…故に、この街の中でも絶対的な害悪とされる。
見た目は人と全く同じで、見た目だけで人喰いだと判断する事は出来ないが、人喰いだとバレ次第、見せ物にされ、時間をかけて嬲り殺されるらしい。

「しかも、心優しい俺は、失敗したらやり直しをさせてあげる事にした!…回数も無制限!100回でも100万回でもおかわり自由!でも…救うことを諦めたその時は、その時点でその世界は終わり。最後の…本当の世界が始まる、愛する人を本当に最後にもう一度亡くす事になる。」

楽しげに語る彼を、誰もが静かに見つめていた。大切な者が死ぬ未来を知りながら生きていくのは、どんな気持ちなのだろう。

「あ、俺たちと人喰いは、記憶を持ったままやり直すことになるからね。人間の記憶は完全に隠す事が出来るんだけど、半血の奴らは潜在意識として残っちゃう事が多いみたいだね、記憶としては保持できてないんだけど。だから、デジャヴを感じる事もあるよ。」
「…人喰いは、今何歳なんだ?アンタは、俺らに何をしろと?」

何もかもが分からない、死んだ俺に何をしろと言うのか…、何を求められているのか。
思わず声を出して質問を投げかける。

「何歳、とは答えられないなぁ…今ここに居るみんなは時間軸がバラバラだから。君達は死んでしまっているけど、寄生者を作って魂の一部を借りてもらうよ。自殺した人には悪いけど…このループが終わるまでは死ねないからね。あ…何かしろ、とも言わないよ…?君達にとって最善の未来を探しながら、人喰いを監視してくれたら良い。悲しき死を迎えた君達への、慈愛だよ。…詳しい事はまた…それぞれの来るべき時に呼び出してあげるから、それまで頑張って生きてね!まぁ、死ねないけどね!」

静かにみんな話を聞いていたが、恐らく殆どの奴が今の話を理解しても、受け入れは出来ていない…と思う。
他の奴らの事は知らない、わからない…だが…自殺した俺をわざわざここに選んだのは、恨まれているからなんだろう。
このまま生きる事に、意味はあるのか…人喰いなんて興味はない…早く終わりたい。

「また会う日まで、素敵な人生を!」

そう笑った彼の後ろのステンドグラスが強く光って見える、眩しさに瞳を細めて真っ白な世界から戻ると、自宅の中だった。
散乱した薬を見て、死んだ現実は取り消されたのか?それとも、自己嫌悪でおかしな夢を見たのか。
あれが夢だったとしても、なんだか死ぬ気力は削がれてしまった。死ねなかった現実を前に、そんな事をしても無駄な気がして。

結局そのまま俺はそのまま生活を続けた、流石に教師になってからは忙しすぎて、カップルを寝取る暇も無い、ストレスは山程あれど、自責する暇も無いのは幸いかもしれない。
まだまだ理想の教師には程遠いが、なんだかんだ気がつけばもう31歳、他の教師とは特に私的な関わりも持たず、1人で美術室で業務をこなして、時折気を抜いて。
放課後、机に突っ伏して外を駆け回る部活の生徒達を見ていた。

__________________

「やぁ、久しぶり。」

いつの間にか眠っていたのか、目を覚ますと目の前は以前も夢で見た教会で、長椅子の上で横たわる俺を見下ろす死神の姿を見る。

「…みま…。」
「月拾くん、もうすぐ…その時だよ、君の居る高校に人喰いがやってくる。」
「……、俺が人喰いの手伝いをしたら、アンタはどうする…?」
「どうもしない、死ぬ未来は変えられないんだから。どれだけ保つかなぁ」

何の為にこんなことをするのだろう、何故こんなに人喰いを苦しめようとするのだろう、食われたくはないが恨みもない俺には分からない。

「さて、本題に入ろうね。…君は色欲の悪魔、星野月拾、寄生者は、黒神 失恋くろかみ うれん。知ってるよね?今は1年生かな?」
「あの地味な奴か。目立たないし、記憶にないが…何であいつが…?」

黒神失恋、確かに知っているが正直しっかり顔も思い出せない、大人しくて真面目な生徒なのは確かだが特別成績がいい訳でも無い、1番記憶に残らないタイプだ。

「ん?ぴったりだと思って。そうそう、悪魔だし魔術を使えた方が良いかと思って、使えるようにしておいたよ〜。魔力の集め方は、君か寄生者が性交する事…君にピッタリでしょ?」

魔術、使い方もよく分からないし興味もない、そう思っていたものの魔力の集める方法を聞くと改めて感じる、この人は実眞さんなんだ、と。
ならば仕方ない、俺が酷い言葉を浴びせた、彼の気持ちも考えずに…。これが彼にとって復讐になるなら、受け入れよう…アンタが満足するまで…苦しむよ。

