幼馴染の優しさ



「有珠、凪」

 後ろから馴染み深い声に呼ばれた。
 顔を向けると、とても剣呑な顔で仁王立におうだちしている恭佳がいた。

「あ、恭佳。風紀委員会の食事会、どうだった?」
「疲れたわ」
「お疲れ様です」

 目を据わらせて一言で終わらせた恭佳の心労を察して、凪がいたわる。

「私より、どうして生徒会といるのよ」

 冷え切った眼差しに、あ、これは怒っているな、と感じた。
 どう言い訳しようと考えていると、凪が代わりに答えた。

「不可抗力です。なぜか有珠さんの真横に座られて……簀巻すまきにしたいです」
「手伝うわ」

 あぁ……この二人は私のことに関して沸点ふってんが低いんだよなぁ。怒ると物凄ものすごく怖い。止めるのも大変だし、かといって発散させないのも心身に悪いし……。

「魔法以外でやってね。停学や謹慎きんしんになったら嫌だし」
「物理で?」
「物理で」

 恭佳が聞き返すと、こくりと頷いた。

 私達の会話に、レオネッティが「物騒ぶっそうだな」と苦笑い。
 すると、恭佳が冷徹な目でレオネッティを見下ろした。

「有珠に無遠慮に話しかけたでしょう。やめてくれないかしら」
「……それは関わるなってことか?」
「そう言っているのよ」

 眉を寄せるレオネッティに、恭佳は冷たく言い放つ。
 恭佳の言葉に、レオネッティは表情をけわしくする。
 ここで、二人のやり取りを眺めていた夏目紀が口をはさんだ。

「さすが女帝と名高い風紀副委員長だ。よくそんな横暴おうぼうな物言いができるな」
「横暴で結構。有珠のためなら女帝にもなるわ」

 きっぱり言い切る恭佳の気持ちは嬉しい。けど、私のせいで暴君なイメージを持たれるのは心苦しいし嫌だ。

「私の大切な人を傷つける奴は、何者であろうと潰す」

 恭佳は冷徹な眼差しを向けて告げる。
 彼女の苛烈かれつな言葉が胸に突き刺さった。

「恭佳」

 そっと恭佳の手を取る。握り締めているその手を、両手で包み込む。

「……ありがとう」

 心の痛みは、大切にしてくれる思いへの喜びと、私のせいで冷たい心を植え付けた罪悪感。
 全部自分が悪いという考えは傲慢ごうまんだと思う。けど、友達に関しては断言できる。
 私のせいで恭佳と凪の行動範囲をせばめて、何度も傷つけてきたのだから。

 それでも彼女達は、私の謝罪を受け取らない。むしろ怒る。私が罪悪感を抱える必要はないのだと言って。
 だから代わりに感謝の言葉を口にした。しかし恭佳は瞠目どうもくし、つらそうに目を細めた。そして溜息をき、私のひたいを指ではじく。いわゆるデコピンだ。

「いたっ」
辛気臭しんきくさくならないで。これは私の意思なんだから」
「私達≠フ間違いですよ、恭佳さん」

 凪が付け足すと、恭佳はほおを緩めて「そうね」と返した。
 二人の優しさが胸に突き刺さって痛い。けど、嬉しいのも事実だ。

 ふっと頬を緩ませた私は、ゼリーの最後の一口を食べきり、両手を合わせた。

「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」

 しっかり食後の挨拶あいさつをした私と凪は、席から離れて食器を片付けに行った。


「あっ、花咲さんも食べ終わったんだ」

 食堂から出た途端に聞こえた、嫌でも馴染なじんでしまった温かなソプラノの声。
 自然と表情が消えてしまった私に凪が心配そうな顔をして、恭佳が私の後ろへ向く。

「貴女は……確か、編入生ね」
「西園寺沙織って言います。えっと、花咲さんの友達……?」
「幼馴染よ。T組の東雲恭佳。この子は香崎凪。……それで、有珠に何の用?」

 警戒の色を滲ませて問いかける恭佳。凪もかばうように私の前に立つ。
 すると、西園寺沙織は苦笑した。

「私、花咲さんと友達になりたくて。……でも、いつもフラれちゃって」

 西園寺沙織の言葉に、恭佳は軽く目をみはった。

「二人はどうやって友達になれたの?」
「私は親同士が友達で、その縁で。凪は有珠に救われて幼馴染になったのよ」

 私と友達になるための秘訣が聞きたかったのか、恭佳の答えは参考にならない。西園寺沙織は少し残念そうな顔をした。

「西園寺さんは、どうして有珠さんと友達に?」

 凪が慎重しんちょうに問いかける。

 そう言えば、これは聞いたことがなかった。
 どうして私と友達になることを望んでいるのか。

 いつも素っ気なくて刺々しいのに、しつこいほど近づいてくる。
 私といても楽しくない。そんな空気さえ教室では取りつくろっているというのに。
 私も気になっていると、西園寺沙織は恥ずかしそうに笑った。

「花咲さんと初めて話した時、魔法の試験の前日の放課後だったの。自信がなくて花咲さんに話しかけたけど、そのせいで花咲さん……クラスメートから嫌なこと言われちゃって……。あの時、東雲さんと香崎さんが来て怒ったでしょ? でも、花咲さんは凛としてて……カッコいいなぁって」

