ひたむきな呪い


乙骨と紅花の対面の後、任務もないのでこのまま気の済むまで稽古をつけてくれるという紅花に真希を筆頭に喜んだ。

「真希、パンダ、私を棘に近づけさせちゃ駄目だよ。せっかく数で有利を取れてるんだから、もっと踏み込んでおいで」

三対一の模擬戦闘。無論、紅花が一である。呪言を扱う狗巻を軸に、真希とパンダで紅花を囲う。畳み掛ける一匹と一人を稽古用の薙刀を華麗に操って完全にいなしながら、紅花は間をすり抜け、狗巻を狙う。
この三人でチームを組むときの戦い方は二つ。
一つは、近接が得意なパンダと真希で狗巻に近づけさせず、狗巻が遠距離から呪言で祓う狗巻が本命のやり方。二つ目はその逆で、一つ目の戦法をブラフとして使い狗巻の呪言を警戒させ、動きを止めた所で真希かパンダが祓う近接が本命のやり方。
二つとは言いつつ実質は一つである単純な戦法だが、敵からしてみればどちらが来るか分からないそれを常時警戒しなければならない上、連携の切り替わりの見極めもほぼ出来ないとくれば、実際やられると相当に厄介なのである。
だがこの作戦、どちらを本命にしても狗巻がキーマンであり、彼が機能する事が大前提。逆に言えば、狗巻を守る近接が弱くては話にならない。
真希の大刀を受け流し、そのまま流れるような動きで薙刀を回してその背を突く。「ぐっ、」と真希が痛みに低く呻いた。すぐさま真希のカバーに入るパンダの脇を潜るように抜けて背後を取り、薙刀を使って羽交い締めに、その後体を捻り、その巨体を地面に叩きつける。

「真希、違う。確かに真希の強みはそのフィジカルだけど、だからって押すだけじゃ勝てないよ。もっと柔軟に」

「いなす、受け流す…この"柔"の動きが出来れば──真希の得意な"剛"の動きがより効く」

パチンと指を鳴らすと、真希とパンダを怯ませる程度の軽い呪爆が爆ぜる。稽古用に威力を極限まで控えてあるそれは、爆発というよりも風船が割れた時のそれに近い。しかし仰け反らせるにはそれでも十分。呪爆で一瞬だけ怯ませ、その一瞬を見逃さずに紅花は足払いをかけた。そして地面とキスをした一匹と一人には目もくれず狗巻へと距離を詰め、手にした軽い竹製のそれでコツンと優しく脳天を割った。

「おかかぁ…」
「ふふ。呪言の使い所上手くなったね。棘は、後は近接の対応を鍛えようね」

「すごい…」
「強いでしょ、僕のカノジョ」

乙骨から自然に漏れた言葉に、鼻高々といった様子で五条が応えた。
激しい攻防に織り交ざる狗巻の呪言、<動くな>は確かに紅花に効いていた。しかしその隙を真希とパンダに突かせない絶妙な爆破での牽制、近接において常に自分を優位に立たせるための真希とは異なるトリッキーな武器の捌き方に、外で見ていた乙骨ですら翻弄された。

「痛ってぇ…ふーん、受け流す、ねぇ」
「例えば、合気道。合気道は相手の力を利用することが基礎の武道だから、感覚を掴むのにもってこい」
「紅花は出来んの?」
「私は、合気の呼吸──受け流すときの感覚とかね。これを独学で薙刀に応用してるだけだから理屈とかはあんまり教えられないかな。悟に聞きなよ、ああ見えてそういう戦い方も出来るから」
「うげ、悟かよ」
「何なに?僕じゃ不満?」
「不満だろ」
「僕が担任なのに…」

地面に"の"の地を書いてしょげる五条は無視だ。彼がこんな事で落ち込むような細い神経の持ち主でないことは、付き合いの長さに関係なくとっくに知っている。
講評を終えた紅花が乙骨へと振り向き、にっこり笑って手を合わせた。

「はい、交代。次は乙骨君ね」
「え!?僕!?」

五条の「徹底的にシゴきます」の言葉通り、遅かれ早かれ通らなければならない道だということは分かっているので、稽古を付けて頂けるのは非常にありがたい。ありがたいのだが──乙骨にはボロカスに負ける未来しか見えないのが現状である。

「そんな構えないで。武器に呪力を込める練習をするだけだから」

紅血の瞳を優しげに細めて笑う、担任より余程教師然とした女に乙骨はほっと肩を下ろした。戦うわけではないのか、良かった。

「悟から刀渡されてるよね?それに里香ちゃんの呪力を込める練習」

「乙骨君とはまたちょっと違うけど、私も特級の呪力を抱えてる身だし…あと、武器に呪力を込めて戦うっていうスタイルも同じ。悟はそういうのないからね。教えられる人間はいた方がいいから」

何故それを教えるのが、担任である五条ではなく教師でもない紅花なのか。それを懇切丁寧に説明する。乙骨はなるほどと相づちを打ちながら、手元の刀に視線を落とした。

「じゃ、習うより慣れろって事でやってみようか!」

───。
1時間後、芝生に仰向け大の字で寝転んだ乙骨を真上から覗き込み、「お疲れさま、」と声をかける。青空をバックに汗一つかいていない紅花の笑顔が眩しい。乙骨は思わず目を細めた。
紅花と乙骨の最大の相違点は、"呪力が意志を持つか否か"である。乙骨に害なす存在を排除しようとする、里香には明確な意志がある。それが呪力の制御にどのように作用するかは正直不安だったが、杞憂だった。里香の意思はどれも乙骨由来、彼が望めば里香はそれに反さない。
そして呪力制御は日々の積み重ねがものをいう。コツさえ掴めればあとは自主練あるのみだ。よって、これに関して紅花が教えることはもうない。

「乙骨君、これあげる」

人差し指と中指で挟んで手渡された四つ折りにしたルーズリーフを広げる。ランニング、筋トレ、柔軟──そこには手書きで身体作りのメニューが細やかに書かれていた。

「戦う身体をつくる。私が学生の頃にやってたのをちょっと改良したものなんだけどね。最初はしんどいと思うけど、頑張ってやってみて。慣れてきたらワンセットずつ増やすといいよ」

こういう努力を繰り返して、この人は15歳にして一級まで上り詰めたのか。乙骨は荒い呼吸を整えながら、感慨深いものを感じた。なんだか今日は驚いてばかりだ。

「どんな綺麗な感情も一歩踏み外せば呪いに成りうる。自分の中の"負"を上手く飼い慣らして使ってね。練習あるのみ、だよ」
「…はい!」


[title by ユリ柩]

[ TOP ]