エッセイ *恋愛
鉛筆とあの子
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*絵画の授業中


私の通う学校は、物作りに力を入れている。

所謂工業・工芸系の学校だ。


だから必然的に普通科目の授業が少なくなっていて、うちの工芸科の場合だと工芸の実習や絵画、デザイン技術、製図など作業中心の科目が多く組み込まれいる。




――そして今は絵画の授業中。


石膏で出来た生首を囲み、皆それぞれにイーゼルを立てている。

授業中と言っても結構好き放題だった。お喋りは普通で、画板を盾にして先生からの死角で化粧をする者や、メールを打っている者もちらほら居る。

私も絵画の授業があると知っていながら、道具は何も持ってきてない舐めきった生徒のうちの一人だ。
デッサン自体は好きなのだが、そこまでやる気がない。

とは言っても、せめて鉛筆と消しゴムくらいないとお話しにならないから、いつもあの子に借りてるんだけど。


「ねぇ初音、鉛筆貸してくんない?」

「もう……。いい加減持ってきなよ」


そう言いながらも彼女は鉛筆が沢山入った布製の使い込んだ筆箱から、使い易そうな鉛筆を選りすぐって手渡してくれる。


「3BとHBでいい?」

「何でもいいっ」

「はい、練り消しもどうぞ」


黒っぽい小さな塊を鉛筆と一緒に渡してくれた。お礼を言って、私は元の場所に戻った。






「あー、うち眼鏡忘れたからなんも見えんのやけど」


目を凝らし、前かがみでモチーフを見ている翔子に話し掛けられる。彼女は私の隣にイーゼルを立てていた。


「お前馬鹿ぁ? しかもシャーペンやし全然進んでないやん」

「広奈やってその鉛筆、初音ちゃんに借りた奴やんっ」

「あ、バレた?」


翔子にしては真面目にやっていたはずなのに、投げやりな感じにあー疲れたと言って、手を取めてしまった。ポケットから携帯を出して弄り始める。

集中力ないな。


奥に見える初音は、静かに姿勢を正してデッサンに取り組んでいた。私は視力がいいので初音の絵の進み具合もだいたい見えるのだが、目を凝らしてみると影がとても丁寧かつ繊細なタッチで描かれていた。ちなみに、繊細な線は普段からの彼女の癖だ。

なんとなく、負けてられるかという気持ちが沸々と湧いてくるのを感じた。
勝手に芽生えたライバル心を原動力にして、借りた鉛筆で勢いよく陰影を付け始めた。






「初音は上手いなぁ…」


休み時間中、彼女の元へ行って作品を近くで眺める。本当はこんなこと言ってしまう自分が悔しい。


「そうかなぁ、ありがとう」


微笑んで持っていた鉛筆を置いて、こちらに体を向けた。屈託のない笑顔に、可愛い奴だなぁと素直に思う。


「何でそんな真面目に出来るん、集中力続かんって」

「やって授業やで? 気抜いたら先生に失礼やろ」

「ふーん」

「それに、うちが受ける学校は推薦でデッサンあるし」


初音はモチーフの石膏を見詰めていた。あぁ、なるほど。通りで真面目な訳だ。


「広ちゃんは就職やったっけ」

「うん、早よ家出て一人暮らししたいからね」

「偉いね」


何故か就職して一人暮らしをすると言うとみんなに、大変だねとか偉いねと言われる。その台詞は聞き飽きるくらいだった。


「別にい」


だけど褒められているので、一応笑顔を作って気の抜けた返事をした。


私なんかよりはっきりした目標を持った彼女の方が偉いのに。
綺麗に描かれた途中のデッサンを眺めながらそう考えた。


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