歌詞を小説に
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『繋がりたい』
*初めてのキスは涙の味がした・・・
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寒い、なぁ。冬の冷たい夜風が吹き抜ける。
凍えきって血色の悪くなってしまっているであろう手を、吐いた息で温めてみた。そんな気休めみたいな事ではやっぱり駄目で、すぐに両手は冷えていく。
手……繋いでくれたらなぁ。
ふとそんな想像をしてしまう自分が情けなくなって、鼻で笑った。
告白なんて出来ないよ。いいんだ、このままで。
気持ちを我慢してれば、治まることだから。
好きだったよ。全部が愛しくってキラキラしてた。まるで、この町を飾り立てているイルミネーションみたいに素敵だった。
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*ありがとう サヨナラ 切ない片思い
足を止めたら思い出してしまう
*だから
ありがとう サヨナラ 泣いたりしないから
そう思った途端にふわり
舞い降りてくる雪 触れたら溶けて消えた
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駅へ続く大通りに差し掛かった時、仲の良さそうな男女二人を見つけた。
寒さを理由にか寄り添っている。
「ほら見て、初雪っ」
彼女らしき人が落ちてくる雪を手のひらで受けている。
「わざわざ手袋外してバカか」
「触りたいじゃん」
えへへ、と照れたように女の人は笑っていて幸せそうだった。
そんな些細なやり取りが楽しそうだったけれど、なんだか自分が不甲斐なくて目を逸らした。
あの二人のようになりたくて、実は初めて手編みのマフラーを編だんだよ。でもどうしても渡せなかった。
恋人同士でもないのにそんな大それた事、出来ないって後で諦めた。好きだから、尚更勇気が出せなかった。
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*どうしたら渡せたんだろう
意気地無し、怖かっただけ
思い出になるならこのままで構わないって
*それは本当なの?
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「あれ、奈々?」
後から早足で近づいてきたのは、私が想いを寄せている人だった。
「偶然だね」
ふわり、と少し鼻先を赤くした顔で微笑んでくれた。
「ほんとだ、こんな寒い中どっか行く途中?」
「大学で使う物揃えようと思って、下見に行くとこだよ」
「へぇー、頑張るね」
絵美子は春には、県外の大学に進学する。
受験勉強する姿をずっと応援してきた。
放課後の教室や図書室、通学する電車内や駅での少しの待ち時間も利用して問題集に目を通していたよね。
その誠実な眼差しで本を読む貴女の横顔に、いつしか惹かれていたのだ。
私はというと地元の専門学校を受けた。絵美子をわざわざ、追いかける事はしなかった。
だってこの恋叶うことないの分かってるから。離れてしまえば、じきにこの胸の火照りだって落ち着いて忘れていくだろうし。
離れ離れになってしまうから、こうやって偶然町で会うなんて機会はなくなってしまうんだろな。
「今日は本当に寒いね」
身をすくめて、私はいかにも寒そうなそぶりで言ってみた。
「でも、雪凄いキレイだね。初雪かなぁ?」
「うん、きっとそう」
「へぇー、そりゃ冷えるよね。奈々本当に寒そう」
絵美子が近づいて来て、ふいにぎゅーと正面から抱きしめられる。
「え…? 急にどうしたぁ?」
「ちょっとでも、あったかくなるかなぁと思って」
更に力を込められた腕に、私はされるがままで。
間近に迫る愛しい人の顔を見つめていたかったのに、恥ずかしさと緊張に襲われてそれどころでもなく、目線をそらしていないと自分を保てなくなる。
じわじわと上着ごしに感じる、絵美子の柔らかさと僅かばかりの体温は優しくて心地良いのに、心臓が苦しい。
気持ちを悟られてはいけないのに、妙に煩い心臓の音に気付かれてしまったら、怪しまれてしまう。
回された腕に包まれている事が嬉しくてずっとこうしていたいけど、離れないとまずい。
「ちょっと…近いよっ」
もがいて距離を取ろうとすると、クスクス笑われる。
「ねぇ、顔真っ赤だよ? 恥ずかしいの?」
「そんなこと……!」
鼓動に気づかれるどうこうの前に、すでに顔色でバレてしまっていたと考えると、より恥ずかしくなる。
余計に顔が熱くなってきて、嫌になる。
胸の鼓動も、頬に集まる熱も自制など出来るわけもなく、歯痒くてしょうがない。ただ少し俯いて、隠すくらいが今の精一杯。
すると覗き込むように顔が近付いてきて、あまりの近さに心臓が壊れそうなくらいドクドクと脈打つ。
まるで、まだしたことのない初めてキスを待っているかのような緊張感に肩が震えた。
「可愛いなぁ、でもそんなに怖がらなくても」
「可愛くなんかないし…」
絵美子の鼻先が頬に当たって、冷たい感触がした。
強張った身体は解れないまま、どうしたらいいかも分からず沈黙していた。
期待してしまう、これ以上触れてくれる事を。
「ふふ」
笑いながら手を緩めて、解放されていた。
本音はもっとこのまま、触れてほしかった。
「もし暇してるんだったら一緒に下見まわる?」
「まぁ、暇かなー」
頭が、ぼーっとしていた。
誘われたのが凄く嬉しいくせに、適当な返事をしてしまう。
絵美子がニコッと笑って私の腕を取って少し先を歩き始める。
本当に今日は冷える、だからこうしていつもより触れてくれるのかな。
温かい気持ちが、降り積もっていくような気がした。
まだ、ずっと一緒にいたかったけど、なぜか私から絵美子に手を振っていた。
別れたばかりのさみしさを感じたまま、同じ場所に立ち尽くしてしまう。そして身体に残る、触れられた感触を何度も思い返していた。
でも結局、これから私たちの先には何もない。特別な進展も、側に居続ける事も。
ただの遠く離れた、高校の時仲が良かった友達としてしか、この関係は続かない。
まぁ仕方ないよね。それが一番いいと私が決めたんだから。
******************
*繋がりたい どれほど願っただろう
この手は空っぽ
ねぇ、サヨナラってこういうこと?
