それは鎖なんでしょう


「デモンストレーションは終わりだ。それじゃあ早速一種目目から──「すみません」

手のひらが真っ直ぐ上にあげられ、抑揚の少ない声が相澤の進行を遮った。「音羽か、どうした?質問か?」という相澤の問いかけに、殺那はやはり抑揚のない声で言う。

「すみません、私その体力テストをした事がなくて、何の種目があるのか分かりません」

ざわざわと驚きの声が上がる。
体力テストは種目数に差はあっても小学校・中学校の教育機関に通っていれば1年に1回は必ずカリキュラムに組み込まれている。概要を知らないなどそうそうある話ではない。

「音羽は通信制で中学の卒業資格をとったんだったな、よし音羽の順番は最後でいい。やり方は周りに教えてもらえ」
「わかりました」

「じゃあ、気を取り直して50m走からだ」
出席番号順に呼ばれるクラスメイト達を見ながら、殺那は種目のやり方と各々がどのように個性を使って記録を伸ばしているのか学ぶ。

「音羽さん大丈夫?分からないことない?」
「ありがとう、えっと…」
「葉隠透だよ!見ての通りの透明人間!」
「うん、これって走ってタイムを測るってことであってるよね?」
「うん!全身じゃなくても体の一部がゴールのラインに触れた瞬間がタイムになるよ」

「次!轟、葉隠!」
「あっ呼ばれた!行ってくるね!」
「うん、教えてくれてありがとう」

良かった、この種目なら私の『瞬間移動』が生かせそうだ。各々ができる範囲の使い方でタイムを縮めていく。「次!音羽!」名前が呼ばれ、スタート位置に立つ。初体力テストの殺那がどのように攻略するのか、仕方の無いこととはいえさっき変に悪目立ちしてしまったのと、奇数につき最後は一人での測定になってしまったために、一身に注目を浴びている。しかし殺那はその状況の中でも、緊張するでもなく構えを取るわけでもなく悠然と立っている。

「用意、スタート」

スタートの「ト」と同時に、殺那はテレポートした。瞬きする暇もなくすでに殺那はゴールラインに降り立つ。測定器がピピッと音を鳴らし、クラスの中では最速の0.17を告げた。

「はっ!?えっ!?瞬間移動!?」
「こういう"個性"だったらもう早いとかいう次元じゃねぇな」

続いての第2種目は握力、これには殺那の個性は生かしようがないので一般的な記録で終えた。
第3種目立ち幅跳び、これには個性を生かせる余地があった。殺那の個性は自分に見えている範囲がそのまま射程範囲となる。個性を使ってできるだけ遠くにテレポートした。
第4種目反復横跳び、これは体力を消耗すると瞬発力が落ちるため、これも終始個性を使って切り抜けた。
第5種目ボール投げ、これも幅跳びと同様自分が見える一番遠くにボールをテレポートさせることで記録を伸ばした。
そして、自分ではないがこの種目では驚くべき記録が出た。『無重力』の個性を持つ麗日が測定不能の記録を叩き出した。
麗日の記録に沸き立ったのもつかの間、次にボールを投げるのは緑谷だ。殺那は密かに彼が気になっていた。各々が個性を何かしらで使っている中、彼だけは何にも使っていなかったから。隠しているのか、はたまた使えないのか。

(あの表情…、おそらく何らかの理由で"使えない"みたいね)

自分とは違い彼は夢を抱いて入学してきた身だ、最下位は除籍処分なんて宣告がされている中で手を抜くメリットはない。そして明らかに焦っているあの表情、殺那は現状証拠で緑谷が個性を使えないのだと判断した。
「緑谷くんはこのままだとマズいぞ…」「ったりめーだ!無個性のザコだぞ!」という飯田と爆豪のやり取りをBGMに緑谷を注視する。
個性を使ってどうなろうとこのまま何もしなければ除籍処分になるだけだ。緑谷が個性を使おうと力を込めボールを投げる様子を見ていたが、それは不発に終わっていた。何故個性が使えなかったのかと困惑している緑谷に、相澤が髪を揺らめかせながら近づいた。相澤の個性により今の緑谷の一投目のボール投げは不発だったこと、そして一度使うだけで自損し行動不能になるような個性は入試を突破できたとしても今後足手まといでしかなく将来性を感じないと、暗に言われていた。

(冷たいようだけど、的は射ているように思う)

彼はどうするのだろうか、殺那は黙って動向を見守った。緑谷は少し思案したあと、二投目を大きく振りかぶりボールが手から離れる瞬間、指で押し出すその一瞬だけ個性を使ってみせた。
指一本で起こしたとは思えない風圧が殺那の横を駆け抜ける。ボールは空を裂くようなスピードで飛んでいき、デモンストレーションのときのうに遥か遠くにぽてりと落ちるのが見えた。
使ったら個性を纏わせた部分が大きなダメージを受けるようだが、それにしたって規格外のパワーだ。パワー型の個性をこれまで沢山見てきたが、ここまで強いものは増強型個性を多数重ね合わせて使うことが出来る先生とその先生の宿敵であるオールマイト以外に見たことがない。

「まだ…動けます!」

指の痛みに耐えながらも拳を握る緑谷に相澤は心做しか嬉しそうに見えた。「やっとヒーローらしい記録が出た」と盛り上がる人間がいる横で、納得いない人間もいる──驚きか怒りかはたまたその両方か、殺那の視線の先にはわなわなと震える爆豪がいた。

