遣る瀬無い悔しさ



 有珠さんが自然体な態度でっていった。
 自然体……だけど、どこかいびつな違和感。そんな後味の悪さを感じる。

 それもそのはず。私達以外の友達を作れない有珠さんと違って、のびのびと生活している杏奈さんの言葉を聞いてしまったから。
 今の有珠さんは壊れそうなほど不安定になってしまった。こうなったら、私と恭佳さんでさえも支えきれない。

 以前、クラスメートの悪意を受けて傷ついた有珠さんをなぐさめたことがある。その時も気丈に隠し通して……けれど、眠ろうとする時に声を殺して泣いていた。
 私が部屋に入ると、何事もなかったかのように振舞った。それが無性に悔しくて、私でも珍しく声を上げて怒った。

 あの時のことは、今でも鮮明に思い出せる。


 ――「貴女に私の何がわかるの」


 無意識だったのか、それ言った有珠さんは我に返ると謝ってきた。
 謝った時は普段通りだった。でも、あの瞬間の表情が、今でも忘れられない。
 いつも強い意思を秘める綺麗な紫色の瞳が、絶望にいろどられ、うつろに変わった瞬間を。


 明るさもなく。
 優しさもなく。
 穏やかさもなく。

 一片の曇りのない――能面のうめんのような無表情。


 人は絶望すると、近くにある温もりさえ感じられなくなる。むしろ、優しさも、温もりも、希望さえも、苦痛の対象になってしまうのだと……あの時、初めて思い知った。

 悔しかった。私の大切な恩人なのに、心を救えない現実が、ひどくもどかしい。
 今日にしても、有珠さんを解放したくて、恭佳さんと理事長に直談判したというのに、酷い言葉で拒絶されて。
 一番傷ついているはずなのに、別れる最後の瞬間まで他人を気遣って、自分の心をいつわって……。

「凪ちゃん? どうしたの?」

 近くで聞こえた杏奈さんの声で我に返る。
 頬に当たる白いハンカチで、涙を流している自分を自覚する。

 無意識に握り締めていた手が痛い。
 それ以上に心が痛くて……。

「恭佳、凪に何かあったのか?」

 魁さんが優しく訊ねてくる。本当なら有珠さんにかけるべき言葉で。
 それがとても瀬無せなくて、自分の無力さに腹が立った。

「この前、有珠と友達になりたいと言う子が現れたの。……でも、有珠は魔法も属性もかくさないといけないから友達になれなくて。それを理事長に訴えたのよ。そしたら……」

 恭佳さんがかわきそうになる喉を生唾で潤して、言葉を吐き出す。

「心を許してしまうなら、友達も作るな。そう言ったのよ」

 あの時の傷ついた有珠さんの顔が、頭から離れない。
 本当なら泣いてもいいのに、何もかもあきらめた無気力な表情に変わって……。

「私達……有珠さんを助けたいのに……! 余計、傷つけて……悔し、くて……!」

 私に泣く資格なんてないのに、涙声になってしまう。
 制服のそでで目元を押さえても、涙が止まらなくて。それがとても腹立たしくて、苦しかった。

「魁先輩」

 不意に、この場にいないはずの男の子の声が魁さんにかけられた。
 顔を上げると、高等部の生徒会に所属する会長であるレオネッティ君、そして夏目君がいた。

「渡し忘れた書類を届けに来ました」
「……ああ、ご苦労。ちょうどいい。彼女達を寮まで送ってくれないか?」

 レオネッティ君が魁さんに書類を渡すと、魁さんが彼に頼む。

 けれど。

「俺は用事があるので。……紀、頼めるか」
「は、用事?」

 夏目君も知らない用事に内心不思議に思っているうちに、レオネッティ君は足早に去った。
 呆然と見送っていると、夏目君が訊ねてきた。

「そうだ、東雲、香崎。さっきの話、どういうこと?」

 その言葉で悟った。レオネッティ君は有珠さんの所へ向かったのだと。
 まさか聞かれていたなんて……。

「……貴方には関係ないわ。それと、送らなくて結構よ」

 素っ気なく言って、恭佳さんは私の手を取って急ぎ足でその場から離れる。
 向かう先は有珠さんの下。レオネッティ君が、余計な詮索せんさくをしないことを祈って……。



◇  ◆  ◇  ◆




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