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ここで冒頭に戻る。
私、みょうじなまえは普通の女子高生だった。
けれども不運にも化け物に遭遇してしまった。
このままでは100%しぬ。






化け物が腕を振り上げ、ギュッと目を瞑った。
お父さんお母さんさようならーーー


心の中でそう唱えたとき、後ろから腰を抱かれる感触がした。
「え?」と振り向く間も無く、なまえの身体は風を切り、化け物から物凄い速さで遠ざかっている。

なにこれ!怖い!飛んでる!?

経験した事もない体感になまえは先ほどとは別の意味で恐怖心を抱いた。
なまえのことを後ろから片腕で抱きしめるようにしているのは人間らしいということは分かりつつも、どう考えても身体能力がおかしい。
超人である。


混乱するなまえを他所に
背後の人物(?)はめい一杯化け物から距離を取ると、こう叫んだ。

「メテオラ!!!」


衝撃である。
なまえはこの光景を一生忘れないことだあろう。

なまえの何倍も大きかった化け物は、どこからともなく降ってきた大量の光の光線のようなものに貫かれて爆発した。
なにこれ。バイオレンスにも程がある。
なまえは一瞬、本当にヤバい奴は自分を抱えている人物なのではないかと冷や汗をかいた。
こんな酷い戦い方をする人がロクな人間のはずが無い。
助けてもらったにも関わらずめちゃくちゃ失礼ななまえである。





「はぁ〜〜びびったー。まさか市民がいるとは!あと1秒遅れたら間に合わなかったぜ」

「…………え?」


なまえは目を見開き、目の前の人物を凝視した。
えっと。
ええっと。
私の記憶が間違っていなければ、この人は出水公平くんではないだろうか。クラスメイトの。



「あ、柚宇さん。襲われそうになってた市民1名保護しました。本部に連れて行くんであとは太刀川さんにお願いしていいっすか」


ついに頭がおかしくなってしまったのか。
出水くんは割と要領が良く、常識のある人間だと思っていたのだが。
誰もいないのに明後日の方向を見て会話をしている出水を見て、なまえはオロオロした。しかも黒のロングコートだ。カオス。

そんなことをなまえに思われているとはつゆ知らず、出水は「あざーっす」と言った。
相手は先ほどの国近との会話を無線で聞いていた太刀川である。
強い敵なら大歓迎な太刀川であるが、最近のゲートから出てくる奴らは雑魚ばかりでぶっちゃけ出水の担当区域も兼ねることはめんどくさいとおもっていた。
しかし市民がいたなら仕方ない。


「さて」
会話が終わったらしく、此方をくるりと向いた出水に、なまえはビクッとした。
毎日見ている顔とはいえ、先ほどの現実離れした攻撃や格好を見て到底知り合いとは思えなかった。

「はは、そんなに怯えんなって。いっつも一緒に授業受けてんじゃん」
「………」

「えーと、立てるか?とりあえず事情訊いたりとか、色々検査とかあるから本部行かなきゃなんねぇんだけど……」
「………」

声を掛けても黙るなまえに、出水は困惑した。
出水にとって、みょうじなまえという人物は人当たりが良いイメージであっただけに、無視されたようで地味に傷ついた。
いくらA級1位でも中身は普通の男子高校生である。


「みょうじ…?」

今度は恐る恐る、名前を呼んでみる出水。
これでも返事が無ければもうハートブレイクだ。

俯いているなまえの顔を覗き込んでみると、涙をたっぷりと溜めた目がこちらを見た。


「い………出水くううううううん!」
「うお!」

名前を呼ばれ、ついに緊張の糸が切れた。

ビエエエン!と赤ん坊のように泣きながら飛び付いてきたなまえに戸惑う出水。
もう一度言うが彼はA級1位とはいえ中身は普通の…健全な男子高校生である。
なんかいい匂いがするとか思ってすみません。

しかしなんの武器も持たないなまえにとって突然のネイバーの出現は恐ろしいに違いなかっただろう。

出水は自分の胸に顔を埋めるなまえの頭を撫でた。
大して話したこともなかった男女が何故か恋人同士に間違えられてもおかしくないようなことをしていたということに気付き、恥ずかしくなるのは数十分後のことである。




なまえが落ち着き、先に立ち上がった出水が「じゃあ行くか」と手を差し出した。
意外にもジェントルマンな出水。
抱き付いていたことや、彼に頭を撫でられて安心したこともあり、なまえは照れながらその手を握った。


