創作小説 *生活

[1/6]

 暗がりに青みがかった光をまとうゲーセンの奥に進むと、すでにケイコがGuitarギター Freaksフリークスの2P側でプレイしている最中だった。心臓を揺さぶるようなリズミカルな重低音を響かせて、エロゲのオープニングを彷彿とさせる曲が耳に届いてくる。
 筐体きょうたい中心部の画面にはアニメが映し出され、制服姿の女子三人が飛んだり跳ねたりしていた。今流れている『からふるぱすてる』は今季シリーズになってから追加された新曲で、どこのゲーセンでもこぞってプレイされている人気曲だ。この曲には不思議な中毒性じみたものを感じずにはいられない。しょっちゅう目にしているはずなのに、PVが流れ出すと反射的に視線が惹き付けられてしまう。
 PV映像の両サイドには縦長の譜面画面があり、私はケイコの立つ左側のレーンへ視線を移した。レーンからは、赤・緑・青のバーが流れ星のごとく降り注いで落ちる。肝心のバーの判定を注視すると、ことごとく「PERFECT」が黄色く誇らしげに光っていた。
曲が終わると判定画面に切り替わり、一旦暗くなる。フルコンまでは行かなかったもののPERFECT率がいいのもあって、派手な効果音と共にSS判定が大きく映し出されていた。
 画面に映り込んだ影に気付いたのか、ギターコントローラーを肩に下げたままのケイコが上体だけをこちらに捻り、目が合うとニタリと笑った。
「今日、むっちゃ調子いいわ。アンコールも狙えんちゃう?」
「ヤバ。やっぱあんた神やん」
 大口を叩けるほど熟練者のケイコに感心する。ちなみにアンコールとは、上級者向けの特別ステージのようなもので、初心者に毛が生えた程度の腕前しかない私には手の届かない幻のステージだ。
「歴だけは無駄に長いからね。あとでセッションでもやる? スキル上げ手伝ったげるよ」
「流石あんた神やね。またお願いっ」
 頷きながらケイコはスタートボタンを連打して判定画面を終了させ、選曲へと移行した。飄々とした顔でネックボタンを操作して、曲をやみくもにスクロールさせている。
「次、なにすんの」
「なんかやって欲しい曲とかある?」
「ゴーイング マイ ウェイ!」
「あれな」
「うん。あれ好きやねん」
 ゴーイング マイ ウェイ!は、駆け上がるようなギターソロから始まる、甘く切ない失恋ナンバーだ。PVに映し出される女の子の儚げな表情が堪らないので、見るたびに身もだえしそうになる。
「ギター超絶鬼畜譜面やけどな……赤(Extreme)やと落ちるかもしれんけど」
 落ちる=ゲームオーバーなのだが、Guitar Freaksはミスを連発してゲージメーターが空になれば、曲の途中であっても強制的にゲームが終了となるシビアさがある。
 選曲がゴーイング マイ ウェイ!のバナーで止められた。
 ――Extreme:Lv.88 Advanced:Lv.58 Basic:Lv.41――難易度別に、赤・黄・緑と表示が分かれコントラストをなしている。
「てか、ゴーイングやったらアンコールどころかエクストラ出すんも無理になるからやっぱ却下! セッションのときにでもやろ」
「可愛いPVとケイコの有志、見たかったのになぁ……」私はふて腐れながら無意味にカーペットの床を蹴った。
「はいはい、残念でしたーっ。てかうちはアンコールの先狙ってるからさ」
 なんのことだかすぐにピンと来ず、首を捻って、アンコールの先……? と繰り返す。
「プレアンまで行って、ドグマ解禁させたいから」
「あんたドグマ出せんの?!」
 声が飛び出すとともにひっくり返っていた。ランカーがこのゲーセンに来ていたとき、Aアンチ.DOGMAドグマにお目に掛かれたことがある。音ゲーマー底辺の私は、プレミアムアンコールの出現条件や曲を常時プレイできるようになる解禁条件など知りもしないが、とんでもなくややこしい譜面を寸分たがわぬくらい正確にプレイでもしない限り、ドグマは出現することがないのだろうという察しくらいは付く。
「今日やったら、緑(Basic)くらいやったら解禁できるかもやな」
「マジ?!」
「うちのパフェ率舐めんな! ……って、どうかなぁ。緑でもLv.66やもんなぁ」
「あ、時間ヤバイよ」
 選曲の残り時間が、急き立てるように赤字でカウントされていた。
「はいはい、もうやるの決めてっから大丈夫」選曲を滑らかに再開し、「あかね、この曲も好きやろ?」と得意満面で問うてくる。
 ――ヒマワリ/BeForU Extreme:Lv.55――
 ケイコはせっかちにスタートボタンを押して、画面のほうに向き直った。


栞を挟む

* 前へ | 次へ #
1/6ページ

LIST/MAIN/HOME

© 2019 社会で呼吸