エッセイ *恋愛
鉛筆とあの子
[5/24]


*真新しいスケッチブック


「そうなんやぁ、だったらこれから初音はここに毎日来るんやね」


バイトが始まるまでの時間を持て余した私は、一週間程前から居残りをしている彼女のもとへ遊びに行った。


「平日は大体ね。あ、水曜日は数学の補修があるから来れんけど」

「ふーん、大変やん」


初音はデッサンの練習をする為に、B4くらいの新しいスケッチブックを買った。
お弁当を食べている時にその話しをする本人は、ちょっと高かったんでーとニコニコしてたと思う。それに付け加えて、これからは放課後にデザイン技術の教室で練習すると話した。

引退前やけど今してる部活はと聞くと、デッサンに集中したいから暫く休むと言った。


「まぁ、うち行きたいとこ、短大やけど一応国立やからな」

「嘘! 国立なん!?」


国立、という響きに少し驚いて初音の顔をまじまじと見た。彼女は今まで動かしてた手を止め、こちらに向いてにいっと笑った。
私の科で国立に志望の人は知ってる限り居ない。


「うん。家そんなお金ないし」

「そっかぁ、やから短大なんやね」


再び鉛筆が動き出す。
もわもわとハッキリしない陰影、微妙な所で比率の取れていない形。自分もそこまで綺麗に描ける訳じゃないのにデッサンの欠点ばかりを見抜いてしまう。

今から国立を目指すのか。


「あぁっ、コンタクト入れてないと見えんな」


初音は台の上に鉛筆を置き、小さくため息をついて伸びをした。私の倍はある胸が制服を押し上げ主張するのを何気なく見る。


「見えんかったら話にならんやんか」


なんで大きいんだろう、と単純な疑問が沸いたがそんな事を考えてるなんて彼女は悟れない。

私は少し笑って初音に言葉を返す。


「どうせ今日取りに行くしええんやっ」

「じゃあ私も付いていく!」


突然子供の様なことを言い出す私に、困ったなと言いたそうな視線が向けられた。


「……って広ちゃんバイトあるやん」


そしてやんわりとした口調で彼女は指摘した。


「今から取りに行けばええやん」

「もう、勝手な事ばっか言って」


初音は呆れた顔をして怒ったような声を出すが、きっと彼女は本気で怒ってなどいないと分かった。
だって微妙に笑ってくれてたから。


「てかコンタクトないままやと調子悪そうやで」

「まぁ…」


私の指摘に初音も同じことを感じていたのか、言葉を濁す。


「早く帰る準備しよっ」

「うー、でも……」

「いいからっ」

「こんな時だけ行動が早いんやから」


机に広げた鉛筆をそそくさと筆箱へ片付ける私を見て、広ちゃんには負けたわと初音は零した。

そう言いながらもどこか楽しげな顔をするのを見て、私は笑っていた。


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