兄さんの素早い攻撃を迎え入れ、流れに乗って棍を操る。攻撃パターンは知悉しているから呼吸するように往なす。目に留まらぬ速さに体がついて行けるのは、付与魔法の【身体強化】で慣れてしまったからだろう。
兄さんは私が【身体強化】をしていないと気付いている。攻撃の手が激しくなる前に、私は頭の中を空っぽ……とまではいかないが、風や海が凪ぐような感覚に自らを支配する。
一種のトランス状態で、直感的に選んだ攻撃――干渉魔法を行使。
――〈
世界式に干渉して作り出した三センチほどの水の弾丸を放つ。
その数、五発。
目を見張った兄さんは一度距離を置く。その隙に無詠唱で【
人差し指と中指を揃えた刀印の先端から縄のような水を伸ばすと、鞭のように
兄さんがいる場所へ叩きつければ、咄嗟だったのだろう。すぐさま飛び退いた。
兄さんの判断は正解だ。この【流水鞭刃】を受けた地面は、切り傷のような深い
『――【餓鬼道】!』
兄さんは瞬時にトランス状態をやめて、私の能力を下げる技を使った。
【流水鞭刃】の勢いが弱まったことに気付いて、すぐさま魔法を解除。
『【畜生道】』
その隙を
幻覚だと思いたいけど、闇魔法で生み出せる実態のある影と、闇の派生属性の幻属性を掛け合わせた実体のある幻覚――有幻覚だ。
『――【フィーネ】』
魔法が弱まった時点でこれを発動されると厄介だ。すぐさま干渉魔法を自身にかけた。
干渉魔法の技の一つ【フィーネ】は、魔法を強制終了させる。相手に干渉すれば、その魔法を強制的に掻き消せる。けれど領域支配系の魔法なら空間に、精神支配系の魔法なら自分自身に掛ければ解除できるから、とても便利なのだ。
『〈
棍を消すと日本刀で有名な打刀を作り、ここで初めて付与魔法を使う。
一気に踏み込んで、残像も残すことなく大蛇に向かい――
――
太い胴体を斬り裂く。
そのまま兄さんに接近して、
しかし、スカッとすり抜けた。
「うわっ、やばっ」
しまった。これは【地獄道】だ。
大蛇を
急いでその場から飛び退くが、兄さんの姿があちらこちらに出現する。
どれもこれも実体と同じ気配と魔力の感覚がある。知覚まで完全に支配されてしまったようだ。
兄さんの姿を形作った幻覚で、周囲を固められてしまった。
しかし私としては、この時を待っていた。
自然と、口端がつり上がる。
『〈
空間を支配する兄さんの魔法に干渉して――
『【ルバート】!』
相手の魔法の支配権を奪う技を、使った。
分身が消えて、兄さんの姿が現れる。
「――見ぃつけた」
しまった、と言わんばかりの顔で目を見開く兄さん。その驚き顔をもっと変えたくて、地面から幾本もの火柱を出現させる。
「なっ……ッ!?」
火山が噴火したように立ち昇る火柱。兄さんの知覚まで支配し返したから、きっと熱気を感じているだろう。
パチンッと指を鳴らせば、火柱は一瞬で凍り付いて氷柱へ変わる。その氷柱は、兄さんの周囲を固めていた。
「チェックメイト」
ニコリと笑い、勝利を
逆転された兄さんは
「また負けてしまったか……。それにしても、火柱に氷柱か。ここまでリアリティーのある幻覚は思いつかなかったな。勉強になったよ」
「私も久しぶりのバトル、楽しかったよ」
心からの無邪気な笑顔で感想を言えば、兄さんも明るく笑った。
「さて、荒俣
……そういえば、これは実技試験だった。
遠慮なくやっちゃったなぁ、と気まずさを振り切って荒俣先生を見ると、彼はあんぐり開けていた。
「荒俣先生、大丈夫ですか?」
「…………! あ、あぁ……」
一応、私も声をかければ、荒俣先生はぎこちなく頷く。
「花咲妹……お前、そんなに強かったのか?」
「有珠は最強だ。簡単に負けてくれないと、来るときに言ったはずだが」
「いやいやいやいや、それだけじゃぁわかんねーよ。つーかこれどーするよ。偽装するにも難しすぎるだろ」
あー、と私は思い出して遠い目になる。
私の無魔法を隠すために、成績を偽装しないといけない。
偽装する側はとても大変だ。そんな荒俣先生に、兄さんが普通に言った。
「いつも通りでいいから、大丈夫だ」
「……そうか」
納得いかないという顔は、きっと私の実力を隠しすぎるのは避けたいという気持ちの表れ。
本当にいい先生だなぁ、としみじみ思いながら、私の実技試験は終わった。