「はぁ……疲れた…。」
美術室の中、目の前の生徒たちが描いた大量の絵を飽き飽きした目で見下ろして居れば、ふわりと窓から入る風が俺の髪を揺らした。
もう何回この作業を繰り返したかな、学年主任の100倍は教師生活をこなしていると思う。
美術教師が足りないから、ともう一校でも教えているお陰で担任を持たなくて良いのは助かるが、倍の量もなかなか地獄だ。
少し休憩しようと、グラウンドで走る生徒たちを見つめる。
平均的な位置で持久走を終えて、歩いて待機場に向かう
「…あ」
失恋と目が合った瞬間、思わず声が漏れた。
にこっと嬉しそうな笑顔を浮かべて俺に小さく手を振ってくる、……不服だが、可愛い。
ダメだダメだ…なるべく淡白に…と、ふいっとそっぽを向く。
「またイチャイチャしてるんですか?」
背けた筈の顔の目の前には、また違う顔が歩いて来るのが見える、わざと揺らしているのかと思えるくらいにたぷたぷと揺れる大きな胸と、少し視線を上げればおっとりした綺麗な顔立ち、誰もが振り返る学校のアイドル。
「…お前が授業をサボってるって事は」
「…ダメ、でした…今回も。」
「……そうか。」
まだ
「……甘えても良いですか…?」
「…好きにしろ。」
もう何度目の死かわからない。それでも知者は震えた声で、いつもより熱い体温で俺に抱きつく。
「……慣れませんね…。次に行くための覚悟も…なかなかつかなくて…」
「…少し休んでから、次に行けば良い。良くも悪くも…また上から塗り直すんだから…」
そのまま知者を暫く好きに泣かせて、別れた後自宅へと向かった。
学校から近めのまぁまぁのアパート、割と綺麗だし、周辺も静かで気に入っている。
……隣に住んでる奴を除けば、だが。
家が近くなると、鞄から鍵を出しながら顔を上げれば、問題の隣人が居た。
「げ……」
「げっは、俺のセリフだろ。」
双子の弟、
「あら、月拾も被ったわね。…落月と夕飯にお鍋をするの、一緒にどう?」
眉間に皺を寄せながら俺を見る弟に、居心地悪そうにしていた俺の背中から、よく聞き慣れた声がする。俺を通り過ぎた後振り返って笑ったのは、
そして、亞架音も繰り返しを知る悪魔の1人…ただ亞架音は何か特殊なようで、死んだ事がない唯一の存在、力についても謎だ。
「…い、いやいや…コイツが嫌がるだろ。」
「……そう?落月は嫌?」
「えっ、…別にいーよ、鍋だから大した差ないし、兄貴も食えよ。」
あくまで嫌われている兄、そう対応しているが…亞架音は落月は俺であっても無下にしないのを分かっていた。
台所で鍋を作る落月を見ながら、テーブルに亞架音と向かい合って座って待っていた。
「…知者くん、最近は一層解離が酷いわね。」
「…そうだな、同じ人間だとは思えないくらいだ。」
「…誰にでも、良く生きようとする気持ちと、悪いと思いながらも抗えない気持ちがあるものだと思うわ。…知者くんは、女の子の体になってしまう事でたまたま解離してしまったようだけれど」
「たまたま、ね…。」
「…落月も、そして失恋くんも葛藤しながら、今は良く生きようと頑張って居ると思う。…でも、抗えなくなった時…失恋くんが何をしてしまったか、知っているでしょう…?」
「……、何が言いたいんだよ。」
「…人じゃないあの子の深層心理には、今までの辛さも悲しみも、貴方なりに言うなら、油絵みたいに…重ねて隠しているだけで、削れば確かに存在しているのよ。だから、なるべく失恋くんに集中し…殺さ……後まで……」
自分から何が言いたいのか、そう聞いたくせに亞架音の話を後半は全く聞いているとは言えない状態だった。
2つの意識…葛藤…、もしかして
死神の薨が、実眞さんの本心なんだと思っていたが…、驚いた事に実眞さんは、この繰り返しの中の世界が夢かのように当然のように
もし、あの人も同じように分裂していたなら…
そんな事を考えながら、落月の作った飯を食って家に戻って…次の日もずっと、その事を考えていた。
