造花に水はいらない


失恋うれん…!」

キラキラとエフェクトが見えそうな笑顔が教室に入ってくる、青い髪の一見チャラそうなイケメンくん。周りの女子がはしゃいで彼を見つめる中、一直線にやってくるのはクラスの中の大人しいグループにすら属さないこの、地味で冴えない俺の所。

「どうしたの?忘れ物?」
「いや、失恋と話したいと思って…」

…1年の時から海流かいるは妙に俺に絡んできていた。海流、かなで聖火せいかの幼馴染3人組はいつも一緒で誰も入る隙のない程仲が良い様子だったのに、他2人はともかく海流は何かと俺に話しかけて来たり、3人の中に入れようとする。

『…お前さ、海流は?イケメンで優しくて申し分なくお前の好みど真ん中だろ、付き合おうとか思わないのか?』
『え?!あ、うーん…良いなぁとは思うけど…俺なんかと…ねぇ?』
『…あんな好き好きオーラ丸出しなのに、好かれてないと思ってんのか?友達として〜とか?無茶ある勘違いだぞ』

この前ヒロとそんな風に話した所なせいか、妙に意識しちゃう…。

「今日一緒に帰ろうぜ!」

なんて言われて、頷いちゃったけど…マジ?自意識過剰じゃない?学校一のイケメンに好かれてる…?どうしたの?俺少女漫画の世界に来ちゃったの…?!
正直困惑しながら、鞄に教科書を詰めて席を立ち上がって扉の方を見れば海流が立っているのが見えて、早歩きでそばに寄る。

「海流、お待たせ。帰ろっか…」
「うん、何か食わね?腹減らない?」
「いいよ、何が良い?」
「マジで?!じゃ、じゃあ…えっと…この前見かけた、食べ歩き用のケーキの店行こう」

買い食いに頷いただけで、オーバーなくらい驚いて頬を染めてニコニコ笑っている。
可愛いな…大型犬みたいな感じで…。

「失恋は…何が好き?どれが良い?」
「ん?んー、チーズケーキ美味しそうだよね、海流は?別の頼んで味見し合おうよ」
「え?!う、うん!え…王道にショート…?失恋嫌いじゃない?」
「好きだよ。」

ただケーキの話をしているだけなのに、すぐ照れたように頬が染まるのが、なんとも可愛い。
照れた海流を見ながらケーキをお互い買って、近くにあったベンチに腰掛けて一口パクっと口に含む。

「そういえば、今日は2人は…?」
「ん?奏はお父さんが居るから早く帰るって、それで聖火も一緒に帰っちゃったんだ。」
「そっか…残念だね、3人で行きたかったでしょ」
「2人ともまた行きたいけど…失恋と行きたかったから、良いんだ。」

すぐ照れる割に、そういう直球な気持ちは照れる様子もなく爽やかな笑顔で俺を見つめて言ってくる、マジで勘違いしちゃうよ…?!
誰にでも優しい、でも進んで人に絡みに行くタイプでもないから…余計に…本当にそうとしか思えなくなってくる。

ポツッ…

丁度ケーキを食べ終わった頃、太腿に一筋落ちた水滴にきょとん、としていればすぐさまバタバタと音を立てて雨が降ってくる。

「雨…?!うわ、うわ…失恋!屋根屋根!」

雨に気付いたこの一瞬でお互いどんどんとびしょびしょになっていきながら、慌てた様子で海流は俺の手を取って走って屋根のある場所に連れて行ってくれる。

「ビックリしたな…大丈夫か…?」
「平気、びしょびしょだね…あはは…」
「……あ!…その……俺の家…割と近いから…家でなら乾燥かけれるし…行く…?」

今までいつも俺の目を見つめていた海流だったけど、流れるように視線が外れるなり家へと誘われる。俺をここに連れてくる為に握った手が落ち着かなく俺の手を握ったり緩まったりするのを感じる。

「……じゃあ…お邪魔…しようかな…?」

別にただ家に行くだけ、ただそれだけなのに…妙に胸がドキドキしてしまう。それは、目の前に居る彼も…一緒…?

