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やっと本部に着き、中に入ると大勢の人、人、人。
これだけの人がボーダーに関わっていると思うと不思議だ。

同い年や、それ以下の年齢に見える子達がいることになまえは驚いた。


本部の中はとても広く、出水がいなければ迷子必須である。
逆にこんな施設の中を平然と歩く出水は一体何者なのか。

…ていうか、やけに見られているような。

出水がA級1位の隊に所属していることなどしらないなまえはC級隊員から出水が尊敬の眼差しを送られていることなど知る訳がなかった。



「あ」
「よ!出水」

突然出水が立ち止まる。
出水の視線の先を見ると、向かいから水色の服を着た茶髪の男が歩いてきていた。

「迅さん、今日は本部に来てたんすね」
「うん。まぁ用事という用事があった訳じゃ無いんだけどね」
「じゃあなんで来たんすか」
「え、別に良くない?」
「どーせセクハラでもしに来たんでしょ」

冷ややかな目線を送る出水に釣られ、なまえも出水の背中にさっと隠れ微妙な顔で迅と呼ばれた男を見てしまう。

セクハラをするんだ、この人。

「ちょちょちょっと出水くん!?後ろの子が誤解するからそういうこと言うのやめてくんない!?」

焦りながら弁解しようとする迅に「弁解も何も事実でしょうよ」と呆れる出水。
その光景はさながらダメな兄としっかりした弟である。
なまえはそれを珍しそうに見ていた。
ボーダーは上下関係が厳しいのかと思っていたが、実際はそこまでではないらしい。


「で、その子はどこの子?見たことない顔だけど…」
「さっきネイバーに襲われそうになってたとこ保護したんすよ。これから検査っす」
「あぁ、今日の任務は太刀川隊だったのか」

出水からなまえに視線が向いて、初めて迅と目が合う。

「初めまして、実力派エリートの迅悠一です」
「あ、ええっと、みょうじなまえです」

ぺこりと頭を下げて、再度目を合わせる。
なんだか吸い込まれそうな瞳だ。
ジッと真剣に見つめられて、たじろぐなまえ。
…まるで何かを、探られているような。

「……意外とアクティブだな、みょうじちゃん」
「え」

「じゃあ迅さん、みょうじの帰りが遅くなっても困るんでもう行きますね。また今度」

じいぃ…と見つめ合うようになってしまっているのを出水がぶった切る。
迅が言った言葉の意味がよくわからず、なまえはポカンとした。
なんだろう今のは。
新しいセクハラだろうか。


「あぁ、またね。出水、みょうじちゃん」

迅がヒラヒラと手を振るのに振り返す。
出水くんはともかく、私はもう会うことは無いと思うんだけど……

出水が足を早めるので、なまえは余計なことを考えるのはやめて歩くのに集中した。










米屋はランク戦のロビーにいた。

本部に行けば誰かいると思ったのだが、今日は運悪く自分の相手をしてくれるような人物はいなかったようだ。頼みの緑川は補習だった。

もう帰ってしまおうか、そう考えた時、視界の端にひと組の男女を捉えた。
……なるほど、少しは楽しめそうだ。



「いつ彼女が出来たんだよ弾バカ!俺に何も言わないなんていい度胸じゃねぇか」
「ハッ!?バカお前!ふざけんな!ちげえよ」

後ろから肩を組んでやるとうわ!と想像以上のリアクションを取り、からかうとワタワタと否定する出水。
面白くてたまらない米屋はケタケタ笑う。


「………米屋くん?」

出水の横からひょっこり顔を出し、自分の名前を呼んだソプラノの声に反応する米屋。

「おぉ!みょうじじゃん!」
「やっぱり米屋くんだ!」
「お前いつから出水の彼女になったんだよ」
「かっ彼女じゃないよ!」

カアァとたちまち頬を赤くしたなまえに、お前ら似た者同士かよ…と急に白けた米屋であった。言わなきゃよかった。

「ていうかお前、みょうじだって知らずにからかったのかよ…」
「いや、出水が国近さん以外と一緒にいんの珍しいなーと思って」
「それで相手が那須さんとかだったら後が地味に怖えだろ」
「…やべ、気を付けよ」

もしみょうじが那須さんだったら、と想像しただけで身震いした米屋は心から出水の隣にいたのがなまえであってよかったと安心したのであった。からかう相手は慎重に選ばなければ。まだ冗談が通じそうな加古さんの方がましである。

