理解されない苦悩



 高等部の魔法の筆記試験は手応えがあった。文章問題や穴埋めは簡単だけど、解説系の問題は文章力が物を言う。
 もともと小説の執筆が趣味である私にとって、然程さほど苦にならない。むしろ数学の説明問題より得意だ。得意分野だからこそ問題を全て埋めた。

 残るは実技試験だ。中等部同様、放課後に行うから、待っている間はひまだ。なので、こっそり魔力操作の訓練をする。準備運動のようなものだけど、無心でも制御できるから退屈だ。
 なら、今回使う魔法を考えよう。まだ試してない魔法があるから、その中から選ぶとしよう。

 今回はどんな魔法を使おうかなぁ……?

「花咲さん」

 悩んでいると、とっくに試験を終えている西園寺沙織が声をかけてきた。

「試験、本当に出ないの?」
「……出ないよ」

 周囲の人々とは試験をしない。私は放課後に周りと同じ試験を行い、担当の試験官と戦う。そして、成績をマイナスに偽装ぎそうしてもらうのだ。

 淡々と返すけど、これは長引きそうだ。集中しなくても身体が慣れているから会話をしながらでも魔力操作を続けられるけど、念のために魔力操作をやめる。

「どうして?」
「何で言わないといけないの?」

 質問に質問を返せば、西園寺沙織は戸惑う。

「何でって……私、心配で……」
「しなくていいよ。貴女には関係ないことだし」

 辛辣だけど、事実だ。
 彼女は私と関係を持たない。そもそも私は、彼女と関わりを持とうと思わない。

 それ以前に、私は友達を作れないのだ。
 私の『秘密』を知られてしまえば、みんなが困る。だから私は誰とも関わりを持とうとしない。みんなに迷惑をかけるのが怖いから……。

 結局、私は臆病者だ。

「花咲さんっ、そんな言い方……!」
「じゃあ、何て言えばいいの?」

 非難の声を上げる西園寺沙織の友人――柊原華那に無機質な声を返せば、彼女は肩を震わせる。
 どうして怖がるのだろうか。私は何も悪いことしてないのに……。

「だいたい何? 友達でも何でもないのに、何で踏み込んでくるの。それでその人が困ることも考えたことないの?」
「っ……私はっ……! 花咲さんと友達になりたくて……!」

 心からの望みなのだろう。
 力が込められた声で感情を表に出した西園寺沙織の言葉に、心臓が嫌な音を立てた。
 机の上に置いている手が無意識に拳を作る。手のひらに爪を立てて、感情を押し殺す。

「無理言わないで」

 心が、痛い。
 声が硬くなり、僅かに震えてしまう。

「私は……友達なんて……」

 ……作れないのに。

 それを言ってしまえば余計に関わってくるだろう。
 言えないからこそ、とても苦しくて悲しい。
 この場にいること自体がつらくて、逃げ出したくなった。

「全員、お疲れ。魔法科の試験はこれで終わりだ」

 しん、と静まり返っていた教室に榊原先生の声が行き渡る。
 ようやく肩の力が抜けるけれど、西園寺沙織は動かない。

「西園寺、席に着いてくれ。放課後前のショートホームルームをする」
「……はい」

 力無く返事した西園寺沙織は席に戻った。



 放課後を迎え、榊原先生に連れられて訓練場の一つに入ると、中等部の時と同じ規模で人型の的が設置されていた。中等部との違いは、難易度の高い魔法を自在に操ることくらいのようだ。
 わりえのない試験の手順に、少し落胆らくたんした。

「花咲。何かあったのか」
「……え?」

 榊原先生の質問の意味が解らない。
 小首を傾げてしまうが、榊原先生は心配そうに私を見下ろした。

「西園寺が最後まで傍にいただろ」
「!」
「西園寺は人をよく見ている。心配するとお節介を焼くが、根は良い子だ。彼女が最後まで気にかけていたんだから、何かあるんだろうと思ったんだ」

 手放しで西園寺沙織を褒める榊原先生。
 ほとんど正解だけど、気付いて欲しくなかった。

 無意識に拳を作ってしまうけど、私ははぐらかそうとする。

「今日使う魔法を考えていただけです」
「その割には暗いな」
「先生には関係ないことです」

 強く拒絶するが、榊原先生は眉を顰める。

「関係なくはないだろう。花咲だって俺の生徒だ。悩みを聞くのも力になるのも、教師として当然のことだ」

 真っ直ぐな視線を向けてくる榊原先生は、本当に教師のかがみだ。
 私を心配してくれる教師は限られているから、榊原先生のような教師はありがたい。
 でも、私的なことまで言っても無駄だと思う。きっと理解されないだろう。
 それでも、言ってみろ、という眼差しからのがれるために、早く試験を受けるためにうつむき気味に答えた。

「……私が試験に出ないことを気にして、理由を聞かれたんです。あと、友達になりたいと言われて……」
「良いことじゃないか。それで、受け入れたのか?」

 喜色が込められた声と柔らかな表情で、さとった。彼は、私のことを深く知ろうとしてくれていないのだと。ちゃんと、考えてくれていないのだと。
 私の『秘密』に関わる教師はみな、理事長から聞かされているはずなのに。

