お茶会中断の原因



「……ありがとう」
「ん。落ち着いた?」

 お礼を言った健斗はぎこちなく頷いて、服にしがみついていた手を名残惜しそうに放した。
 ほっと一息つき、テーブルの上に置いている鞄の中からポケットティッシュを出して渡した。
 受け取った健斗は鼻をかみ、にへら、と笑う。

「やっぱり姉さんは女神様だ」
「……健斗まで何言ってんの」
「だってそうだよ。誰かの心を救ってくれるなんて、滅多にできないことだから。ほんとに……姉さんが僕の姉さんで良かった」

 目元が赤いままだけど、笑って言ってくれた健斗の思いが嬉しくて、私もはにかむ。

「ありがとう。私も健斗が弟で良かった」

 笑顔で言うと健斗は照れ顔ではにかみ、強く頷いた。

 ふと、ここであることを思い出す。
 それは、趣味の小説の執筆をしていた時に得た知識。
 少し恥ずかしいけど、健斗に元気が出るならやってみよう。

 勇気を出して、健斗の前髪をそっと上げて、ひたいに唇を寄せた。

「……っ!? ね、ねねっ、姉さん……っ!?」
「おまじない。額にすると、『祝福』と『友情』の意味があるんだって。だから、健斗のこれからを祈ってやってみたけど……駄目だった?」
「だっ…………駄目じゃ、ない……」

 ボッと顔を赤くした健斗がうつむいて言う。
 良かった、不快な思いをしなくて。書物では、思春期の男の子はこういうことを嫌うって書いてあるから、健斗まで嫌がられたらと思うとショックだから。
 ほっと安堵した私は、恥ずかしそうに俯いている彼の頭を撫でた。

「さて。お茶会の続きする? それとも帰って休む?」
「……つ……続けるよ。だって姉さんと会えるの、たまにしかないんだから」

 本当に健斗は嬉しいことを言ってくれる。

 私は頬を緩めて頷き、向かい側にある紙コップと紙皿を寄せた。
 向かい側に座った方がいいのだろうけど、健斗の心身を癒したいから、今はそばにいよう。

「花咲さん……?」

 冷たくなってしまった少ない紅茶を飲み干して注ぎ足したとき、この場にいないはずの少女の声が聞こえた。
 メゾソプラノに近い日溜ひだまりのような温もりのあるソプラノの声は……一人だけ、知っている。

 ぎこちなく顔を向けると、西園寺沙織がいた。
 彼女の傍には、ジョット・レオネッティ。そして、見知らぬ少年。

 色素の薄いアッシュブラウンの髪は柔らかそう。アーモンド型の目は琥珀色こはくいろ。柔らかく弧をえがいた眉に高めの鼻と、若干厚めな唇の形も相俟あいまって、人懐っこいような印象を持たせる。それでいてレオネッティより少し背が高い。

 ……あ。確か進級式で代表の挨拶あいさつをしていた、元生徒会長の加賀美かがみせん
 高等部三年生で、去年まで生徒会長だった。なのに私達が進級すると、レオネッティに生徒会長の座をゆずり渡し、書記になったらしい。

