「有珠……っ」
レオネッティが息を詰める音を漏らす。
どうして彼が悲痛な顔をするのだろう。私は彼に何もしていないのに。
「レオネッティ! 何やってるの!?」
遠くの方で恭佳の声が聞こえた。
我に返ったレオネッティが私の上から退いて自由になる。動きたくないほど無気力感が体中を支配するけれど、気力を振り絞って起き上がり、顔を向ける。
「有珠さん! ……ッ!?」
駆け付けた恭佳と凪が動きを止める。愕然とした顔で私を凝視している。
どうしたのかと首を
「有珠に何をしたの!?」
恭佳が、怒り
視線だけで
「何もしてないよ」
「……どうして庇うの」
「庇ってない。彼はただ気付かせてくれただけ」
私の一言に怪訝な顔をする恭佳に、告げる。
「誰にも頼らない時点で、私に救われる権利なんて無いんだって」
淡々とした声で言えば、三人は瞠目した。
「……あぁ、そうか」
ショックを受けた二人の顔を見て、あることに気付く。
「人の優しさが苦痛だと感じるなら、救われるなんて夢物語なんだ」
救われたいのに、救ってくれる人の優しさで心が痛むなら意味がない。
答えは簡単だった。自分から手を伸ばさないと誰も気付いてくれない。そんな当たり前のことを何年も気付かず希望に
本当、馬鹿みたいだ。今までの私は、いったい何を学んで生きていたのか。
何もかもが
「気付かせてくれてありがとう。じゃあ、さようなら」
お礼を言って、眼鏡と鞄を拾って歩き出す。
魔法で一気に帰りたいけど、学校で無闇に魔法は使えないしなぁ。
そんなことを思っていると、強い力で後ろに引っ張られた。
驚く声も上げられずに倒れかけた私の体を抱き留めたのは、レオネッティだった。
何故だか知らないけど、私の肩と腹部に腕を回してきた。
「何?」
見上げて普通に声をかけただけなのに、レオネッティの腕の力が強くなる。
ていうか、どうして抱きしめられているの? 意味不明なんだけど。
「……俺は……お前を傷つけるために言ったんじゃない」
苦しげな声で言うレオネッティ。
彼に悪意が無いのは理解しているけど……。
「傷ついてない。ただ……今まで気付かなかった自分に失望しただけだから」
彼の言葉で傷ついていない。これは本当だ。
傷ついたのは、私自身の
つまり、自業自得。だから彼は何も悪くない。
「貴方は何も悪くない。だから傷つかなくていいんだよ」
つらそうなレオネッティの顔を見て、私の言動で自責の念を
罪悪感が込み上げた私は腕を伸ばし、レオネッティの頭を撫でる。健斗なら、これで安心してくれる。けれどレオネッティは余計に顔を悲痛に
これは……どうやって立ち直らせよう。誰か説明書を持ってきて。
「……どうして誰にも頼らないんだ」
絞りだしたような声で訊ねたレオネッティ。
どうしてそんなことを
「みんな、いっぱいいっぱいなんだよ。特に恭佳と凪は、私のせいで傷ついてきた」
否……傷ついてきたと言うより、傷つけすぎたと言う方が正しいかもしれない。
「……頼れるわけないでしょう。これ以上、傷つけたくないんだから」
私が原因で傷つくくらいなら、離れた方が一番いいに決まっている。
だけど二人は、きっと私を見捨てようとしない。
救われる反面、それが苦しかった。
いっそのこと見捨ててくれたら楽になれたのに――時々、そう思ってしまう。
本当に馬鹿だよね。幼馴染で親友さえも頼ろうとしないなんて。
「……?」
不意に足音が聞こえたと思えば、凪が私の目の前で向き直る。
そして――私の
パシン、と乾いた音が響く。痛いけどそれ以上に凪に叩かれるのは初めてで、驚きの方が強い。
「……どうして」
凪の震える声に、どきりと心臓が嫌な音を立てる。
彼女を見れば、エメラルドグリーンの瞳に涙を浮かべて、顔を悲痛に歪めていた。
「どうして私達のことばかり考えて遠慮するのですか。有珠さんの方が……一番苦しんでいるのに……!」
無表情な私よりも苦しそうな顔で、思いの
泣きたそうな声で、辛そうに。
「遠慮しないでください! 私達は有珠さんを助けたいのにっ……! 頼られないと
どうしてそこまで言えるのだろう。私は、どうしようもなく愚かなのに。
「……今まで以上に、嫌な思いをするかもしれないのに……」
「そんなこと……どうでもいい」
恭佳も私の前に立って、普段では見られない悲しい顔で私を見据えた。
「私達は有珠に救われたのに、救ってくれた有珠を救えない方が一番悔しいの。有珠にその自覚がなくても、私達はずっと
恭佳の言葉に切なさが込み上げてきた。
私は、杏奈姉さんと凪以外の人を救っていたのか。
杏奈姉さんは属性の件で、凪は魔物から助けたことくらいは覚えているけれど、恭佳はどうやって救ったのか覚えていない。
でも、救われてきた人の言葉は力強くて、私の中の虚無感を
ぽっかり空いた穴が温かな熱で埋まっていくのを感じて、目の奥が熱くなった。
「そっか」
熱いものが頬に流れる。
自然と微笑が浮かぶと、恭佳と凪は瞳を潤ませて
その時、背中から強い音が聞こえた。まるで、
「あの……どうしたの?」
顔を上げて訊ねると、レオネッティは眉間の
ちょっと苦しいけど、なんだかつらそうな彼を見て思い至る。
彼は自分のせいで、私が傷ついたのだと思っているのかな?
