実技試験[魔法]



 続いて魔法の実技試験。
 中等部での実技試験で披露ひろうする魔法の内容は、得意なものでも難しいものでもいい。魔法をどの程度で発動でき、魔力操作が安定しているかが重要だから、魔法の難易度は二の次である。
 とはいえ、高等部からは魔法の難易度も視野に入れられ、いかに高難度の魔法を自在に操れるかをかんがみて、階位の序列を決められる。

 私は、魔法の実技試験が一番不安だった。

 魔力操作は完璧だ。誰もが思いつかなかった、手に魔力を鋭くコーティングさせることで物を切る、という芸当を編み出す程だから。でも、私の魔法はどれも威力が強すぎる。小手先の魔法もあるけど、殺傷力が高い。
 しかも、私は既存きそんの魔法を使えない。――否、使えることは使えるのだが、既存のままで留まらず、進化してしまうのだ。

 例えば干渉魔法で【ファイアボール】を使うと、既存の赤色ではなく高温の青白い炎に変わる。これをそのまま撃ってしまうと、物質が融解ゆうかいしてしまうほど燃える。だから気軽にあつかえない。
 干渉魔法は万能的で最強だけど、加減が難しいのが難点。何故なら世界の法則――哲学用語では『世界式せかいしき』と呼ぶ――に直接繋がるから、必要以上の魔力を吸収されやすいのだ。

 いくら魔力操作を極めたとしても、世界式を直接操るのだから、危険性もある。
 もし間違ったイメージを世界式に与えてしまうと、それが実現されてしまう。
 キャンセルすれば、その分だけ魔力がうばわれて、魔力欠乏症けつぼうしょう――魔力が急激に消耗しょうもうし、人体の生命活動の能力をいちじるしく低下させるショック症状――になる恐れがある。

 おかげで毎回、どんな魔法にすればいいのかまよう。
 私は訓練場を使えないし、ほとんどの技が机上きじょうの空論のような想像の産物だから。


「花咲、話がある」

 現在は放課後。他の生徒は既に試験を終わらせているが、私は居残りで行うのが毎度のこと。
 荒又先生に呼ばれて、ようやくだ、と表情を固める。

 ちなみに普通の生徒が行う試験は、あいうえお順に一人ずつ呼ばれて、個室型の試験場で魔法を披露する流れだ。
 どうして広い訓練場で全員纏めて行わないのか。その理由は大会にあった。

 聖來魔法学園では月に一度行われる、魔法を用いて戦う大会がある。そのため手数を隠したい生徒が多い。そのため個別で試験することになっているのだ。
 行使できる魔法は一回のみ、一発勝負。練習も前日にしておかなければいけないし、緊張で失敗したら精神力が弱いと見做みなされて魔法成績がガクッと落ちる。

 私は人前で魔法を使えないせいで練習することができない。あらかじめにできるとすれば筆記試験の予習と、毎日欠かさずしている魔力操作による制御のみ。

 私は、他の生徒のように普通の流れで試験を受けられない。ただし放課後に、周りと同じ試験を行い、担当の試験官と戦う。そして、成績をマイナスに偽装してもらうのだ。
 中等部では荒俣先生がずっと担任だった。彼は魔法科の実技を担当しているから、毎回彼と戦って、毎回勝っている。中等部最後の試験なのだから、別の試験官と戦いたいのが本音だが、我儘は言えない。

 そんなこんなで荒俣先生に連れられて訓練場の一つに入る。

 訓練場は外にあり、規模は様々。
 今回の試験も、一番狭い直径五十メートルの訓練場を貸し切りで使うことになった。
 あらかじめ設置されている人型の的は、中等部で使っていたものとは違い、計測器のようなコードが付いている。そして、そのコードは訓練場の隅に置かれた机の上にある機械に繋がっている。

 魔法の威力や練度を計測する最新の装置。毎度のことながら、味気ない的だ。

「よし……じゃ、どんな魔法でもいい。やってくれ」

 荒俣先生は、私が壊しても直せることを知っているから遠慮なく言う。
 とはいえ、規模が大きすぎる魔法は訓練場そのものを破壊しそうで怖い。

 地系統の魔法なら、重力が一番扱いやすいけど、一瞬でペシャンコになってしまうから除外。かと言って火系統も破壊力がある。水系統は単純なものばかりから難易度は低いだろうし、風系統は攻防一体の魔法と物質を切断する魔法がある。派生系統の魔法である氷も雷も破壊力があるし、闇系統も強力すぎる。難易度の高い光系統の魔法も破壊力があるので却下。

 どれもこれも机上の空論だけど、威力は強そうなものばかり。
 ……仕方ない。火系統の魔法で行くか。

『〈結合ユニオン)〉』

 ひと呼吸で世界式に干渉すると、強い炎のイメージを膨らませ、右手を天にかかげる。
 すると、頭上で空気中の酸素が燃え上がり、青白い球体が生じた。
 人間の頭三個分の大きさに抑えているけれど、火力に関しては慣れ親しんだ強力なもの以下に抑えられなかったのは残念だ。

 しょうがない、と心中で呟き、鍵の呪文ふりキーワードがなである魔法名と共に右腕を振り下ろす。


『――【流星爆炎メテオブラスト】』


 少し硬質感のある声音で唱えた瞬間、青白い火球が、まるで流星群のように降る。速度もかなりのもので、れることなく人形に直撃。
 轟音ごうおんと地響きが辺りを支配し、砂埃すなぼこりが舞い上がる。
 後ろへ流れる髪を片手で押さえて、砂埃の奥に目をらす。

『――【突風ガスト】』

 世界式に干渉したままだったので、風を操って人形がある場所に立ち籠める煙と砂埃を払う。

 そこにある人形は――――壊れたという言葉が生易しく感じるほど、融解していた。
 更に表記するなら、一メートルほどの深さがあるクレーターの底に、それが転がっている。

 人形は鋼鉄のたぐいだから仕方ないけど、思わぬ破壊力に口端が引き攣って遠い目になってしまう。

「……選択、ミスったかも」

 まずは付与魔法で辺り一帯を強化するべきだった。いや、でもそれでは付与魔法が計測器に引っかかってしまう。……うん。これは仕方ない。

 深い溜息を吐いて、口をあんぐりと開けている荒俣先生に声をかける。

「荒俣先生、どうでした? ……荒俣先生ー?」
「……花咲。今回も使ったことのない技か?」
「そうですけど……駄目でした?」

 前世でファンタジー系の小説を好んで読んでいたから、その影響で想像力もやしなわれている。
 おかげでいろんな魔法を思いつけるけれど、いかんせん私は自由に訓練場を使えないから、思いついた魔法を実現することができない。
 今回はぶっつけ本番でやってみたのだが、やはり実験してから実戦に使いたい。
 失敗したかもしれない不安から訊ねると、荒俣先生は引き攣った顔を向けた。

「そうぽんぽんと技を思いつかれると、教師こっちの立つ瀬がないんだが……」
「だって私の数少ない楽しみですもん。干渉魔法っていろんな技を編み出せますから」

 私の楽しみを奪われると困る。そんな気持ちを込めて言えば、荒俣先生は嘆息した。

「結果だが、制御能力は学年の首席を超えているし、難易度も高いものだと」

 人形は壊れてしまったが、しっかり測定できたようだ。
 ほっと安堵すると、今度は広い訓練場で荒俣先生と戦うことになる。
 中等部最後の学年末試験も、いつものように終わると思っていた。

 ……けれど。


「な……何で兄さんがいるの?」


 どういうことか個室の試験場より大きな試験場に、私の兄――花咲魁がいた。



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