呪いの子、ふたり


乙骨憂太は16歳という若さで、自身の破滅を望んだ。彼に取り憑く特級過呪怨霊・祈本里香は、彼を害するもの全てを呪う、周りを傷付けないように、乙骨にできるのは死ぬ事だけだった。しかし、それすら里香は許してはくれない。
決して広くはない部屋の四方の壁に貼らてた夥しい枚数の呪符に囲まれ、乙骨は蹲っていた。光源はいくつかの蝋燭のみ。部屋の中に一つだけ置かれた椅子に膝を抱えて俯いたままの乙骨に、五条が言う。

「一人は寂しいよ?」

転校など知ったことではない。どこへ行こうと自分が他者に及ぼす危険性は変わらない。乙骨はもう誰も傷つけたくなかった。彼は五条の提案を一蹴した。
しかし返ってきた極々当たり前の言葉に、唇を噛む。

──知ってるよ。でも、どうしようもないじゃないか。

そんな乙骨を見透かしたように、五条は続けるのだ。

「君にかかった呪いは使い方次第で人を助けることも出来る。力の使い方を学びなさい。全てを投げ出すのは、それからでも遅くはないだろう」


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「やっほ〜!青少年諸君!青春してる〜!?」

廃校での任務、里香の一時的な完全顕現を経て彼女の呪いを解くと決心してから数日後、級友と基礎鍛錬に勤しむ乙骨達の前に、五条はテンション高めに一人の女性を連れて現れた。
服装は、薄手のVネックニットにスーツのジャケットを羽織り、下は細身のスラックスに7センチヒールのパンプス。モノトーンカラーでまとめたカジュアルなオフィススタイルという装いは、スタイルの良い彼女にとても良く似合っていた。その上に乗る頭は小さく、髪型はゆるりと波打つボブ、艶のある黒髪を片方だけ耳にかけ露出したその耳には男物のピアスが光る。何より印象的なのはその瞳。一切の混じり気のない紅血の瞳は恐ろしさを覚えるほどに美しい。
完璧な七等身の紛うことなき、美人である。しかし、何だ──乙骨は違和感を拭いされなかった。

──誰だろう綺麗な人だな。でも何だか気配が…。
「紅花!」

挨拶を交わす前に、真希が女性に駆け寄った。
「真希、久しぶり!」女性、紅花がコーラルピンクに彩られた唇に弧を描いて破顔した。

「何だよ。帰って来たんなら顔出せよ」
「ごめんね。帰ってきたの昨日なの」
「まぁいいや。手合わせしてくだろ?」
「ふふふ、もちろん」

姉御的立ち位置の真希には珍しい姿だった。例えるなら、近所に住む歳上の同性を慕う子供、のような。
「鳥居紅花、一級術師」「しゃけしゃけ」置いてけぼりの乙骨にパンダが耳打ちして説明してやる。

「実家は非術師の家系で、13歳で特級仮想怨霊・酒呑童子の呪力に目覚めた先祖返り。当時高専の一年だった悟に保護されて、そのまま飛び級で入学。呪術界に足を踏み入れて三年、15歳、最年少で一級術師まで上り詰めた天才さ」
「15歳!?」

15歳と言えば、今の自分達よりもまだ若い。同期で一番等級の高い狗巻ですらまだ二級だ。
戦いなんて無縁そうな優しげな雰囲気の割に、随分ハードな経歴を持つ女性だなぁと、乙骨は感嘆した。<人は見かけによらない>のいい例である。

「特級への打診も来てるらしいが、本人が断ってるらしいぞ」
「おかか〜」

「何でかねぇ」と、パンダがごちた。
しかしなるほど、今の説明で違和感の謎が解けた。正解は呪力だ。きちんと制御していても隠しきれていないその禍々しく重い存在感は酒呑童子のそれだったのか。里香の制御に取り組み出してまだ数日の、ズブの素人である自分に分かるくらいなのだから相当だと、乙骨は無意識に米神に冷たい汗をかいた。

「あなたが乙骨憂太君?」

緊張からかぼうっとしていたらしい。いつの間にか透けるような紅(あか)が乙骨の顔を覗き込んでいた。驚き、思わず一歩後ずさる。

「挨拶が遅れてごめんね──初めまして、鳥居紅花です。悟から話は聞いてるよ。よろしくね」

紅花は握手を求め、手のひらを差し出す。人好きのする柔和な笑みに乙骨は思わず見惚れた。

「よ、よろしくお願いします!」
──! この人の手のひら、硬い…。

はっとして慌てて白くしなやかな手のひらを握る。そこでも乙骨は驚いた。傍目には美しいその手のひらの内側は硬く、所々にタコが出来ていた。乙骨の目の前に立つ見目麗しい女性の手は、武器を握る人のそれだった。

「ちょっとちょっと、いつまで手握りあってんの」

えんがちょ、の要領で五条が繋がれた手を割る。年下とはいえ、初対面の男に手を握られたままなんて不快だったに違いない。「わわっ、すみません」乙骨はあわあわしながら平謝りした。

「ううん、大丈夫」

両手を後ろで組んで、微笑みを称えた紅花に乙骨はほっとした。しかし納得いっていない男が一人、見せつけるように紅花の肩を抱く。

紅花このこ、僕の彼女ね!ハイここテストに出るから!マーカー引いて!」

ん?今五条は何と言った?紅花が──彼女、カノジョ…かのじょ?
助けてもらっておいてなんだが、担任である五条悟が見た目、言動、行動、全てにおいて常人の予想の斜め上を行くことは、短い付き合いの中でも十分に理解していた。乙骨には、そんな彼と目の前の優しそうな女性がどうしても恋人に結びつかない。真実か否か、助けを求めて乙骨は級友を振り返ると、三人示し合わせたように頷いた。三者、皆その表情は"気持ちは分かるぞ"のそれである。真希に至っては苦虫を噛み潰したような表情さえしている。

──あぁ、これ、マジなやつだ。

乙骨の脳内はショートした。


<あってないような設定>
167センチ(夢主の身長)+7センチ(ヒール)=174センチ。

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