神童と対戦



 Aフィールドに入れば、対戦相手である少年が私を見据えた。

 柔らかくて繊細な金色の髪は太陽の光のように綺麗で、襟足えりあしが長い。髪の毛と同色の長い睫毛まつげに囲まれた瞳は、宝石のような銀色。色合いから冷たい印象をいだかせそうだけど、凛々しい目付きに綺麗な顔立ちで、どちらかと言うと神秘的な眉目秀麗びもくしゅうれいな印象を持たせる。
 高すぎない整った鼻梁びりょうに、やや薄い唇。肌は女性もうらやむ白さで、卵のような滑らかさがあると見ただけで判る。しっかりした体格に、夏目紀より高い長身痩躯そうく。それに見合う長い手足。
 外国人の色彩を持つのに日本人のような印象を感じるのは、彼がハーフだから。

 ジョット・レオネッティ。中等部の生徒会長。
 正義感が強く、困っている人を見過ごせないお節介せっかいな性格。優しく友達思いだが、敵対する者に対して容赦ようしゃない一面を持つらしい。
 恭佳の情報によれば、剣道と古武術と格闘技を習い、黒帯の資格を持つのだとか。

 イタリア人と日本人のハーフで、イタリア出身なのに日本の魔法学園にいる理由は、日本にあこがれていたからだそうだ。
 成績も常に1位。三つの属性を保有し、私の兄と同等の実力を持つから、中等部に編入して二年生の頃から生徒会長を務めている。

 属性は、各属性から派生属性を含めても一種類――シングル扱いされるのが一般常識。水は氷、風は雷、地ははがね、という派生属性でもシングル。
 けれどレオネッティは、火属性の他に光・闇といった対極属性の両方を持っている、滅多にいないトリプル保有者。
 得意とする魔法は、火属性に光属性、火属性に闇属性を掛け合わせた固有魔法。

 固有魔法は独自で編み出した既存きそんにない魔法で、編み出すのに一生をかける人が多い。
 レオネッティはそれを編入する前から編み出している。まさに神童と呼ぶべき才能の持ち主。
 とはいえ、私も生まれながらの固有魔法とは別の自分だけオンリーワンの魔法を作っているから、あまり感動しない。興味がある程度。
 同級生から下級生まで人気がある彼自身に興味が湧かないのは、きっと私と幼馴染だけだろう。

「一つ、いてもいいか?」

 緊張から強張こわばる肩を解すために軽く腕を伸ばしていると、レオネッティに声をかけられた。

「どうして今まで手を抜いていたんだ」

 彼の疑問は当然のものだ。けど、あまり言いたくない。

「何で言わないといけないの?」

 顔をしかめて拒絶すれば、レオネッティは軽く目をみはる。

「……俺が誰だか知らないのか?」
「生徒会長でしょう? それが何?」

 あっさり返せば、フィールド外にいる荒俣先生が「ブフッ」と吹いた。
 喉を鳴らして肩を震わせている。どこにツボったのか判らないんだけど。

「生徒会長でも赤の他人でしょう? 他人にプライバシーを侵害されるなんて嫌に決まってるし」

 形の良い細い眉を寄せたままバッサリ切り捨てれば、レオネッティは驚き顔になる。

「はーい先生。笑うのやめてくださーい」
「ぶぐふぅっ! ぼ、棒読みやめれ……ふぅ」

 盛大にせた荒俣先生は息を吐き出し、一瞬でいつもの表情に戻る。
 笑いすぎたのか若干涙目だけど。

「準備はいいな?」

 荒俣先生が訊ねてきて、私は静かに頷く。

「俺が勝てば、教えてくれないか?」
「……はあ?」

 しかしここで、レオネッティの発言に胡乱うろんな声を出してしまった。

「何で勝負を持ち出すの。意味不明なんだけど」
「学年3位の学力を持つ君が解らないのか」
「うわあー、嫌味が返ってきたー」

 ちょっとイラッとしてしまったせいで無気力な棒読みになる。
 そして荒俣先生、またしても「ブハッ」と笑い出す。

「ただの好奇心で知りたがる人じゃないって思ってたのに……」
「どうしてそうなるんだ」
「だってこびを売る女の子が嫌いでしょう?」

 ズバッと言えば、レオネッティは目を丸くする。
 うわぁ、こんな顔は初めて見た。レアだよ、レア。

「お、おい……花咲。お前、はっきり言いすぎ……」
「私だって近くにいるのに陰口言われるんですよ? それが黄色い悲鳴だと絶対逃げますよ、私」
「女を敵に回すことをサラッと言うなあっ……!」
「ていうかいつまで笑ってるんですか」

 少し腹が立ってきた。
 よーし、この鬱憤うっぷんを目の前の優男にぶつけよう。そうしよう。

 標的を定めていると、やっと落ち着きを取り戻した荒俣先生が私達の様子を確認し――


「始め!」


 試合開始の合図を告げた。

 素早い動きで特攻してくるレオネッティ。
 連続で打ち出される拳を僅かな動作でけて、テープラインからおよそ一メートルの地点で止まり、レオネッティが繰り出す蹴りを片腕で軽く往なす。
 その流れで足を掴もうとしたが、素早く距離を置いた。

 どうやら私が場外へ投げ飛ばそうとしているのだと察したようだ。
 嫌に鋭い彼に厄介だなぁと思いつつ、今度は私のターン

 掌打、アッパー、裏拳、突きを繰り出すが、彼は真剣な表情で見切って防ぐ。
 防いだ瞬間に返り討ちに合わないように注意を払いながら攻撃を仕掛けていく内にテープラインに近づく。
 足払いを仕掛けたいけど、レオネッティはすきがほとんどない。

 なら――

「――!?」

 円舞ワルツのようにするりと避けて背後に回る。
 レオネッティが裏拳で牽制けんせいしてくるが、その手を掴んで一気に天地投げを決める。

「はぁっ!」

 少し強引な投げ技になってしまったが、レオネッティはテープの外にはみ出る形で倒れた。

「そこまで! 勝者、花咲有珠!」

 荒俣先生が告げると張り詰めていた緊張の糸が緩んで、息を吐くとともに肩の力を抜く。
 しん、と静まり返った周囲に嫌気が差すが、とりあえず打ち付けた背中をさすっているレオネッティに右手を差し出す。

「立てる?」
「……ああ」

 いつもの柔らかな声をかければ、レオネッティは我に返って、私の手を取って立ち上がった。

 さて、恭佳と凪の所へ戻ろう。こんなギスギスした空気の中にいるより、幼馴染との何気ない会話でいやされたい。
 そんな心境できびすを返すが、何故なぜかレオネッティに手を握られたまま。

「……放して」

 警戒する時の、硬く刺々しい声音。
 眉を寄せて睨むが、レオネッティは構わず口を開く。

「君は、花咲かい先輩の妹で間違いないか?」

 疑問形だが確信を持った発言に、思考がフリーズ。
 固まってしまうという図星の反応を表に出してしまった。

「え、嘘。花咲先輩の妹……!?」
「似ていないわ……」

 ざわめきの中には私を貶す言葉もある。
 思わず顔をしかめてしまい、レオネッティの手を手刀で叩き落す。

「気安く詮索せんさくしないで。迷惑だ」

 鋭く突き放す言葉を吐き捨て、今度こそ踵を返す。
 早く幼馴染の許へ行こうとしたが、Aフィールドで実技試験は終了したようで、代表の試験官である教師が「各組に整列してくれ」と指示を出して、思わず盛大な溜息を吐いてしまった。



◇  ◆  ◇  ◆




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