 何で生徒会の二人といるのさ。こんな時に出くわすなんてついてない。

「姉さん、知り合い?」
「……クラスメート。ほら、うわさの編入生」

 教えると、あぁ、と相槌を打つ健斗。そして何を思ったのか、健斗は彼等に訊ねる。

「先輩。いつからいました?」
「……健斗君が泣き止んだところかな」

 加賀美仙の答えに、さっきの行動の一部始終を見られたのだと理解した。

 うわあぁぁ。見られていたなんて……恥ずかしい。消えたい。
 口元が引き攣った私は両手で顔を隠す。きっと顔が赤くなっているよ、これ。

「それより、そのお菓子はどうしたんだい?」
「……姉さんが進級祝いに作ってくれました」
「え! それ、花咲さんの手作り? すごーい!」

 健斗の紙皿の上にあるクッキーや一口サイズのカップケーキを見て訊ねた加賀美仙に健斗が答えると、西園寺沙織が瞳を輝かせて歓声を上げる。

「花咲君。一つ貰っても」
「嫌です。これは僕のために作ってくれたものですから」

 健斗は興味津々きょうみしんしんな西園寺沙織の言葉をさえぎるように拒絶した。
 言葉自体は嬉しいけど、なんだか刺々しい言い方だ。

「それにしても、初対面なのに馴れ馴れしいですね。僕はそういう人、苦手なので」

 健斗がここまで冷たい声で拒絶するなんて初めて見る。
 驚く私と、ショックを受ける西園寺沙織。
 健斗の態度を見たレオネッティは、意外そうに目をみはった。

「紀と同じで警戒心が強いんだな」
「夏目先輩と同じだなんて心外です。それに彼女は姉さんを傷つけそうですから」

 健斗は馴れ馴れしい人を警戒している。それは私に気安く関わることで、周りが便乗びんじょうして私に悪意をぶつけかねないからだ。
 今日の放課後のように。

「そうだ、健斗。お前の姉が魔法を使わないのは何故なぜだ?」
「大人の事情です。言っておきますが、姉さんは先輩方より強いですよ」

 レオネッティに威張いばって宣言せんげんする健斗の姿に、幼馴染達の姿が重なって見える。

「健斗……ハードル上げないで」
「どうして? 僕と兄さん、姉さんに勝てた試しがないのに」
「兄さんの魔法には苦戦するときあるよ?」
「姉さんの『あの魔法』を使われたら、一瞬で逆転されちゃうのに?」

 健斗の言う私の固有魔法――干渉魔法は、相手の魔法の支配権をうばえる。
 それだけではない。魔法を行使するにあたって必要不可欠な、世界式を書き換える技術がある。私の干渉魔法は世界式に直接′qがることで、あらゆる魔法を僅差きんさなく行使できる。
 つまり、既存きそんの魔法だけではなく、様々な魔法を自在に操れるということ。

 かなりチートな魔法の恩恵もあって、家族全員と戦ってみて負けたためしがない。
 実際、中等部最後の試験で兄さんに勝ったから。

「あと、姉さんは光属性で攻撃魔法を考えてくれたんだよ? 今まで無理って言われていたのに、可能性を広げてくれたんだから」
「ちょっ、今ここで言わなくていいから!」

 これ以上ひけらかされると何が起きるか判らない。
 危機感を覚えてストップをかけると、健斗は不満げに口をへの字に曲げた。

「そ……それより貴方達はどうしてここに?」
「俺達は沙織の案内。教員に頼まれたんだ」
「そう、なんだ……」

 加賀美仙が答えて、相槌を打つ。
 西園寺沙織は編入生だから、案内は必要なのだろう。

 ……それにしても、どうして早く案内を再開しないのだろう。

「えっと……案内しなくていいの?」
「するさ。その前に、君達のお茶会がちょっと気になるんだ」

 興味深そうに言う加賀美仙に、思わず眉をひそめる。

 うわ、迷惑。空気読んでよ。そもそも私達に付き合っても、良いことなんてないのに。
 なんだか、いろんな意味で大切なものが減っていくような気がする。

「……姉さん。残念だけど、お茶会はお開きにしよう」

 げんなりしていると、健斗が私を気遣って言った。

「え。でも……」
「姉さんが一番! お菓子、大事に食べるから。一人で」
「う、うん……」

 本当に一人で食べる気だ。太らないでいてくれるよね……? ちょっと作りすぎたから不安になってきたけど、健斗は実技や大会に積極的だから、大丈夫だよね?
 少し不安になったが、ここは健斗を信じよう。

「健斗の好きな紅茶のもとも入れているから」
「やった! ありがとう。じゃあ、次会えるときにバスケット返すから」
「うん。またね」

 柔和に笑って手を振れば、健斗は嬉しそうに笑って手を振り返し、バスケットを大事そうに持って公園から出て行った。

 健斗は生徒会の一員だから、生徒会寮に向かう。生徒会寮は初等部から大学院までの役員が入っている。しかも一般寮と違い個室で、一般寮の一・五倍も広く、高級マンション並の設備。生徒会という大変な役職に就くのだから、それくらいの贅沢は当然のものだ。
 ちなみに風紀委員会寮も生徒会寮と同じ。彼等は学園都市に入り込んだ魔物と戦っているから。

 情報源は、兄さん、健斗、杏奈姉さん、恭佳。
 驚いたけど、別段ねたましいとは思わなかった。ただ、個室は羨ましいけど。

 私も帰ろうと残りのお菓子を食べて、鞄を取って長椅子から立ち上がり、ゴミを屑籠くずかごに入れる。
 ……どうして三人がまだいるのか気になるけど。

「じゃあ、さようなら」

 一応挨拶して、急ぎ足で公園から出た。



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