でも、それは間違いだ。私はただ自分の思考で傷ついただけ……。
「レオネッティ、有珠を放しなさい。そろそろ怒るわよ」
恭佳が棘のある声で
剣呑な顔になる幼馴染にも苦笑が浮かんでしまった。私はもう一度腕を伸ばして、レオネッティの頬に触れた。
「ごめんね。それと、ありがとう」
謝罪とともにお礼を言えば、レオネッティは目を瞠る。
「……どうして、礼を言うんだ。俺は……」
「レオネッティ君のせいじゃない。むしろ、貴方のおかげで本音を言えたんだよ」
今まで本音を言えなくて、二人に思いを伝えられなかった。
レオネッティの言葉のおかげで、私は素直な思いを口に出せた。
だから、彼を責めるようなことはしない。
「――だから、ありがとう」
むしろ、逆に感謝しているのだから。
レオネッティの頬を優しく撫でて微笑めば、彼は目を見開き、苦しげに目を細めて私の後頭部に額をつけた。
余計に抱きしめる力が強くなったけれど、なんだか心地良さを覚えてしまうのは何故だろう。
でも、そろそろ女子寮に帰りたいかも。
「……強いな、有珠は」
切ない声で漏らした一言に驚く。
途端に腕の中から解放されて、振り向けばレオネッティは柔らかな表情で私を見据えていた。
初めて見る今の笑みに目を丸くしてしまう。同時に新鮮さを感じて、私も微笑み返す。
「またね」
「……ああ」
目を細め、口元を柔らかく緩める。
こんな柔和な表情をするレオネッティを見るのは珍しい。
何だか心が温かくなって笑みが深くなり、その
「恭佳、凪、寮に戻ろう」
「……ええ」
「は、はい」
眼鏡をかけながら二人に声をかけると、ぎこちなく頷いて一緒に歩き出した。
何かに衝撃を受けているようだ。最後までレオネッティに目を向けていたし。
「二人とも、どうしたの?」
「……え! ええと……何ですか?」
「心ここに
心配になって訊いてみる。
すると、凪は苦笑した。
「レオネッティ君が女性に触れるところを初めて見ましたから」
そういえば彼は女の子に優しいけど、それは表面上のものだと聞いたことがある。
私に普通に関わってくるから忘れかけていた。
「彼と同じクラスでも無かったんだ」
「一応言うわよ。彼は女性に対して紳士的だけど、ちゃんと線引きしているわ。それなのに有珠に抱きつくなんて……」
表情を険しくする恭佳の言葉に思い出す。
確かに抱きつかれたけど、あれは私を慰めるためだよね? そもそも抱きつく必要はないはず……ん? 抱きつく? レオネッティが、私に? ……はい?
「有珠さん、顔が赤いです」
「えっ?」
凪に指摘されて顔に手を当てると、頬が少し熱かった。
それを見た恭佳が呆れ顔で私を見る。
「今頃恥ずかしくなったの?」
「だ……だって身内以外でされるなんて初めてなんだよ?」
「だからって遅いわよ。この鈍感」
「酷い!」
思わずショックを受ける私に、恭佳と凪はクスクスと笑う。
やっと笑ってくれた二人を見た途端に、張り詰めていた気が緩んだ。
「……ありがとう。恭佳と凪がいてくれて、よかった」
心からの感謝の気持ちを笑顔とともに伝えれば、二人も笑顔で強く頷いてくれた。
残念な結果に終わったけれど、幼馴染との絆を確かめられた。
今まで重く
これもレオネッティのおかげだと思うと、心が温かくなった。本人には内緒だけどね。