「はい、タオル…と…ごめんな、俺の服だけど」
「ありがとう、ごめんね…?」

海流の家に入ると、ふんわりとタバコの香りがする。海流から普段感じる事はないからこそ少し驚いて、目をぱちくりさせていれば脱衣所に案内されてバスタオルと着替えを手渡してくれる。
濡れた体に触れるタオルはほかほかと温かくて、不思議な程に落ち着く。
濡れた布がベトッとくっつくのが気持ち悪くて海流が出て行くより先に、濡れたセーラー服とシャツを脱ぎ始める。

「うあ?!まままま待って、出て行くから!!!」

すぐ出て行くとは分かっていたけれど、思ったよりも大慌てで出る海流、男同士だしそんなに照れなくてもいいのに…結構ピュアだな。
付き合ったら俺の方がネコだろうに、なんかタチになった気分だ。
服を着替えて、そっと扉を開くとリビングで同じく着替え終えている海流を見つけると、歩いて近付く。

「…う、うわ…失恋が俺の服着てる…」
「あはは、似合わないよね…顔が良くないとこーゆーシンプルなのは着こなせないし」
「いや…可愛い…すっげぇ可愛い…」

まるで乙女のように両手で口元を覆いながら、ぶかぶかの海流の服を着ている俺をまじまじと見つめる。
ヒロは勿論可愛いなんて言ってくれないのも相まって、真っ直ぐに褒められると恥ずかしい。
でも気分が良くなって、正直調子に乗っちゃうって言うか…自惚れて少しだけ、男娼スイッチが入ってしまった。

「ね…、雨宿りのお礼…何かしたいんだけど…何が良い?…なんでも、したげる…」

上目遣いで海流を見つめながら、そっと手を握る。多分ご両親は夜にならないと帰って来ないだろうし、高校生が好きな子と2人きりでお礼をする、なんて言われたら…そりゃ…ナニかは決まってるよね…?
海流ならイケメンだし、優しくしてくれそうだし…良いかも…。

「な、んでも…?」
「うん…、良いよ…海流のしたい事…」
「え、じゃ…写真撮って…良い?」
「………写真…?」
「…うん!待って、携帯〜どこ置いたっけ…!」

写真?えっちな写真って事?…いや、この感じからして明らかにそういう意図は何も無い。
この状況でえっちな気持ちにならないとかある?やっぱり俺の自意識過剰なんじゃない?!
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしながら、思わず口から出てしまった。

「え、えっちしないの…?」
「……え…?え……?…エッ?!」

余程予想外だったのかぽかーんと口を開いて固まる海流、そういう感情は皆無だった様子。こんなの脈ゼロどころかマイナスでしょ…?!いや、分かってるよ…椿はともかく、失恋に色気なんて皆無だなんて…知ってますけど!

「や、その…さっき…家に誘った時も…実は…肌が透けてて…うわーーってなったし…失恋が服脱いだ時も心臓爆発するかと思ったけど…その、そういうのは…ちゃんと恋人としないと!」
「……真面目〜!」

真面目な表情で俺に語りかける海流…優しいな…優しい…紳士すぎるでしょ…。なんだか自分が妙に汚れた頭の中な気がして虚しくなりながら、揶揄うように言葉を返した。
ごめん?と苦笑いして頭に添えた海流の左手首には絶対にいつもあるリストバンドが無かった、いつもつけているからか、そこだけ照らされてるみたいに特別白い肌のままだった。濡れたから外したんだろうけど…
そのぼやけた白い肌の中にだけある、沢山の浮き出た白い線…その不自然で違和感のある線は、少なくとも生まれ持ったものではない事は察せる。
これは……

