魔法



「――さて」

 高熱で衰弱すいじゃくしたせいで数日はベッドの中……と思いきや、今世の母親によって早く回復した。

 お母さんは光属性の持ち主だ。この世界での光属性の魔法はどんなものか知らないが、少なくとも治癒・回復といった治療系の魔法を使う属性なのだろう。

 彼女のおかげで長期間の養生ようじょうは必要なくなったので、今世の父親に頼んであるものを借りた。

 それは、魔法書。中でも子供のためにある基本的な魔法の専門書だ。
 少しでも知りたくてお願い≠キれば、お父さんは心配しながら貸してくれた。
 きっと私に負い目を感じているのだろう。

 確かに『有珠』は傷ついたが、今となってはいい経験として受け止められた。
 気にする必用はないのだが、それを五歳児が言うのは不自然だから言えなかった。

「えーっと……『いろんな属性』から行こうかな」

 子供用の魔法書なので読みやすく工夫くふうされている。
 子供向けに記載されているが、所々に子供には難解の文字が載っている。ちょっと杜撰ずさんだけど、私には読みやすくてありがたい。

 属性は六つ。火・水・風・地・光・闇。
 基本的な四つの属性は『四大属性』、希少価値のある光と闇は『対極属性』と呼ぶ。
 中でも光は治療系の魔法が多く、攻撃系の魔法はほとんどないらしい。

 光属性なら【光線銃レーザーガン】とかできそうなのに、勿体無もったいない。

「次は……『わかりやすい魔法の使い方』かな」

 目次を見てからページを開き、魔法の手順を知る。

 魔法の手順は、簡単に説明するならこうだ。
 属性の指定→世界の法則を書き換える呪文→鍵の呪文キーワードである魔法名の詠唱。

 世界の法則は、別に意識しなくていいらしい。自分の中で想像しやすいように呪文を唱えれば、あとは想像した魔法に見合う魔法名を唱えるだけ。

 例を挙げるなら、火よ、球となり我が敵を撃て=yファイアボール】。
 幼い子供は球≠ボール≠ニ置き換えるようだが、成長すると球≠ニ唱える。

 癖がついてしまうなら、そのままにすればいいのに。大人になるにつれ恥ずかしくない文法に変えないといけないのは解るけど、あまり親切な方法ではない。それなら最初は国語力を強めてから魔法を教えた方が効率的なのに。
 まあ、属性無しの私には関係ない話だけど。

「とにかく、魔力操作を極めることから始めようかな」

 転生の自我が芽生える前から、両親の教育で魔力の練り方や操作の仕方を学んでいる。おかげで簡単に操れるけれど、もっと応用を利かせたい。
 さっそく魔力操作の訓練を始める。胸の中心に温かな熱が生じるのを感じて、それを両手にみちびくよう意識する。体中を巡る魔力を、今度は体外に放出すると、フワッと風が生じた。

「へえ。じゃあ……」

 手の平で魔力を回転させれば、竜巻のような魔力の波動が肉眼で見えた。

「鑑定とか、できないかな」

 ファンタジーではありがちなスキルだ。コツはどうだか判らないけど、とりあえず目に魔力を込めてみよう。
 目に魔力が行きやすいように魔力を込めた手で目を覆う。そうして魔力の感覚を覚えさせる。

「……鑑定」

 唱えるけど、何も起きなかった。
 ……いや、ちょっと違う。肉眼で魔力の色が見えた。

 私の魔力は、白に近い金色の光が混ざった紫色むらさきいろ

 そういえば属性を調べるとき、六個ある特殊な水晶に触れていた。それぞれの石に触れると光っていたけど、赤・青・緑・だいだいといった色に発光した。あれは魔力の色だったのだ。

「……ん? 属性無し、だよね……?」

 属性無しなら色なんて無いはずだ。
 なのに、私の魔力は紫色に白金色。

 まさか、あの場に無い属性がある……とか?

「試してみる価値……あるかも」

 少し、希望が見えてきた。

 まずは自分がどんな魔法を使えるのか、それを知らないと始まらない。
 ……そういえば、魔法は世界の法則を書き換えて使うものだと魔法書に載っていた。なら、端的でも呪文を唱えないといけないのかな。
 試しに念じながら唱える。

『魔法を調べたい=y鑑定】』

 次の瞬間、目の前に何かが出現した。――否、脳内に浮かんだものが視覚化されているように感じるのだ。
 それは半透明のスクリーン画面。電子ゲームにあるような形式で、文字が縦に表示されていた。



属性:無
派生:時・空
魔法:干渉魔法・付与魔法・生成魔法・時間魔法・空間魔法



「無属性?」

 まさか属性まで表示されるなんて思わなかったけど、無属性ってこの世界にあるのか。前世の娯楽小説に存在していたけど、この世界にも適用されているとは。
 しかも、派生属性まである。時間魔法と空間魔法は、この派生属性のおかげだろう。