「……、取りに来ないな…。」
いつも通り朝になると失恋はいつものボトルに、ロイヤルミルクティーを入れて俺に渡してくる。そして、いつも放課後になると仕事の前に取りに来るのに…、この日は来なかった。
部活だったっけか?……部活…
俺は慌てて立ち上がって、慣れないながら走って茶道部の部室に向かった。
部室に着くなり扉を開こうとしたものの、鍵がかかっていた。
「開けろ…!!」
扉をガチャガチャと鳴らして開けようとするが、開くわけもない。
もう遅かったか…?いや、どうせこの世界は終わるんだ…、何をそんな必死になってるんだ、俺は。
諦めて扉から手を離すと、カチャ、と鍵が開いて、こっちが扉を開く必要もなく開かれた。
「…知者…」
「どうぞ、中に入って下さいよ。」
扉の先には知者が立っていた、不敵な笑みを浮かべながら、体を部屋の内側に回しながら中に入るように言った。
「失恋…」
小さく息を吐いて、中の惨状を想像してから部室の中へと入った。畳の上で失恋が倒れていて、口からは締まりの悪い蛇口のように、血が溢れている。茶碗は横になって抹茶が零れたであろうシミがあった。
もう何度目か、…知者は世界を終わらせる前に、誰かを八つ当たりするように殺す、失恋が殺されのも初めてでは無い。
「こうなってるん、
「なら、俺に八つ当たりしろよ」
「ん?いやです。」
鬱憤を晴らすのに、知者に当たっているのは事実だ、分裂が激しくなったのも…そのせい…かもしれない。
正当化する気はない、いつもうんざりしている、こんな形でしか満たされない自分に、分かっていても…止められないクズだ。
「…悪かった…、すまない。」
「謝らんとって?八つ当たりのし合い、これからもしましょうよ。別に先生が八つ当たり止めても、僕は殺すのを止める気ないしな。」
「…っ…満足したなら、早く次に行け。」
「殺してからが、月拾先生への嫌がらせやのに…?そう言えば、吸血鬼って食べた事ないわ、どんな味するんやろ。」
思い立ったように失恋を見下ろして、そのまま膝をついて失恋のだらん、とした腕を持ち上げる。
「やめろ。」
「嫌です♡」
俺が初めて犯した時の事は、男の知者でも怖かった記憶が根強く残っている事、それは知っている。
それが幸いなのか…元を正せば不幸なのか分からないが、こいつを止める手段として機能してくれる。
失恋の腕を食い千切ろうと口を開いた知者の腕を掴んでは引っ張って押し倒して、ボタンが取れるのもお構いなしにシャツの襟を引っ張って、肌を晒させる。
「っやめ…!」
不敵な笑みから一転、顔が強張る知者を見下ろして服の中に手を滑り入れると、ゾワッと顔が青ざめて、あっという間に体が女に変わっていく。
「…月拾先生…」
「………はぁ…」
女の体になるなり瞳に涙を浮かべて、俺を見つめる。
流石に目の前で失恋が食われるのを見るのは耐えられない、なんとか回避できた事にホッとして、溜め息が溢れた。
「…失恋先輩……、また…僕が…?」
「…あぁ」
「っ…ご、ごめんなさ…僕…!失恋先輩…僕…そんなつもりや…あ、ぁ…」
体を起こすと、知者も体を起こして虚ろな瞳をした失恋を見て、カタカタと体を震わせる。
あまり精神的に追い詰めすぎると諦めてしまうかもしれない、責めたい気持ちをグッと堪えて知者を見つめる。
「ごめんなさい、…ほんまに…こんな…ごめんなさい…。こんな事…何回目やろ…これ以上、繰り返しなんて…せん方が…」
「バカ…諦めんな。」
女の時はいつも、異常に卑屈だ。ずっと自己嫌悪と卑下を繰り返している、男の時の開き直りの反動のように。
ただでさえ、唯一の大切な存在が死んだ後…知らない間に自分が知り合いを殺している。
いつもいつも、苦しげに心が折れそうになっている姿にいつもいつも俺も冷や冷やしてしまう。
まだだめだ、まだ。
知者を慰めるように、体をこちらに向けさせると抱き締める。