「どういうことだコラ!!ワケを言えデクてめぇ!」

爆豪は掌を爆発させながら緑谷に掴みかかろうと突進していく。
何をそんなに怒ることがあるのか殺那には全く分からない。結局、爆豪は緑谷に飛びかかる前に相澤の捕縛武器により拘束され、面倒をかけるなと叱責をくらったことで、この場は事なきを得た。
その後も個性把握テストは続き、持久走をもって全種目を終えた。持久走ではコース上に落ちていた適当な石ころと自分を入れ替えることでタイムを大幅短縮することができた。
握力など個性が生かせない種目もあったが、粗方はできた。除籍が虚偽であれ真実であれ確実に除籍は免れているだろうという確信があったため、殺那は特に慌てることもなかった。

「──口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括開示する」

パッと空中にモニターが現れ、それぞれの順位が映し出される。殺那の順位は…常闇に継ぐ6位だ。

「ちなみに除籍はウソな」

ついでのように平坦な声で告げられる。一瞬時が止まり、言葉を飲み込めた次の瞬間に驚きの声が上がった。最下位だった緑谷なんかは首の皮が繋がりさぞかし安心したのか、大きく息を吐いて座り込んでいた。

──あ、でも確かに良く考えれば嘘と分かることか。

何故ならば、ヒーローとして大成する個性が必ずしも戦闘系とは限らない。リカバリーガールのような戦闘はできないものの治療に特化したヒーローがいるように、心操の個性が初見の敵にとって驚異であるように、相澤の『抹消』も今回の個性把握テストではその有用性は一切測れない。
現段階では実用が難しいがポテンシャルを秘めているそんな個性達を実用可能な状態に導くのがヒーロー科という場所なのだから、一見見込みがなかろうがいきなり除籍になんてするはずもないのだ。
最下位除籍という言葉に囚われ過ぎていたが、この個性把握テストの目的は自分の個性に何ができて何ができないのか自己を知ることだった訳だ。

──本気になって損した気分。なんだか無駄に疲れた。

気付いてしまえば途端に何もかもが茶番に思えてきて、もっと早く気づけばよかったと殺那はため息を吐いた。
余談ではあるが、相澤は生徒に対して今まで最多の除籍処分を実行していること、そして今回もスタートの時点では除籍は嘘ではなかったこと、緑谷の行動により結論を変えたことは、一部の教師陣のみぞ知ることである。


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初日こそ驚かされたもののようやく本格的に始まった高校生活は順調そのものだった。午前中は数学や英語などの必修科目である座学があり、昼休憩を挟んで午後はヒーロー科の特別科目である。

「わーたーしーがー!普通にドアから来た!!」

ヒーロー基礎学、ヒーローに必要な戦闘力や救済力などの素地を実践の中から学ぶ科目。今日は戦闘訓練だとパネルを掲げるオールマイトを殺那は殺気を込めないようにじっと見つめる。これがNO.1ヒーローのオールマイト、平和の象徴──弔くんと先生が憎んでるひと。
この一瞬の対面でも伝わってくる底抜けの明るさに、殺那は直感的に自分も苦手な部類の人だとできるだけ目をつけられないように視線を逸らした。

「早速だが今日はコレ!戦闘訓練!!
そしてそいつに伴って…こちら!入学前に送ってもらった"個性届"と"要望"に沿ってあつらえた…戦闘服コスチューム!!」

壁がスライドするタイプの収納になっていたようで、それぞれの出席番号が書かれたケースが中には綺麗に並んでいた。ヒーローに取ってコスチュームはロマンそのもの、おおお、と盛り上がる教室内で、オールマイトは着替えてグラウンド・βに集合だと締めくくった。


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「コスチューム、わくわくするねぇ!」
「あっ、私のパツパツや…ちゃんと要望に書いとけば良かった…」
「葉隠…手袋と靴しかないけどもしかして全裸…」
「そうだよー!」
「冬は地獄ですわね」

場所は変わって女子更衣室。わいわい談笑しながら着替える女子たちの輪の中から外れて、殺那はぼうっと座っていた。
着替えたらすぐに演習だというのに、着替える素振りも見せない殺那に麗日が気付き声をかけた。

「音羽さん?着替えんの?」
「うん、肌見られるの好きじゃなくて…みんなが着替え終わったら着替えるよ」
「そうなんや!だったら着替えたら更衣室の外で待ってるね!」

特に不審がることもなくあっけらかんとした様子でそれを伝えに行った麗日に殺那は内心でほっと息をつく。不審がられるかと思ったが杞憂だったようだ。
「じゃあ、外で待ってるね!」と殺那一人を更衣室の中に残し全員出ていったあと、漸く殺那は自分の制服に手をかけた。別に待っていてとお願いした訳でもないが待たせてしまっている。演習に遅れてもいけないし、急いで着替えようと手早く制服を脱いでいく。
服を脱いで露になる全身に刻まれた夥しい古傷は、殺那が先生に出会うより前に負ったものだ。ただれて赤黒く変色したようなものもあれば、綺麗に治りきらなかったのかぼこぼこと隆起したようなもの、ざらざらとしたものもある。こんな醜いものを同年代の女子の前で晒してしまったら変に気を遣われるか、デリカシーのない人間ならば根掘り葉掘り聞かれるか──どちらにしてもいいことは無い。
自分を悪へと染めるに至った恐怖も、痛みも、憎悪も全てはもう清算されている。体に残るこの傷跡だけが、あの忌まわしい日々の証明だ。
コスチュームへと手を伸ばす。全ては先生と弔のために──殺那はヒーローの皮を被るのだ。