道化師のすすめ


それはあまりにも鮮やかに、瞬きの合間に攫われた。
満を持して臨む雄英高校ヒーロー科の入試、実技も学科も相応の対策をもって爆豪勝己は臨んでいた。だからこそ他の受験生に遅れをとることは万に一つも想像していなかった。
自分よりも早く飛び出し、自分よりも早く文字通りの一瞬で最初のポイントをかっ攫っていった少女は爆豪の意識に強烈に焼きついた。爆豪と殺那、目も合わない言葉も交わさない、名もなきこの出会いから2人の関係が今後長く続いていくことは彼らはまだ知らない。

ガシャンッ──。
「これで35P、」3P敵を高所に移動させて、落とし破壊する。殺那の場合表向きの"個性"そのものに攻撃力があるあるわけではないので一体一体に時間はかかるものの、ペース的には順調と言えた。そうして7分が経過したところ、冒頭に説明のあった0P仮想敵が投入された。

(ところ狭しって文字通りの意味ってこと…!)

高層ビルを優に越すサイズ、さすがにあれの破壊は何の備えもなしにはできない。プレゼント・マイクの言っていた通り避けて通るのが無難だし、それを推奨されていた。だがもし、これを止めることが出来れば?破壊しなくてもいい、このデカブツの足を止めてここに留めれるだけでもいい。
仮想敵と戦いポイントを稼いでる間、殺那はずっと違和感を感じていた。情報力、機動力、戦闘力──その素養をみたいだけならばそもそも0P敵なんてギミックは必要ない。邪魔になるだけなのだから。ではなぜ、このギミックが用意されているのか。そして、実技入試要項では不自然な程に0Pという点とこれに会敵した場合は避けることという点が誇張されていたように殺那には感じられた。
雄英側には受験生には明かしていない評価基準があるのではないか。確証は無い、が根拠としては十分だ。

皆が逃げ出す中、0P敵に向かって走り出す殺那。『瞬間移動』を使って上へと登っていく。下では「おい!あの女子向かっていったぞ!」と焦った声が聞こえるが、そもそもが避けるのをおすすめされている相手だ。助けに入ろうとする者などいない。
殺那は0P敵の視界にわざと入り攻撃を向けさせた。大きな腕で殺那を掴もうとしてくる。もちろん掴まれたらひとたまりもないだろうが、存外動きはのろまだ。空中で体を捻ったり、個性を上手く使いながら避けていく。

残り時間1分──!!
アナウンスに耳を傾けながら、間に合うだろうかと舌打ちをする。0P敵が腕を振り抜いた先、倒壊したビルが轟音を立てて道路に横たわる。これで狙いは達成された、殺那の口元に笑みが浮かぶ。
少し離れたところで仮想敵を壊しながら様子を伺っていた爆豪は音もなく着地した殺那の笑みを見逃さなかった。

タイムアップ!終了──!
「あっ、おい!0P敵が瓦礫に囲まれて身動き取れなくなってるぞ!」
「あの女子、まさか狙ってやったのか!?」
「まさか!仮想敵がどの方向から殴るかによっては倒れる方向も変わる!狙ってなんて出来るわけないだろ!」

いや、狙ってやってやがった──。
攻撃力の低い"個性"を補う身のこなし、戦闘中に考え最適解を実現させる冷静さ
、爆豪の目から見ても殺那の能力は完全に図抜けていた。
そして、あれだけ"個性"を行使し動き回ったにも関わらず少し息を乱している程度で、さして疲れた様子も見せない殺那に爆豪の眉間にシワがよった。直感的に気に入らない、そう感じた。





一番問題であった筆記試験も無事終えて、後日シンプルな便箋に雄英の校章で封をされた合格通知が届いた。中から転がり出てきた小型プロジェクターから、プレゼント・マイクが投影され筆記と実技の結果をラジオ番組かのごとく伝えていく。
筆記はどうやら合格点ギリギリだったらしいが、それとは対照的に実技の結果は1位の爆豪勝己に次ぐ2位という結果だったそうだ。レスキューポイント、やはり殺那の読み通り雄英には受験生側に明かしていない採点基準が存在していた。審査制で与えられるそのポイントは、0P敵の攻撃を誘導し付近のビルを倒壊させはしたものの、巨大敵をその場に留め被害拡大を防いだという点が評価され40Pが殺那へと与えられた。1位の爆豪勝己が敵ポイントのみで77ポイントなのに対し、敵ポイント35P、レスキューポイントで40P、合計75P──その差は2Pだった。

《ナイスファイトだったぜ女子リスナー!!》

入試の構造に気付ける勘の良さと、そこから結果を掴み取る勝負強さをやかましい声で讃えられながら、殺那はここでようやく気が抜けたのか疲れを滲ませた息を吐いた。
これで何とか弔と先生の役に立てそうだ、と。殺那の雄英への入学は先生達が描くシナリオの序章にすらならない部分だが、それでも約1年間頑張ってきた自分をみんなに讃えてもらうとしよう。

