蓮華のような



「やっぱり、杏奈姉さんは綺麗だね」
「…………へ?」

 悲しそうな目を伏せていた杏奈姉さんは、私の言葉で目を丸くする。

「だって、嫉妬しっとするくらい兄さんが好きってことでしょう?」
「バっ……ちょっ! そんなストレートに……!」
「ここはストレートに言わないと伝わらないものだよ」

 杏奈姉さんが赤面して言葉を詰まらせる。その初々しい姿にクスクスと笑って、まなじりを下げる。

「嫉妬って、行き過ぎると怖くて大変だけど、好きな人を一途いちずに思うからこそなってしまうものなんだって、私は思うの。嫉妬に駆られて相手を傷つける人だっているでしょう? でも、杏奈姉さんは自分をおさえて、自分の心に自己嫌悪しちゃって、苦しくても兄さんを想っている。それってすごく綺麗で素敵なことだよ」
「綺麗で……素敵?」
「うん。自分の気持ちをみにくいって決めつけて恋愛をやめちゃう人もいるらしいんだけど、杏奈姉さんは自分の気持ちに向き合って、兄さんを好きな気持ちを捨てていない」

 感じたことを言えば、一瞬怪訝けげんな顔をした杏奈姉さんは息を詰める。
 私の言葉に思い当たるところを感じたようだ。

「恋って、蓮華れんげみたいだよね」
「……蓮華?」
「うん。蓮華って、どろの中から咲くでしょう? 泥を狂気と見立てて、桃色の蓮華は恋愛と見立ててみて。泥という狂気の中でも、負けることなく真っ直ぐ伸びて、恋という綺麗な花を咲かせる。……ね? ピッタリだと思わない?」

 例をげると、確かに……と杏奈姉さんは呟く。

「蓮華と同じように、杏奈姉さんは嫉妬という狂気に負けない恋心を持っている。でも、杏奈姉さんは相手を傷付けないけど、自分の心を傷付けている。このままじゃあれちゃうよ」
「……じゃあ、どうすればいいのさ」

 つらそうに眉を寄せる杏奈姉さんに、私は人差し指を立てる。

「簡単だよ。心からの気持ちを兄さんに伝えればいいの」

 にこりと笑って言えば、杏奈姉さんは眉を下げる。

「でも……重いって思われたら?」

 確かに女性が重いと男性は逃げていくというパターンが多い。
 杏奈姉さんは自分の気持ちが重いものだと感じているようで、さらけ出すことを怖がっている。
 私もその気持ちは解る。けど、兄さんはその例に該当がいとうしないと断言できた。

「ここだけの話。昨日、兄さんに相談されたんだよ。内容は、杏奈姉さんのこと」
「……私の?」

 興味を持つ杏奈姉さん。遠くで感じ慣れた魔力の気配が揺れ動いたけど、構わず話す。

「いつもそばにいて支えてくれて嬉しいけど、杏奈姉さんの我儘わがままをあまり聞いたことがないって。もっと頼って欲しいのに、杏奈姉さんは遠慮するって。自分はそんなに頼りないのかって、思いなやんでいたよ」

 教えると、杏奈姉さんは息を呑んで瞠目する。
 すれ違ってばかりだと、いずれ破局する。苦しんで後悔する二人を見るのは嫌だ。

「嫉妬してもいいの。我儘を言ってもいいの。でも、我慢したら駄目。我慢し過ぎると心が壊れちゃうから」

 諭すように言い聞かせれば、杏奈姉さんは青い瞳に涙の膜を浮かべる。
 溢れそうになる涙をこぼさないように目に力を入れて、グッと耐えてしまう。

「……でも、どうすれば……」
「そのために私がいるんだよ」

 穏やかに微笑み、階段の角へ目を向ける。

「ね? 二人揃って不安にならなくてもいいんだよ、兄さん」
「……え?」

 そして、陰に隠れていた兄さんが出てくる。その後ろにいるのは、恭佳と凪。
 ラフな私服姿の兄さんは格好いい。でも、今はちょっと悲しそうでさびしそうな感情を秘めた真剣な顔をしていた。

 私の視線に気付いた杏奈姉さんが振り向くと、ガタッと勢い良く立ち上がって後退る。

「なっ!? えっ!?」
「ごめんね、黙ってて。……兄さん、後は頑張ってね」
「……ああ。ありがとう、有珠」

 礼を言った兄さんは混乱している杏奈姉さんの手を掴んで階段を下りて、店から出ていく。二階から見送った私はほっと安心して、協力してくれた恭佳と凪に笑いかけた。

「ありがとう。二人のおかげで助かったよ」

 土曜日に兄さんと会った時、今日のことを計画したのだ。
 一通目は兄さんから、二通目は杏奈姉さんからの電子メールが始まりだった。
 先に兄さんに会って、彼の悩みと気持ちをたくさん聞いて、今日の予定を利用して和解させようというシナリオを思いつき、凪に協力してもらってここまで来たのだ。
 兄さん一人だけだとストーカーみたいになっちゃうから、凪を傍につけた。

 ちなみに恭佳にも話したら参加した。あの二人の恋路の見守り隊の一員だからね。

「どういたしまして、です」
「それにしても、よくあそこまで言えたわね」

 恭佳の感心を込めた言葉で、私が話した恋心のことだと理解した。

「いろんな本を読んでいると何となく分かってきて」
「さすがね。じゃあ、今回のお礼はここの限定ケーキとフラペチーノね」
「了解。凪も好きなもの頼んでいいから」
「え、ですが……」

 私に何かをおごってもらうことに躊躇ちゅうちょする凪。
 彼女の有珠至上主義は理解しているけど、私もゆずれない。

「これは私の感謝の気持ちだから。受け取ってくれる?」
「……そういうことでしたら、お言葉に甘えます」

 笑顔で言えば、凪は苦笑してうなずいてくれた。
 兄さんと、義姉になる杏奈姉さんの未来のためなら20ポイントなんて安いもの。
 二人の幸せを祈って、恭佳と凪と一緒にケーキを選びに行った。



◇  ◆  ◇  ◆




14 / 45
prev | Top | Home | | next