高等部に進級してしばらく。
新入生が初等部に入り、慣れないことにも順応しきった頃。
「花咲さん、一緒に食べに行こ?」
只今、
理由は、クラスメートの西園寺沙織にある。
二週間前に拒絶したというのに、
恭佳達と食べに行くから遠慮する、というやんわりと断る方法もある。
けれど、それで次は良いのかと
だから、ここは……。
「嫌」
はっきりと断った方が、相手の傷も少なくて済む。
「残念。フラれちゃったか」
振るも何も、初めから期待なんてさせていないのに。
吐き出しそうになる
今日も恭佳達と一緒に食堂に行こうと
すると、その直前に凪が出てきた。
「あっ。有珠さん、お待たせしました」
「んーん、ちょうどだよ。……あれ? 恭佳は?」
いつもなら一緒にいる恭佳がいない。
不思議に思って首を傾げると、凪は苦笑する。
「風紀委員会の交流があるそうで……本日は彼らとご一緒することになりました」
「あー。それは……恭佳にとってストレスになりそう……」
「ですね」
凪は同感から
恭佳は
普段から私達と食事するのも、そっちの方が気楽でいいらしい。
「恭佳さんも残念がっていました」
「そっか……なら、何か差し入れでも作ってあげようかな」
この前、健斗のために作ったお菓子をお
「それなら私も手伝います」
「ん、ありがとう」
そんな会話をしながら食堂に行く。
一階の食堂は、いつも通り
壁際に数多く並んでいる自販機に行き、パネルに携帯端末を
日替わりランチと家庭的な簡単な料理はタダ。他にも
とはいえ食堂のご飯は美味しいから、毎日変わる料理を楽しみにしているのも理由の一つ。
チケットを窓口に受け渡して番号札を貰い、順番が来るまで大きなモニター画面が見えやすい席に座って待つ。
「217番は……あ、あった」
日替わりランチは、あらかじめ作っていた料理を盛り付けるだけなので、早く出来上がる。
窓口でトレイごと貰って席に戻り、待っていると凪が隣に座った。
「「いただきます」」
揃って両手を合わせてから食べる。
本日は、サンドイッチ、オムレツ、ポタージュスープ、デザートにゼリー。
凪は中華料理で、
オムレツを食べると、もちもちしたジャーマンポテトが入っていて、中はトロっとしていた。
「ところで有珠さん。恭佳さんへの差し入れは何にしましょう」
「え? ……うーん。凪は何がいい?」
「そうですね……あ。では、昔作ってくれた、洋梨のコンポートを入れたパンケーキがいいです」
コンポートは、果物の水分と砂糖で煮詰めたもの。ジャムと違って形はしっかりあるけど、柔らかくなって更に甘くなる。洋酒とレモンを少し加えたら変色防止になるし、長持ちするのだ。
このコンポートをホットケーキに敷き詰めて焼いたものを、家で作ったことがある。ちなみに前世でも作ったことがあるから、得意料理の一つ。
生地はフワフワだけど、中はジューシー。あったかい内に食べると最高。しかもコンポートの甘さもあって、
私の大好きなお菓子でもあるのだが、それを今でも覚えていてくれたなんて嬉しいな。
「あれが今でも忘れられなくて……いいですか?」
「もちろん。あ、でも洋梨は時期じゃないから……林檎でもいい?」
「はい!」
にこりと笑って小さく頷けば、凪は嬉しそうにはにかんだ。
「今度はいっぱい作ろうね。……そうだ。ついでにあの子達≠フ分も作ってあげようかな」
「あの子達といいますと……今年で中等部の風紀委員長並びに副委員長に就任した、あの双子ですか?」
思い出すように質問する凪に、うん、と頷く。
実は杏奈姉さん、恭佳、凪以外にも幼馴染がいる。
健斗の一歳上で、現在は中等部二年生にして、風紀委員会の頂点に立つ。
あの子達は幼い頃にいろいろあって、両親が一時期引き取った。それがきっかけで幼馴染になった。
凪みたいに
「あの子達にもお祝いしようかなって思うんだけど」
「それは喜びますね。あの双子も有珠さんを慕っていますから」
「ん。年上として嬉しいよ」
小さく笑って、料理を口に運ぶ。
うん、絶品。
美味しい料理に
食堂のテーブルは横に長く、椅子は一脚ずつになっている。
横に並んで食べている私達の周りは意外と空いている。だから横や正面に座る人もいるのだ。
「有珠もここだったのか」
驚いているような声がかけられて隣を見れば、ジョット・レオネッティがいた。
どうして彼が隣にいるの? 違うところに座ってよ!
「どうして有珠さんを名前で呼んでいるのですか」
そんな文句を胸中でついていると、反対側にいる凪が
怒りに近い不機嫌な声に、嫌な予感を覚える。
「有珠が許してくれたんだ」
「いや許してないよ?」
バッサリ否定して、スープを口にする。
白けた空気になったが、レオネッティの正面に座った少年……加賀美仙が興味深そうな目を向けてきた。
「珍しいな、ジョットに色目を使わない女の子って。しかも即否定」
「こいつは色気の欠片もないからな。分を
レオネッティの隣に座ったのは夏目紀。その正面に見知らぬ少年が座った。
頬にかかるほどの黒髪はサラツヤ。凛々しく切れ長な目付きに似合う、知性が宿る黒い瞳。キリッとした眉に綺麗な
ただ残念なことに、
確か彼は、
生徒会役員、全員集合とか……ついてない。しかも夏目紀、酷い。
酷い物言いに
「有珠さんを
あ、やばい。
「な、凪……落ち着いて」
「止めないでください」
「いや、止めるよ?
私の言葉に、凪が目を
「……私が勝てるとお思いですか? 彼は風属性、しかも派生の雷属性を持ちます」
初めて聞く情報に、あ、これならいけるかも、と思った。
「雷魔法なら、凪の固有魔法とか
「……本当ですか?」
「ん。今日の放課後に訓練場で試してみる?」
「はい」
迷うことなく頷いた凪。
ほっとして微笑むと、凪は頬を赤らめた。
「ついでに考えた氷魔法も教えるね」
「! 本当ですか!?」
私の一言で、凪は嬉しそうに身を乗り出す。
こういう素直な反応は可愛くて好きだ。
「うん。手数は増やしたいでしょう?」
こくこくと頷く凪は、頬を
やっぱり凪は、笑顔が一番可愛い。私も感化されて笑顔になるほどだから。
「考えた……氷魔法?」
デザートに手をつけようとしたとき、聞き覚えのない声が水を差す。
そちらに目を向ければ、東海林静樹がこちらを見ていた。無表情だけど、どことなく
「氷属性を持っているのか」
「え? ……いや、持ってないけど。ただ考案しただけ」
「そういえば健斗君が、光属性の攻撃魔法を考えてくれたって言っていたっけ。そこンとこ、どうなの?」
げんなりしたので「秘密」と一言で済ませた。