「っう…ぅ、あ…ぁ…ぁぁ…」
本来は憎いであろう、大嫌いであろう俺が、皮肉にも1番近くでコイツの苦しみを知っている、少なくとも知者もそう思っている。
だから、嫌がる自分を何度も犯した俺に縋る、いや…自分を卑下して嫌悪しているからこそ、こいつも犯され傷付く事に安心している所もあるのかもしれない、俺と同じように。勿論、だからと言って正当化はしない。
泣きじゃくり俺に抱きつくこいつに抱く感情は、同情しかない。
失恋が思う以上に、こいつは孤独だ。
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「はぁ、ぁ〜〜っ…」
体力は中々あるつもりだけど、持久走は嫌いだ、えっちを10回するより疲れる気がする。
風が吹くと気持ち良さに思わず目を細めて、垂れてきた汗が気持ち悪く、体操服の裾で頬を拭った。
「…あ!」
ふと、美術室の方に目を向けると窓の奥に見える大好きな人の姿。思わず笑顔になってしまう、みんな走ってる人を見てるだろう…と芸術品のような綺麗な顔の彼に向けてこっそりと手を振った。
「…あ…」
彼の後ろ、ふわふわと揺れる薄荷色の髪の彼女の姿、彼もそれに気が付いたのか彼女の方に顔を向けた。
やだ、そっちを見ないで……俺が先に目が合ったのに。
こっちを見て…、そんな願いも虚しく少し何やら話した後、彼女は彼に抱きついて彼も抱き締め返しはしないものの彼女を受け入れていた。
みんな、宝石みたいにキラキラした綺麗なあの子が好き、少女漫画のヒロインのような…才色兼備で、誰にでも優しくて謙虚で…守りたくなるような、か弱い雰囲気。
それも良い方に言えばの話、俺には…自分を卑下して褒めてもらおうとか、弱々しさも態とらしくてどこまでもあざとく見える。
…ただ嫉妬しているだけ、わかってる。
この世界ではあの子がみんなのお姫様、俺はあの子の"良い子"を引き立てる為の悪役。
本当に毒りんごでも食べて、死んでしまえ
……とまでは流石に、思いきれないけど。
ヒロから離れてくれたら良いのにって意味では…居なくなって欲しいと思ってしまう。
自分に魅力がない事の言い訳、ヒロが取られて悲しいだけ、あの子は悪くない…あの子を責めちゃダメ。
そう自分に言い聞かせた。
そんなモヤモヤを感じた日に限って、部活で2人きりになってしまった。珍しく、男の子の状態なだけマシかもしれない、女の子の時の方が卑屈が酷いから。
「今日は、
「この前逃げた分の持久走の補習なんです。
「そっか、今日は軽く2人でお茶飲んで終わろっか」
「ほんなら、僕お抹茶淹れます…!失恋先輩は座って待っとって下さい!」
楽しそうに知者くんは笑って棚から茶碗を1つ取り出した、俺だけ飲むの…?2人で飲まないの…?と思ったが、"太ったさかいにダイエット〜"なんてその細い体で言われてムカつく未来が見えて、聞かない事にした。
大人しく畳の上に正座をして待ちながら、瞳を閉じる。シャカシャカと抹茶を点てる音…外で走る人達の声や足音…やっぱり落ち着く。
「お待たせしました、見て下さい白詰草の練り切り、この前買ってきたんです。」
そう言ってお盆には抹茶と、白詰草を模した可愛らしい練り切りが皿と懐紙の上に載っている。
「可愛い!けど、いいの…?俺なんかに」
「はい、失恋先輩に食べて欲しくて買ってきたんで」
俺に?こんな事初めてだ、大抵みんなで食べる為に買ってくることが多かったのに。
不思議に思いながらも、黒文字で練り切りを一口大に切って口に含む、しっかりした甘味で口溶けが良い餡…美味しい。
その甘さを中和するように、抹茶を口に含む、クリーミーの中のほんのりな苦味で甘さが抑えられる。
楽しそうに見ている知者くんに、少し寒気と食べにくさを感じながら食べ進めた。抹茶を二口目口に含み、次で飲み干そう…そう考えながらゴクリと飲み込む。
