弟の進級祝い



 高等部寮は中等部寮とほぼ同じ内装で、同じ生活システムになっている。
 学園の寮は男女で分けられているが、初等部、中等部、高等部、大学院で区切られ、進級するごとに一階ずつ移動する。

 初等部は、二階は一年生・二年生の部屋、三階は三年生・四年生の部屋、四階は五年生・六年生の部屋、屋上は空中庭園。

 中等部と高等部は、二階は一年生、三階は二年生、四階は三年生、屋上は空中庭園と三年生限定で利用できる露天ろてん風呂。

 大学院は、二階は一回生、三階は二回生、四階は三回生、五階は四回生、屋上は空中庭園と四回生限定で利用できる露天風呂。

 これらは一般的な生徒が居住する寮。当然、特別措置そちを置かれる寮もある。
 一般の各寮で共通するところは、一階はロビー・食堂・購買・大浴場になっていること。そしてLDKが揃ったアパートマンションのような一つの部屋を二人で使うこと。

 入ってすぐにリビング兼用ダイニング。右側にある寝室は二人用。左側には、トイレ、脱衣場、浴槽なしのシャワールーム。左右真ん中ともに広さは十畳、計三十畳。
 リビングの内装は、テレビ、ソファー、絨毯じゅうたん、低いテーブル、奥に簡易キッチン、冷蔵庫、電子レンジ、トースターなどの家電製品も完備かんびされている。
 寝室の内装は、シングルより広いベッドは窓側の両脇にあり、手前の両脇にそれぞれの勉強机と五段の本棚。クローゼットは入口側の両脇に一角ずつ。持参じさんしたノートパソコンをネットに繋げる回線が両脇の二ヶ所にあるため、外界と繋がることができる。


 意外と贅沢ぜいたくな二人部屋の寝室に入り、クローゼットの中にある箪笥から私服を出す。
 清楚な私服――キャミソールワンピース、フレアスリーブの白いカットソー、ジーパン――に着替えて、髪型をシルバーの髪留めでハーフアップに変えた。

 これから大切な家族に会うのだから、多少のお洒落しゃれはしたい。

 身嗜みだしなみを整え終わったら、クローゼットの中からバスケットを引っ張り出して、冷蔵庫に入れているお菓子を入れる。
 実は昨日の放課後に、寮の一階にある大食堂の厨房ちゅうぼうでお菓子の材料――一点につき、1ポイント消費――を貰って、様々なお菓子を作ったのだ。

 バニラ味・ココア味・紅茶味のクッキー。カップケーキ型の、ガトーショコラと紅茶・抹茶シフォンケーキ。どれも一口サイズだからたくさん作れて、バスケットにぎっしり詰め込めた。それでもまだ余っているので、私と凪で夕飯のデザートとして食べることにした。
 勿論、恭佳にもお裾分すそわけするつもり。

「喜んでくれるかなぁ?」
「絶対喜びます。弟さんもシスコンですから。大好きなお姉様の手作りお菓子なら、きっと大声を上げますよ」
「あははっ。大声はちょっと大袈裟おおげさだよ」

 お気に入りの紅茶を水筒に注ぎ入れながら笑う私に「本当に自信がないですね」と呆れる凪。それでも笑っているから、心底ではないのだろう。
 凪はお気に入りのシフォンケーキをとって、まずは抹茶味を食べた。

「ん……やっぱり美味しいです。この抹茶味、緑茶に合いそう」
「でしょう? じゃあ、行ってくるね。恭佳の分はお願いするね」
「お任せください。いってらっしゃいませ」

 軽くお辞儀じぎする凪に手を振って、ブルーグレーのデッキシューズをいて出かけた。



 高等部寮と中等部寮の間にある第三公園に到着する。
 時刻は三時前。約束の時間まで、あと五分くらい。
 いい時間に着いたと思ったとき、後ろから声がかかった。

「姉さん!」
「あっ、健斗けんと!」

 変声期前のボーイソプラノの声の主に振り向けば、私と同じくお洒落な春服を着た美少年が走ってきた。
 うなじを隠すほどの髪は、雪のように真っ白。利発りはつそうな金色の瞳。おさなさを残した顔立ちは可愛くて、同時に格好良さもあわせ持つ。これが世間で言うかっこかわいい系なのだろう。
 身長は私より四センチ低い。けれど成長期なので、あと少しで追い抜くだろう。体型もモデルのようにスリムだけど、美貌はモデル以上。全体的に見ても、俳優はいゆうに負けないと思う。

 誰もが認める絶世の美少年。それが、私の弟・花咲健斗。

 喜色満面の笑顔で駆け寄った健斗は、私に勢い良く抱きついてきた。

「わっ……っと。久しぶり」
「うん、久しぶり!」

 とても嬉しそうに笑う健斗の笑顔を見ると、つられて笑顔になる。
 やっぱり健斗の笑顔にはいやされるなぁ。

「来てくれてありがとう」
「姉さんからさそってくれるなんて珍しいからね。今日はどうしたの?」

 やっと気持ちが落ち着いたようで私から離れた健斗。
 不思議そうだけど嬉しそうな表情は本当に可愛いと内心でもだえながら、バスケットを見せる。

「中等部に上がったお祝いしたくて」
「えっ! まさか……!」

 息を呑んだ健斗はバスケットを受け取り、ふたを開ける。
 中に入っているたくさんのお菓子に、健斗は瞳を輝かせて大声を上げた。

「うわあ! すごい! 久々の姉さんのお菓子だ!」
「喜んでくれて良かった」

 凪の言うとおり、本当に大声を上げて喜んでくれた。
 嬉しくて軽やかに笑うと、健斗は私の手を引っ張る。

「これ、一緒に食べるんだよね? 早く行こう」
「ん。食べきれなかったら、健斗の友達にも分けていいよ」
「やだ。姉さんのお菓子は僕のもの」

 うわー……可愛いー……。もう、私もブラコンでもいいとさえ思ってしまうほど。

 でも、最近の健斗は『可愛い』という言葉に顔をしかめるようになったから心の中で連呼れんこする。



18 / 45
prev | Top | Home | | next