「海流、その腕…」

俺がその線の事を口にしようとした時、ガチャっと家の扉が開く。その音に目に見える程肩は跳ね上がって、え…?と声を震わせる海流を見上げる。ご両親だろうか、俺がいると困ったりするのかな?
言葉のないまま、5秒程だっただろうかリビングに来た男性は背の高い海流よりも、もっと明確に背が高くて髪の色も海流より暗い…それにしても凄く綺麗な顔立ちをしている。
少女漫画の王子様、それが1番しっくり来るような…それにしては、あまりに陰鬱なオーラがあるけれど。

「あ、…お邪魔してます、海流くんの友達の黒神です。雨に降られてしま…って…」

解析をしている場合ではない、お父さんだろうし挨拶を…と慌ててした挨拶には一瞥するだけで返事はなく、着ていたスーツを脱いでハンガーにかけていた。

「失恋が挨拶してくれてんだろ、返事くらい出来ないのかよ」
「………あ…?」

俺が無視されたのを見ると、珍しくムッと怒った表情を見せて、お父さんの方に近寄っていく。ネクタイを外しながら海流を見下ろす目は強く軽蔑するようで、上から落とされる深い海のような瞳に不安を感じる…呑み込まれそうでゾクッと寒気がした。

「いいよ、そんな…俺がお邪魔してるんだから、乾かしたらすぐ出て行きます。」

なんとか苦笑いを保ちつつ、俺の部屋に行こう、と手を引かれて海流の部屋へと入った。

その後は何事もなく、乾かしてもらった制服を着て家に帰っていつも通り仕事に行った。
イマイチ海流が分からない、俺って脈アリ?それともただただ大切な友達として扱われてる?あの腕の跡は何?お父さんとの仲はあんまり良くないのかな、あの冷たい瞳を見たせいか仲の良し悪しなんてレベルではないような…そんな気がして来る。
ふと、よく怪我をして登校してる事が思い出される、いや…あれは喧嘩をふっかけられたからって海流も言ってたし。

次の日の海流は、また怪我をしていた。今までは特に何も思っていなかったけれど、よく見ると口の横は赤く腫れて、いつも通りリストバンドをしている左手の腕には数個の不自然に丸くて赤い腫れ物のようなものが見えた。
この海流を見ても、あの2人は何も言わないの…?

放課後になれば、また海流に誘われて幼馴染3人と俺でファストフード店に寄る事になった。朝から気になっていたモヤモヤを海流が席を外した隙に聞いてみる事にする。

「海流の怪我、いつもあんなんなの?変じゃない?喧嘩の傷じゃないと思うんだけど…」
「えー?昔から、海流って絡まれやすかったしなぁ、奏はどう思う?」
「お、俺も…喧嘩だと思うけど、心配…喧嘩なんてしないで逃げた方が良いよね…。」
「本気で喧嘩だと思うの…?腕は見た?あれ…多分根性焼きでしょ?喧嘩でそんな事する?」
「不良の思考は真面目な俺らにはわかんないよー。にしても?今まで塩気味だったのにいきなり海流の事心配しちゃって……そーゆー事?」
「あのさ、真面目に話してるんだから…」
「……そ、そんな訳ないよね?失恋くんが海流に、そんな…」

ただ純粋に心配なだけ、もしかしたらお父さんから虐待を受けてるんじゃって…なのに、ニヤニヤしながら聖火は俺を見つめていて、奏はあわあわと困った様子だった。
話にならない、幼馴染なんでしょ?あんな姿見て心配にならないの?正直気分が悪い。
このまま2人と話していると今はイライラして、海流を困らせるような物言いをしてしまいそうで

「帰る」
「え、あれ…怒った?」
「…ん?失恋帰るのか?じゃあ、俺も…」
「えっ…な、何で海流も帰るの…?」
「海流は失恋の事ばっか言ってるもんね〜」
「やめろって…!変な事言うなってば!」

ヘラヘラと揶揄う聖火、戻ってくるなり寂しそうに俺について来ようとする海流、そんな海流に悲しそうな視線を送る奏。
今更ながら、嫌な三角に紛れ込んでしまった気がする。