「黒霧!そっちに行きたいからゲート出して!」

先の見えない目の前に広がったもやに殺那は軽い足取りで飛び込んだ。





そうして4月、まだ少しの肌寒さを残して殺那は雄英の門をくぐる。今回からはれっきとした雄英生として。
グレーのブレザーとプリーツスカートそして赤色のネクタイ、生まれて初めての制服いうものに殺那は実はちょっとテンションが上がっていた。学校のために用意したショルダーバッグを肩から斜めがけにして電車に乗る。
"音羽殺那"としての家は雄英の最寄り駅から二駅分離れた場所にあり、通学時間は徒歩の時間も含めて20分というところで、マンションやアパートが立ち並ぶ居住区画なので、なにかあった時のために交番も近いので治安も良い。一つ難点を挙げるとするならば、遊べる場所は子供たち用の公園くらいしかないので物足りないが、生憎殺那は遊びたいと思ったことはないし、"音羽殺那"の背景を考えたときに女子高生の一人暮らしとしては最適解なので、いいカモフラージュになると思っている。まさかこんな場所で全国指名手配の超凶悪犯罪者"死神"ディミオスが女子高生ライフを営んでいるとは警察もヒーロー達も夢にも思わないだろう。
定期をタッチして改札を出る。この辺りになってきたら最寄り駅なだけあって雄英の制服が多い。ちなみに雄英の制服は肩のボタンの数で所属する科が判別できるようになっている。ボタンが一つであればヒーロー科、二つであれば普通科、といった風に。雄英高校自体が偏差値79なので普通科でもかなりのハードルの高さになるのだが、ヒーロー科であればその難易度は更に跳ね上がる。雄英のヒーロー科の卒業生にはエンデヴァー、ベストジーニスト、エッジショットなどの現代のトップランカーが名を連ねていることはもちろん、名実共に平和の象徴と謳われるオールマイトその人も雄英の卒業生だ。国と人を守る役目を帯びていつつも、人気商売的一面も併せもつヒーローという職業において、実力・人気どちらも得ようと考えたときに今や雄英か西では士傑のヒーロー科卒業が必須条件とまでいわれているそうだ。要するに雄英のヒーロー科は日本全国に沢山あるヒーロー科を擁する高校の中でもトップに君臨しており、300倍の鬼倍率を勝ち抜き合格した候補生たちはスーパーエリートなのである。
正直なところ、殺那の本来の姿は敵なので、ヒーロー科であることに憧れられようが嫉妬されようがどうでもいいのだが、不必要に目立ってしまうのは困る。
全方位からジロジロと感じる視線に、殺那はかなりの居心地の悪さを感じながら、我慢しろ、慣れるまでの辛抱だ、と自分に言い聞かせながら努めて平常心で割り当てたれた教室へと向かった。

バリアフリーなのかなんなのか分からないがやたらと大きい引き戸を開けるとすでに教室の中には何人かの生徒が集まり、各々自己紹介などしてコミュニケーションを取っているようだった。

「おはよう!俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ!今日からよろしくたのむ!」
「あ、どうも…音羽殺那です。よろしく」

握手を求められ応じる。一度しかと握られ、すぐに離された手のひらは、殺那の後に来た生徒へと向いていた。まさか全員に自己紹介をしているのか、見た目通りの真面目な人だな、と思いながら自分の席へと座った。

(、視線?)

突き刺さるような視線に顔を上げてそちらを見やる。立場上、視線や気配といった類のものには敏感だ。何列か挟んだ席で、机に足を上げて座り睨むようにこちらを見てくる逆立つような髪型の金髪の男子生徒。実技試験で見かけた、この人は。

「爆豪勝己、」

自分にしか聞こえない声量で呟いた声だ、聞こえているはずなどないのに、微かな唇の動きから自分の名前だと分かったのだろうか。ピクっと一瞬だけ反応した爆豪はすぐにそっぽを向いてしまった。
その後すぐに先ほどの飯田が机の上に足を上げる爆豪に対して物申してなにやら揉めていたが、殺那は初日からトラブルに巻き込まれるのはごめんなので、空気に徹していた。すると寝袋に包まり目の下にくまを作った全身黒ずくめという怪しすぎる担任教師・相澤が現れ、入学式もそこそこに体操着に着替えさせられて全員グラウンドに出させられた。

「個性把握テストォ!?」

中学に通っていれば誰でも一度は経験がある、個性使用禁止で身体能力を見る体力テスト。お手本にと相澤は爆豪に個性を使ってやってみろとボールを手渡した。「死ねぇ!」というヒーロー志望とは思えない物騒なかけ声と共に、爆風でブーストされたボールはあっという間に豆粒のように小さくなり、グラウンドの遥か彼方に薄らと落ちたのが見えた。相澤の手の中の測定器が出した記録は、705.2m。
個性未使用であれば到底出せるはずも無い記録に多くの生徒が面白そうと湧く中、相澤が冷静な声で釘を刺す。ヒーローになるための3年間をそんな腹積もりで過ごす気でいるのか、と。

「よし、トータル成績最下位のものは見込み無しと判断し、除籍処分としよう」

世の中は決して平等ではなく、理不尽に溢れている。その中で社会の平和と秩序を守るヒーローは理不尽に消して屈してはならない。なのでまた、始まった瞬間に終わってしまうかもしれないという、この理不尽にも立ち向かってみせないといけないのである──ヒーロー候補生ならば!

(って、私本当はヒーロー志望じゃないんだけど…ああもう入学早々に面倒くさいなぁ…)
「生徒の如何は先生俺たちの自由、これが雄英高校ヒーロー科だ」