 できることなら魔法の詳細が知りたいけど、できるかな?
 そう思っていると、手前にスクリーン画面が出現した。



魔法:干渉魔法
属性:無
詳細:世界の法則や万物のみならず、相手の魔法を支配下に置く。


魔法:付与魔法
属性:無
詳細:あらゆる効果や特性を対象に与えることができる。


魔法:生成魔法
属性:無
詳細:魔力のみで、万物を一から作り出す。大雑把おおざっぱな想像力だけではなく、呪文でも現存する物で精巧せいこうな物質を生成できる。詳細を浮かべて呪文に乗せれば、知識にある架空の道具を作れる。生物は作れない。


魔法:時間魔法
属性:無[時]
詳細:時間を支配下に置いて操る。


魔法:空間魔法
属性:無[空]
詳細:空間を支配下に置いて操る。



 何、この反則級の魔法。特に干渉魔法は世界の法則に直接繋がれる。それはつまり、世界の法則を直接操れるということ。
 試しに何か使ってみよう。付与魔法なら簡単なはずだ。

「えっと……【身体強化】……を……〈付与エンチャント〉」

 思い浮かんだ特殊効果を自分に唱えると、ふっと体が軽くなった。
 不思議な感覚で、成功したのだと察した。試しに何か持ち上げてみようと思って、低めのテーブルを両手で掴む。五歳児には無理があるはずなのに、難なく持ち上げた。
 テーブルの重みはある。けど、踏ん張るほど重いとは感じない。

 ゆっくり床に下ろして、高鳴る心臓を落ち着かせるために深呼吸を繰り返す。
 でも、無理だ。感動と高揚感こうようかん口角をつり上げる。

「っ……あははっ、できた……!」

 喜色が込められた声なのに、湿っぽい。
 きっと、魔法を使えない苦しみから解放されたからだ。
 これは嬉し泣きだ。自覚した途端、喜びと一緒に胸の奥が苦しくなった。

「有珠、大丈夫?」

 その時、部屋の扉が開いた。
 驚いて顔を向けると、綺麗な純白のロングヘアに、優しげな金色の瞳の女性が入ってきた。

 彼女は、有紗ありさ。私の今世の母親。
 私達は純日本人なのに異国風の色彩を持つ。それは魔力の色が容姿に現れたからだと聞いたことがある。
 魔力の属性の色が容姿に現れる現象を『属性形質』と呼ぶ。
 だから私は、白に近い金色の髪に、紫色の瞳の持ち主なのだ。

 泣き顔でお母さんを見上げれば、お母さんは悲痛な顔で私を抱きしめた。

「ごめんなさい、有珠……っ」

 苦しそうな声で謝るお母さん。きっと私が魔法を使えないから泣いているのだと思っている。
 私は慌てて頭を横に振って、途切れ途切れに言った。

「ちがっ、うの……。わたし……ね? まほー……つかえた、の」

 つたない言葉遣いになってしまったけど、なんとか伝えられた。
 お母さんは体を離して、驚き顔で私を見た。私は、ふにゃり、と笑った。

「……魔法を、使えた? ど、どんな?」

 動揺するお母さんの様子で気持ちが落ち着いてきた。
 涙目を手で擦って拭いて、伝えた。
「いろんな力をつける魔法。えっと……使ってもいい?」

 ぎこちなく頷くお母さんから離れて、先程のテーブルに近づく。今度は子供らしい言葉で使ってみた。

『【力持ち】を〈付与エンチャント〉』

 自分の胸に手を当てて唱えると、体の奥から熱が込み上げる。
 不思議な感覚のままテーブルを持てば、今度は小石を持っているような軽さで持ち上げられた。

 ちゃんと発動してくれて安堵して、テーブルを置いてお母さんに振り返る。
 お母さんは目を丸くして、口をぽかんと開けていた。

「……えっと、お母さん?」

 失敗したのかもしれない。そんな不安が押し寄せる。
 けれど、それは杞憂きゆうだった。
 お母さんは瞳をうるませて、私を抱きしめた。

「すごいわ、有珠! ……よかったわね。おめでとう」

 湿っぽい声で祝福するお母さんは、とても喜んでいた。
 私まで嬉しくなって、また涙が浮かんだ。
 見られたくなくてお母さんに抱きついて、涙を隠す。そんな私の頭を撫でて、あやしてくれた。

 この温もりは、前世では味わえなかった。あったとしても、空虚なものでつらかった。
 でも、今世は違う。本当の幸福を手に入れたのだ。



◇  ◆  ◇  ◆




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