私と北原くんは正反対だ。
北原くんはスクールカーストで言えば間違いなく上位の方に君臨しているタイプ。
私は下位の方で地味に過ごしているタイプ。
そんな私たちだけれどもほんとうに、なんの奇跡だか知らないけれど、きっと神様がめちゃめちゃがんばった結果、世でいう恋人同士なのだ。
ほんとうに、何故なんだ。
この世の七不思議とかに入っちゃうレベルの大ごとだ。
あの北原くんともあろう人が私なんかと付き合ってくださるなんて、そんなことあり得るのだろうか。
しかし付き合ったは良いものの、馬が合わないとはこの事で。
私達は驚くほど真逆なのだ。
趣味だとか、嗜好だとか、そういったものぜんぶ。
まるで背中合わせでいるみたいだ。
「有罪だ」
「え?」
最初にいつ有罪判決を受けたかと訊かれたらすぐに思い出せる。
あれは付き合い始めてすぐの時だった。
「正月でもねぇのに餅を食うなんて有罪だ」
私は無類の餅好きだった。
お腹にたまるし、すぐ焼けるし、何しろ飽きない。
正月以外でも普通に食べるしなんならストックを切らさないようスーパーに行けば必ず買うレベルだ。
しかし北原くんは四季を大事にする人のようでその四季折々に合ったものを食べるのが趣き深いらしい。
正論なのでぐうの音も出ない。
さらに言えば私はきな粉派なのだけれど北原くんは砂糖醤油派だ。
わかる、北原くんはそうかなと思った。
次に有罪判決を貰ったのはいつだっただろうか。
あれは確か雨の日だった。
「おい、出掛けるぞ」
「雨…降ってるよ?」
「関係ねぇ。今日は見たい映画があるんだ」
ならば1人で行けばいいのに北原くんは私を連れ出した。
私は雨の日は髪がうねってしまうから家にいたいのに。
「こ、これを見るの?」
「なんだよ、なまえこーゆーの苦手か」
「ええと……グロいのはちょっと…」
「有罪。大人しく俺の隣で観てるんだな」
結局ズルズルとチケット売り場まで引きずられて観念した。
上映中、北原くんは半泣きの私を面白そうに見下ろしていたのをよく覚えている。
むしろ私の事ばかり見ていて映画に全く集中していないようにすら思えた。
こうして私への有罪は溜まっていく一方で、無罪なんて一回も貰えたことがない。
北原くんと真逆な私は有罪ばかりだ。
もしかして北原くんは私のことをからかっていて有罪がたくさん貯まったら別れようという遊びをしているのではないだろうか。
あり得る。
貴族の遊びならぬハイカーストの遊びだ。
例えばいち有罪につき1ポイントだとして、それを100ポイント貯めたら別れるとか…?
だとしたらいま98ポイントくらい貯まってるんじゃ…
「おい、茹ですぎじゃねぇか」
「ハッ」
さっきまでリビングのソファでテレビを見ていたはずの北原くんが、いつのまにか背後まで来ていた。
急いで手元を見るも、茹でていたお蕎麦は伸び伸びになっていた。これはやらかしている。
「おいおい、大丈夫かよ…料理中にボーッとしてるなんて有罪だ」
「ごめんなさい…」
ハイ有罪いただきましたーーーー!
これで99有罪!あと1ポイントで北原くんに別れを告げられてしまう!
絶体絶命だ!
ちょっと泣きそう。
ノロノロと丼ぶりにすっかり柔らかくなったお蕎麦を装っていると、じれったく見えたのか、北原くんが「チッ」と舌打ちした。
終わった。もうダメだ。
そもそも、私と北原くんの相性的に問題がありすぎるのだ。
性格も違えば好きなものも真逆なのに。
一緒にいられるような感じではない。
リビングに運び、ソファに並んでお蕎麦をズルズル。
あまり美味しくないけれど、北原くんは文句を言わずに食べてくれている。
申し訳なさと、あと少しで別れを告げられてしまうかもしれないという気持ちが相まって目頭がじーんと熱くなった。
「えっお前泣いてんのかよ」
「うう、感動して」
咄嗟にテレビを指差して誤魔化す。
丁度ドキュメンタリー番組のクライマックスだ。
「犬の出産シーンでそんなんになるなんて有罪だ」
ああ、ついに最後の有罪が来てしまった。
こんなことで言われてしまうなんて。
別れたくないよ。
嫌だよ。
ボロボロと涙がこぼれ落ちる。
北原くんと正反対でも、なんだかんだ私は彼のことが好きなのだ。
私が何かするたび眉を潜めて何やってんだこいつという顔をされても、無理やり変な映画を観せられても。
「……お前、感動して泣いてんじゃねえな」
「うう」
「ちょっとこっち向け」
「あうっ」
顔を両手でガッチリ固定されて北原くんの方に向かされる。
至近距離で見つめられて今にも顔がくっ付きそうだ。
「ち、近い近い!」
「ぎゃあぎゃあ騒ぐな」
騒ぐな!?騒ぐなですって!?
この至近距離でじっとしていろというの!?
じーーーー。
北原くんに言われた通り大人しくしてたら、超至近距離での見つめ合い。
何この仕打ち。
北原くんのガン見に耐えられないのに未だにホールドされてるから顔うごかせない。
必死に耐えるけど、北原くんちょっとひどい。
私これから別れるのに。
北原くんとの別れを想像したら、またじわぁ、と涙が。
「なんで泣いてんだよ」
「………北原くんとの別れが、悲しくて」
「ハ?」
北原くんの顔が、どんどん険しくなっていく。
控えめに言って怖い。
「なんで別れる事になってんだよ」
「だって有罪ポイントが」
「お前なに言ってんだ?」
俺別れる気ねぇんだけど。
北原くんが言う。
「私、北原くんと全然気が合わないし…いつか別れようと思ってるでしょ」
「……あのな、」
北原くんが前髪をグシャリとしてはぁ、とため息をついた。
「お前とじゃなきゃこんなに気があわねぇのに一緒にいねえよ」
「えっ」
どういうことか訊こうとする前に、北原くんに唇を塞がれる。
「きたはらく、」
「今度別れるとか言ったら許さねぇから」
北原くんのグリーンの目が、鋭く光る。
私と北原くんは正反対だ。
でも、北原くんの目が私を捕まえてくれているうちは、きっと背中合わせでいさせてくれるのだろう。