カフェオレと飴玉
「あ、」
「あ、」
体育館の点検で部活が休みとなっていた日、角名倫太郎はSNSで話題のカフェへと一人足を運んでいた。
店内へ入ると見知った顔と視線が合った。チームメイトの侑が崇拝して止まない先輩、九条まつりである。仲が良いまではいかなくとも先日の"宮侑プロポーズ事件"で角名の面は割れているため素通りする訳にもいかず、お互いに会釈をした。読みかけの本を閉じてまつりが「角名くん一人?」と微笑みを浮かべていた。
「はい、今日は体育館の点検で部活休みなんで」
「そうなんだ。ね、良かったらここ座らない?」
自身が座っている2人がけテーブル席の空いている方を指差す。九条まつりと2人でカフェでお茶をする──侑にバレたらまたうるさそうだ。後のことを考えて少し悩んだがせっかくの申し出だ、角名はありがたく受け取ることにしてまつりの向かいの椅子を引いた。
飲み物と気になっていたデザートを注文して待っている間、まつりが唐突に切り出す。
「ふふ、実は角名くんとずっと話したいって思ってたんだ」
「俺ですか?」
はて?何故だろうか、と角名は首を傾げた。
「うん。だって角名くんって関東出身の人でしょう?」
そこまで聞いて合点がいった。要するにまつりは、同じ関東の出身である角名と話したかったのだ。ちょうどいいタイミングで飲み物とデザートが運ばれてきたので、それらを口に運びながら角名はまつりとの会話をそれなりに楽しむ。
互いの出身地や何故稲荷崎に通っているのか、グルメや観光地の話など定型文のような質問からローカルな質問まで話は大いに盛り上がった。
角名が稲荷崎に入学した理由はもちろんバレーボールをするためだが、まつりは父親の転勤がきっかけで、稲荷崎を選んだのは部活動が活発であり進学にも強いからだそうだ。
「私、ずっとバレーばかりしてたから今は正直何がしたいのか自分でもよく分かってなくて…。とりあえず進学してやりたい事見つけようと思ってるんだよね」
「うちの高校進学組の方が多いですもんね」
「角名くんは?やっぱりプロ目指すの?」
「まだ1年なんで、あまりちゃんと考えてないです。まずは高校の間に結果残したいです」
「あっそうだよね。早とちりしちゃってごめん」
「その時は応援行くね」と笑ったまつりに、侑がこの状況を知ったら悔しがるんだろうな、と他人事のような感想を抱いた。
明日、侑に九条まつりと2人きりでお茶したことを伝えたら面白い反応が見れそうだが、この場だけの秘密というのも気分がいい。角名は今回は黙っておくことに決めた。
「まつり先輩、SNSってやってます?」
「うん。あまり更新はしてないけど」
「教えて下さい。あと連絡先も」
「いいよー」と軽快に携帯を操作し、互いの連絡先の交換とSNSのフォローをする。まつりがアップした写真を見てみると、彼女の言う通り投稿数は多くなく、内容はご飯や友達と遊んだ時などの日常を切り取ったような写真が多く、女子にありがちな映えを意識したようなものは一枚も無かった。何となく目の前の彼女らしいSNSだと角名は思った。
「ありがとうございます。美味しいお店見つけたら誘ってもいいですか?」
「もちろん!またお話しようね」
柔らかな笑顔を浮かべるまつりにつられて、普段はあまり動かない角名の口元が微かに笑う。
今度まつり先輩とお茶した写真を侑に送り付けてやろう。まつりが絡むと一段と感情表現が激しいチームメイトの悔しがる姿が容易に想像でき面白い。
こうしてすっかり仲良くなった二人は、その後も辺りが薄暗くなるまで談笑を続けた。時間をみて「わぁ!もうこんな時間!」とまつりが驚きの声を上げると、角名が「そろそろ帰りましょうか」と続ける。
「送りますよ」
「え、いいよいいよ。角名くん寮でしょ?門限あるよね」
「まだ時間余裕なので大丈夫です」
九条まつり絶対信者の侑は普段から彼女のことを可愛い可愛いと褒めちぎっているので当てにならないが、角名の目から贔屓目なしに見てもまつりは可愛いかった。女子高生にしては高めの身長も、モデルのようなスタイルの良さを際立たせている。夜とまではいかないが、日が落ちて暗くなってくる時間帯に一人で帰らせるのは流石にはばかられた。
