だって愛だからさ


夏油離反から1ヶ月後、五条は彼に珍しく酷い自己嫌悪に陥っていた。その理由は一ヶ月前に紅花を無理やり犯してしまったというところに起因する。
紅花と話をしたあと繋いだ手をそのままに、五条は彼女にどこに行っていたか尋ねたのだ。

──あ…えっと、産婦人、科…。
──は?何で産婦人科?妊娠した訳でもあるまいし…つか硝子に診てもらえば…。

そこで、時が止まった。あれ、俺避妊したっけ…?答えを聞くのが恐ろしくて口に出来なかったが、間違いなく黒である自覚がある。
言い訳にしか聞こえないが、あの時の五条には余裕がなかったのだ。しかし、経験のない少女を無理やり抱いた挙句、避妊までしなかったとなると五条の罪はそれはそれは深い。

──あの、万が一できちゃったら困るから…アフターピルをもらいに行ってました…。

15歳で性行為に及び避妊まで疎かにした無責任者、あるいは碌でもない男に襲われて避妊してもらえなかった不幸な少女、彼女が病院でどんな視線を受けたかなんて想像にかたくない。

穴があったら埋まりたい。
むしろ自分で掘って埋まりたい。

しかもこれら紅花が怒っていない、というのがいやに精神にくるのである。彼女自身目に見えて取り乱したりはしないが、出来れば思い出したくない最悪の初体験だったろう。謝りたいがそれで拒否でもされたら、五条はそれこそ立ち直れない。つまり、彼はヘタレていた。
そうして悩むこと一ヶ月。駄目だ、自分ではこの業を抱えきれない。どうしたら紅花に謝れるか。あわよくば、上書きの意味でも仕切り直しをさせてもらえるか。五条は人に頼ることに決めた。
さて、では誰に相談するのか。夏油でもいようものなら彼に相談するが、残念ながら彼とは守るものを分かった身だ。それは叶わない。
ならば家入に──いやダメだ。普段からアレだけクズだクズだと言われているのだ。これで紅花と無理やり致した等と言おうものなら麻酔無しで腹を捌かれる。
では同性という事で夜蛾は──いや、どう考えても一番言ってはダメだろう。深夜に級友を部屋に連れ込んで無理やり犯したなんて事が知れたら、風紀やら道徳やらとにかく色んなものに触れる。拳骨指導ではすまない、最悪殺される。

──あれ?俺どうあっても死刑じゃね?


「──と、いう事なんですが硝子さん。どうやって謝ったらいいと思いますか」
「死んだらいいんじゃない?」

結論、紅花と同性でもある家入に相談することにした、がやはりゴミを見る目で一蹴された。
これはよろしくない。五条が想像していた以上に、家入は怒っていた。彼女の怒り具合から、とてもでは無いが初体験を仕切り直したいとは口が裂けても言えなかった。

「あ、あの、硝子さん」
「あぁ、でもそれだと紅花が悲しむか。よし、切り落とそう」
──どこを!?

「ご、ごめん!マジで!マジで反省してる!だからメスしまって!」

そこから家入はメスをチラつかせながら説いた。
心も準備もできていないのに有無を言わさず押さえつけられて覆い被さられる恐怖。190センチ越えの男の物を、丁寧な慣らしも無しに処女が受け止めるのがどれ程の苦痛か。最悪、男性恐怖症になってもおかしくないんだぞと睨まれる。
女性目線で語られるそれらは、五条にまぁ刺さる刺さる。

「紅花は怒ってないんでしょ?」
「一応。いつも通り…に見えるだけかもしれねぇけど…」
「五条相手に隠せるほど紅花は器用じゃないし、本当に気にしてないんじゃない。でもまぁマジで謝れ。謝罪の気持ちとか銘打って絶対物で誤魔化すなよ。身体ひとつで土下座しろ」

雰囲気に絆されてなあなあに済ませたりでもしたら、今度こそ麻酔なしで臓器取り出すからな。

最後に至っては五条の幻聴だが、間違いなく家入の表情はそう語っていた。
ここで紅花に許してもらえなければ本当に命はないと、五条は恐怖に身を震わせた。


/


「怖くて痛い思いさせてすみませんでした」
「ぇ、なんで!?どうしたの!?」

その日の夜、自主鍛錬を終えて部屋に戻った紅花を、五条は家入の助言通り土下座で出迎えた。「いや、まずは勝手に部屋に入ってすみませんだろう」、まともな第三者がいればそうツッコんだに違いないだろうが、生憎今ここにそれを担う人間はいない。
土下座大会でもあったならダントツで一位に輝けるであろう完璧なフォームのそれを披露する五条を、紅花は困惑の思いでやめさせた。

とりあえず落ち着いて話そうと、飲みものを用意し、折りたたみ式の小さな丸テーブルを挟んで二人は向かい合う。バツが悪そうな五条から明かされた土下座の理由に、紅花は色々と合点がいった。
五条はここひと月、紅花に性的な接触をしていなかった。手を繋いだり、髪を梳いたりなどのスキンシップはあったものの、キスは全くといっていいほどなく、ここだけの話少し寂しさを感じていた。だが、その理由が全て紅花に乱暴してしまったことにあるのなら納得である。五条は紅花が怖がるかもしれないと、気にしていたらしい。

「なんだ、良かったぁ…」

「そんなこと、」とごちり、へにゃりと破顔した紅花に五条は拍子抜けした。

──何だよその顔。安心したみたいな。

五条のおかした最低の罪を、紅花はそんなことかと笑う。これが自惚れずにはいられようか。彼女はまだ自分を受け入れてくれると。
マグカップを包み込む、自分よりふた回りは小さい豆だらけの手に、五条は手のひらを重ねた。閉じた指の隙間をなぞるように、五条の手がするりと這う。
その手が孕んだ欲に、紅花の心臓は音を立てた。

「キスしていい?」
「…いいよ」

身を乗り出してきた五条の唇が、そっと紅花のそれに触れた。

[title by ユリ柩]

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