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あっという間にお別れの日までのカウントダウンが始まり、この日はやって来た。
絵美子を見送るために私は駅へと向かう。
風が一気に吹き抜けて通り過ぎた。これは出発を励ますように吹いている追い風なのか、私の恋心を吹き飛ばす風なのか。
駅の切符売り場で先に待っていた荷物を沢山持った絵美子を見つけて、胸が締め付けられる。
これで、ほんとにサヨナラなんだ。そう考えると足取りが重くなってしまう。
最後くらい、笑顔で送り出してあげたいのにこんな調子じゃダメだなぁ……。
「見送りに来てくれてありがとう」
「いいえー」
「今日も天気いいねぇ、それに丁度いいくらいに風も吹いてるし」
「うん、いい風だねぇ」
私に向けられてきた微笑みも、今日でしばらく見れなくなってしまうだなんて。
入場券を券売機で買って二人でホームへと向かう。一緒に過ごせる時間は後、数十分しかない。
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*ありがとう サヨナラ
いつかこんな時が来てしまうこと
わかってたはずだわ
*なのに
ありがとう サヨナラ?
体が震えてる
もうすぐ列車が来るのに
それは今になって
私を苦しめる
******************
イスに座って待っている間に微かに震え出した体、それに気づいた彼女が私の右手にそっと手を重ねてくれた。
「……また、寒いのかな? 違うか」
少しだけ苦笑いになってこちらの様子を伺う。
温かい手、少しだけ冷たい私の手から伝わってくる感触。
「離れるの、寂しいね。でもちゃんと時々こっちにも戻ってくるから。たまには私のとこにも遊びに来てね」
「うん、遊びに行きたいっ」
「おいで、おいでー」
落ち着いてきて、震えが段々治まってくる。
手を握ってくれているだけなのに、不思議。
でも何も言いたい事は言えないまま、時間だけ経つばかり。
前の駅に電車が到着した事を知らせるランプが点く。
「行かなくちゃ」
ランプに気がついて絵美子が寂しげに言った。
そんなの分かってる、貴女が優しい事も知ってる。
触れてくれて、ありがとう。
「……この手を離してよ」
自分で言っておいて、泣きそうになる。必死で溢れそうになっているのを我慢すると、胸がぐっとつかえる感じがした。
バカだなぁ。こんな事を言うくらいでしか自分を守れないなんて、と思うけど。絵美子とちゃんとさよならするには最後くらい、自分から手を離さないといけない気がした。
――電車が来ます。危険なので白線の内側でお待ちください。
そんなアナウンスの後に注意を促す音が響く。
私の言った言葉は無視されていた。
手を引かれながら、乗車扉が来る位置へと歩く。
ありがとう、サヨナラと最後に言うつもりだった一言も言えない。
笑顔で送り出す勇気が欲しかった。
電車が勢いよくホームへ滑り込んで来て、風が吹き込む。
ガタン、ガタン、ガタン…。
周りの音を全て掻き消す勢いの、騒音。
「出会えて良かった、絵美子が好き」
わざと全てが電車の音に紛れてしまうように告げた。
こんな風にしか本人に吐き出す事の出来ない、我慢し続けていた感情。口にしただけで、心臓が暴れ出す。
最後だから、これくらい許して貰えるよね。
「え、なんて言った?」
段々と電車はスピードを落とす。雑音が減って、声が聞こえるようになっていく。
繋がれた手をキツく握りしめられた。
ありがとう、サヨナラって言ったんだよ。そんな小さな嘘をついて、笑ってお別れしよう。
そう、とびきりの笑顔を作って。
「あのね――」
あまりに突然だった。
言い掛けた唇を、絵美子の口付けで塞がれていた。
温かくて柔らかくて、息をするのも忘れてしまう。
なんで……、こんな事するの。
堪えてきた涙が溢れ出す。
「さっき、好きって言ったんだよね?」
正面にあるのは、私と一緒に泣いている不器用な笑顔の絵美子。
恥ずかし過ぎて素直に認める事なんてできずに俯いた。
「もしかして、勘違い? だからこんなに泣かせちゃった?」
今にも消えそうな涙声で問われる。私はギュッとしがみついで、首を横に振った。
「何でかなぁ、聞こえてないと思ったのに……」
背中に腕を回され優しく抱きしめられていた。
耳元で、なんとなくそんな風に言ったのかなって分かった。って嬉しそうに囁かれる。
「耳真っ赤になってるよ、可愛いなぁ」
「そんな事っ……!」
くすぐったいのと恥ずかしいのが混ざって、だけどこんな風にじゃれ合っている事がとっても幸せで溶けてしまいそう。
ずっとこのまま、ギュッと抱きしめて貰いたいよ。
――プルルルルルルルルル……
電車は既に到着していて、私たちを急かすようにベルが鳴り始めた。
「元気でね」
「うん、絵美子もね」
お互いに小さく手を振っているうちに、扉が閉まってしまった。
動き出しても窓ガラス越しに手を降り続けた。
また、会える。
今はサヨナラだけど、私たちの気持ちは同じ方を向いているんだって分かったから。
これから、始まっていくんだ。
まるで夢を見せられてるみたいだけど。
不意打ちでされた貴女からのキスのプレゼント、ずっと覚えておこう。
初めてした貴女としたキスは涙の味がしたんだと言う事を。
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*来年の今頃には
どんな私がいて
どんなキミがいるのかな
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初音ミクの「初めての恋が終わる時」より、歌詞引用
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