小さく溜め息を吐きながら、席を立つと店を出た。奏は海流が好きなんだろうな、聖火も多分奏が好き。で……海流は……?
俺、なんて…馬鹿馬鹿しいよね、1人の俺を見兼ねて偽善でちょっかい出してるだけ。
イライラのせいか卑屈になりながら1人歩いていれば、後ろから自分よりも速い足音が聞こえてくる。

「失恋!待って!一緒に帰ろう!」
「海流…本当に来たの?2人と居て良いのに…酷い事言わない為に帰るだけだし。」
「良いんだ、2人とは十分話したから失恋と話したい、一言でも多く。」

優しく微笑んで話したいなんて言われたら勘違いしちゃいそうだ。別に友達なんて要らないし、男娼の事だって知らない海流と付き合える訳ない。知ったらきっと引くだろう、女装しておじさんに媚びて稼いでるなんて。

「ね、怪我大丈夫…?それ…腕…タバコとか…押し当てられたんじゃ」
「…ぁ…ご、ごめんな…見たくないよな、絆創膏したら良かったな…帰ったら薬塗るわ。…ありがとうな!」
「そうじゃなくて…それ、誰にされたの…?喧嘩でそんな事しないでしょ?お父様…?」
「………さぁ、どうだろうな」

俺の質問に暫く沈黙して、出た言葉は他人事のようだった。彼自身の事なのに、本人すらちゃんと取り合ってくれないのか。悲しくなって無言になる俺を、不安そうな顔で海流は見つめていた。

「…なぁ…失恋…最期が来るまで、いっぱい話してくれるか?」
「最後…?まぁ、時間ある時なら全然良いけど…」
「ありがとう…。なぁ今度どっか行こう、2人で。どこがいっかな…海とか見てるだけで楽しいよな、あと…旅行も行きたいな…鹿がさ大好きでさ」
「…あの2人は?」
「……ん、俺…ヤな奴だろ?失恋と2人が良いんだ。」

心苦しそうに眉を顰めて、でも笑って嫌な奴だと自称する。俺と2人きり…そんな楽しいもんじゃないと思うんだけどな。

その後から、本当に2人で会って遊ぶ…と言うよりは、のんびりと景色を見て話したり…放っておくのが心配なのもあって、ちゃんと休みを取って本当に旅行にも行った。
旅行明けの学校は俺も海流も授業中爆睡しちゃったらしく、お互いが寝てた事を知った時は2人して大笑いした。
海流と居ると落ち着く、いつも優しくて気遣ってくれて…友達としても十分だけど、海流が恋人だったら、間違いなく幸せだろうと思える。
この優しさが嘘じゃないなら…、俺の事も受け入れてくれるだろうか…少しだけ前向きになれた。

その日は、いつも通りの学校だった。
海流は遅刻なのか休み時間に教室を覗いても姿は見られなかった、今日も話せるかと思ったのに、残念で授業も身が入らない。
何かあったのだろうか、もし虐待を受けてるならエスカレートして…とか…。
ぼんやりと廊下側を見ると、廊下の向こうの階段を登っていく青い髪が見える。あれは海流…?チラッと見えただけだがいつもとは違う、ワックスで持ち上げられた髪は見て取れなかった。
なんだろう、ぞわぞわとする。
"最後"海流が言っていた言葉がフッと思い出される、でもあの言葉からもう何週間も経ってるのに。
授業中だというのに、俺は無我夢中で立ち上がった、驚いて先生やクラスメイトが見ているのも気にせずに。

「?黒神、座りなさい」

そう注意する先生を無視して教室を出て行く。
今行かなくちゃ、今向かわないといけない気がして。

海流の血の匂いを辿って、階段を登って、登って…屋上へと出た。
風に髪が煽られながら、海流の姿を捉える。柵の向こう側で縁に座って居たけど、扉の音にこちらを向いて立ち上がった。