最後の一口分の練り切りを口に含んで、味わっていれば突然異常な程の寒気に襲われる、血の気が引くような…、指先が震えてくる。
「………。」
「っ…な、…っぁ…」
無言でこちらを見つめる知者くんを見て、練り切りを飲み込んだ後、何?、そう言おうとした口からは、生温かい液体が溢れた。
鉄臭い……、まさか血…?そう気付いた頃には体はパタリと畳の上に倒れた。
「あと一口ですぐ死ねたんにな。あの毒、よう考えられてんのやね、全量きっちり飲まな死ねへんなんて」
寒い、寒い…体に力が入らない、視界に見える自分の手が他人の手に見えるほど青白い。
そんな俺の上に残りの抹茶が入った茶碗を持ちながら知者くんは俺に跨った。
「死にたいですか?あと一口飲めばすぐ死ねますよ。」
「……っ…」
あぁ、俺は死ぬんだ…、待ち望んでいた筈なのに…、おかしいな…怖い。
俺の顎を親指と人差し指で掴んで、茶碗をゆっくり傾けていく、今出せる全力を必死に絞り出して顔を少しばかり逸らす。
「死にたくないんですか…?早く死にたいってあんなに言ってたくせに…?本当は生きたいんですか?クズのくせに?」
カラン、と放り出された茶碗からは抹茶が溢れて、畳の上に広がってじんわりと畳の色が濃くなっていく。
依然と俺の顎を掴んだまま、冷たく見下ろす知者くんを力なく、無言で見つめていた。
「自分が、過去の世界で僕に何をしたか…忘れてるんでしょうね、自分の事しか考えてないから。思い出して下さいよ…、僕の事襲えって貴方が客達に命令したんですよ?しかも、普通の客じゃない…貴方自身も体験したでしょう、殺しながらの性行為を楽しむような、イカれた奴らに」
過去の世界…?俺が客に命令…?そんな事した記憶はない。知者くんは何を言っているのか、分からない…。
でも、首を絞めたり、水の中に何時間も頭を押し込んだり、お腹を刃物で刺されたり、ほぼ拷問のような行為を好む客は確かに、何人か居る。
早く殺してと縋りたくなる程、痛くて苦しくて出禁にしたいのに…俺でしか出来ない、俺しか居ないと言われると…受け入れてしまった。
俺の知らない俺が、それを知者くんにも仕向けたってそう言うの?
「殺されたいと願う程の辛さを分かってて、わざと…その人達に命令したんですよね?本当性格悪いですよね。月拾先生が僕を気にかけるのが気に入らなかった?気にかける訳ないでしょう。…アンタみたいなクズ、誰も愛さへんわ。」
憎そうに蔑むように、俺を見下ろしてそう言う知者くんは、何故か苦しそうに見えた。
…知者くんにそんな事を仕向けた時の俺には、何があったんだろう。
他人事のように、それは酷いな…そう思う。
「ご、め…っぁ…」
何か話そうとすると、ごぽっと同時に血が溢れてくる、ちゃんと謝ることも出来ない。
「…最後の世界がくるまで100回でも1000回でも、殺し続けてあげます。最後の世界にたどり着いたら…、学校中に貴方が男娼をしていると言いふらしたらどうなるんでしょう?思い出せますか…?あの時の事、ほら…思い出して?自分の辛かった事くらい思い出せるでしょう?」
知者ちゃんの言葉に、小さく目を見開いた。
1番恐れていると言っても過言ではない、それがバレたら…さぞ汚物のように見られて、嘲笑われて…虐められるんだろうな。地味で冴えないブスのくせに…生意気に体で金を稼いでる、なんて良い笑者なのか。
「……もっと詳しく言わなきゃ思い出せません?授業所じゃなかったですよね。貴方に目をつけてる人って結構居るんですよ…?こんな綺麗なお顔に気付かないなんて、馬鹿な人達ですよね。でも、僕が教えてあげたら…ふふ、クラスメイト…先輩…後輩…教師…ネットに写真も動画も載せられちゃって、他校生にも沢山可愛がられちゃってましたね。モテモテや♡」
「…っ…!」
楽しそうに懐かしむように、つらつらと1人話し続けている、彼の妄想だと決めつけてしまいたかったのに、薄らと夢を見ているように…知らない映像が頭の中でノイズ混じりに映っていく。