 赤みが差した頬を人差し指で引っ掻く仕草をする西園寺沙織の告白に、二人は驚き顔になった。

 私も、彼女の言葉に驚いた。あの時の私は、私に突っかかってきた相手に酷いことを言った記憶がある。それでも格好いいと照れながら言うなんて思わなかったから。

「それに、花咲さんの弟君を元気づけているとこも見て、優しい人なんだなぁって知って……。それで友達になりたいって思ったの」

 決定的な決意は、それだろう。でも、それだけで私と友達になりたいだなんて……。

 今まで恭佳と凪達以外と友達になるということをしなかったから、友達になるという動機に疑心暗鬼を持ってしまう。そんな自分が、心の底から嫌いだ。

 徐々に視線を下げてしまうと、凪が私の手を握った。

「有珠さんは、西園寺さんと友達になりたいですか?」

 優しい声で問いかけられて、ギュッと胸の奥が締め付けられる。

 私は西園寺沙織と、友達になりたくない。何度もそう思っていた。
 なのに今、彼女の思いを聞いて、揺らぎかけてしまった。

 心根も温かくて、本心からの思いを真っ直ぐ言えて。
 彼女なら、いつわりだらけの私を理解してくれるかもしれない。そんな淡い期待をいだいてしまう。

 でも、怖いんだ。友達を作ることで、両親を裏切ってしまわないか……。

 自然と手に力が籠ってしまったが、私は首を横に振る。
 これでいい。何もかも否定すれば、心を傷つけずに済む。
 ……でも、どうして虚しさが胸の奥に広がるのだろう。あんなに西園寺沙織のしつこさに疲弊ひへいしていたのに。

 自身の心境の変化に戸惑ってしまう。そんな私に、恭佳は嘆息した。

「有珠。理事長に直談判じかだんぱんするから、取り次いでもらっていいかしら」
「……え? な、何で?」

 どうしてここで理事長が出てくるのか解らなくて聞き返してしまった。
 困惑する私に対して、恭佳は柔らかく笑む。

「有珠が私達以外の友達を作れない理由は知ってる。でも、あの人達に縛られ続けて、自分に嘘を吐く姿なんて見たくない」

 その言葉を聞いた瞬間、つかえていた苦しさが薄れていった。
 そして、直後に感じた締め付けられたような痛みに、自覚した。

 私は、ずっと自分に嘘を吐いていたのだと。


 守ってくれる家族と身内に応えたくて。みんなの思いを守りたくて。
 彼等の願いを裏切って、失望されたくなくて。


 強迫観念によるかせが、私の心を縛り付けた。
 教室は違っても幼馴染がいるから平気だ――それも虚勢なのだと、今更ながら思い知った。
 周囲から向けられる悪意と猜疑さいぎ重圧じゅうあつが襲いかかっても、いつもみんなが私の代わりに怒ってくれたから耐えられた。
 でも、クラスの誰もが敵で、気を抜くことも許すこともできなくて。

 誰も『私』という『個』を見ようとしてくれない。理解さえもしてくれない。
 理不尽な現実が、時々、どうしようもなくさびしく感じた。

 みずからの意思で踏み出さないせいだと、私でも思う。だけど、それを抜きにしても、誰も私に近づくことはなかった。
 教室の中では、いつも孤独で。からに閉じこもって心を守って、ずっと耐えるしかなかった。

 ――それが、西園寺沙織という少女の存在で揺らいだ。私の外殻がいかくを壊そうとしてくれたのだ。
 初めて教室で声をかけてくれた他人は、後にも先にも彼女が初めてだ。

 今になって思い返すと、少しだけ嬉しくなった。
 けれど、それで気を抜いてしまって、私の『秘密』が漏洩ろうえいしてしまわないか怖くて、関わることを拒絶した。
 彼女と関わることで身内との関係が壊れないか。その恐怖と不安が大きかった。

 今でも不安が付き纏っている。
 けれど恭佳と凪は、私の負の感情を笑顔で吹き飛ばしてくれた。

「私達以外の味方を作れるチャンスです。それをのがすなんてもったいないですよ」

 今までいなかった、身内以外の味方。
 ずっと前まであこがれていた、心から信頼できる友達。
 あきらめていたそれを作る機会が来たのだと、言ってくれたのだ。

 どうして二人は、私を理解して、欲しい言葉をくれるのだろう。
 偽ってばかりの心を解きほぐして、望みを当ててくれて。いつも支えられてばかりだ。

 喜びと安心感から涙腺が緩んできた。それを見られたくなくて、目に力を込めて小さく頷く。

「西園寺さん、もう少し待ってくれませんか? まだ詳しい事情を教えることができませんので」
「……いつか話してくれるなら、待てるよ」

 西園寺沙織は聞きたそうだけど、グッとみ込んで頷いた。

 彼女は良い子だ。私なんかを気にかけて、友達になろうとするのだから。
 それを今更ながら知った私は、彼女と友達になれる日が来ることを望むようになった。



 けれど、現実はいつも残酷なほど厳しいのだと思い知ることになる。



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