まつり自身、好意で言ってくれているものを無下にする気は無い。「じゃあお願いしようかな」と角名の好意をありがたく受け取ることにした。
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ある日の昼休み、いつも通りまつりは凛子と共に昼休みを過ごしていた。もはや天気がいい日の定位置になりつつある中庭で談笑していた時だった。
「まつりちゃん!」
「コラ侑!ちゃんと先輩付けぇ!」
廊下の向こうからまつりの名前を呼び、走ってくる侑を銀島が後ろから叱っているのが見えた。「侑くん、こんにちは。バレー部はミーティング?」しかし、バレー以外ではややぽやっとしているのが九条まつりという人物である。先輩後輩ということも気にせず、のんびりとした返事を返すまつりに、侑は飼い主に全力で尻尾を振る大型犬のごとく「せや!さっき終わったとこやねん!」とまつりの隣に勝手に腰を下ろした。焦げ目ひとつない玉子焼きを口に運び咀嚼しているまつりを、侑は恍惚と見つめる。
普通ならばこれだけ見つめられれば食べにくいものだが、まつり的には問題ないようでいつもと変わらぬ様子で食べ物を口に運んでいる。だがまつり本人が良くとも、黙っていない人間がここはいた。
「ちょっと、宮侑。勝手にまつりの隣座らんといてや」
「は?別にええやんけ、つーかアンタ誰や」
侑を睨みつける凛子と、先ほどのゆるゆるの笑顔が嘘のように無表情になる侑。両者の間には見えないが火花が散っていた。
「青森凛子。まつりの友達や。まつりがごはん食べにくいやろ」
「はぁ?うっさいわ、アンタに関係あらへんやろ。青森へ帰れや」
同じバレー部、同じセッター、同じ九条まつりのファン──そしてこの2人は同担拒否だった。お互いに本能的に相容れないことを感じ取り、威嚇し合っている。
そんな2人を止めるでも心配するでもなく、まつりは近づいてきた銀島と角名と治に「ミーティングお疲れさま」と笑いかけた。
U-16女子日本代表、アジア選手権大会出場、ベストアウトサイドヒッター賞の選手である九条まつり。銀島もその名前は聞いたことがあった。怪我が原因で選手をやめたことも自然と耳に入ってきた。まさか同じ高校の先輩になるなんて思ってもおらず、世間は案外狭いと最初は関心したのを覚えている。そして、宮侑が九条まつりのファンであることも意外であった。そんな九条まつりが治に餌付けをし懐かれ、先日は角名と仲良くカフェでお茶をしたというのだから、彼女の影響力は偉大である。
しかし目の前の穏やかな笑顔を浮かべる彼女を見ていると、自然と懐いてしまうのも分からなくもないと思った。
「関係あるわ。今まつりとご飯食べとんのはウチや。目の前でちょろちょろされんのは邪魔やねん」
「はっ、お前がどう思おうがどうでもええ。まつりちゃんは嫌がってないんやから、黙っとれや喧しブタ」
まつりの背後でピシッと空気が張り詰める。
九条まつり強火担怖っわぁ──銀島、角名、治の心の声が一致した。何よりこの空気感をものともせず3人に「もうご飯食べた?」と呑気に問いかけるまつりがこの場で一番の大物である。
そうこうしている間に凛子と侑との間で、どれだけまつりのことを知っているかまたは好かれているかのマウント合戦が開幕していた。だがこれに関してはまつりと共に行動することが多い凛子に軍杯が上がったらしく、侑は悔しそうに唇を噛んでいた。
完全に熱くなっている侑に、あぁこれはもう収拾がつかない、と銀島が諦めかけた時だった。
「凛子、侑くん」
それまで2人の小競り合いに我関せずだったまつりがいつもと変わらない調子で声をかけると、それまでぎゃあぎゃあと騒いでいた2人がピタリと止んだ。
「2人ともこれあげるから落ち着いて」
食後のおやつに持ってきていたのであろう飴をひとつずつ差し出した。「銀島くん達もどうぞ」と差し出した手のひらにころりと侑達と同じものが置かれた。ちなみに治は速攻で開封し口に入れていた。
「私、この飴シュワシュワして好きなんだ」
「まつりちゃん、この飴美味い」「でしょ?」治と呑気に飴を食べるまつりに、すっかり毒気が抜かれた侑と凛子は「一時休戦や」「命拾いしたな」と謎の休戦協定を結んで、飴を口に含んだ。
それを見て銀島は九条先輩は猛獣使いなのだと、九条まつりに対しての認識を改めるのであった。