その花触れること勿れ


突然だが、鳥居紅花と言えば、今"現代最強術師"である俺よりも話題性のある人物だ。順番に話そう。
まずはじめに、呪術師における"天才"の基準とは──相伝を継いでいるか、その練度などもあるが、その幅広く曖昧な基準達の中に術師としての等級がある。広くないこの世界では、二級術師として高専に入学すれば十分"天才"と称される実力だ。
本題はここから。4年生への進級と同時に紅花は一級術師へと昇級した。非術師の家系でありながら13歳で呪術界に足を踏み入れ、たったの3年で一級術師まで上り詰める。俺が言うのもなんだが、これが如何に規格外の事か分かってもらえると思う。
そこに加えて、酒呑童子の呪力と術式、遠近中全てをカバーする戦闘においての多様性。それを支える勤勉さと呪術師としての模範的姿勢──ここまででも注目を浴びるなという方が無理な話。

次に、その容姿。紅花は最近綺麗になった。正しくは、傑がいなくなってから意識的に変わっていった。
鳥居紅花を強烈に印象付けるアーモンド型で一切の濁りのない紅血の瞳、それを縁取る長くてハリのある睫毛。傑がいなくなってから開けたピアス、今その耳には男物のスモーキークォーツが光る。出会った頃の幼さの残る美少女だった面立ちは、美女のそれに着実に近付いていた。
身体だってそうだ。元々年齢の割に発育は良かったが、それでもまだまだ未成熟だった身体は、ここ3年で急激に成長した。最初150センチにも満たなかった身長は今月に入って160センチを越えたらしい。身体のラインはすっかり女性的な凹凸を描くようになっており、セーラー服の上からでもそのスタイルの良さは丸分かりだ。
暑いからとポニーテールにした艶やかな黒髪が揺れるさまや、無防備な項はいやに扇情的で、もっと直接的な言い方をするならエロい。正直今すぐ噛みつきたい──実況に下心込みなのはこの際目を瞑れ。
何より変わったのはその雰囲気。傑がいなくなってからというもの、それまでの幼さの残る雰囲気は消えた。今の紅花には、俺たちと過ごした傑が重なる。それは傍から見ると引き摺っているとも取れるが、悪い意味での引き摺りでないことは当事者の俺たちが一番よくわかっている。

さて、ではなぜ突然こんな話を持ち出したのか。それは、俺の目下一番の悩みを分かちあってもらうためだ。

「紅花!特訓に付き合って欲しいんだけど、空いてる時間ない?」
「えーっと、明日の午前中なら空いてるよ」

「紅花、担任に近接をもっと強化しろって言われた…」
「どんまい。明日の午前に約束あるから一緒にする?」

下心満載で紅花に擦り寄る一年生たちのせいで眉間に皺がよる。隣で硝子が「こっわい顔、」と笑った。
そう、俺の目下一番の悩みとは──紅花にモテ期が訪れていることである。

「珍しいじゃん、いつもなら速攻邪魔しにいくのに」
「長期任務行ってる間に仲良くなってたんだよ」

ガシガシと頭を掻いた。
親交を深めることそのものには問題ない。いや、相手が男なら正直それもかなり妬けるのだが、まあ我慢はする。問題は男側が明らかに紅花を恋愛対象として見ていることだ。
本音を言えば割って入って引き裂いてやりたいが、ようやく入ってきた同い年ということで、目に見えて嬉しそうな紅花を見るとそれもはばかられるのだ。
つーか、あの雑魚共は紅花が五条悟の恋人だと知ってのアプローチか?いや間違いなく知っている。鳥居紅花が"最強"五条悟、最愛の恋人であることは周知の事実なのだから。俺のことを少しでも知る人間なら、紅花に手を出そうなんてバカな真似をする奴はいない。どうも今年の一年は、まだ見ぬ"最強"をはかり損ねているらしい。俺から紅花を奪えると思っているらしい。

「100万年早えよ」


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「それでね…その時の蠅頭が…」

「紅花、夜蛾先生が職員室まで来いって」
「え、うそ。何かしたかなぁ…ごめん、またね」

翌日、会話が弾んでいるタイミングを見計らって会話に割って入った。紅花が知ったら怒るんじゃないかって?要するに紅花にバレなければいいのだ。ちなみに先生が呼んでいるというのは真っ赤な嘘。紅花を見送り、一年生二人に向き直る。
「今年の一年生?僕五条悟、よろしく」最近ようやく馴染んできた一人称"僕"と柔らかい口調で、努めて優しい先輩を演じる。一瞬見せた、この人が?と言いたげな表情を俺は見逃さなかった。

「一年の〇〇です。五条先輩」
「同じく●●です。よろしくお願いします先輩」

「で、お前ら紅花のこと好きなの?」

会釈した頭を上から一つずつ押さえつけて、声を低く問いかけた。突然変わった俺の口調と、威圧するためにあえて垂れ流している呪力に困惑しているのか、身体を固くした一年坊主共に低い声を降らす。

「お前らアイツのどこが好きなの?容姿?性格?強いところ?その程度なら引っ込んでろよ」

紅花の本質は、人喰い鬼だ。紅花にとって"恋"とは"食欲"、"恋人"とは"食料"だ。
こっちは化け物である紅花まで丸ごと愛してるんだ。極端な話、紅花が飢餓に負けて俺を喰おうとしたって、俺は両手を広げて受け容れられる。

「紅花待望の同い年って事で、今回は大目に見てやるよ。次、俺から紅花を取れるなんて身の程知らずなこと考えやがったら、容赦しねえから」

これは牽制ではない、警告だ。大人気ない?知るかよ。
俺の意図を正しく読み取れたらしい、すっかり萎縮してしまった一年坊達の頭から手を離し、垂れ流していた呪力を閉じる。丁度背後から、パタパタ走ってくる音がした。

「悟!夜蛾先生、呼んでなんかないって!」
「え、マジで?じゃあ勘違いだわ」
「えぇ?もぅ…。何してたの?」
「ん〜?自己紹介、な?」

余計な動きするなよ。そんな圧をかけながら同意を求めれば、一年坊共は高速で頷いた。「そう?」こういったことに鈍感な紅花は気付かない。
「戻るぞ、」一年共に見せつけるように手を絡めとって恋人繋ぎしてやれば、これでミッション終了だ。もう一度言おう、紅花にバレなければいいのだ。俺に呪力込みで凄まれた恐怖はじめ、諸々の感情に魂の抜けかかっている後輩を背に、俺はスッキリした気持ちで紅花の手を引くのだった。

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