義姉の悩み



 中等部で最後の試験が終わって休日を迎えた。
 試験が終わってほっと安心して、ルームメイトの凪と一緒に今後についての話をしていた時、学園独自のデバイスから電子メールの着信音が聞こえた。
 話を中断して、画面に映っている二通のメールを読む。二通とも似たような内容で、とりあえず一通目の送り主と会うことになった。

 そして――

「……ねえ、凪。ちょっと頼みがあるんだけど――」



「有珠ぅー!」

 学園都市には大きな公園がいくつもある。その中で大学院の女子寮に近い公園で待ち合わせをしていると、久しぶりに会う女性が急ぎ足で来た。

 背中まである黒髪をポニーテールに結い上げ、大きく凛とした青い瞳に似合う銀縁の眼鏡をつけた、知的で優美な女性。体型も立派で、モデルと言うよりグラビアアイドルと言っていい魅惑的みわくてきな肉付きをしている。
 十年前に出会い、幼馴染になり、そして彼女が中等部二年生の頃に兄さんと恋人になった……。

「杏奈姉さん、久しぶり!」

 聖ヶ丘杏奈。国立聖來魔法学園の理事長の娘で、私と同じく稀有けうな無属性の保持者。
 今日は杏奈姉さんの要望で眼鏡を外して、髪型を銀の髪留めでハーフアップに固定している。それに合わせて服も春物にしてみた。

 長袖の袖口そでぐちがギャザーになっていて、前から後ろまでレースを使ってフェミニンに仕上げた白いトップス。ポリエステルで作られた重ね着用の、青と水色の菱形模様ひしがたもよう入りのキャミソールワンピース。ブーツカットの薄紺色のジーパン。グレーのデッキシューズモカシン
 アクセサリーはそんなに持っていないけど、杏奈姉さんがくれたアメジストの石を中心にめ込んだ十字架のネックレスは、彼女と出かける時に毎回着けている。

 杏奈姉さんは、七分袖がフレアになっている淡い青色のカットソーに、白いデニムパンツと、低めのヒール付きのブーティを組み合わせていた。アクセサリーは、私がプレゼントした青いサファイアを嵌め込んだ楕円形だえんけいのロケット。
 このロケットは、杏奈姉さんが兄さんとの思い出の写真を込められるようにと、付き合うことができたお祝いとして贈ったのだ。

 クールビューティーだけど爽やかに着こなしている杏奈姉さんに、思わず歓声を上げてしまう。

「綺麗! 知的美人!」
「有珠も綺麗だよ! さすが私の女神様♪」

 いつものように恥ずかしげもなく言った台詞に、気恥ずかしさを誤魔化ごまかすようにはにかむ。

「本当に久しぶり。杏奈姉さん、今日はどこまで行くの?」
「中央区まで。ルノワールで期間限定のケーキとジュースがあるって友達から聞いて、有珠と行きたくて」

 ルノワールは、この世界で一番有名なお菓子企業の名前だ。黒猫の刻印こくいんが付いているものは、全部ルノワールというブランドのお菓子である証拠。

 この学園では一般的に高価なお菓子でも、学園のポイントを使えば通常より手軽に購入できる。ホールケーキは高いけど、ショートケーキなら3ポイントを消費するだけ。
 今回は現金じゃなくてポイントで払おうと決めて、杏奈姉さんと出発した。



 学園都市の中央区の片隅に二階建ての巨大なケーキ屋がある。
 アンティークな雰囲気が可愛くて、普段の私では訪れることすらはばかられる外観。それがケーキ屋ルノワールの特徴だ。
 中に入ってすぐの所に設置されたショーウィンドウとメニュー表から、期間限定のケーキとジュースを吟味ぎんみして買う。

 私が選んだものは、桜葉シロップを加えたクリームとさくらんぼのピューレを使用したケーキ。そして、サクラフラペチーノという桜葉シロップを使用したフラペチーノ。
 杏奈姉さんは、さくらんぼの風味がするクリームで作ったモンブランと、サクラフラペチーノ。

 二階の奥の席に座って、ケーキを食べる。

「すごーい、美味しい! 杏奈姉さん、一口どう?」
「いいの? じゃあ、有珠も。……うわ、これもうまっ」

 目を輝かせて一口ずつ貰い合って、フラペチーノと一緒に食べると凄く幸せな気分になる。期間限定のものだから、余計に季節を感じさせられる。
 こんなに美味なものを生み出すルノワールは凄い。その情報を貰って一緒に連れて行ってくれる杏奈姉さんも凄いけど。

「ご馳走様ちそうさま。すっごく美味しかったね」

 杏奈姉さんがフラペチーノを飲み干して笑顔で言った。
 私は「うん」と笑顔で頷いた後……少し真剣な顔に変える。

「気を悪くさせたらごめんね。兄さんと何かあった?」

 杏奈姉さんは遊びにさそってくれる時、必ず一週間前に連絡を入れる。けれど、連絡は昨日のことだった。送られたメールには『今日か明日に会える?』とあったから、何かあると思ったのだ。
 心配になって訊ねると、杏奈姉さんは目を丸くし、苦笑いを漏らした。

「ハハハ……やっぱり有珠には判っちゃうか」
「何だか、いつもと違う気がして……」

 少し控えめに言えば、杏奈姉さんは切なげに微笑んだ。
 いつもの知的だったり明るかったりする笑顔ではない、恋に悩む女の子の表情かお

「私って心がせまいんだなぁって、自己嫌悪になっちゃったんだ」
「え。……どうして?」

 彼女が自分から心が狭いと言うなんて初めて聞いた。
 どうしたのか心配になって訊ねると、杏奈姉さんはぽつぽつと話し出す。

「この前、魁が告白されているところを見かけたんだ。……『恋人がいるから』って断ったところも見た。でも、それが引っかかってモヤモヤして……。相手は私より可愛い子だったから、余計に不安になっちゃって…………私、心狭いよね」

 恋愛という感情は、ままならないもののようだ。
 相手を想いすぎて、自分の首を絞めてしまう。そんな感情で一喜一憂する。


 ――恋い焦がれて苦しんで、それでも相手を愛しいと想う。


 そんな杏奈姉さんがうらやましいほどまぶしくて、とても美しいと感じた。



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