「本部までちょっと距離があんだよなー…」
「ほんぶ」
「俺はトリオン体だからへーきだけど、みょうじは生身だしな…」
「とりおんたい」

どうしよう。
何を言っているのかさっぱりわからない。

初めて聞く単語を思わず復唱してしまうなまえに、出水はブハッ!と吹き出した。


「本部はボーダーの本拠地な、トリオン体ってーのは、変身してパワーアップした姿みたいなもん」
「そうなんだ」

変身した割には服しか変わってないねと言うと出水はまた笑う。

「見た目はそーだけど、チカラは全然違うんだぜ」

面白そうに目を細めた出水は、なまえをおぶりだした。
突然のことになまえも驚き「わあ!」と大声を上げる。

「えっちょっと!出水くん!?」
「トリオン体だとこんな風にみょうじをおんぶしてても余裕なんだよ」

な?と出水はイタズラに笑うが、なまえ的にはそれどころではなかった。
おぶられているせいで出水がこちらを振り返ると顔が猛烈に近いのだ。
太ももも触られている!
心臓が!ばくばくうるさいよ!

一方出水は
「いっそこのまま走ってったら良いんじゃねぇか」などと言っている。冗談じゃない。本部に着く前に心停止だ。

女の子と付き合ったりちょっとエロいことには興味があり、よく米屋とその手の話題で盛り上がる出水だが、こういうシチュエーションではナチュラルに天然を発揮していた。
これだから無自覚は。




おんぶはなまえが断固拒否し、仕方なく本部までは歩く事となった。
なまえに合わせ、トリオン体から普通の制服姿に戻った出水に、なまえは優しいなと思った。
トリオン体でいれば疲れずに済むというのに。


テクテクと並んで歩きながら出水はボーダーの事について色々と教えてくれた。
内容はあの化け物はネイバーという名前だとか超基本的な事であったが、ボーダーのことについて詳しくないなまえは興味津々であった。
出水の話す事は知らないことばかりで「へえ!」だとか「なんで!?」などといちいちリアクションを取っていると、「知らなすぎじゃね…?」と心配されてしまった。

「でもボーダーって秘密なこと多いよね?」
「そーだけど、今話したのはテレビとかでも言える範囲のことだぜ」
「うそ…」
「まぁ今のみょうじにそれ以外のこと言っても、どーせ忘れる事になるからいいんだけど」
「え?」

忘れる事になる?
なんだか語感に違和感を覚えて険しい顔をするなまえ。
そんななまえに「やべえ、口が滑った」な出水は急いで話題転換をした。


「つーかみょうじはどうしてあんなとこにいたんだ?」

次にやばい、となるのはなまえの方だった。
まさか告白をされていただなんて、言えない。絶対に言えない。

中島には悪いがあのネイバーとかいう巨大生物と命懸けで戦っている出水の姿を見ているなまえは告白などというイベントはくだらないものにしか感じず、罪悪感しかなった。
学校を早退してまで働いている出水に迷惑をかけてしまったのだ。

「えっと、考え事してたら…いつの間にか来ちゃってて」

無理矢理にも程がある。
頬を引きつらせるなまえに、出水は「ふうん」と相槌をする。
嘘なのはバレている気がした。

出水はなにも突っ込んでこなかった。
助かった。


助かったけれど。
本当にこれで良かったのだろうか。
嘘をついた瞬間にムクムクと湧き上がる嫌悪感がなまえには気持ち悪かった。


出水にとって、ネイバーを倒すことは日常茶飯事なのだろう。
命を、助けて感謝されることも初めてじゃないはずだ。
そんな出水にとっては、なまえがあの場所にいた理由などアンケートレベルの質問だったのかもしれない。

それでも、なまえは出水に命を助けられたのだ。
彼は朝飯前のように軽々とやってのけたけれど。
助けてもらった出水に、嘘をつく事は酷く失礼なことだ。



「ごめん!」
黙り込んでいたなまえの突然の謝罪に出水は目を丸くした。


「さっきのは嘘」
「…うん、なんか、そうかと思った」

割と人の感情に鋭い出水がなまえの分かりやすく動揺したのを見逃すわけはなかった。
ただ、なまえが理由もなく嘘をつくようには見えなかったから無理に聞かなかっただけだ。

「実は告白されたんだ、中島くんに」
「ハッ!?」
「でも命張ってる出水くんにそんなくだらないことであそこにいたと思われたくなかったんだ。自分勝手でごめんね」
「え、いや、……おう」

今彼女はなんと言ったか。
告白されたと言わなかったか?
あまりにもさらりと爆弾発言をするものだから出水は混乱した。
てかそれ、俺に言って良かったのか?

しかし真剣に謝るなまえに水を差すような事は出来ず、結局出水の驚きはすぐに鎮火されることとなった。
それと同時に、なまえが誠実でまっすぐな人間であるということを、出水は改めて知ったのだった。



「俺、みょうじのそういうとこすげーいいと思う」
「本当?ありがとう!」

悪いことをされたはずなのに褒める出水を不思議に思いつつも、なまえはお礼を言った。
笑いかけると、出水も笑いかえす。
その笑顔が少し寂しげなことに、なまえは気付かなかった。