「…失恋…?!どうしたんだ…授業は?」
「今日来ないのかと思った、心配してたんだよ。…ねぇ…危ないから…そこから出よ?」

俺の姿に目を見開きながら、ゆっくり立ち上がって俺と向かい合う。強い風が吹いたら、足を滑らせたら……
違う、落ちて欲しくない、怖いんだよ。
海流は俺が伸ばした手を見つめている。

「……本当に最期まで会えるなんて思わなかった、嬉しい…失恋。」
「最期なんて、言わないで…海流…」
「…あのな、こんな時に…最低だって分かってるんだけど…本当嬉しいんだ、幸せだったんだ…だから、言わせて欲しい。」
「そこから出て言って!」
「失恋、好きだ。結構…昔から失恋の事知ってたんだ。高校になってやっと勇気出して…話せてマジで嬉しかった。」
「…俺も、…好きだよ…引き止める為じゃなくて、本当に…だから…」

海流は穏やかに、懐かしげに瞳を細めて微笑む。その穏やかさが怖い、何も揺るがないような気がして…怖いと言って、死にたくないと言って?

「あはは、マジか…ありがとう。でも俺…生きてちゃダメなんだ…」
「そんな事ないよ、海流は優しくていつも気遣ってくれて…俺甘えてばっかで…。辛い事があるなら、話してよ…こんなことする前に…家から出たいならうちに来ても良いし…」
「……ダメなんだ…俺…本当は生まれてこない筈だったんだ…」
「…どういうこと…?聞かせてよ…」
「…本当なら、姉貴が生きてた筈なんだ…まぁ…流産しちゃって…俺が出来たんだけどさ…。おかしいだろ?姉ちゃんの声がするんだ…。姉ちゃんは俺が生きてるの…怒ってる…憎んでる」
「…お姉さんの事は残念だけど…だからってそんな…海流は生きてて良いんだよ!俺がそばにいるから、誰からだって庇ってあげるから!」

生きてて良い、その言葉にやっと穏やかな表情は悲しさに変わっていった。
そのまま、俺の方に来てお願い。

「姉ちゃんに許されないと、いけないんだ。」
「俺には海流が必要なの…一緒に居たいよ!!」
「……失恋なら俺じゃなくても大丈夫だよ。ごめんな…」
「待って!!!!」

まるで空に浮くように、ふわりと海流の体が倒れていく。
手を伸ばして必死に駆け寄ったけれど、その時に彼が残した音すら…記憶には残らなかった。

動揺しながら、目の前が真っ暗になって…何分経ったか。ふらふらしながら階段を降りていき、教室へと戻る。
海流の飛び降りで、授業どころではないのだろう教師は居らず廊下や教室でそれぞれがざわざわと妄想を膨らませていた。

「海流くん何とか息はあるかもだって!大丈夫かな…」
「良かった…生きてて欲しいね…」

海流の生存を願う人たちの言葉、俺も生きているならそれは勿論嬉しい。
席について、俯いていれば嫌な程に話し声が耳に入る。

「飛び降りたのに生きてんの?ダッサ!ちゃんと死ねよ〜、未遂はダサいわ〜」

こんな時にもそんな冗談で笑って居る声が聞こえてくる、周りの友達ですら苦笑いしていた。

「次はちゃんと死ねる所で飛び降りろよって言ってやるか?アイツ泣くかな?!………何?」

気がついたらそいつの目の前まで歩いていて、気がついたら思いっきり貧弱そうなこの拳で殴っていた。

「ったぁ…!!!何すんだよ!あぁ……、お前最近月光と仲良いんだっけ、もしかしてホモ?」

ムカつく、ムカつく…ムカつくムカつくムカつく!!!
馬乗りになってただ殴った、何回も何回も。
拳に床に飛び散った、涙も唾液も血にも興味はない。

「やめ、で…悪かったがらっ…!」

確かに執拗に殴った事は覚えて居るけれど、その時の光景も記憶には残って居なかった。

「死んじゃうって!先生!先生!!」
「…黒神!殴るのをやめなさい!!」
「やばいって、やばいって…死んでんじゃないの…?」

周りで大騒ぎする奴ら、血塗れの俺の腕を男の先生が2人がかりで掴んで止める。

「…!……。…黒神は興奮状態みたいなので、とにかく保健室に連れて行きます。そっちは今なら救急車が間に合うと思うので連れて行って下さい。」

たまたま通りかかったヒロが俺を先生達からも引き剥がして、手首を掴んで保健室へと連れて行く。
柔らかいベッドに押しつぶすように座らせられると、手についた不快な体液を濡れたタオルで拭ってくれる。

