冬のありかた

「やった……!」

紅花は、その二枚の招待券をまるで神かなにかのように頭上に掲げた。
本場フランスに本店を構える有名パティスリーが海外進出を果たし、銀座に店舗を構えることはスイーツ通ならば周知の事だ。その銀座店の記念と宣伝に人数限定でスイーツビュフェを開催するというのを五条から聞いたのはまだ冬に入る前のことだ。
「倍率超高いんだよね。招待券取れねぇかな」ごちる五条に、紅花はその時これだと閃いたのである。後に考えれば、これは五条の確信犯であったのだが。
一年目は丁度紅花が五条を避けまくっていたために祝うことが出来なかった。二年目は天内の事でいっぱいいっぱいになり、五条が多忙なのもありそのまま過ぎ去ってしまった。三年目にして、ようやく機会が訪れた。これを逃す手はない。

紅花はそれはもう招待券の獲得に奔走した。入手経路とそこまでの努力は割愛させていただくが、そういった紆余曲折を経て今招待券は紅花の手元にやってきたのである。

──喜んでくれるかなぁ。

にまにまと口元をだらしなく緩ませながら、招待券の向こうに五条の笑顔を想像した。

「悟!悟!これ見て!」
「! これ、へぇ…よく手に入ったな」

翌日、普段より高めのテンションで招待券を見せてきた愛しの彼女に、五条は素直に驚いた。
誕生日を祝ってもらうための分かりやすい材料として提示したのは自分であるし、行きたいのも勿論本心だった。だが、倍率が高いのも事実で、五条は手に入らなかった時の彼女へのフォローもしっかりと考えていたのだ。
しかし、そんな彼の予想と反して見事招待券を獲得してみせた紅花である。自分を喜ばせたい一心で、あの手この手で手に入れた招待券なのだろうという事は、五条にはお見通しだった。
レアチケットを獲得した興奮からか、それを伝える紅花の息は荒い。それが自分に起因するとなると、ときめくなという方が無理な話である。五条は今すぐ抱きしめてキスしたい衝動を抑えて、平静を装った。

「抽選とか、余ってる人とか探したり…って、そんなのはいいの!ねぇ7日に一緒に行こう!?」
「もちろん。でもこれだけじゃ足りないから、ちゃんと準備しとけよ」

そう言って五条が悪戯っぽく微笑むが、そこには確かに色香が乗っていた。つまりはそういうことだろう。家入も教室にいるというのに、そんなことすら失念して、顔を熟れた林檎のように赤くした紅花は「私!任務だから!」と慌てて教室を出ていった。
ドタバタと喧騒が過ぎ去ったあと、五条が両手を組んでそこに額を乗せて項垂れた。いわゆるゲンドウポーズ的なあれである。その状態で深い、深い、それこそ肺の中の空気を全てを吐き出したのではないかと言うほどのため息を吐き出し、そして一言。

「俺の彼女が可愛すぎて情報が完結しない…」

家入は思った。
勝手にやっていろ、と。


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12月7日──18年前のこの日、呪術界のバランスは大きく崩れた。だが、そんなこと紅花にはどうでもいいことである。彼女にとって重要なのは、この日に五条が産まれたというその一点のみだ。

待ちに待った当日、五条との待ち合わせより大分早く出た紅花は、この日のために頼んでおいた店までプレゼントを取りに行っていた。
物としてのプレゼントは某ハイブランドのハンカチにした。ハンカチにしては手触りも値段も良いそれに更に名前を刺繍してもらったのである。
なんせ彼は五条家の嫡男、決して高いのもをプレゼントすればいいと思っているわけではないが、それでも少しでも彼が持っていて見劣りしないものをと悩んだ、これが紅花の答えだ。

「すみません、刺繍をお願いしていた鳥居なんですが…」
「いらっしゃいませ!お待ちしておりました!持って参りますので少々お待ちください」

「こちらでよろしいですか?」
「──はい!ありがとうございます!」

黒い小箱に綺麗に畳んで入れられたハンカチ。その端に筆記体で入れられた文字に、紅花の表情が綻んだ。ちなみに糸の色は彼の瞳の色を選んだ。こんなささやかな拘りも、きっと五条には気づかれてしまうんだろうな。そんな事を考えながら、黒い小箱が光沢のある青いリボンでラッピングされていくのをカウンター越しに見守った。

「ありがとうございました。またお越しください」

会計は前払いで済ませてあるため、今日は受け取りだけだ。綺麗にラッピングされた品物を受け取り、うやうやしく頭を下げる店員に会釈をして紅花は店を出た。待ち合わせの時間には少しあるが、待っても20分程度と言ったところだろう。これなら先に行って待っていようと、紅花は駅前へと足を向けた。

「ねぇねぇ!きみ超可愛いね!歳いくつ?」
「え…15歳…ですけど、」

人がごった返す駅前の広場で、噴水を背に五条を待つ紅花に声をかけたのは五条ではなかった。
ワックスでセットされた明るい茶髪に複数耳に開いたピアス。見た目も言動もチャラい男は、誰が見ても典型的なナンパ野郎である。
それが分かっていながら質問に答えてしまい、紅花は内心しまったと思った。これでは会話を広げるチャンスを相手に与えたようなものだ。

「マジ?大人っぽいね〜、なら可愛いじゃなくて美人だ!友達と待ち合わせとか?良かったら友達も一緒に遊びに行かない?」
「行きません。私、彼氏を待ってるんです」

冷たくぴしゃりと紅花が言い放つ。
その雰囲気に一瞬気圧された男だが、15歳にしてこんな雰囲気を放つ女を、みすみす諦めてなるものかと食い下がる。

「彼氏?さっきから君のこと見てたけど、君20分はここで待ってるよね。女の子をこんな寒い日に長時間待たせるような彼氏、放っておいて行こうよ。俺、自分で言うのもなんだけどエスコート上手いから楽しませられると思うよ。顔も中々イケメンな方だと思ってるんだけど」

じっ、と紅花の紅血の瞳が男を見た。
男は確かに自分に自信を持てるだけの容姿は兼ね備えていた。言動からも女慣れしていることが十分に伺えるし、大概の女ならば彼となら遊んでも良いと思うのだろう──そう、大概の女ならば。

「──ないわ」
「え?」
「悟よりかっこいい人なんて世界中探したっていないに決まってるでしょ。プライドへし折れる前に居なくなった方がいいと思いますけど」

家入は言った。もしナンパ男に絡まれたら相手にするな。食い下がってくるなら実力行使でも構わない、と。
手を出してきたら実力行使に走るつもりで紅花はあえて男を煽った。先程より強く言い放ってきた紅花に、男は言葉を失った。彼女の言う"悟"が誰かは知らないが、会話的に彼氏で間違いないだろう。公衆の面前で堂々と惚気ける、男には紅花が彼氏にベタ惚れの頭の悪い女に見えていた。しかし、頭の悪い女だろうが、いくら容姿が可愛かろうが、こうもコケにされて不快なのは間違いない。
男は力に任せて、紅花の腕を掴もうとその手を伸ばした。


[title by ユリ柩]

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