冬のありかた・参


その後も五条は紅花を連れ回し、洋服だけでは飽き足らず、小物から靴までも買い与えた。途中までは抗議の声を上げていた紅花も、諦めたらしく、しまいには虚無の表情で支払われる諭吉を眺めることとなった。

冬は日が落ちるのが早い。この季節18時にもなれば、もう人口の明かりが煌めく時間帯である。この日、二人は夕食は五条セレクトのビストロを予約していた。マナーに慣れていない若年層でも緊張せずに食事を楽しめると評判の店である。
今から喋りながら歩いて行けば、予約した時間くらいにはなるだろう。心ゆくまで紅花の買い物を楽しみ上機嫌の五条がそちらの道へ紅花の手を引いた時だった──紅花の携帯が鳴ったのは。
ディスプレイに表示された、補助監督の名前に紅花は頭上にある五条の美しい顔を見やる。

「……」
「………」

五条は先程までの上機嫌が嘘のような顰め面をしていた。ディスプレイに表示されていた名前はしっかりと見られていたようである。
ぱかりと携帯を開いた紅花の手を、五条が押しとどめる。

「まさか電話出る気じゃないよな」
「え、だって急ぎかもしれないでしょ?」

「この時間にかかってくるって中々ないし、急ぎだったら困るでしょ」むすっとしている五条を正論で説き伏せ、紅花は依然鳴り続ける携帯の通話ボタンを押した。

「はい、もしもし。鳥居です」
「あぁ!すみませんお休みの日に──実はですね…」

かくかくしかじか、要約するとこうである。
とある二級案件に赴いていた同等級の術師一名が要救助者である非術師を庇い負傷、幸いにも非術師はその二級術師が救いだせたものの、その任務を引き継ぐ術師がおらず、紅花にお鉢が回ってきた。
場所はここからさほど遠くない。ただ直行するとなると、相手は二級──直に触れなければ発動できない紅花の<呪爆・零式>だけでは少し分が悪い。

「直行は構いません。ただ相手が二級なら薙刀が欲しいです」
「それはこちらでお持ちします。鳥居さんは現場に直行していただければ」
「助かります。はい…はい」

「はい、では…」電話を切る。
さて、問題はここからだ。紅花はぶんむくれても美しい五条の顔を見上げた。

「悟、」
「やだ、ダメ。絶対ダメ」
「仕方ないでしょ、誰もいないんだから」
「俺!誕生日なんだけど!!」

そう叫んだ五条は、まるで欲しい物を買ってもらえず駄々をこねる子供だ。紅花としても五条の誕生日はそれはもう楽しみにしていたし、何なら今だって残念である。だがしかし、呪術師としての責任は果たさなければならない。

「取り敢えず、私現場行くから」
「はぁ!?お前マジで言ってんの?」

来た道を戻ろうと踵を返した紅花に、五条が噛みつく。ぐちぐち文句を言う五条を華麗にスルーしながら紅花は歩いた。


/


件の二級呪霊発生現場にて、先に現着し紅花を待っていた補助監督は「お待たせしました!」と現れた紅花を振り返り、固まった。

「あ、あの…鳥居さん…何故五条君が…」
──そして何故私は彼に親の仇を見るような目で睨まれているんでしょうか。
「すみません…ついてこなくていいとは言ったんですけど…」

紅花の背後からガンを飛ばしてくる五条、間違いなく現代最強である特級術師のその圧に補助監督はダラダラと汗をかいた。申し訳なさそうに肩を縮こまらせる紅花がせめてもの救いだ──そもそも五条を連れて来たのは彼女なのだが。

「何が悲しくて一人で戻んなきゃなんねえの」
「この調子で…ほんとすみません」
「いえ、突然お呼びしたのはこちらですから…」
「マジ空気読めよ。ありえねえ」
「悟、」

折角の誕生日デートを邪魔され、機嫌が悪いのは分かるが、補助監督に八つ当たるのは全くの筋違いだ。ぶんむくれるだけならまだしも、これはいただけないと紅花が厳しい声でたしなめると、以降五条は黙った。これには内心、補助監督もびっくりである。
五条悟は名実ともに呪術界最強の名を欲しいままにしている。そこから来る弊害という訳ではないが、上層部の意向には沿わない、半ば脅しに近い我儘を通す──等々、御するのが難しい人物でもある。些細なこととは言え、それを一言で制するというのは中々見られる光景ではない。

「薙刀、もらえますか?」
「はい!」

着ていたコートを脱ぎ、中に着ていたブラウスと膝丈のフレアスカートのみの身軽な姿になった紅花は、補助監督から受け取った薙刀を慣れた動作で脇に抱える。「では、行ってきます」と颯爽と歩いてゆく背中は、小さいのに大きい。そんな彼女の後ろをむくれたままついて行く五条に、補助監督が一瞬大型犬と飼い主を連想したのは我が身可愛さのために黙っておくこととする。


/


「さ、さと…まっんん!」
「やだ」

せめてシャワーだけでも浴びさせて欲しい、と懇願の意味を込めた制止は一言で取り下げられた。いつもより乱暴に塞がれた唇、その隙間を肉厚な舌が割って入ってくる。ホテルの部屋に入るなり、悟によって壁に背を押し付けられた私は下から掬うように口内を好き勝手に犯されていた。

「ん…あ、んん、」

歯列をなぞられ、上顎を擦られて、舌を音が鳴るほど強く吸われる。背筋にゾワゾワとした快感が這い上がるのに合わせて、悟の手が背骨のラインを撫でた。

「ん、…ははっ、えっろい顔」

恍惚とした表情で笑った悟。もうすっかり機嫌は良いようだ。一日でこれだけ上がったり下がったり忙しいことで──なんて嫌味が頭に浮かんだ。自分で分かっている、これは照れ隠しだ。

「それじゃ、約束通り…」
「あ!約束、なんて……してな、あぁ!」
「ん〜?何、聞こえねぇ」
「さとるが、勝手に…」
「だから、聞こえないって」

突然割り込んだ呪霊祓除任務から一転、なぜこのような状況に陥っているのか。時間を巻き戻して説明するとしよう。


[title by ユリ柩]

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