冬のありかた・弐


待ち合わせの駅前で紅花がナンパに絡まれていたのを見つけたとき、五条の口からはそれはそれは大きな舌打ちが出た。
明らかに不機嫌でも絵になるのが五条悟という男である。日本人男性の平均を大きく上回る上背に長い足、男らしい大きな手のひら、肩幅は広く、その上に乗る頭は小さく芸術品のように美しい。
道行く女性かサングラスをしていても分かるその圧倒的美貌に不躾な視線を投げてくるが彼にとってそれは日常茶飯事である。それよりも、遠目に愛しの彼女がナンパされているこの状況の方が問題だ。芸術品のように美しい顔が不快感をあらわにした。
呪術師として鍛えている紅花が、一般人に負けるはずがない。極端な話、ここであえて助けに入る必要性はあまりないのだが、これはそういうことではないし、第一それでは五条の腹の虫が収まらない。
長いコンパスを最大限利用して早足で歩み寄った五条は、紅花に手を触れようとした男の軟弱な腕を容赦なく捻り上げた。

「いでででで!」
「お前、なに人の女に触ろうとしてんの」

190センチを超す長身が、ドスを聞かせた声で見下ろしてくる。それだけでもかなりの恐怖を煽るというのに、その長身に乗る顔は見たこともないくらいに整っている。ナンパした女の言葉が惚気ではなく、ただの事実だったことを男はここでようやく理解した。
「さ、悟!ちょっとやりすぎ…!」紅花の制止でやっと男の腕を離してやる五条。紅花の腰に腕を回し、見せつけるように引き寄せる。

「で?おにーさん、何か用?」

先程より優しく、だが刺々しく、明らかな敵意をもって、サングラスをずらしてこの世で最も特別な蒼で男を睨む。五条は知っている、自身の美貌がこういう時どれだけの威力を発揮するのか。
その空より海より美しい碧眼にすっかり気圧された男は「すいませんでした!」と情けない声を上げながら走り去った。

「雑魚…、」

吐き捨ててサングラスをかけ直した五条の未だ腰にまわる手に紅花の冷えた手が添えられ、握った。

「助けてくれてありがとう。それと──悟、誕生日おめでとう」

頬を染めたはにかんだ笑顔。それだけで、今しがた急下降した気分があっという間に急上昇するのだから、紅花が絡めば本当に自分はチョロいと、五条は自分に呆れつつ、白い息を吐いた。


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まずは定番のショートケーキ。ムースケーキにモンブラン、フルーツがたくさん乗ったタルトに、シュークリーム。フィナンシェに、プリン、ブランマンジェ、抹茶、紅茶、プレーン、チョコと四種類の味があるマドレーヌ。その他諸々、ガラス張りのビュフェ台を彩る小さくてお洒落な色とりどりのスイーツ達。

「うまっ」
「美味し〜〜」

美味しいものが人を幸せにする、というのは万国共通である。二人は今、件のスイーツビュフェで本場フランスの銘菓にがっついていた。
本場フランスで名を轟かせるだけあって、どのスイーツも最高に美味しい。小麦粉、卵、乳製品、お菓子作りにおける基本的な材料にリキュールやフルーツの皮をすりおろして入れるなどで風味を出し、ナッツやドライフルーツで食感にアクセントを付ける。単調ではない、計算され尽くした味。甘さがワンパターンなら食べるのもきつくなるというものだが、ここにはそれが無い。
普段の各々のキャパを越えて、スイーツを堪能した二人が店を出る頃には、クリームとスポンジでお腹は満腹であった。

本日のデートのメインであるスイーツビュフェから出たあと、五条は行き先も告げずに紅花の手を引く。今日は紅花が祝う側だというのに、今後のプランを何も聞かされていない彼女は手をひかれるがまま、五条の隣を歩いた。
連れていかれたのは紅花がよく着ているブランドのショップだった。そこでまず紅花の頭上にハテナが浮かぶ。

「これ、と…これとこれと、これも」
「? え?え?」
「あ、店員さーん。試着頼んでいい?」

どう見てもレディースの服を数着押し付けられ、あれよあれよという間に試着室へ押し込められた。「悟、」「ん、見せて…うん、じゃ次の着て」「えぇぇ…」渡された服の数だけそのやり取りを繰り返す。色を変え服を変え、試着室は貸切状態、さながら紅花は着せ替え人形だ。ようやく五条から試着室から出ることを許された頃には、着脱の繰り返しで紅花は疲れ切っていた。

「こんなもんか…店員さん、お会計」
「!?!?」

五条がさらりと告げる。カウンターに積み上がった明らかに一度に買う量ではない洋服たちに、紅花はぎょっとした。心なしか、ここまで付き合ってくれた店員の表情も引きつっているような──否、間違いなく引きつっている。
こんな量やめさせなくては。財布を取り出した五条の腕を紅花は慌てて掴む。

「さ!悟!ちょっと買いすぎだし、そもそもなんで私の服…!?」
「いーんだって。なんたって俺誕生日だし」

語尾にハートでも付きそうな声音で言うが、彼は果たして気付いているのだろうか。全く理由になっていないということに。
「待って、お願い」と、なおも必死に制止してくる紅花の耳元で、五条は小さな子供がするようにこしょこしょと、しかし妖しい含みを持たせて囁く。

「紅花知ってる?男が服を贈るのは、それを着た女を脱がせたいからなんだよ」

つまりそれは、この服達で着飾った紅花を脱がせたいと思っている事と同義である。
余談だがこの時、五条は少し話を盛った。今しがたの脱がせたい発言は、9割方が紅花を黙らせるための建前であって、実際はただ純粋に自分の選んだ服を来て欲しかっただけである。男からしてみれば自分好みの服で着飾ってくれる彼女なんて、それだけで十分誕生日プレゼントになり得るのだ、脱がせることに興奮するのも嘘ではないが、それは副次的なものでいい。閑話休題。
しかしこういう時、額面通りに言葉を受け取り、煙が出そうな程に顔を赤らめ、黙ってしまうのが紅花である。これに、してやったりという表情の五条がさっさと会計を済ませる。その際提示された金額に、紅花は目眩がした。

「悟、悟!洋服代、私も半分…」
「だぁーから!いーんだって!今日、俺の誕生日」
「だから!理由になってない!」

ガサガサ揺れるブランドのロゴが入ったショップバックを肩に引っ掛ける上機嫌な五条に、いくつかあるバックの一つだけを持つ紅花が叫んだ。
どうして五条の誕生日に紅花の洋服を爆買いすることになるのか、理由は前述の通りであるが、そんなこと言われなければ紅花には当然分からない。しかもこの様子だと説明してくれるつもりもないのだろうことは明白だ。
スイーツビュフェの後から夜までのスケジュールは、五条の「俺行きたいところあんだよね」の言葉により、彼に一任されていた。それがまさかこれだとは、流石の紅花も予想外である。
祝うつもりが逆に貢がれているというこの現状に、こんなことなら夜までのスケジュールを丸投げするんじゃなかったと、紅花は数日前の自分の判断を後悔した。


[title by ユリ柩]

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