「…海流、なんとか生きてるみたいだぞ。良かったな」
「……うん…。」
「暫く入院はするだろうし、見舞いにでも行くか?」
「行かない。…海流は…俺なんか要らないみたいだから…、俺も好きって言ったのに…行かないでって言ったのに…飛び降りた。」
「………そんな事ねぇよ、アホか。」
「ヒロもそうでしょ?俺なんか要らない。誰も俺なんか居なくても良いんだよ、だから要らなくなったら置いていく。」
「違う」
「違わない!!」

ヒロの持ち上げている俺の手に力がこもっていく。どんなに縋ったって必要としたって愛したって、捨てられる。
ヒロだってそう、好きだと言っても愛してると言ってもヒロを求めても、応えてくれない。ヒロから手を出したのに…今となっては体すら求めてくれない。
手を払って声を荒げた俺を見て、ヒロは驚いた様子だった。

「失恋…」
「違わない!違わない…!誰も俺なんか要らないの!好きなんて嘘だ!!」
「失恋!」
「触るなよ!!」

肩に触れる手を感情のままに振り払った。

「…もう嫌だ…もう嫌!惨めな気持ちになるのも俺が魅力のない、不必要な存在かを痛感するのも…もう嫌だ…!!」

ヒロを突き飛ばすようにして、ダンッと大きな音を立てて保健室から出て行く。

俺なんかが居たって生きたいとすら思ってくれない。伝えた海流への気持ちも、全部破り捨てられたんだ。

帰る為に教室へと戻ると、みんなバケモノを見るような目で俺を見ていた。まるで俺が今から生贄を選ぶ悪魔のように、隣を通ると酷く震えている。
鞄を手に取ると、そのまま教室を出て行き家へと向かう、怖いほどに誰も居ない道…世界で1人からになったような気持ちになれると、ずっと抑えていた涙が溢れる。
生きて欲しいと思うのは、自分勝手なのだろうか…?友達としてでも側に居たいのも、この好きな気持ちも、結局俺だけだった。
海流にも同じ気持ちがあったとしても、俺の100分の1にも満たないものだったんだ。

家に着くと、前には今1番見たくない父親の姿が見える、扉にもたれかかって携帯を見て待っているようだった。

「ん?早いな、学校は」
「…いつも最高に嫌なタイミングで待ってるよね…何しに来たの?」
「1つしかないだろ」
「……わざわざ待ってまで?呆れる」

ダメだよ、コイツは1番ダメなんだ。求めてはいけない…縋ってはいけないのに…
彼が扉から退くと、鍵と扉を開いて共に中に入り、扉を閉めるなり背伸びして彼に口付ける。

「今日は随分がっつくな?」
「俺が欲しい…?俺じゃないとダメ?」
「………ん?あぁお前が欲しいよ、お前じゃないとダメだ。だから来たんだろ?」

求めれば欲しい言葉は何だってくれる、ペラペラの下らない鸚鵡返し。
そのペラペラなものに、俺は…縋り続けていく。

「そういや、お前いつから不感症なんだ?」
「気がついたら?なんか、感じられない体質みたい」
「…お前の体の事だろ?お前がちゃんと意識すれば感じられる筈だ。」
「…意識…?」

