頼もしい親友



 二日目は、係員や委員会を決めるホームルーム、健康診断、学生証の更新。
 三日目は、三教科の学力考査、身体測定。
 私は無難に黒板消し係。黒板はかなり大きいから、デッキブラシのような柄をつけた黒板消しを使って消さなければいけない。授業がある五日間の内に二回は当番があるのだが、水曜日を選ぶ人は水曜日だけで済む。

 ということで、私は水曜日の当番になった。

「沙織ちゃん。明日から試験だけど、沙織ちゃんって、試験に強い?」
「うーん……。勉強は得意だけど、実技は平均基準値が判んないから、微妙かも」

 黒板消し係は、黒板の広さもあって三人で綺麗にすることになっている。
 西園寺沙織は同じ黒板消し係の女子生徒と和気藹々わきあいあいと消していく。
 私のことは放っておいてくれているからありがたい。

「花咲さん」

 ……そう、思っていたのになぁ。

「明日って魔法の筆記試験と実技試験だけど、花咲さんは自信ある?」

 不安そうに訊ねる西園寺沙織。

 彼女の言う通り、明日は魔法の学力考査がある。筆記は勿論もちろんのこと、実技もある。
 自信がないから、同じように自信がない人と支え合いたい。その気持ちは解らなくもないけど、私にその話を振らないで欲しい。
 というか、私の名前を知っているなんて驚いた。地味な私に興味きょうみを持たない人が多いのに。

「あの……沙織ちゃん。花咲さんは……」

 控えめに声をかける、同じく水曜日に黒板消し係を選んだ女子生徒。

 ゆるふわウェーブが毛先にかかった背中まである明るい茶色の髪に、長い睫毛まつげに囲まれた大きな茶色の瞳。目鼻立ちもはっきりして、まぶたも二重。唇はうるおったピンク色。私より低めの身長で、小動物を連想させるほど可憐な美少女。

 柊原くぬぎばる華那かな。去年もクラスメートだったから、私のことを知っているのだろう。

 言いづらそうに口籠くちごもる柊原華那の心境を察して、私は目をらして正直に答えた。

「筆記は得意だから平気」
「実技は?」
「ノーコメント」

 軽く受け流して黒板消しを終わらせて、手についたチョークの粉を払う。

「花咲さん、実技には出ないよ」

 早く恭佳と凪と合流しようと近くに置いているかばんを拾ったとき、クラスメートの女子生徒がいやな笑みを浮かべて近づいてきた。
 一人ではない。三人もいる。優等生っぽい子と、派手な子と、ぽっちゃり系な子。
 なんて言うか、個性があるなぁ。

「そーそー。実技の授業も見学ばかりだから、本当はできないんじゃない?」
「ねえ。どーして魔法を使わないのに学園にいるのさ」

 厭味いやみったらしく嘲笑あざわらう三人が気持ち悪い。西園寺沙織も顔をしかめるほどなのに気付かない。
 なんて幼稚ようちなのだろうか、と思っていると。

「有珠の足元にもおよばないくせに、いきがってんじゃないわよ」

 恭佳の声が聞こえた。
 不愉快ふゆかいそうに顔を歪めて振り向いた三人は、現れた恭佳と凪を見て強張こわばる。

 恭佳は出世クラスで、実技成績と魔法成績ではトップクラス成績を収めている。しかも中等部で歴代最強の風紀委員長だった。きっと高等部でも風紀委員会に所属するだろう。

 凪も恭佳に次ぐ実力者でトップクラスの成績優秀者。しかも、中等部で生徒会長を務めた男子生徒――ジョット・レオネッティと同じく三属性トリプル保有者で、固有魔法を編み出している。

 彼女達の怒りを買った人の末路は、悲惨ひさんなものだとうわさされるほど恐ろしいらしい。
 後ろ足を引く三人組に、凪は冷ややかに告げる。

「有珠さんの学力成績は3位、武術の実技試験と魔法の筆記試験では堂々の1位。本来ならT組に入ってもいいですのに……」
「そんな有珠に勝てない貴女達は何なの? イヤミばかり言うしかのうがないのかしら」

 恭佳も冷徹れいてつに見下す眼差しを向けて言いつのる。
 そんな二人に反感を持った一人が食いつく。

「なっ、何よ、えらそうに! 魔法学園なのに、魔法の実技に出ていないくせにU組なんておかしいでしょ!」
「そうかしら? 言っておくけど、有珠は私よりずっと強いわよ。彼女のお兄様よりも、ね」

 自慢じまんげに嘲笑ちょうしょうする恭佳の発言で、教室内がざわめく。

 嗚呼ああ……これは厄介やっかいなことになりそうだ。
 胸中ではそんなことをつぶやくが、心は私をかばってくれる二人の思いが嬉しくて、頬がゆるみそうになる。でも、状況が状況なので苦笑に変える。

「恭佳、凪。ムキにならなくていいから」
「……有珠さんは腹が立たないのですか? こんな不快ふかい方々かたがたに馬鹿にされて」
「ちょっとね。でも、幼稚な戯言ざれごとなんて、いちいち気にしてたらキリがないでしょう?」

 正論を言うけれど、凪は不満げに目をわらせる。
 かなり不機嫌そうなので、もう少し言っておこう。

「それに、私には恭佳と凪達がいる。私を理解してくれる人がいるから頑張れるんだよ」

 みんながいるから頑張れる。
 みんなの存在があるから、私は笑っていられる。

「私のために怒ってくれてありがとう」

 笑顔で感謝の気持ちを伝えれば、二人は頬を赤く染めて視線を逸らした。

「……当然よ。それより、早く行きましょう」
「弟さんとの約束があります。彼も待っていますよ」
「あ、うん」

 私の手を取った恭佳が引っ張るように教室から連れ出そうとする。
 私は抵抗せずに教室から出て、恭佳は委員会の仕事があるから階段のところで別れ、凪と一緒に高等部の女子寮へ戻った。

 教室から出るとき、私の背中を最後までにらみつける視線に、嫌な予感を覚えながら。



◇  ◆  ◇  ◆




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