自分の時間なんて無かった。
授業も一部の不真面目な奴らに屋上前の階段に連れて行かれて、輪姦されて
『名器って初めてだわ。ビッチ尻でも名器だとこんな気持ちいいのか…止まんねー』
それを見た大人しいグループの奴らも、寄って集った
『別に…いっぱいしてるなら、変わらないよな…?恨むなよ…?』
噂を聞きつけた他校生や、ネットで見かけてヤれると思ってきた大人、授業に出れていないのに託けて、単位稼ぎに使った奴も居たっけ。
仕事のように、作業のように終わらせれば良い、こんな行為で俺の心は壊れない、そう思っていたけど…殆どの客達と違って。壊してはいけないという意識がなくて、獣のようで。身勝手に押し付けられる欲望は酷く屈辱的で、自分への嫌悪感も一層強めた。
俺は吸血鬼でその気になれば力は強い、だから抵抗すれば良かったのに、絶望で体に力が入らなかった。
…ううん、本当は悲劇のヒロインになれたみたいで、正しく傷付く事、穢れる事が少しだけ嬉しかった…。純粋な愛情が俺を助けてくれるんじゃないか、そう思っていた。
でも、誰も助けてはくれない現実に…これは悪役としての因果応報の最期なんだと、痛感した。
あの時も同じように言われたっけ…
『僕になにしたか覚えてます…?』
ガチャガチャッ
「開けろ…!!」
辛い夢のような記憶から目覚めさせたのは扉をこじ開けようとする音と、ヒロの声。
もう独りでに血が口から垂れ落ちていた、声を出す気力もない…。
俺を見て小さく笑みを浮かべた知者くんは、すくっと立ち上がると扉のほうへと歩いていく。
ヒロ………助けて…、これ以上汚くなりたくないよ…もう悪役になりたくない…。
これ以上知者ちゃんを嫌わなくて良いように、知者ちゃんに優しく出来る様に…俺を愛して。
一瞬意識が飛び、ぼやけた視界ながら意識が戻った時にはヒロは知者ちゃんを押し倒しているのは分かった。
そんな事やめて。
目の前でやめて。
やめてよ。
起き上がったと思えば、知者ちゃんはこっちを見ている、どんな表情かは読めない。
嘲笑ってるの?ねぇ…
ヒロ、こっちを見て…!俺、死んじゃうの、死ぬ時にすら見てもくれないの…?
そんな願いも虚しく、ヒロは知者ちゃんを抱き締めて
知者ちゃんもヒロを抱き締める。
あぁ…やっぱり
この子の事、嫌いだ
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カチッ…
カチッ…
1秒1秒が重たい。
殺した…失恋先輩を…。初めてのように、新鮮に…針が刺さるように心が痛い。
嫌いな訳やなかった、いっそ純粋に…先輩として好きだった。
癒気さんが僕に虐めまがいの酷い事を言ったら、ため息を吐きながらいつも間に入ってくれる。
自分なりの正義感を持ってて、素敵やと思ってた。
自分は死にたがるのに、自殺しようとする海流先輩を止めようとしたり、会長に突き落とされそうになった白さんを助けたり…凄く、優しい人なんやと思ってた。
やのに…月拾先生が絡むとわざわざ1番苦しい方法で、あんな酷い事を仕向けるんや、って知ってしまったのが、とても辛かった。
勝手な理想像、分かってたけど…失望の悲しさを何度も、ぶつけてしまう。
最初は1回だけ、仕返ししたかっただけ…同じ苦しみを知って欲しかっただけ…。
やのに…、最初はすぐ終わると思って見て見ぬふりしてた月拾先生も、やり直すべき世界を終わらせない僕に痺れを切らして、もうラブドール同然な状態で強姦を受ける失恋先輩を助け出した。
あぁ、この人は助けてくれる人がおるんや…きっと生きてたら
なんで…?
なんで?
嫉妬でおかしくなりそうやった、僕は何もしてへんのにこの人に酷い事されたのに、この人は助けてもらえんの?
失恋先輩は覚えてないんやろな…
僕なんかより、よっぽど愛されてるのに。