玄関で解かれていくネクタイ、タバコの匂い…。とても不快で…でも安心する。

「誰にそんな呪いをかけられたのか知らないが、何にしろ全てはお前が選んでる事だ。お前の意思で破る事が出来る筈だ。」
「…そんなので変わらないよ。」
「…快感でなくていい、ちゃんと感じてみろ。お前に触れている指を舌を…ちゃんと見て、ちゃんと意識して…ほら…」

この快感を得られない体質が変わるなんて思えない、怪訝な顔をする俺の口の中にゴツゴツした自分と比べれば太い人差し指が入り込む、残りの指は俺の顎を固定するようにしっかりと掴んでいる。
中に入った指は、ゆっくりなぞる様に舌の縁を滑って、その後ゆっくり面を奥から手前に指先が滑る。
口を開けっ放しにしているせいか、唾液が彼の中指を掻い潜って溢れて落ちていく。
気がつくと、頭がふわふわして息は荒くなっていて、なんだかくすぐったさを感じる。
少しぼんやりした俺を見つめながら、自らの唾液で濡れている中指も口の中に入ってきて、俺の舌を人差し指と共に挟み込む。
奥から手前に焦ったいほどにゆっくりゆっくりと手前に滑ってくる、舌が擦れる感覚が妙に心地良くて、早く…速く…先っぽに…
つるっ、と舌の先端を挟む指が舌から滑り落ちた時、何が起きたのか分からなくなる程ビクンッと体が震え上がった。

「どうした…?」
「は、わかんな…なんか急に…」

分からない、そう答える俺を楽しそうな笑顔を浮かべて見つめる

「良い傾向だな。……何かあったから真面目ちゃんぶってるクセにお前は早退してきた、体調も悪くないのに。俺にがっついた所を見ると、失恋でもしたのか…?」
「っ…うっさいな」
「…昔から知ってた筈だが…?お前の居場所はどこか、お前を待つ者がどこに居るか…たった1人に拘るから苦しむ、お前には沢山の人が手を伸ばしているのに。快楽を知れば…その手も愛しく思える、愛を拒んでいたのはお前自身だ。」

唾液で濡れた指が、背中に回って服の中へと入って真ん中の骨をする、するりとなぞり上げていく。

「あ、…ぁ…」
「愛してるよ、失恋。俺だけはお前を見捨てないのも知っているだろう…?俺が1番に、そして客達もお前を愛してる。」

愛されてる事に気付いてなかったのか俺は…お客さん達の事…ちゃんと見れてなかったのかな…。

「気持ちいいだろ…?ちゃんと、愛されている事に気付けば感じられるんだよ…。お前が拒んでいただけだ」
「っぁ…とぉ…さん…」

今までの事が嘘の様に、肌を滑る指が体を震わせる。ダメ…気持ちいい…彼の声にすら、息にすらお腹の奥がきゅんきゅんと疼く。
おかしくなる、おかしくなる、もうダメだ許して…今すぐ…
頭の中まで、ぐちゃぐちゃにして…。

____________________________________

あの日から失恋は学校に来ない。
海流は何とか一命を取り留めて、退院する日も決まったが…アイツはどうしてるのか。
仕事を休憩すればすぐに失恋の顔がチラついて気分を落ち込ませる、仕事がイマイチ手に付かない。
そんな毎日を過ごしていれば、雪鬼よきが美術室へといつもの掴めない笑顔で入ってくる。

「あの日から、黒神くんは出席していませんね。貴方からの電話にも出ないのですか?」
「…出ない。」
「…あの父親はすごいですね、記憶もないのにいつでもどの世界でも最終的には彼を支配する。心配ですねぇ」
「……とにかく、今日会いに行ってみる」
「まぁ、これが最後になる事もないでしょうから、焦らずに。」
「あ、あぁ…」

ニコッと妙に腹が立つ笑みを浮かべては、顔を見にきただけですので、と言って出て行く雪鬼の背中を見つめる。
いつもは嫌味だったり、何か匂わせるばかりだが…あいつなりに慰めに来てくれた、んだろうか。

