異常者、ふたり

「は、え、何。変質者?え?担任なの?」
「初対面で失礼にも程があんだろクソガキ」

人のことを指さしながら邂逅一番失礼なことを宣った受け持ちの少女に、思わず素で返してしまった。


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4月──数ヶ月前出会った夜蛾の提案に二つ返事で、宝生あきらは呪術高専の門を潜った。
東京都内とは思えないほど静かで田舎味のある場所にあきらは素直に驚いた。東京にもこんな場所があるんだ、と。まだ少し肌寒い風を頬に受けながら、あきらはまだ見ぬ担任に思いを馳せる。
今年の新入生があきら一人であることは既に夜蛾が通達済みである。担任となる教師が必然的にあきら専属の指導員になることと合わせて。

「教師一年目の新任だが、実力だけなら術師の等級の中でも最上位の特級、学べることは多いだろう。一年生同士仲良くやりなさい」

夜蛾はそう言っていた。男?それとも女?新任教師なら年は若い?まぁ、そんな事どうでもいいか──あきらは他人に理解できない高みから全てを俯瞰して、嘲笑ってやれればそれでいいのだ。
古めかしい木造校舎の一室、そこにひとつだけ用意された席に着く。窓の外の桜が美しい。ガラリ、と引き戸が開けられた。

「君が宝生あきらちゃん?僕は──」

「は、え、何。変質者?え?担任なの?」
「初対面で失礼にも程があんだろクソガキ」

絹糸のような白髪を逆立てて、包帯で目隠しをした推定190センチ越えの"恐らく"美丈夫の登場、その視覚からの情報量の多さにあきらの頭はショートし、あまりにも素直すぎる感想を口にしてしまった。


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「いや、本当にすみません。ちょっとビックリして」
「いや、僕もごめん」

シーン──。そんな効果音がピッタリな微妙な空気感だ。
だがしかし、おかげで変に気負っていた気持ちが五条の中で吹き飛んだような気もする。そうだ、気負っている場合ではない。夏油のような人間を作らないために、自分はこの道を選んだのだから。むしろ呪霊操術の生徒なんて、過去を乗り越えるためにうってつけじゃないか。
気を取り直して、五条は手のひらを合わせた。

「はい、じゃあ改めて自己紹介から──今日から1年間あきらの担任をする五条悟だよ。よろしくね」
「はい。宝生あきらです。夜蛾学長からの推薦できました。呪術のことは素人ですがお願いします」

ぺこりと頭を下げたあきらに五条は早速、と続けた。

「課外授業に行こうか」


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「あきらは呪霊のことをどれだけ知ってる?」

補助監督が運転する車の後部座席で長い足を組んだ五条があきらに問いかけた。あきらは以前夜蛾に聞かされた内容をそのまま復唱する。
「はい正解。じゃあ術式は?」「生まれつきの呪霊を祓える能力」「うーん、50点かな!」「はぁ…」あきらのやる気のない返事を気にも止めず、五条は人差し指を立てた。

「今日は術式について勉強しよう」

──。
───。

「着いたよ」

黒塗りのセダンから下り、目的地を見上げあきらは何の変哲もない小学校に目を瞬かせた。花壇には黄色や紫のパンジーが咲いており、校舎も綺麗、敷地も広そうだ。

「廃校って訳じゃないんですよね?」
「うん、地元でも有名な私立小学校だよ」

任務の内容はこうだ。校内での児童の原因不明の体調不良が相次いでいる。当初、感染症を疑って医療機関が調査するも異常はなし。その後、補助監督の調査により低級の呪霊が吹き溜まりその呪力に当てられて耐性のない児童から倒れていることが判明した。
地元でも評判のマンモス小学校である。生徒数が多ければそれだけ呪いも溜まりやすい。

「よって今回の任務は、腕試しにピッタリの雑魚散らしだよ!学校内の呪霊のお掃除だ!」

あくまで陽気に言い放つ五条にあきらは頷いた。

「闇よりいでて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え──」

五条の口から低く詠唱がなされ、夜のカーテンが下りていく。それと同時に濃くなった呪いの気配にあきらは顔を顰めた。
帳を下ろすとより分かる。一つ一つは微弱だが数が多い。術師のあきらでさえ気持ち悪いと思う濃さだ。何も感じないとしても、非術師には確かに毒だ。

「じゃあ"術式"について教えようか。
術式は多種多様、攻撃に適しているものから防御に秀でたもの、後方支援に有効なトリッキーな術式も存在するよ。そしてその全ては総じてさっきあきらも言ってた通り生まれつきだ」

あきらの横並びにたった五条が、ポケットに手を突っ込んだまま、解説を始める。

「君の扱う"呪霊操術"は手数の多さが強みのオールマイティな術式だ。自然発生した呪霊を取り込み、使役できる」

襲ってきた蠅頭の一体を、手持ちの呪霊を使い祓う。直後、背筋にゾワっとしたものを感じあきらは振り返る。その先には3体の3級呪霊がうごうごとしていた。それらは猛スピードで走り出し、五条へと向かっていく。

「そして僕の術式はこれ」

突如襲ってくる化け物に顔色ひとつ変えず、五条は呪霊達を止めて見せた。五条に食いつこうとして剥き出しになった歯が、見えない何かに阻まれているように不自然に空中で止まっている。

「"無下限呪術"、五条家相伝の術式だよ」

「はい、祓って〜」暢気な五条に少しイラッとしつつ、停止したままの3体の呪霊を手持ちのそれで祓った。五条は続ける。
術式の中には血によって受け継がれているものも多くそれらを相伝の術式と呼ぶ。相伝の術式は他と比べて強力なものも多い。それ故にその情報は門外不出とされることも多い。

「閉鎖的なんですね、」
「全くだよねぇ」

いや、あなたそっち側の人じゃん、というツッコミはしないでおいた。