鬼の子


せんぞ-がえり【先祖返り】
何代も前の先祖がもっていた遺伝上の形質が、突然その子孫のある個体に現れること。人間に尾が生じたり異常に毛が生えたりする類。帰先遺伝。


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とある田舎町で正体不明の呪力が感知された。その土地は呪物が保管されているなどの記録もなく、田舎によくある土着信仰が根付いた──いわゆるパワースポットという訳でもない。
謎の呪力に当てられて凶暴化したのか、呪霊被害も報告されているが、その等級はせいぜい二級〜準一級との見立て。対して謎の呪力は間違いなく特級クラスの何らかである、と予想される。
謎の呪力の調査及びそれに当てられて凶暴化する呪霊の祓除──。それが、五条と夏油に今回与えられた任務だった。二人は電車を乗り継いで件の田舎町に来ていた。


「首都線から乗り換えてローカル線で端から端までとか…まじか…」
「座りっぱなしで私も流石にちょっと体が痛いよ」


目的地である件の田舎町で下車して、げんなりしながら帰りの時のために時刻表を確認する。なんと二時間おきだった。五条がサングラスの下で「げっ、」と顔をひきつらせた。


「二時間おきぃ〜〜!?」
「カルチャーショックだな」
「はあぁ、今日中に片付けてさっさと帰ろうぜ」
「そうだな、早速呪力が充満してる」


夏油が空を見つめる。見えはしないがそこかしこに濃い呪力が漂っている。これが件の呪力だろう。「悟、」夏油が促す。
五条には特別な眼、六眼がある。それにかかれば、普通大きすぎて特定できない呪力の発生源などもすぐに特定出来る。六眼が示す先、呪力の源は──。


「こっち」


二人は住宅地へと歩き出した。

たどり着いた先は、重くどす黒い呪力に見合わない築何年も経っていないような一軒家だった。白い壁と藍色の屋根、余計なものは置いていないスッキリした庭を囲うのは低く黒い柵。表札を確認すると"鳥居"と書かれている。


「なんて言うか、ホントにここなのか?」
「傑だって分かってんだろ」
「随分と意外なところに当たったね」


どう見ても民家。地縛霊か、この家の住民が直接関わっているか…最悪相手が呪詛師であることも警戒した方がいいだろう。
相手が呪詛師であった場合を考えて、バカ正直に行くわけにもいかない。どうしたものか、と顎に手を添えたとき──。


「あの、家に何か…御用ですか…?」


強ばった声が二人の鼓膜を揺らした。振り返ると、そこに立っていたのは四十歳手前位の女性だった。加齢で薄らとシワが刻まれ始めているが、優しげな雰囲気の綺麗な女性。だが、ぱっと見ひどく疲れているらしく目の下を濃いクマが縁どっていた。家(うち)…ということは間違いなくここはこの女性の家だろう。女性から呪力は感じない。呪詛師と繋がっているとして、高専のことを聞いていないはずがない。それならば五条と夏油の制服を見た時点で、逃げるなり焦るなりはする。それをしないということは少なくともこの女性は一般人だ。
それならばこの家から溢れる呪力は、地縛霊の類か?あるいはこの女性の家族が関わっているのか?どちらにしても聞いてみる価値はある。


「家の前ですみません。私たちこういう者なんですが…」


口を開く気がないらしい五条は不躾にも住人の目の前で二階の締め切られたカーテンを睨むように見つめている。
夏油が生徒証を見せる。「東京都立、呪術高等専門学校…」ポツリと呟いた女性の声は震えていた。


「全国で起きる怪事件なんかを調べている機関です。ここ最近、この町で起きている変死体についてお話を伺いたいのですが」
「っ…わ、私は主婦ですよ?そんなこと知りませんよ」


この家が変死体に何らかの関係がある、と敢えて遠回しに断言した。その意図をしっかりと汲み取った女性はやはり全くの無関係ではなさそうだ。気丈に振舞ってはいるがやはり一般人、全くと言っていいほど隠せていない。


「…なんでそんなに必死に庇うのか知んねーけどさ、あれがやばいものだってだいたい想像ついてんだろ?」


このまま隠してもいい事ねーよ。
こちらが努めて優しく探りを入れているというのに、この男は…。夏油は出るため息を殺せなかった。
一方で五条のおおよそ日本人離れした眼に気圧された女性が一歩後ずさる。うわ言のように呟きながら。

そんなことない、そんなことない。紅花は普通の子よ。

「紅花?」


考えられるとするなら一つ、娘が何らかの形で呪われたか、受肉したか──女性の言い方として濃厚なのは後者。この呪力の規模だ、それならば早く祓わなければまずい。


「悟」
「あぁ」
「ちょ、あなた達っ!や、やめて…っ!」

「なっ、なんだ君たち!」


悲鳴に近い制止の声を無視して五条が家に踏み込む。妻の叫びが聞こえたのか、リビングから顔をのぞかせた男が五条を止めようとするも叶わず、五条はそのまま二階に上がり、ある部屋の前で足を止めた。
呪力はこの扉の向こうから出ている。間違いなく、ここに居る。"紅花"と書かれた木製のシンプルなネームプレートのさがる部屋に、五条は迷わず踏み込んだ。

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