最後ではない、なのに俺は何故毎回必死に救い出そうとしてるのだろうか。
俺が海流を薦めなければ、こうはならないだろうに、あいつは父親以外の人間に自分の意志だけで心を明け渡す事が出来ないのだから。
俺の魔術を解けるのも、失恋自身と…あの父親の2人だけ。それくらい、あの人は失恋の精神を支配している、ポッと出の俺の暗示魔術よりも、幼い頃から洗脳を続けてきた父親…勝てねぇよな。

帰路につきながら失恋の家に行くか、事務所の方が良いのか…考えていた矢先、隣を通り過ぎる肩より少し長い黒髪、首元には赤いベルトにハートのバックルのついたチョーカーのつけた女を横目で見る。
首から頰…紫の瞳を確認すると、バッと腕を掴んだ。

「失恋。」
「………、あぁ…こんばんは、星野先生」

腕を掴まれると驚いた表情で俺を見て、少し固まった後すぐにニコッと笑って見せて、あからさまに今までとは距離を開けるように苗字で呼ぶ。

「学校、何で来ないんだ。」
「…もう、行く必要がないので…、昼も働いた方が効率が良いですから。」
「海流は退院する日決まったぞ、だからお前も学校に来い、また父親のダッチワイフに戻るのか?」
「海流が生きてたのは良かった、本当に。でも学校には行きません。私は、お父さんを最優先に、沢山の人に尽くし愛される道を選んだので、では。」

海流の事は本当に心配していたのだろう、良かった…と穏やかに瞳を細める、が挑発するように言った言葉も流されて、去ろうと俺の腕を振り払った失恋の腕をまた掴む。

「待てって!」
「キモい、離して」
「…んな言い方…ないだろ」
「触るなって!言ってんの!」

勢いよく俺の腕を振り払う、たぷたぷ揺れる紫色の目で俺を睨んで、ふいっとそっぽを向いて足速に歩いていく。
構ってもらいたくて避けている訳じゃない、追いかけても無駄だろう。
涙ぐみながらも睨むあの目は…2度と顔を見せるな、そう言いたげに見えた。

__________________

〜♪〜♪〜♪

「!!、もしもし…」

ずっと携帯を見つめて座っていれば、鳴り始めた携帯にドキッと心臓が跳ねる、先にかけたのも、掛け直してと言ったのも俺なんだから、何をビビっているんだ。
慌てて指を滑らせて電話に出た。

「……海流…?どうしたの?」
「失恋…、あの…謝りたくて、俺…生き残っちゃって…嫌な思いもさせて…。」
「…ううん、生きてて良かった…海流。」

薄ら聞こえるシャワーの水の音と電話越しのいつもの優しい声、女の子と例えるには低く男の子と言うには高い、俺の大好きな声。

「…ありがとう…本当ごめんな…」
「……俺もね、死のうと思うんだ。」
「えっ、なんで…?死ぬなんてダメだ…」
「………そう言ったら、海流も飛び降りるのやめてくれた?」
「それ、は……、ごめん」
「…そういう事なの、分かってくれるでしょ…?」
「何言ってんだよ…失恋…そんな事言うのやめてくれ…」
「そうだね、海流を責めたい訳じゃないし」
「………なぁ…失恋…また会える…?」

俺がそう問いかけると同時にシャワーの音が止まると、ガチャリと扉が開く音がする。

「椿ちゃん、お待たせ〜。誰と電話してるの?今は浮気しないでよ」
「ごめんなさい、お店から電話がかかってきて…んん〜…ダメですよ、まだ切ってないですから…」

電話越しに聞こえるリップ音、同時に失恋の唸るような声が聞こえる。
流石にそういう事に疎いと自負する自分でもこの後何が起こるのか、想像がつく。

ダメだ、こんな…自分を粗末にするみたいなやり方で…俺がそんな事言えるのか…?
目の前で飛び降りたのに、失恋は俺を引き止めようとしてくれてたのに
こんな俺が何を言えば…何を言えば止まってくれるんだ…?

「…っうれ」
「さよなら」


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