「ふぅん、どんな魔術が使えるんだ?」
「自然と分かるよ、何が出来て…出来ないか。月拾くん、これから始まるんだ…急ぐ事はないよ…探す時間は沢山ある、いつ終わるかは分からないけどね。」

そして、始まった。
悲しいループの世界が。

寄生者の黒神とは一方的に心が繋がっているようだ、時折感情が記録のように伝わってくる。
寄生者と関わりを持つ必要は特になさそうではあるが、毎日見ていると気になってしまう…締め付けられるような感覚、学校での緊張感…。

どうしたら周りと壁を作っているアイツに近付けるか…、自然と近付けたら良いのだが…

結局まともな方法は思いつかなかった。

美術室の廊下の前を歩いていくアイツを見ては、腰を上げて扉を開いた。

「よう、椿ちゃん、今日は俺からのご指名だ。」

黒い髪がふわりと揺れて、俺より少し明るい紫の瞳で俺の顔を見るなり、すっと青ざめていく。
なんだ…ちゃんと顔を見たら可愛いじゃねぇか、なんて呑気な事を考えながら、怯える黒神を準備室の中へと案内して、椅子へと座らせる。

「…どういうつもりですか?」
「お前の仕事の事、偶然知っちまったから、興味があって」
「それで生徒に手を出そうとか考えるんですか?キモ…」

必死に強がっているが、残念ながら俺には筒抜けだ、酷く怯えている。
こうも筒抜けだとこの虚勢が愛しく感じる。寄生者って壊しても良いのか?まぁ、ダメでも次の世界があるなら良いか。

軽蔑した目で俺を見つめる黒神の制服に手をかける、抵抗こそしないようだが、そっぽを向いて反抗的です、オーラを醸し出している。
シャツのボタンを全て外すと、肌に手を滑らせる、「んっ…」と小さく声を漏らす様子を見つめながら、肌は白くて女みたいに柔らかい、太っている訳ではないが…男相手だとは思えない。
そのまま服を脱がせて露わになった太腿の刺青を見ると、こういう行為が本来は嫌いだし、性的興奮をする事はないが、これに客達は興奮を覚えるんだろうな、と想像はつく。

不快そうにしながらも、快楽に震える黒神をそのまま犯した。
勿論1日だけではない、何度も…何度も…、予約を入れられれば逃げる事が出来ないのは分かっていたし、日に日に俺の事を受け入れ始めているのも感じていた。

「先生は、俺がお気に入り?」
「…あ?別に。」
「えー?こんなに予約入れてくれるのに?素直じゃないなぁ」

いつもは終わった後、少し休憩したら黒神は次があるから、とさっさと出て行くのだが今日は裸のまま、笑って話しかけてくる。
気に入ってる訳ではない…気にはなってる、が…。ついでに魔力も効率よく貯まってるっぽいし…、なんて心の中で自分に言い訳を零した。

「…うるせぇ。お前…何で、こんな仕事してんだ…?」

正直顔もタイプだし、だんだんと話し方がフランクになってくると、最初のイメージから一変…年相応で可愛い…自分も日に日に惹かれているのは分かっていた。
さりげなく、昔の話題を聞けたんじゃないか?と思いながら、黒神の顔を見る。
「引かないでね。」と自嘲するように笑った後、どんな人生を送ってきたのか…自分自身をどう思っているのか、全てを話してくれた。

「…だから、もう俺は…幸せになんてなれないんだよ。こんな…汚い体…誰も愛してくれない…」

諦観したように本人は言うが、本当は誰かに受け入れられたい、愛されたい…本人も自覚がないような心の奥の気持ちまで微かに感じる。心を開いてくれている証拠なのだろうか、より深く…心の声を感じられるようになっていった。

「…俺が、お前を幸せにしてやるよ。」
「…じゃあ……、先生が…俺を愛してくれる…?」
「あぁ、いいよ。」

これはただの同情だ。でも…頰を染めながら、甘えた目でそんな直球に求められたら、嘘でもいいえ、なんて言えない。
それから失恋と恋人関係になった、恋人になるなり"ヒロ"なんて呼んできて、節度を持った距離感から突然ベタベタとくっついてくる。
俺が他人を気にかけると子供みたいに頰を膨らませて嫉妬したり、隙あらばキスをしてくる。
うざい、暑苦しい…でも…すげぇ可愛い。

他の奴らは愛しくなる程、"そういう行為"をしたがるらしいが…俺にとっては、相手と自分を壊す為の自傷行為に等しいものだ、だが…失恋も勿論欲しがった。でも…愛しく思う程、失恋に対してそういう行為をしたくなくなっていった。
そのせいか失恋の感情も、どんどん感じとれなくなっていった。