「無理だと言いました」
「……どうして無理だと?」
「理事長から聞かされていないんですか? 私のこと」

 険しい顔で榊原先生を見れば、彼は眉を寄せて不思議そうに答えた。

「無属性のことや、特殊な魔法を隠さなければいけないとは聞かされたが、それが?」

 ……嗚呼ああ。彼は、考えることをしないのか。
 いい教師だと思っていたけど、心が冷めてくのを感じた。

「私の魔法は、魔法という力を否定することができます。それを軍事力に加えたいと考えない人はいない。だから両親と理事長は、私を守るために魔法を秘匿するように言いました」

 当時五歳だった私の魔法を知った両親が下した決断。本来なら無属性の存在を広めるべきなのだが、私がまだ五歳だったことと、国内と国外の交友関係や軍事力などの情勢をかえりみたのだ。

 あの頃は太平洋戦争が終結して六十年が過ぎていたけど、軍事力を多く抱える上に好戦的な他国から攻撃を受けた日本は、しばらく他国の侵略戦争に備えて兵力を集めていた。
 十数年前は、まだ万全の戦力ではなかったから、十歳前後の子供でも容赦ようしゃなく引き入れていた。そこに私が加わってしまえば過剰かじょう戦力となり、他国との戦争が勃発ぼっぱつすると両親は危惧きぐした。

 私の魔法は、核兵器と同じなのだ。

 干渉魔法で相手の魔法を無力化でき、付与魔法で味方の力を底上げすることも、生成魔法で武器を量産することも可能。更に干渉魔法で様々な自然や事象を操り、強力な攻撃を相手に放てる。

 日本の軍事にたずさわる人間からすれば喉から手が出るほど欲しい戦力。
 だが、両親は幼い私を売らなかった。私の存在を隠して、守ってくれた。
 幼い私が他者を傷つけることで壊れないために、全てを公にすることを先送りにしたのだ。

「私を守ろうとしてくれているのに、私がそれを破ってしまったら悲しむだけじゃない。失望されて見放されるかもしれない。その不安を……先生は味わったことありますか?」

 いきどおりから震える声で訊ねれば、榊原先生は息を詰める。

「……けど、それと友達にならない理由にはならない」
「関わったら私の魔法を知ろうとする。今回だって、試験に出ない理由をかれました。これは私の『秘密』まで話さないと理解されないことです。それで『秘密』を明かしたら、政府の職に就いている親にまで知られたら、どうなるか解っていますか?」
「そこまではさすがに」
「人の口には戸は立てられない≠ニいう言葉を知らないんですか? 約束させても破らない可能性なんてないんですよ」

 言葉をさえぎって強く否定して続ける。

「そうなってしまったら大切な人を裏切ってしまう。その恐怖を、先生は知らないでしょう」

 他人に知られて守りが消えて、みんなの思いを裏切ったら、私はどうすればいい?
 見放されるだけじゃなくて見捨てられるかもしれない。
 みんなは優しいからしないと思うけど、心のどこかでそんな不安を抱えてしまう。

「疑心暗鬼になって友達も作れない。その苦しさを、先生は味わったことありますか?」

 本当は幼馴染以外の友達だって作りたい。でも、人付き合いが苦手だから臆病になってしまう。そんな私を引っ張ってくれる存在友達にもあこがれた。

 でも、私の魔法が許してくれない。
 私の境遇きょうぐうが、憧れさえも否定する。

「自分の魔法が原因で自由をうばわれる。その苦痛を味わったことありますか?」

 自由でいられない苦痛なんて、理解されないだろう。

 感情がたかぶって、目の前が赤くなったように感じる。
 目の奥が熱くて、視界がぼやける。

「それ以上に……周りと違って魔法を使えない。その絶望を、理解できますか……?」

 喉が引き攣って痛くなり、声がかすれた。
 情けない声とともに流れた熱い涙が、外気に触れて冷たくなった。
 その感触で自制心を取り戻し、深く息を吸い込んで呼吸を整える。

「あの頃の私は五歳でしたけど、劣等感なんて生易なまやさしいくらい苦しみました。杏奈姉さん……理事長の娘さんだって、魔法を使えるようになった時、苦しみから解放されて大泣きした。世の中には魔法を使えないせいで捨てられる子供だっているんです」

 世界中のみんなが、私の親のような心を持っているわけではない。
 特に子供に過度な期待を寄せている親は、期待に応えられないだろう子供を簡単に切り捨てる。
 両親から、海外には『属性無し』と判定された子供を人体実験に使う組織があるのだと聞かされたことがある。

 私と杏奈姉さんは恵まれているけど、海外の無属性保有者も私達と同じとは限らない。
 むしろ、私達のような恵まれた環境自体が稀有けうなものなのだ。

 それを知らず、目の前にある幸福をただ享受きょうじゅするだけの普通の人々≠ヘ、私達≠ゥら見れば遠い世界の景色そのものだ。

「先生は……貴方達は、私達の絶望を理解できるんですか?」

 属性も持てず、魔法も持てない。その現実を突きつけられた時の絶望を、同じ無属性保有者以外に理解できる人なんていない。

「初めから属性を知れて、魔法を使える貴方達に、私達の絶望は解らない」

 計り知れない闇を抱える運命にあった。そんな私達の絶望なんて、初めから魔法を操れる彼らには理解できはしない。



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