「そーいやみょうじはどうして本部なんかにいんだ?」
「今更かよ…」

苦笑いをする出水。
そういえば出水が女と歩いているということに気を取られて1番気にすべきことを忘れていた。

「わたしがネイバーに襲われそうになってたところを出水くんが助けれくれたんだよ」
「へー、そりゃ災難だったな」
「出水くん、カッコよかったんだよ!光の弾みたいなのをビューン!ってして!」
「…相変わらず派手にやったんだな弾バカ」

皮肉を込めて言ったつもりだが出水にはそんなものは関係なかったようだ。
「当たり前だろ」などと得意げにしている。コイツ基本的にはマトモなんだけどなぁ。

そんな出水に対して恥ずかしげもなく「カッコよかった」などと興奮しつつべた褒めするみょうじもみょうじだ。呆れるしかない。

クラスは同じだが会話をするのはほぼ初めてに等しかった米屋となまえ。
にも関わらずこの出水への懐きよう。そして米屋自身へのフレンドリーな対応。
米屋はなまえとの距離感に若干戸惑いつつもポーカーフェイスを装った。
褒められすぎて照れている出水のことはもはや無視でいいだろう。

というか、こんなに出水のことをべた褒めしているみょうじという図が新鮮すぎるのである。
米屋の中でのなまえといえば、明るく、周りに好かれており何かといえば食べ物を話をしているというイメージでボーダーなど1ミリも縁が無いように見えていた。
そんな彼女が、ネイバーがどうだとか話している。
キラキラと瞳を輝かせ、出水の凄さを話す彼女の姿はボーダーに興味を持ったようにしか見えなかった。


「あー…、みょうじ、もしかしてボーダーに入隊すんの?」

何気なくそう尋ねた米屋に全く悪気は無かった。
しかし、その言葉によってピシリと固まった出水の反応に米屋は思った。「まずった」と。


「入隊……?」
ポカンとしてそう呟いたなまえにはもう米屋の言葉はばっちり届いていた。そりゃそうだ。彼女に尋ねたのだから。しかしやらかした。

ボーダーの活動は内密だ。
広報部から発信される情報以外のことが一般市民の耳に入るなんてあってはならない。
しかし、例外にネイバーに偶然襲われてしまった一般市民などはどうしても戦闘を目撃し、ネイバーの恐ろしさそしてボーダーの技術を目撃してしまう事になる。
そんな場合に秘密保護のため開発されたのがボーダーの中でも上位クラスの機密事項に当たる記憶処理である。
これはボーダーの秘密保護だけでなく襲われた市民の心の傷を守るためにある。
ネイバーに襲われた市民は、この記憶処理を受ける事になる。
素質や本人の希望があればボーダー隊員になることも多かれ少なかれあり、なまえの様子からそっちのパターンだと勘違いした米屋であったが、どうやら出水はみょうじに対してボーダー入隊という選択肢を与えるつもりはなかったようだ。


「いや、じょ、冗談!冗談だよ!なっ米屋」
「お、おう!そーだよ、みょうじみたいにヒョロっこいのがボーダーに入れるわけないしな!」

下手くそか。
お互いにそう思う出水と米屋である。
2人ともなまえと目を合わせようとしていない。
こんなんではバレるのも時間の問題ーーー


「……米屋くん、ヒョロっこいってなに!」

という事もなかったようだ。
そこかよ。というところで食いついたなまえに心の中でツッコミを入れたが、今回はなまえの独特な感受性に助けられた。
ヒョロっこいでむくれるってなんなんだ。

「ハハ、悪い悪い」
「もう!米屋くんって意外と意地悪だったんだね」
「みょうじはイメージとそのまんまだな」
「やったー!…反応これで合ってる?」

いまの貶されてた?と出水に訊くなまえ。
…仲良くなれそうだったんだけどなー。

これから記憶が無くなってしまうことを残念に思う米屋。
ふと出水の方をみてみると、芋虫を潰したかのような表情をしていた。
そんな顔すんなら無理矢理にでも入隊させちまえばよかったのに。バカだな。


「そろそろ行くぞみょうじ」
「うん。じゃあまた明日ね米屋くん!」


居たたまれなくなったのか、出水がなまえを急かす。



「…明日には忘れちまってるんだけどな」
「なにか言った?」
「いーや、なんでも」


ボソリと呟いた言葉を聞き返すなまえ。
しかしそれは叶わない。
慌てて出水が手を引き、2人はロビーから去って行った。



……ほんっと馬鹿だなあいつ。

遠ざかっていく出水の後ろ姿に、米屋は同情する他なかった。