「ねぇ…なんで最近えっちしてくれないの?…気持ちよくない?」
「いや、んな事ないけど…」
「…愛が冷めちゃったの…?」
「俺、本当はセックスが嫌いなんだ。上手く言えないけど…、誰かを壊してる感覚とか、自分を痛めつけたくて、してるだけだった…。だから、お前を大切に思う程そういうのしたくなくなるんだ。」
「…そんな嘘つかないでよ」
「…は?嘘じゃない、本当だ。最初があんなんだったから、勘違いしたかもしれないが…」
「じゃあ、言ってよ…俺の事…好き?愛してる?」

"好きだよ"それだけで、失恋は救われる。なのに、口に出せない…心の中ではもう確かに愛しているのに、母親が浮気相手に投げかけたような甘い言葉を口にしたくない、その気持ちがどうしても、邪魔をする。
でも、今だけでも…絞り出せ、…絞り出せ…。

「…っ……ぁ…」
「そんなに、…言えない?ヒロ……」
「いや、違う…」

どうして言えないんだ、どうして、こんな下らないプライドが捨てられないんだ。

「……本当は、俺のことなんか…好きじゃないんでしょ…?」
「違うんだ」
「違わない!!俺の事なんか最初から好きじゃなかったくせに!魅力がないなら、最初から言ってよ!」

不安で動揺しきって声を荒げる失恋に、俺も焦りを感じる。どうしたらいい?言葉以外で失恋に伝えられる愛はなんだ?どうしたら伝えられる?
混乱した頭が導き出した答えは、まともじゃなかった。

失恋を抱きしめて、貪るようにキスをした。
そのまま押し倒して、失恋の求める行為を始める俺は、どんな顔をしていたんだろうか。

「もう、やめて。」
「…ごめん…。」
「…俺をカッターナイフにしないで。ヒロを傷付ける為に、使わないで。」

俺を疑う気持ち、信じたい気持ち、揺れ動いているのは感じる。でも…少なくとも、失恋を見下ろす俺の顔に、愛情は感じて貰えなかった。

「ねぇ、…嘘じゃないなら…好きって…それだけ、言って…」
「…っ、…!」

たった一言の為に、苦しさに表情を歪める俺を暫く見つめた失恋は、悲しそうな笑顔を浮かべて、ゆっくり起き上がると乱れた服を元に戻した。

「本当に俺のせいでヒロを傷付けてたならごめん。…でも…ヒロにとって俺は魅力的じゃないんだと思う、大切に思ってるとかじゃなくて、ただそれだけ。」
「違、…本当に…」
「同情してくれてどうもありがとう。」

するり、と俺の腕から抜け出して、口調こそ優しいが冷たい声でそう言い放った。
もう失恋の心の中の何も感じられない…、完全に俺に対して壁を作ったのを実感する。
俺の持つ愛の形は嘘だと判断された…、ちゃんと愛を伝える事が出来なかった。

愛している、その気持ちに嘘はない、それは絶対に。
次こそは、失恋を救いたい…俺を傷付け続ける事になっても。

結局人喰いも大切な人を救えずに、新しい世界が始まって、前と同じように失恋と出会って…また、付き合った。
愛しい失恋を抱く程に、苦しくなった。それでも、これがこいつにとって安心材料になるなら、俺は俺を押し殺す
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「ヒロ、最近疲れてない?大丈夫?」
「あ、あぁ…。」

俺にとっては恋人へ暴力を振るうのと同じ感覚である性行為を続けるのは心がすり減る…、本当に俺は失恋を愛しているのか?分からなくなってくる。
心配そうにこちらを見つめる失恋の目も見れなくなっていた。

「失恋……今、幸せか?」
「うん!…ヒロの為に男娼もやめたし…、ヒロといっぱいえっちできて、ちょー幸せ♡」
「……そうか。」

幸せそうに笑う姿には、心が少し救われる気分だ。
心配そうに俺を見ながら「疲れてるみたいだし、今日はもう帰るね…?また明日!」と俺の頭をぽんぽん、と撫でて帰っていく失恋を見送る。
疲れる…、魔力は溜まるが心がとてつもなく疲弊する、今日は俺ももう少し休んだら早めに帰ろう。
ぼんやり心を休めながら、いつも失恋が俺の為に淹れてくれるロイヤルミルクティーのボトルを忘れて帰っている事に気がつく。
明日も作って欲しい、家まで持って行こう。


失恋のアパートの前まで行くと、階段の下で倒れている失恋を見つけて、慌てて駆け寄った。

「失恋!!どうした!何があった…?」
「っぁ、ヒロ…っ…ぁ…やだ、…俺っ」

俺を見るなり震える手で屈んだ俺の太ももにしがみついて、やだ、と瞳からは涙を零して。咳き込むと同時に、口から血がダラダラと溢れていた、これはなんだ…?何が…。

階段の上から、ゴトッゴトッと転がり落ちてくるガラスの小瓶を見ては、拾い上げて上を見上げた。

「あぁ、もしかして、ヒロ先生?どうも、息子がお世話になっていたようで。」
「…どうも。失恋の…お父様ですか。」
「えぇ、今死んでいくので、丁度良かった。お礼が言えるな、失恋。」

