知られる素顔



「君、来てくれ」
「……え?」

 ご愁傷様しゅうしょうさま、と内心で合掌がっしょうしていると、レオネッティが呼びかけた。
 驚いて彼を見れば、私に背を向けて歩き出す。

 ……まあ、いっか。私が使った魔法を聞き出したいのだろう。厄介なことになりそうだけど、蟠りを作らせたままだと余計に探られそうだし。

 何となく察して追いかける。彼は足が長い上に速いから、必然的に小走りになってしまう。
 ちょっと大変だと思っていたら、レオネッティはようやく足を止めた。

「さっきは何をした?」

 はっきりとした質問じゃないから、どう答えたらいいのか一瞬だけまよった。

「……えっと。軽く払っただけ、なんだけど……」
「どうやって払えたんだ。威力はともかく、あれは火傷だけでは済まないのに」

 興味があるのかと思ったが、言葉の端々では心配しているのだと感じ取れる。

 まさかね……。

「……手に魔力を込めたの。魔力で覆えば大抵の攻撃は防御できるし、素手での攻撃の威力を上げられるから便利なの。あ。あと、コントロールとイメージ次第で鉄も切断できるよ」
「そんな技術、聞いたことがないぞ」
「そりゃあね。私が編み出した技だから」

 レオネッティが目を見開く。ここまで表情が変わるところを見るのは久しぶりだ。

「話はそれだけ?」
「……あの風は、君が起こしたものだな」

 冷静さを取り戻したレオネッティの言葉に内心でドキリとしたが、顔をしかめることで動揺どうようを隠す。

「どうしてそう思うの」
「周囲に風の影響がなかった。それ以上に、君は突然の強風に驚きさえしていなかっただろう」
「あれでも驚いたよ。ただ、あの子達の服装が衝撃的だったから、そっちに気を取られただけ。よく注意されなかったよね、あの子達」

 学生服をあそこまで破廉恥はれんちに着こなすなんて、教師から注意を受けないのだろうか。
 話を逸らそうと試みる。しかし、レオネッティには効かないようだ。

「なら、あの水魔法の攻撃。あれはどう説明するんだ」
「ただの失敗じゃないの?」

 なんとか誤魔化ごまかそうと、内心ではあせっている。表面上ではイライラしているように見せているけど、彼に通用してくれるか不安だ。

 鬱陶うっとうしくて顔をしかめ、投げ遣り気味に言う。
 すると、レオネッティは目を細め――ガシッと、私の二の腕を掴んできた。

「なっ、何!?」

 突然すぎて驚きの声を上げ、私の顔に伸ばされた彼の手を咄嗟に掴んではばむ。

「……素早いな」

 彼は軽く驚いたように呟くが、意外と強い力で押し通そうとする。

 諦めるってことしないの!?

「なっ……何なの!? 何がしたいの!?」
「これ以上、はぐらかされると困る。正直に言ってくれないか?」
「横暴!」

 こっちだって明日に備えたいのに……!
 こうなったら兄さんを召喚するしかない、と思った刹那、私の二の腕を掴んでいた手が外れて、私の眼鏡をうばった。

 まさか眼鏡がねらいだったなんて……! 眼鏡を人質に取るなんて卑怯ひきょうな!

 キッとレオネッティを睨み上げる――と、どういうことか、彼は目を瞠っていた。
 どうしてそんな顔をするのか判らなくて、更に眉を寄せる。
 睨み続けると、レオネッティは片手を口元に当てて顔をそむける。

 いったい何なの。しかもその反応、まるで私が気持ち悪いと言っているようで不快だ。
 だが、今がチャンス。

「ぅおっ!?」

 私は素早くレオネッティの手首を掴み、その手から眼鏡を奪い返した。
 何故手首を掴んだのか。それは確実に取り返すためと、強引に奪うことで眼鏡が壊れないようにするためだ。

 驚き顔のレオネッティをひと睨みして、眼鏡を着け直す。

「じゃあ、さようならー」

 平静をよそおった間延まのびした挨拶を残し、急ぎ足できびすを返した。

「まっ、待ってくれ! 君!」

 呼び止めようとするけど、無視だ。
 酷いかもしれないけど、他人ひとの名前を呼ばない人に付き合う義理はない。

 思えばレオネッティは、親しい間柄以外の名前を呼ばない。呼ぶとしてもフルネーム。彼も他人に警戒心があるのだとうかがい知れるけど、それってさびしくないかな。
 なんて思ってみたりしても何もならないけど。

「っ……――有珠!」

 一瞬、ドキリと心臓が跳ねる。
 思わず立ち止まって、振り返ってしまう。
 不意打ちのように私の名前を呼んだレオネッティは、頬を赤らめていた。

「……初めてかも」
「え?」
「あ、えっと……名前を呼ばれたの、初めてだなぁって。いつも『君』だったから……」

 驚いたことをそのまま口にすれば、レオネッティはまた口元に手を当てた。

「それにしても……知ってたんだ。下の名前」
「……俺より強いんだ。覚えるのは当然だ」

 中等部最後の試験のことを言っているのだろう。
 やっぱり武術の試験、補欠すればよかったなぁ。

「どうして眼鏡なんてしているんだ」

 レオネッティの思わぬ質問に驚く。
 意外だった。レオネッティが他人の私生活に干渉するなんて思わなかったから。

「……眼鏡の方が、何かと便利なの」

「もったいない」

 勿体無もったいない? 何が?

 怪訝けげんな顔をしてしまった私に、レオネッティが言う。

「綺麗なんだから、コンタクトすればいいのに」

 綺麗? 私が? というか、レオネッティが私をめるなんて天変地異の前触れ?

 かなり失礼なことを脳裏に浮かべてしまった。
 彼は女性に紳士的だと聞いている。でも、私に紳士的かと訊ねられると首をかしげる。

 初めて会話したときは中等部最後の武術の試験。
 あの時、彼は何の配慮はいりょもなく大衆たいしゅう面前めんぜんで、私の身内の名前を出した。
 彼の無遠慮な詮索せんさくに腹を立ててしまった記憶は、今でも鮮明に思い出せる。
 純粋な疑問だと分かっているけど、初対面同然の人の領域に踏み込むなんて、人々の言う紳士とは違うはずだ。

 そもそも今≠フ私が綺麗? いつわっている私が?

「……あまり、私に干渉しないで」

 これ以上は関わりたくない。でないと、ぼろが出そうで怖い。

 私は……他人と関わる権利を持たないのだから。

「さようなら」

 息苦しさを覚えたけれど耐えて、最後にそう言い残して立ち去った。
 胸中に宿った感傷を忘れたくて、手のひらに爪を立てるようにこぶしを握り締めながら。



◇  ◆  ◇  ◆




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