階段をゆっくりと降りてくる男が息子、と言えば父親だと理解した。
失恋をそっと抱き上げてやりながら、ふぅ…ふぅ…と苦しそうに息を吐くたびに口から血が溢れていく姿に、心が締め付けられる。
父親を睨みつけて、震える唇をゆっくりと開く。

「これ、毒ですよね…?吸血鬼殺害用の、…失恋はもう死にたがってない筈ですが」
「ん?あぁ…先生は優しいんですね。……残虐な殺人鬼を捕まえた時、人々は何を求めると思います?」
「人を殺したんだから…、死刑でしょう。」
「あはは!…優しいのか、感情移入しないのか…知りませんが。同じくらい、いいや出来るだけ苦しむ方法で殺す方が気持ち良いに決まってるじゃないですか。」
「……、こいつは…アンタに言われなきゃ、無意味に人間に手をかけたりしない、アンタの為に頑張ってきたんだ。何で今更…やっと生きていこうとしてたんだぞ…!」
「吸血鬼は死ぬべき存在です。今更……?いやいや、…俺はこの時を待ってたんですよ。死にたがりを殺したって、つまらないでしょう。」

ずっと、ずっと…こいつは待っていたんだ、失恋が生きる希望を見出すのを。
気付かなかった、好きなだけ失恋をこき使って、使えなくなったら殺すつもりなのだと…思い込んでいた。

苦しそうに呻く失恋を見下ろす、悲しい…辛い…その気持ちに嘘はない。
でも…どこか、解放された気持ちになって、ホッとしてしまった俺は………

本当に、最低だ。

失恋と居るのは落ち着く、こんな俺に尽くしてくれて、愛してくれた。
でも…そんなこいつに、俺は何をしてやれた?我慢してセックスに付き合ってた?違うだろ。
求める言葉も与えてやれない…俺には、こいつを幸せには出来ないんじゃないか。

失恋の事が大切だ、だからこそ…相性が悪い事実を受け入れなくてはならない。
こいつには、もっと言葉も愛も…真っ直ぐに与えられる人間が、必要なんだ。

ふわふわとした前髪を撫で、いつも以上に青白い肌にまだ真っ赤な血が垂れているのを見る、まるで人形のようだ。
このループもいつまで続くかは分からない、だが…失恋に幸せを与えてくれる存在が見つかるまで、終わる訳にはいかない。

「上手く出来っかな…」

失恋をそっと階段に座らせて、なんとなくイメージが湧く"これ"が俺の力なんだと思う。
そんな曖昧なまま、手の平に鎌を印象付けると手の中にぐんっと金属の重みを感じる、握りしめた大きな鎌、決して攻撃には使えない事は分かっている。

「…お前の全ての記憶を使って、俺以外にお前が特別を感じられた、その人間にだけ…快楽を感じろ。」

失恋の首元に鎌の刃の先をかけて、そのまま首を刃がすり抜けるものの、何かが切れていく感覚がする。
相手の記憶や意識を刈る、それが俺の力。
暗示の方が正しいかもしれないが…何にせよちゃんと、次の世界からこの力が干渉すれば良いのだが…そうすれば、少しは楽になってくれるだろうか。



俺の目的を果たす為には、知者の事もしっかり見張る必要があった。
俺が素直に「人助けを手伝ってやる」なんて言える訳もないし、実眞さんを裏切るようで助けるような行為は出来そうにない。
結局、知者にも失恋にも性行為を建前にしてしか近付けなかった。
そのせいか、知者には時折辛辣な対応を取られながらも、ループの存在を把握していて、1番近くに居る存在の俺と知者は自然と親しくなった。
失恋も今まで通りにすれば俺に心を開いてくれた、…ちゃんと魔術も効いている。
誰より近くで、俺ではない誰かと幸せになれるように導いてやらないと、そう思っているのに失恋はいつも俺に恋愛感情を抱いてくれる。
それは何回目の世界でも変わらず「俺と幸せになりたい」そう言ってくれて、断る度に泣きながら俺に怒っていた。

お前を幸せにしてくれる人を見つけた時、この苦しさから救われる筈だ、お前も…俺も。

あぁ、でも…それはそれでムカつくから、お前の相手には、お前をちゃんと愛してるか確認…って建前でいっぱい嫌がらせしちまうかもしれねぇけど。


…お前の最愛の人間に嫌がらせ出来る日が楽しみだ。



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